11.一目惚れ花束男
それからしばらくして、わたしは裏庭のベンチに一人で座っていた。
カール様とお姉様への挨拶は恙無く終了し、他にもどんどん押し寄せるお客様とお話する為に二人は移動して行った。その中で人に酔ってしまったわたしは、気遣ってくれるジェラルド様にここまで連れてきてもらったのだ。
表の庭とは距離があるので、人の気配はない。ベンチがあちこちに設えられているのはあちらもこちらも同じで、いつもはない筈のリボンで装飾が施してあるのを見ると、こんなところまできちんと飾り付けをしたルクセントールの使用人達が誇らしい。
お姉様の婚約を皆心から祝ってくれているのだ。
「ああ……無事に終わってよかった」
そう呟くと、実感と共に安堵がどっとやってきてわたしの目からぽろりと涙が零れる。
ジェラルド様はわたしの為に飲み物を取りに行ってくれている。でもきっとこうなることが分かっていて、少し一人にしてくれたのだろう。
涙は後から後から零れて、頬を伝ってドレスに零れていく。
「……よかった……よかった、お姉様」
赤ん坊みたいに、大声をあげて泣いてしまいたい。
これまでの緊張や、申し訳なさや、たくさんの感情がない交ぜになってわたしはまるで、ごうごうと吹き荒れる感情の嵐の中に一人立っているかのようだった。
とはいえ、わんわん泣き喚くわけには当然いかず、ぺそぺそと泣きつつハンカチで目元を押さえる。真っ赤な目で表に戻れないし、あんまり泣いていてはジェラルド様に心配をかけてしまうから、泣き止まないと。
そこにじゃり、と地面を踏む音が聞こえて、ジェラルド様が戻ってきたのかとわたしは慌てて顔を上げた。
が、そこに立つ人を見て、ビックリする。
なんと、あの一目惚れ花束男ことラウール様がいたのだ。
何故彼が? と思うが、ラウール様のご実家の男爵家はルクセントールと取引があった筈。その関係で男爵家には今回の招待状を送ったのだろう。
でも、お姉様からわたしに乗り換えてプロポーズした彼を、屋敷の者がパーティ会場へ通すなんて考えにくい。
「ああ……やっと会えたね」
にこ、とラウール様は穏やかに微笑む。
その笑顔や口調が何故か恐ろしくて、わたしは慌てて立ち上がった。逃げなきゃって本能的に思うのに、体が望むように動かない。
「君にずっと会いたかったんだよ……なのに、この屋敷の使用人達ときたら、僕のことをちっとも取り次いでくれないんだもの」
「……っあ、…………」
その間にもラウール様はいたって普通の様子で近づいてくる。わたしは足が震え、悲鳴もあげられないまま。どうして、こんなにも恐ろしいの?
「……さぁ、一緒に行こう。僕の妖精姫」
彼の腕がこちらに伸ばされ、恐ろしく恐ろしくて、でも声が出なくて思わず目を瞑ってしまう。
「違うな、俺の婚約者だ」
そこに怒りの籠った低い声が聞こえ、次に何か重い音がしてラウール様の短い悲鳴がした。
恐る恐る目を開けるとそこには、ジェラルド様の見るからに頼りになりそうながっしりとした広い背中。
「ジェラルド様……!」
声を上げると、すぐに彼は振り向いてわたしの背中に手を当ててくれる。この温かな掌を、わたしはもう離すことが出来そうにない。
「ベル、怖い思いをさせてすまない。離れるべきじゃなかった」
「いいえ……いいえ、そんなこと……」
首を横に振ってチラリとジェラルド様の向こうを窺うと、地面に倒れ伏したラウール様。それから慌てて駆け寄ってくる使用人達の姿が見えた。
全く動かないラウール様に、まさか、と思って脚から力が抜けへたり込みそうになるが、ジェラルド様がしっかりと支えてくれる。
「ジェラルド様……」
「大丈夫、気絶しているだけだ」
気絶している、だけって……! だけって……!!
わたしが呆然としている間に、ジェラルド様は駆け付けてきた使用人達に事情を話した。
「この方は一度正面からお越しになりましたが、お断りいたしました」
執事のバルがラウール様の顔を見て驚きながらそう言った。ではやはり、彼は屋敷にはどこかからこっそり入ってきたのね。
「……お嬢様、申し訳ありません。わたくしどもの管理が行き届いておらず……」
「……いいえ。今日は忙しい日だもの、しょうがないわ。わたしはジェラルド様のおかげで何ともないから、心配しないで」
へら、と笑ってみせたけれど、脚に力が入らない。
それを見てとったジェラルド様はわたしの膝裏に腕を回し、抱きかかえられてしまった。
「この男の処遇はルクセントール伯爵に任せる。だが今日は祝いの会なので、縛って中に運ぶ際はなるべくこっそりとな」
「はい」
「俺とマリアベル嬢は、先に失礼する。アリシア嬢とカール殿には、改めてお詫びをしよう」
「とんでもございません、わたくしどもからきちんと事情をお伝えしておきます……!」
バルが恐縮して頭を下げると、ジェラルド様は鷹揚に頷いた。
それからわたしはジェラルド様に抱きかかえられたまま、人目につかないルートを通って素早く屋敷を脱出、また立派な馬車に乗ってシェフィールドの屋敷へと帰ったのだった。
そして、もういい加減嫌になるけれど、屋敷に着いた途端わたしはまたしても倒れたのだった。
虚弱っ!!!




