表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

落ち込むとはこういう気分を言うのだろうか。

人には言えない特に会社の同僚には決して言えないショックな事が起きてしまった。


蒼井雪はまさに今こんな気持ちの真っただ中にいる。

彼女は大学卒業時に美術や音楽が好きなので就職はその方面を目指したが、美術館や出版社はなかなかの難関だった。やっと音楽関係の小さな今の会社に内定が出た時は正直ほっとした。


入社して半年が過ぎ、職場にも慣れてきたのは入社3年目の先輩、岩崎俊夫が隣の席だった事も有り、何かと気を配ってくれたおかげだ。

チーフの堀内節子は社内一の美人だと言われている。確かに高い鼻、大きな瞳は魅力的だ。ふわりとした髪型も似合っていてとてもおしゃれだ。しかも入社して5年目でチーフになり有能でなかなか弁も立つと皆に一目おかれている。彼女に、蒼井さんは仕事が遅い、手際が悪いと時々言われてしまう。自分では頑張っているつもりだがそう言われると自信が無くなる。

そんな雪を彼はいつも

「大丈夫。蒼井さんは丁寧だから、きちんとしているからどうしても遅くなるんだよ。今に慣れてくれば早くなるよ」

やさしく励ましてくれる。



今も堀内チーフがステキなピンクのブラウスに黒いスーツを着こなして皆にてきぱきと指示してさっそうと歩いて行くのが見えた。

雪は自分をそんなに悪いとは思わないけれど、中肉中背地味で目立たないそんなにおしゃれでも無い。そう思うと少しめげそうになる。


「ああ見えて、堀内先輩は案外大ざっぱなところが有るんだよ。この間も書類一行飛ばしてしまって部長に注意されていたんだ。蒼井さんは気配りが良くて信頼出来るって他の先輩たちも言っていたさ。蒼井さんは、蒼井さんの良さでやればいいんだよ。自信もって!」

岩崎はいつも雪の良い所を言ってくれる。

意味が有ったわけでは無いが、彼の机の上に”おやつのお菓子のおすそ分けです。いつもフォローしてもらってありがとうございます。気持ちです”とメモって置いておいた。



思った以上に彼は嬉しかったらしい。

3日後に

「友人にもらったんだけど一緒に行きませんか」

コンサートのチケットを二枚岩崎は大事そうにポケットから出して来た。有名な女性二人のデュオでなかなか取れないチケットだ。こんなのもらう筈が無い。ちょっと見え見えだけど「はい」とすぐ返事してしまった。嬉しかった。


コンサートは会場全体がゆれるように盛り上がってとても楽しかった。

それからは時々食事に誘われ、残業の時は二人でコンビニのお弁当を買って食べた。

休日はお弁当を作って公園にも遊園地にも一緒に行った。每日が楽しく充実して来た頃に辞令が出て彼は部署を替わって行ってしまった。


新しいプロジェクトを立ち上げるメンバーに選ばれたらしい。

寂しかったけれど、彼が評価され抜擢されたのは嬉しかった。がまんしなければと思った。

「ラインするよ。電話するよ。また御飯食べに行こう」

彼は約束してくれたが、休日出勤するなど、ものすごく忙しそうでこちらから誘うのをためらっているうちに、何となくラインも電話も無くなり、疎遠になり、日にちが経ってしまった。



4ヶ月ほど経った頃、同期の女の子が走ってやって来て

「ちょっとちょっと、岩崎くん結婚するんだって。同じ部署のバイトの子らしいわよ。岩崎君けっこう将来有望株って言われていたのよ」

同期の子は弾丸のように話す。全然知らなかった。

「それでね。彼ちょっとイケメンだし結構人気があったから、そのバイトの子がね、はた目にも分かるほどモーレツにアタックしてたんだって。でね、これだって」

お腹に手をやって、まるく大きく弧を描く。

「そうだったんだ」

「そう、そう。だから急いだみたいよ。今話題のおめでた婚よ」

ちょっとニャッと笑う。

「私、岩崎君はあなたとつき合っているのかなって思っていたのよ」

「そんな事無いわよ。席が隣だったから、色々わからない事を教えてもらっていただけよ」「そうなんだ。あーあ。私も彼いいなぁと思ってて、ねらっていたから残念!」

「こら~、そこ何してるんだ。まだデータ送って来ていないって、先方から言って来ているぞ」

先輩がこちらを向いて書類を振っている。

ちらっと舌を出して同僚が走って行く。

「すみませ~ん」

それで急にぷっつりと連絡が無くなったのか。親しくなって来ていたのに。恋人というほどでは無かったのだから仕方ないと思うけれど……。



祝ってあげないといけないんだろうが……。心が重い。

そう思っていた矢先、雪は会議室に向う途中で岩崎に出会ってしまった。

どこかで出会わないかなと思っていた時は全然だったのに、なんで今頃になって……。どうすればいいのよ。しかも私一人だ。仕方がない、無視もどうかと思い

「聞きました。おめでとうございます。幸せになって下さい」

意を決して言う。

「ありがとう」

低くくぐもったような小さな声だ。少し間が空いてから

「蒼井さん。あなたなら、きっと幸せになれますよ。僕はそう思っています。心から願っています」

そう言うと、逃げるように立ち去ってしまった。


今さら「幸せになれますよ」なんて言われても何の根拠も無い。増々落ちこんだ気分になった。最悪だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ