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翌朝、雪は美術館に向うことにしていた。事前の計画で午前中は互いに行っていない所へ行くと決めていた。午後に合流して古い町並みを散策しながら、おみやげを買って帰途につく予定だ。


亡き母も自分も共に美術が好きで、特に行きたがっていた美術館は変わった建物と展示物で全国的に有名な所だった。

ブローチはしっかりとジャケットの襟にしっかりと留め、何度もたしかめたあげくに裏からピンで2ヶ所も留めた。

これで大丈夫。今日は母の分も見るんだと思うと心がはずんだ。



美術館は人気なので混んでいたが、館内は広くて予想外にゆっくりと回れた。

天井がふき抜けになっている不思議な会場にびっくりして見上げていると

「昨日のお嬢さんですね」

後から声がした。


「え?」

驚いて振り返る。

「そのブローチで私もあなたに気が付いたのです。亡くなられたお母様の形見ですよね」

滝で落とした時ほんの一瞬の事で、ブローチに気を取られていて雪はどんな人だったのかはっきりと覚えてはいてなかった。

それなのに彼の瞳を見ると不思議な事に彼だとすぐに分かった。


「昨日はありがとうございました」

「いや、大したことはしていませんよ。でもお母様の形見だったら大切なものですね。拾えて良かった。そんなに喜んでもらえて私も嬉しいですよ」

「今日はもう落とさないように、こうしてしっかりと付けています」

襟を見せると彼は笑って「これは落ちようが無いな」とまた微笑んだ。



一緒に見ませんかと言われ躊躇したけれど、あの瞳でじっと見つめられると断れなくなった。旅の気楽さも手伝って何となく気も合うようにも思えたから二人で色々な絵や彫刻を()た変な展示物で笑い合ったりもした。


ランチにしましょうと誘われて、そのまま美術館の併設されたカフェに入ってしまった。

大きなガラス窓から明るい陽ざしの中に広い緑の芝生の庭が見える。

黄、赤、白色などのサツキが咲いていてすがすがしい。

庭の奥にある噴水がぐるぐる回りながら吹き出し、水しぶきが()に輝いて虹がかかる。

眺めているお客が喚声をあげていた。春の陽光の中のステキなカフェだ。


席に着いて科理を注文した後、彼が

「そのアクセサリーの青い石ですが、不思議な色ですね。横にあるピンク色の石も花の形のようにもみえますが」

興味深げに見ている。続けて聞いてくる。

「その回りにあるのは何ですかキラキラ光ってきれいですね」

少し考えるような仕草をしてまたじっと見ている。


「古いようですが、とても良く出来た細工物だと思います」

「はいありがとうございます。これは元々は髪に飾る物のようだったのです。古い物なので何で出来ているのかも知らないのです。よく見ると何かちぎれたような箇所もあります。その時代の髪形に合わせて少しずつ形を変えていき、亡き母がもらう時に私の祖母が髪飾りは使いづらいからと、ブローチに直したそうです。謂れも何も今となってはもう分からないのですが、代々わが家の女の子に大切に受け継がれるお守りのようなものだそうです」


「ふーん。不思議な物ですね」

彼はまたじっとのぞきこむように見ていた。



食事が運ばれて来た。

今見てきた絵や展示物の話になり思いの外楽しくすごしてしまった。

友人のつばさと合流する時間になってケイタイの番号を聞かれた。

「メールでもラインでも私はかまわないのですが……」

ちょっと照れた様子だ。


「ああそうだ。人に聞く前に私の紹介をしないとね。私は水樹清一郎と言います。これが私のケイタイ番号。ライン、メールです」

名刺のような形のものを受けとった。


そこには会社名は無く、水樹清一郎という名前とケイタイ、ライン、メールだけが書かれてあった。

それでも雪はどきどきして少し期待もしていたから嬉しかった。



連絡先を交換した後も街へ行くバス停まで送ってくれた。

バスに乗って窓から外を見ると、彼が立ってじっとこちらを見てまた少しうなずいて笑いかけてくる。

何となく間がもたない気がして、小さく手を振った。

そしたら嬉しそうにとんでもなく大きく手を振ってくれた。車内の人達がこちらを見る。

はずかしいので横を向いて知らん顔をするが、あの青い瞳が気になって思わず窓の外の彼を見てしまう。



友人のつばさに「何だか変よ。どうしたの?」と追求された。勘がするどい。

つい話してしまった。それがいけなかった。


「ストーカーではないの。何も書いてないのは怪しいよ」

「仕事が思いの外早く終ったので評判の美術館を見に来たそうよ」

「なおさら怪しい!」とさんざんだった。

それなのに「もし連絡があったら決してことわっちゃだめだよ。今雪はフリーなんだから、チャンスはつかまなくっちゃ。いいわね」

だめだしされた。



その日の夜一人暮らしのマンションに帰って来た雪はすぐにブローチをはずしていつも包んでおく小さな赤いシルクの上においた。


代々女の子に受け継がれるお守り。必ず側に置くように。そうすれば幸せを呼ぶと言う。そうそして我家は代々何故か女の子は一人しか生まれない……。見つめているとそう言えば今一日いつもよりとても光っていたように思う。


考え過ぎかな。私うかれているのかな。でも楽しかったな。

あんな出会いで一緒に話したりしないのに、しかも連絡先まで教えてしまった。私軽率だったかな。

気分転換で行った旅行なのに又落ちこみそうになっていた。

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