10.一目惚れられの妖精姫
いっそカール様を見つけることが出来なければいい、そんな後ろ向きなことを考えていたものの、当然今日の主役の片割れであるカール様はひと際目立ち、すぐに見つけることが出来てしまった。
そして、その隣にはアリシアお姉様。
お姉様は落ち着いた上品な緑色のドレスを着ていて、それはとてもよく似合っていたけれど主役としては少し地味に感じる。わたしのほうがよほど浮かれた格好だ。
今すぐ屋敷の中のわたしの部屋に飛び込んで、泥色のドレスを探すべきかしら、と焦る。
思わず後ずさると、ジェラルド様がここでも力強く背中を支えてくれた。
「ジェラルド様……」
背の高い彼を見上げると、ジェラルド様は相変わらず太陽のような笑顔を浮かべている。
「頑張れ、ベル。ここはあなたの踏ん張りどころだ」
ジェラルド様の声は低く落ち着いているのに、何故かとても真剣な音をしていて背筋が伸びた。
どきどきと暴れる鼓動と、逃げ出したいとじりじりと擦れる足元。わたし一人だったらとっくに逃げ出して、いつものようにベッドの中で丸くなっていた。
「はい……どうか、お傍にいてください、お願いです……」
逃げ出してしまいそうな自分を叱咤して、それでも耐え切れなくてジェラルド様に懇願してしまう。こんな時に甘えずに、自分一人で立ち向かえる強さがわたしにあればよかったのに。
でもジェラルド様は変わらず快活に笑って、あっさりと頷いてくださった。
「勿論だ、俺はあなたの婚約者なのだから」
ううう、本当に素敵な方。わたしには勿体ない、偽装結婚のお相手。
さて対面する、と心を決めたものの、まだお姉様達とわたし達の間には、大勢のお客様がいる。
どうやってあそこまで行けばいいのか困っていると、すぐ隣に立つジェラルド様が一言、言った。
「すまない、通してもらえるか」
ぴた、と皆立ち止まり、わたしとお姉様を見て、驚いたことにまるで潮が引くかのようにサッ、と道が開ける。ジェラルド様の低く落ち着いた声は、大声でなくともよく響くのだ。
そしてこの期に及んで一歩踏み出すことを躊躇うわたしの前に、ジェラルド様は先に踏み出して振り返って改めて手を差し出してくれた。
「さぁ、ベル」
ああ、わたし。
この方に、本当に憧れている。
どきどきしすぎて、口から心臓が飛び出てしまいそう。もしくは今にも倒れそうだ。
エスコートしてくれているジェラルド様の温かな腕に縋るような気持ちで、でも表面上はあくまで優雅にゆっくりと歩いて今日の主役の前まで向かう。
今日のわたしは、お姉様たちをお祝いしにきた客の一人なのだから、倒れて一人変に目立つわけにはいかない。
人のいない場所へお姉様達を誘導しての対面も、これほど周囲に人がいては誘うことも出来ない。ジェラルド様が開いてくれた道を、一歩ずつ歩いていくしかない。
近付くと先にお姉様がわたし達に気付き、少し硬い表情ながらも微笑んでくれた。
「マリア、来てくれたのね」
「はい……」
「ドレスもよく似合ってるわ」
「……その節は、ありがとうございます」
ぎくしゃくと言葉を交わしていると、別の招待客の方と話していたカール様がようやくこちらを向いた。
どくん、と胸が嫌な音をたてる。
カール様は、長身にすんなりとした手足の貴族らしい顔立ちの方だった。彼にはどことなくお父様に似た雰囲気があって、お姉様と並ぶととてもしっくりとくる、素敵な二人。
その栗色の瞳が、真っ直ぐにわたしを見て柔らかく細められる。
ああ……神様。
「君がアリシアの妹の“妖精姫”? 本当に綺麗な子だなぁ、はじめまして、カール・ヘイブンです」
「っ、あ、マリアベル・ルクセントールです。このたびは……ご婚約おめでとうございます」
何事もなくごく普通に挨拶されて、わたしは震える唇で挨拶をお祝いの言葉を述べる。喋っているうちに、だんだんと言葉が滑らかに出るようになった。
一目惚れされなかった? されなかった、よね? これは、大丈夫だったということよね?
朗らかに笑ったカール様は屈託なくわたしに返事をして、続いてジェラルド様とも互いに自己紹介を交わし祝いの言葉を受け取っていた。
呆然としつつ視線をうろうろと彷徨わせると、こちらを見つめているお姉様と目が合った。
少し潤んだ瞳のお姉様は、しっかりとわたしを見て大きく頷く。それを見て終わったんだ、とわたしはようやく実感出来た。




