メソッド演技を駆使する妹が俺に彼氏役の練習台を頼んできた
「ねえ、ちょっと」
声と同時に、扉が乱暴に開かれた。
こんな非常識なことをするやつはうちの家族に一人しかいない。ため息をつきながら椅子を回転させれば、そこにいたのは案の定、妹の風花だった。
「風花、ノックはちゃんとして」
「はあ? なんでよ、ここふーかんちじゃん」
もう何回目かわからない注意も相変わらず響いた様子がなく、ズカズカと部屋に押し入ってくる風花。ツインテールがふわりと揺れ、香水っぽい匂いが僕の部屋を侵食していく。
「お前だけの家じゃないだろ」
「別にいいじゃん、兄妹なんだし」
「兄妹でもプライバシーはあるの」
「あーもう! はいはい、わかったってば。そんなに言うなら天音もふーかの部屋勝手に入れば?」
それ譲歩したことにならないから。あと僕が風花の部屋に入る時は必ずノックしてるし............昔は「にーに、にーに」って僕に懐いて、素直に言うこと聞いてくれたのに。反抗期って残酷だな。
「それで、なんの用?」
「............これ」
「なにこれ、台本?」
風花が渡してきたそれは、冊子と呼ぶにはかなり分厚い。パラパラとめくっていくと、中はやはり台本形式の物語で、表紙には『パパはマフィアのボスだった』とゴシック体でプリントされている。
そういえば、少し前に流行ってた漫画でこんなのあった気がするけど......。
「ふーかこれに出ることになったから」
「マジで!? 何役?」
「ふんっ」
嬉しそうに腰に手を当てながら鼻で笑う。ものすごく感じ悪いけど、これが風花流のドヤ顔だ。
きっと、かなりいい役をもらえたんだろう。
「娘役」
「マジで!?」
娘役って、主人公の次に出番が多いじゃないか!
「前の撮影で監督に気に入られた。ふんっ、まさに魂が乗り移ったかのような演技だって」
風花は中学生の時にスカウトされて以来、主に読者モデルとして芸能界で活動してきた。最近ではかなりの人気らしくて、これまでもドラマのちょい役として出してもらうことはあったけど、まさかもうそんな大役を任されるようになるとは。
薄々思ってはいたけど、やっぱり風花って演技上手かったんだな。
「すごいじゃん。頑張ってね」
「天音は応援してくれるよね?」
「もちろん」
妹がどんどん有名になって遠くに行ってしまったようなのは少し複雑だけど、だからといって、足を引っ張るほど僕は落ちぶれてないつもりだ。
「じゃあさ、ふーかと付き合ってよ」
「うん............ん? え、は?」
今なんて言った?
「この娘、彼氏いる設定なんだけど......ふーかって男と付き合ったことないじゃん?」
じゃん? って、知らないよ。
「もしかして、事務所に禁止されてるとか?」
「いや、単にふーかに釣り合う男がいないだけ」
世界一可愛いふーかに釣り合う男なんて、石油王くらいしかいないじゃん? なんて、当たり前のように同意を求めてくる風花。両親も僕も謙虚な常識人なのに、一体誰に似てこんな風に育ったのか。まあでも、芸能界ってスキャンダルとか炎上とかあるし、それならそれでいいのかもしれないな。
兄としては、妹に先を越されてなくて少し安心。
「陰キャな天音と違って、ふーかは作る気がないだけだから。そこんとこ勘違いしないでよね」
「はいはい。それで? それがどう僕と付き合うことにつながるのさ」
「ふーかってさ、入り込むタイプの演技? なんだけど、なんてゆーか、自分とあまりにも共通点がないと、うまく入り込めないんだよね」
立っているのに疲れたのだろうか、風花は勝手に僕のベッドに上がると、いつものように枕を抱きしめて無防備に寝っ転がる。ただでさえ短いスカートが捲れ上がって、パンツが見えそうになっていた。
こいつは本当に......外でもこんな感じなんだろうか? だらしないって何度注意しても聞きやしない。
「うん、それで?」
「でもふーかにも彼氏がいれば、少しは役に入り込めるかなーって思って」
「......なるほどね」
つまり風花は、恋人がいる女の子を演じるために、僕と擬似的な恋人関係になって勉強したい......と。なんかアニメでありそうだな、こういうの。
正直、演技でも兄妹でそういう関係になるのはどうかと思うけどーーこれ地味に僕にもメリットあるんだよなあ。
『サクエニ、春の脚本コンテスト!
〜もっとも可愛いヒロインを書けた方に100万円!〜』
pcにブクマしてある、僕の好きなゲーム会社の新作恋愛シュミレーションの脚本コンテスト。ギャルゲーとかほとんどやったことないから、普通に参加を見送ろうと思ってたけど............もしかしたらそれの良いネタになるかもしれない。
「百万円かぁ」
あったらなにしよう。
ーーいや待て。落ち着け、僕。そんな取らぬ狸の話をしても仕方がない。妹と付き合うなんて、たとえフリでも、やっぱり外聞的によろしくない。それに、バレたら親になんて言われるか。
「天音、なにか勘違いしてない?」
「え?」
「付き合うって言っても、家の中、天音の部屋だけの話だよ。外で男とイチャイチャしてたら、ふーか炎上するかもしれないじゃん」
「なるほど。たしかに」
まあ、そりゃそうか。モデルや女優なんてイメージが大事な仕事だし、外聞的なことなんて僕以上に気にしてるに決まってるよね。
「じゃあ、まあ、やってみる?」
「え、本当?」
部屋の中だけなら問題なんて起こりようがないし、ちょっと変わった演技の練習に付き合ってると思えば、そこまで負担になることでもない。
風花の初めての大舞台だし、それで僕が風花の役に立てるというのならーー。
「うん。でも僕恋人いたことないから、何すれば良いのかよくわかってないよ」
「全然! 全然大丈夫! むしろ天音がふーかに内緒で女と付き合ってたらふーかキレるし!」
なんだか理不尽なことをいう風花だが、その声色は明るい。娘役に入り込む糸口を見つけたとでも思ったのだろうか。そのままゴロゴロとベッドの上を転がり、端に腰掛ける形で止まった。
何かを期待するように、枕を抱きしめながら、僕のことを上目遣いに見つめている。心なしか、その頬は赤い。
「じゃあさ、告白............してよ」
「え、」
固まる僕から、目を逸らしてーー。
「だって、これから付き合うんでしょ? ふーか、なあなあで付き合うなんて絶対嫌だし。やっぱり、ちゃんときっかけが欲しいっていうか............そういうのがあった方が、やっぱり入り込めると思うし」
「えー」
そんなこと言われても、告白なんて小学校の時クラスのマドンナの......あ、だめだ。これ以上思い出してはいけない。作詞作曲僕によるドン引きラブソング大会なんてなかった。いいね?
でもまあ、引き攣った顔で「あ、ありがとう......」と返されたあの時に比べれば、今は絶対にオッケーがもらえるとわかってる分、楽なもんか。
「わかった、やってみる」
「本当!?」
「うん。でもいきなりだから、ちょっと待って」
「まつまつ! でも、早くね!」
嬉しそうにベッドの上に正座をする風花。
真正面から向き合うその顔は、スカウトされるだけあって、とても整っている。つり目がちな瞳と、しなやかな体躯はどことなく猫っぽい。可愛らしいけど......流石に顔が好きってのはナシだよな。僕と妹はわりかし似てるから、遠回しなナルシストみたいになっちゃうし。
「好きな所、好きな所......か」
やばい、思いつかない。
風花って昔は可愛かったけど、最近は結構生意気なんだよなあ。勝手に部屋に入ってくるし、注意してもいうこと聞かないし、感じ悪いし。ちょっとでも自分の思い通りにならないと、露骨に拗ねるし。
ほら、今もーー。
「ねえ、10年以上一緒にいるのに、なんでそんなにふーかの好きな所見つけられないわけ?」
時間をかければかけるほど、風花の機嫌が悪くなっていく気配を感じる。
「............もういいや」
最初だけ強く当たって、後は流れに任せよう。
僕は真剣な表情を作って、風花と真正面から向き合う。そして、咳払い一つした後ーー。
「風花、好きだよ」
「んふっ」
それ、どういう鳴き声?
「風花の実は真面目な所、好きだよ。お仕事に対して真剣で、例えセリフが少ししかなくても、一瞬しかない出番でも、夜遅くまで試行錯誤してたのを知ってる。可愛く見られたいと思って、愚直に努力できる所、すごいと思う」
風花は視線を忙しなく行き来させて、手も、もじもじと組み合わせて見たり、指同士を突き合わせて見たりと落ち着きがない。まるで、本当に告白を受けているような反応で、非常にやりづらい。
これは演技......なんだよね?
「それで?」
ええ、まだ僕のターンなんだ。
「強情だけど芯が通ってて、ワガママだけど甘えん坊で............他にも色々あるけど、そんな風花がーー全部好きだよ」
く、苦しいかな?
強情と芯が通ってるだと同じ意味だし、ワガママと甘えん坊って別に美点じゃないよね。最初から割り切って全部好きで誤魔化しておけば............って! 僕は妹相手になに本気で悩んでるんだよ!
「天音!!」
そんな僕の葛藤を、
「ふーかも、ずっと天音のことーー好きだった!」
震える声が吹き飛ばす。
抱きつかれ、押し倒され、これちょっと演技がオーバーすぎませんかね? なんて思いながら、僕と風花の部屋限定の恋人関係が始まった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「天音! ドラマ見た!?」
「風花、ノック」
声と同時に、扉が乱暴に開かれる。
同時に、飛び込んでくる妹の風花。今まで何度も繰り返してきたやりとり。違うのはーー。
「いいじゃん、恋人なんだし。恋人だから、こんなこともしちゃうもんねー」
「あ、ちょっ、いきなりだきつくな!」
「へへー」
以前とは比べものにならないほど近い、僕たち二人の距離だ。風花の「入り込む演技」というのは、伊達じゃなかったらしい。当たり前のように僕の頬に唇をつける風花は、まるで本当の恋人にするかのように艶然とした微笑みを浮かべている。
「寝ます! ベッド借りるねー」
明らかに、ガードも緩くなってるし。
僕たちはあくまでも恋人の練習ってこと、忘れてないかな? このままだと何故か、取り返しもつかないような間違いが起きてしまいそうで怖い。いや、もちろん、僕には全くそのつもりはないけど、でもーー。
「天音」
僕のベッドに寝転んで、僕に背を向けた体勢のまま、静かな声だけが飛んでくる。
「今日の演技、すごい褒められた。天音のおかげ。ありがとう」
............はぁ。
そう言うこと言われると、今更やめようとも言いづらいじゃん。
「なんだかなあ」
取り敢えず、ベッドを占拠されては寝ることができない。まあ、眠くはないし、コンテストの原稿を進めてしまおうか。
僕はpcを立ち上げ、一つのファイルを選択した。
『メソッド演技を駆使する妹が、俺に彼氏役を頼んできた』
ちなみに、まだ全然書けていない。
「実の妹がモデルってのは、やっぱこう、何となく描きにくいんだよなぁ」
僕はため息をついた。
連載はしませんが、番外編(?)を上げるつもりです。
モチベになるので面白いと思った方は、ポイント・評価・感想をくださると嬉しいです。
作者は他にもいくつか短編をあげているので、良かったらどうぞ。お気に入りユーザー登録もご一緒にどうぞ。ちなみに、一番ウケが良かったのは私の溢れ出るカリスマとIQを活用して書いたこの医療短編です。
https://ncode.syosetu.com/n3097go/