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ゆったりとした居間と言うにはあまりにも広すぎる部屋にセンスの良い高価な家具が配置されてる。


壁にはクラシカルな英国風の壁紙が貼られ有名な画家の絵がとけこむように自然にかかっていて違和感が無い。



窓の外には広いテラスがもうけられ、外用のソファが芝生に向かっておかれている。

ここちよい、ふくいくたる紅茶の香りがただよっている。


「ばあや、あの子はどうしているの」

ソファにこしかけた着物姿の上品な老帰人か心配気に聞く。

「大奥様。せっかくおいで下さいましたのに真に申しわけございません。このところ旦那様はお仕事がお忙しいようでおでかけが多いのでございます」


「いえ、いいのよ。私は紅子と一緒に外出の途中、急に思いついて寄ったのですからね。仕事が大切なのは解るけれどあまりに忙しいのもどうなのかしら……」

老婦人は側のおしゃれな女性に向き直って話しかける。


「紅子や、清一郎はどうしているの」

「あらおばあ様。私も知らなくってよ」

「あんな事が無ければ幼なじみのあなたと婚約して、今頃はきっと……もう……」

「あら、おばあ様。もうずい分昔の事よ」


紅子と呼ばれた美しい女性はティーカップに手をのばす。

「そのずい分昔のことに、あの子はまだとらわれているのよ。誠実で積任感の強いのも考えものね」



溜め息を一つして優雅に老婦人はソファから立ち上がって窓際に歩み寄る。

広い庭が見える。緑の美しい芝生の側の花だんにはチューリップが咲いている。

庭の大きな池にはさざ波が光り、遅咲きの八重ザクラが見えた。




***




斬新な企画を次々と打ち出し、起業家ベンチャーの若き担い手と嘱望される社長にあこがれて、俺はこの会社に就職した。


入社して2年目、社長のカバン持ちに抜擢された時は天にものぼる気持ちだった。

俺の熱意が認められたと胸がふるえた。

いつか俺もと野心も有った。


しかし今は本当に俺は社長のカバンを持って社長の気ままにつき合い膨大な雑用をこなすためだけに使われているのではないかと疑っている。


一度聞いた事が有る。

「どうして私を抜擢して下さったのですか」

「そりゃーネーミングが良かったからだよ」

社長が気楽に答える。



ネーミングって何?

社長の名前は滝本(かい)。俺は塩田幸司(しおたこうじ)

(うみ)塩田(えんでん)に塩こうじかよ~。社長軽すぎます。あんまりだ。セクハラかモラハラじゃないか。


彼がそんな風に思っているのを知ってか知らずか、新しいオフィスに移ってもあい変らずどなられ塩田はこきつかわれていた。



***



新しい滝本海のオフィスはスタイリッシュで広々としていた。


向こうの端までつき抜けたフロアーに色とりどりのイスとテーブルが配置され、社員はイスにこしかける者、すみのソファで話す者、中にはテーブルで食事をしている者さえいる。

皆、独自のスタイルで自由に仕事をしている。まさしくベンチャー企業だ。


社長室はその一角にあった。

普段は社長である滝本海もこの広々としたフロアーで社員と共に混ざって働いている。したがって社長室は有名無実で、重要な話や会議などでその役割を果す結果となっていた。



今日はめずらしく海は社長室にいた。

いつものように白いTシャツに黒い細身のパンツスーツ姿だ。長身で目鼻立ちのはっきりしたなかなかの今風イケメンだが、どこかいたずらっ子のようなヤンチャな感じがある。


ドタドタとあわてたような音がしてドアが大きく開く。

「騒がしいぞ塩田。何度いったら分る。急いでいる時ほど丁寧におちつくんだ。本当にお前は」

「申しわけありません社長。でも急なアポイント無しのお客様が……」

「おい返しちまえ。どうせろくなもんじゃない」


その時ドアの前に女性が現われた。

「あらそれは無いんじゃない。いつも忙しい忙しいって、たまには暇な時は無いの? せっかくオフィスが新しくなったって聞いたから見に来てあげたんじゃない」


彼女は優雅なしぐさでドアを通り中に入って来て軽く会釈する。

「おめでとうございます。マルウチ乗っ取ったんですって。増々のご活躍でございますこと。プレーボーイさん」

にこっと笑う。


「おまえイヤミ言いに来たのか。うん? 何だ、お前魔女になったのか?」

女性は黒づくめの姿をしていた。

黒いふわっと広がった長めのフレアスカートの上質のワンピースに黒のピンヒール。

頭上には少しつばの広めの黒い帽子。

金で細工した大つぶのダイヤモンドのヤリング、ブレスレット、ネックレスのセットが輝めく。



魔女よりパリコレのモデルさんみたいだな~。いやセレブのお嬢様ってこういう女性を言うのかな~。どんなお屋敷に住んでいるんだろう。俺の部屋なんてお付きの部屋より悪かったりして。塩田はボーッと眺めていた。


「こら塩田! なに見とれているんだ」

「こちら塩田さんとおっしゃるの? 秘書さん? よろしく。私、紅子。この人の婚約者なの」


塩田が驚いて目をまんまるにしている。

「こら紅子。いいかげんな事を言うな。唯の親せきじゃないか」

海がいらいらして室内を歩き回っている。

紅子はまったく動じる事もなく、おっとりとした口調で

「あら違ったかしら。ハトコ? う~んマタイトコ? うちの一族はややこしいから分かんなくなっちゃったわ」

紅子がウフフフフと笑う。


「ああもう、うざい。それで見に来ただけじゃないだろう。今日は何の用だ」

「おばあ様が……」


弾丸のように話す社長とこの紅子と言う優雅な美女との会話に目を白黒させている塩田に向って社長の海が話しかける。


「すまんが、ちょっと二人にさせてくれ」

塩田が一礼して去った後

「おばあ様がどうしたって?」


海はガラスばりのオフィスのブラインドをおろして、紅子の側のソファにこしかけ、すらりとした足を組んだ。

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