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第7話「シンギュラリティⅢ」

ガガガガッッ

「相変わらず、どうなってやがんだてめぇ…」

「フッ」

片目をつぶり、普段より数段ほど身体能力を上げる。空いている目で、放たれる弾丸の起動を読み、体を捻じるように旋回させて弾を避ける。ひとつ避ける度に、次の弾の軌道を読んで体を曲げる。

「この程度、誰でも出来る。」

「クソッ!」

稀咲の手から次々と放たれる弾丸は、影伏の体に触れることなく地面へ床へと打ち込まれる。弾丸がコンクリートと擦れる度に、バチバチと火花を散らす。

「今度は、こっちから行くぞ。」

銃に装填された弾が切れた瞬間を見計らい、空中で体制を整えつつ地面に足がつくと同時に両目をつぶり、足に思い切り力を入れる。体がグイッと加速し、頭が後方に仰け反るような体制になる。歯を食いしばり状態を起こすと、その勢いのまま握った拳を稀咲の体に沈み込む。

周囲に衝撃波が走り、近くにあった数本のパイプが破裂する。地下に張り巡らされたパイプなので、恐らく下水やガスなどが通っているのだろう。だが、ここはあくまで新宿御苑の地下だ。必要最低限のものしか存在しない。

「ちょっ、これ以上は!」

薄暗いこの場所で派手に暴れる影伏をみかね、水城が影伏を止めるように声をかける。しかし、そんな言葉が彼に届くことは無かった。

「稀咲…正直に話せ。」

「くっ、聞いてたんなら聞く必要ねぇだろうが!」

「あいつは、ヴァルキリアの正体は頭木なんだな!?」

「チッ…聞きやしねぇ。」

もはや彼の耳に雑音は入らない。彼の欲しい情報以外を、完全に遮断している。

稀咲は持っていた銃を、影伏のこめかみに強く打ち付ける。それで少しだけ隙ができた瞬間に、胸ポケットの弾丸を素早く銃に装填する。

「この距離じゃ、避けらんねぇな。」

口角を上げ、引き金に手をかける。脳に衝撃を受けたせいで冷静な行動が出来ない影伏は、その銃弾を避ける素振りを見せない。なんの躊躇いもなく撃鉄を落とすと、彼の銃口から鉛玉が放たれる。弾丸は、軌道を描く間もなく、彼の白いシャツを突き破って体に撃ち込まれる。

パァンッ

乾いた音が遅れて聞こえると、影伏の体が仰け反ってそのまま地面を背にして倒れ込んだ。その衝撃に、彼の意識は飛んだ。

「か、影伏君?」

あまり目立たずに影で見ていた水城は、倒れ込んだ影伏のもとに向かう。すると、稀咲の銃口は水城の方向を向いた。

「ひ、ひゃ!」

「動くな……あんたに見覚えがねぇ以上、迂闊に動いて貰っちゃ困るからな。」

体を地面から起こし、乱れた服装を整える。メガネをカチャッと上げ、彼が1度だけ瞬きをすると、彼の瞳に文字情報が浮かび上がってきた。

「ほぅ……お前もブースト系か。」

「噂に聞いてた例の……メガネクイッ。」

彼の能力を前に、固唾を飲み込む。

「あ、そっちが噂なんだ。まぁ、君を殺れば都合が良くなる。死んでくれ。」

「それで死ぬやつが居るか!」

「ご最もだな。」

人差し指をトリガーにかけ、ゆっくりと力を入れる。バネの反発が指に伝わり、指が少しだけ力む。じわじわとトリガーが内部に沈んでいき、撃鉄が上がっていく。

キリキリッ

金属の擦れる音が鼓膜を震わせ、意識が段々と引き伸ばされていく。

「はぁー」

大きく息を吸い込むと、頬を小さくふくらませながら口を固く閉じる。そして、右手を地面に這わせ、コンクリートのがたついた部分に指を引っ掛けると、それに合わせるように足に力を込めた。ただひたすらめいっぱいに。

「―――ッ!」

影伏の体が飛び上がり、力を入れた足が彼の頭上にたっていた稀咲の後頭部を直撃する。

「ウガッ!テメェ……防弾チョッキか。」

彼がメガネを上げて影伏の撃たれた部分を確認すると、そこには大きく分厚い鉄板が入った防弾チョッキがあった。どうやら、弾丸が彼に届くことはなかったようだ。

「やっぱし脳天狙うべきか。」

後頭部に一撃を受けた稀咲は、そのままバク転の要領で受身を取りつつ体勢を立て直し、腕を勢いのまま後ろにまわして銃口を向ける。軌道が合わさった瞬間に、稀咲は掛けていた指に力を入れるが、影伏せは握っていたコンクリートを勢いよく引き剥がしてその弾丸を受け止めた。そもそも脆かったのか、それとも予め考えていたのか、地面のコンクリートは綺麗に隆起して弾丸を防いだ。

「チッ。」

軽く舌打ちをした稀咲は、持っていた拳銃を捨てるように投げ付け、逃げるように走りだした。それを止めようと水城が手を出すが、それを読んでいた稀咲は当たり前のように躱して走り抜けていく。

「待てよ!」

銃がぶつかった右肩を擦りながら、外れていたマスクを再び着用する。彼の筋肉が熱を帯び始めると、同時に地面がバキバキと音を立てて割れ始めた。

「待てと言われて、待つ奴がいるか?」

「「知るか!」」

水城も持っていた最後のペットボトルを頭からかぶり、全身に力を巡らせていく。稀咲が角を曲がる辺りで、ワンテンポ早く影伏が地面を蹴りあげた。大きく地面が崩れ、壁もグチャグチャに歪み、通路いっぱいに砂埃が充満する。

一気に加速した彼の体は、稀咲が角を曲がりきる直前で通路の端までたどり着いた。その時に、水城も影伏の後ろから追いかけていた。稀咲は振り返ることなく、一心不乱に足を踏み込む。影伏の指があと数センチで稀咲に届く……

「知っておけ……」

稀咲はポケットに入れた右手を外に出し、何かを取り出して放り投げる。やや黒ずんだ緑色の迷彩色のようなそれは、彼らの目の前でカッカッカッと音を鳴らし始める。

「全ての行動に理由があることをよ。」

彼が投げたものに亀裂が入り、そこから光が漏れる。

「稀さ…」

キィィィイイインッッ

激しい耳鳴りと共に、目の前が真っ白になる。まぶた越しからでも、しっかりと閃光をくらい、目の奥が焼けるような感覚に襲われる。水城はしっかりと腕で目を覆ったので、ある程度怯むと体勢を立て直して再び走り出した。

「影伏君、こっちは任せてくれる!?」

影伏の横を通る時に耳打ちで伝えると、影伏せは目を手で覆いながら頷いた。それを確認した水城は、大きく息を吸うと足に力を入れる。稀咲はどさくさに紛れて部屋に入ったが水城はギリギリのタイミングでそれを目視していた。その部屋の扉に突進するように入っいく。

「も、申し訳……」

背中から地面に落ち、目から手を離す。目が未だにくらみ続け、遠くでドタドタという音だけが聞こえる。再び無力感に襲われる。

ふらつく体を起こし、口からめいっぱいに空気を吸い込む。喉になにか突っかかりを感じながら、目の痛みを少しずつやわらげていく。

「水城さん…捕まえられたかな?」


「それで?」

「……。」

「そうやって、これからもずっと黙ってるつもりか?」

一枚の机を間に、二人の警部が一人の人物と睨み合っていた。

「いい加減その時のこと教えてくれよ……久留木 経太。」

ガラスの向こうに座る人物。彼はパイプ椅子の背もたれに寄りかかりながら、髑髏の刺青が入った右手をさする。目は虚ろで、二年前から「ガガギガ」と言う単語以外喋らない。故に「ガガギガ事件」と呼ばれている。

「お前が喋ってくれれば、慈条園と穏便に済むんだから。」

「ガ…ガギ……ガ……」

「だから……さっきからそれはどういう意味なんだよ!」

頭にきた田裂が、目の前の机をドンッと叩く。その衝撃に合わせて、久留木の体が少しだけ浮き上がる。

「まぁ……落ち着け。」

榊は、そんな田裂の肩に手をポンッと軽く叩く。

「お前がそんなに焦ってどうする。」

「今朝、影伏から連絡が来た。恐らくこの慈条園の件が二万人失踪に繋がるんだぞ!?」

「んなこったぁ、俺も知ってる。だからここにいるんだろーが。」

今度は田裂の背中をドンッと叩く。

「こいつから聞き出すには、急かすんじゃダメだ…」

榊が久留木と向かい合う形で、椅子に腰を下ろす。

「よぉ久留木。」

榊の目付きが代わり、ギラリと彼の瞳を睨みつける。

「お前の事件は、お前が犯人じゃない方針で捜査を再開した。」

「……。」

「お前の右手に宿るソイツを暴走させた奴がいんだろ?お前にそのこころあたりあるか?」

「……。」

榊の言葉が届いているかわからないが、久留木はひたすらに沈黙を貫く。脳に障害を受けていないことは、二人は検査の結果で知っている。

だからこそ、正常であるならしっかりと聞き出しておきたいのだ。

本当に壊れる前に。

「そうか…じゃあ質問を変えよう。」

聞き方が無駄であることを何となく察していた榊は、予め用意してあったモノを部下に持って来させた。密閉保存出来る袋の中に、赤黒い小さな金属片が入っている。

「さて、これがお前の体から出てきた訳だが……」

それを久留木の前に置くと、久留木は表情を変える。

「あっ、あぁ……」

「これ、形状は特殊だが、弾丸だよな?」

「うぅぅぅうぅ……」

「これが、お前の肩から検出された。そして、この弾丸はどうやらお前の背後から打ち込まれている。」

「うぅぃいいぁ……あっ…うぅ…」

久留木が頭を抱えながら、ゆっくりと前かがみになる。

「この弾丸…俺も拳銃を特注してるから分かるんだが、かなり精巧に特殊な加工が施されている。それに、中心になにかを入れるための空洞が存在しやがる。俺の予想だと、ここにお前を狂わせたクスリが入ってたと思うんだが……」

「あぁ……っ……いぁあぁああ」

「お前は誰かに呼び出されて、これを打ち込まれたんじゃねぇか?なぁ?」

「ぁあぁぁああああ」

久留木の声がどんどんと大きくなり、密閉された部屋に響いてくる。彼の膝が貧乏揺すりを初め、目の前の机がカタカタと揺れ始める。

「なぁ頼むよ。犯人が分かれば……」

榊が席をたち、久留木の耳元で呟く。

「お前んとこの親父さん…殺さなくて済むんだわ。」

榊の口角が上がる。頭を抱えていた久留木は、腕の間から彼の顔を確認する。「分からなかったら確実に殺す」とでも言うかのようなその目に、彼は思わず漏らしていた声を止め、固唾を飲み込んだ。

「俺は……奴に呼ばれた。」

「やっとまともに喋ったか。」

榊は肩に置いていた手を離し、元の向かいにある椅子に腰を下ろす。

書記にハンドサインを送り、記録用紙の横にあった録音機の電源を入れる。

「さて、誰に呼ばれたんだ?」

指を組んで机に肘を着くと、田裂が背後から呟いている言葉を無視しながら、向かいにいる久留木に目を合わせた。久留木は、睨まれるような嫌な視線に侵されながら、その当時あったことを正直に話し始める。

「まず、俺たち慈条園は、羽場貴研究所と協力関係にあった。」

「まぁ、そうだろうな。」

捜査の過程で何となく察していた榊は、大して驚かなかったが、後ろの田裂は若干オーバーリアクション気味に後退りした。それに榊は、いつものようにため息を零す。

「お前らが羽場貴とつるんで、色々な異能力実験をしていたのは知っている。慈条園自体、異能力崇拝集団である以前に、異能力を強くしたいと言う人物の集まりだからな。」

机の上に乱雑に置かれた紙に、榊は目を向ける。公安が調べ集めた慈条園メンバーの資料である。ほとんどが慈条園に入ってから異様な異能力の成長を遂げている。

「その過程で、例のアレを羽場貴が作りあげちまった訳だな。」

状況を何となく理解した田裂は、話の繋ぎを入れ込んだ。すると久留木は、田裂を一度睨んでから頷いた。

「たぶん、それの一人目の実験体が俺だった……そういう訳だ。」

「するってーと?お前を呼び出したのは、羽場貴って事になるのか?」

田裂が再び横槍を入れる。榊はそれを叩き落とすかのように、田裂の答えを否定した。

「悪いが、それは関係ないだろう。その時は既に、勤河の研究結果を盗んでいた頃だったからな。」

勤河が起こした事件を思い出した田裂は、その研究発表がちょうど六月二十日出会ったことも思い出した。確かにあの時の羽場貴に犯行は不可能である。

「俺が知りたいのは、お前を呼び出した男の名だ!早く言え!」

最悪新宿御苑が大変なことになってしまう事を危惧した榊は、急かすかのように久留木の口を割らそうとする。それを見兼ねた田裂は、久留木の背中をドンッと押した。

「まぁ、お前に新宿の命運がかかってるってこったぁ!」

田裂は別に大袈裟に行った訳では無い。三万人が失踪する以前に、大事件が起こってしまっては元も子もないのだ。

「っつーわけで、英雄になってくれねぇかな?」

肩に手を置いて、耳元でボソッと呟く。先程榊が行っていたことを、田裂も行う。このやり方は、二人とも同じ人物に教わった為、どことなく似てしまう。

「……そうだな。」

久留木が、再び唇を動かす。撃たれたあとの残る場所を右手で撫で、大きなため息をついて落ち着きを取り戻す。そして久留木は、ひとつの覚悟を決めた。

親友を裏切る覚悟を。

「俺をあの場に呼び出し、弾丸を打ち込んだのは…」

両手を強く握り、机にグッと押し付ける。机がギシッと音を立てると、榊は思はず机から肘を退けてポケットに入れる。田裂も何かを感じ取り、一歩後ろに引く。

「羽場貴研究所で、主に被験者として働いていた……」

その時点で、彼らは犯人であるかに気づく。そして、自分たちが何も出来ていなかった事にも……久留木の唇が、少しだけ震えた。


「俺の親友……酒々井 伝治だ。」


「もしもし?戸部です。」

『戸部か?俺だ、田裂だ。』

「あぁ、田裂君?ちょうどいいところに…」

『ヤバい。』

「え?」

電話越しに聞こえる田裂の声は、何か不穏な空気を出していた。ガガギガ事件の現場を、榊の部下に任せた戸部は、羽場貴研究所の実験室に足を運んでいた。

実験室には、血生臭い匂いが微かに残っており、至る所に赤黒っぽい拭った痕が残っている。壁にはいくつもの傷が付いており、どのような実験を行っていたのか疑問になるような現場であった。

元々この場所は、扉の鍵が開かない上に階段下の物置の床に隠れていたドアを開けた先に繋がるハシゴを降り、さらにその先にある地下通路をしばらく進んでようやく到着するような場所であった。この地下通路も、地下の配管や地下鉄の区画などを避けるようにグネグネと捻れていたので、この部屋に到着するまでもかなり時間がかかった。それほど厳重に隠している場所だ、何かしら事件に関したものが出るかもしれない。

「っと言うわけで、今羽場貴研究所のかなり怪しい所にいます。」

『そうか……そんな場所が。』

「所で、ヤバいとは?」

そして、田裂は先程あった出来事を余すことなく全て伝えた。

『と言うわけで、現在失踪中の奴が真犯人だった。と言っても、そいつがどんなやつだったかとか、なんでそんな事したかが分かんねぇ。』

「なるほど、それで榊君が今走ってる訳だね。」

『まぁ、そうなっちまったな。』

戸部は、その姿が比較的安易に想像できた。

『それで、そっちはどうだ?もしかしたら、事件の核心に繋がるかもしれねぇぞ。』

「いやいや、まだこっち着いたばっかりだから。何かあったらまた連絡するから。」

『おう、了解。』

田裂との通話を終え、スマホをポケットにしまう。

「さて、どうだい牧田くん。何か見つかったかい?」

「あー、そうですね…」

戸部と共にこの場所に来ていた牧田は、周りにいた刑事達とその場をぐるりと見回してから、少し濁すように返す。

「まぁ、これといったものは無いですかね。」

「そうか…。」

腰に手を当てて、大きくため息を吐く。牧田も頭をボリボリと掻きむしり、どうしたもんかと顔を歪める。

「おい、牧田!」

「ん、どうした千嶋?」

部屋の奥から大きな声を上げ、牧田に手招きする千嶋。白い手袋をはめた千嶋は、目の前にあるものをツツッと指で撫でる。

「部屋の奥にこんなもんが……戸部さん。」

「あぁ、これは…隠し扉だね。」

目の前には、壁と同じ色で隙間なくピッチリと紛れ込んでいた、鋼鉄の隠し扉があった。もちろん取手も無く、扉の隙間もないために開ける手段が見つからない。

普通であれば。

「ヨイショォ!」

大きな音と砂埃を巻き上げながら、目の前の鋼鉄で分厚い扉が、先の空間にバタンと倒れ込んだ。

「ヨイショさん流石!」

「凄いっす、ヨイショさん!」

「ん!」

未決係の一人である、通称『ヨイショさん』こと”良石 軽御”の能力で軽くなった扉は、良石の巨体が衝突しただけで大きく吹っ飛んだ。彼のこの能力は、使い方次第では恐ろしい能力である。だが、本人が優しくおっとりした人物であるが故、人を痛め付ける事に使われたことは無い。

そして彼は、褒めないとやる気を無くす。

「さ、さすがだぜぇ…」

その事を牧田からやんわりと聞いていた千嶋も、ややテンション低めながらも同じように彼を褒める。

「ん!」

それを聞いた良石は、ウキウキと扉の先に進んでいく。

「……あれ、大丈夫なのか?」

「あぁ、ヨイショさんは結構良い奴だぞ?」

「そ、そうか…」

二人は良石が向かっていった扉の先に目を向ける。その先には、今いる部屋の入口同様に長い通路が続いているかのような開けた場所だった。

「これ、どこまで広がってやがるんだ…」

「まぁ少なくとも、東京の地下でこれは異常かもしれないな。」

そんな二人の肩を、戸部は軽く叩いた。

「進もうか。」

彼らの間を通り、通路の先に進んでいく戸部。二人は慌てるように、その背中を追いかけて通路に足を踏み入れた。

薄暗い空間の中で、カツンカツンと足音が響く。

「ん?」

先頭に立っていた良石が、なにかに反応してその場に立ち止まる。少しずつ狭くなっていた通路の中で、前が塞がれた後ろの彼らは、良石の背中にぶつかった。

「なっ、どうしたんですか?ヨイショさん。」

「ん。」

牧田の問いかけに、良石は目の前の方向にあるそれを指さした。

「……あれ?ここって。」

「昨日、聞かされたところじゃないか?」

後ろから顔を出した戸部と牧田が、その場所の既視感に困惑する。そこに、割って入るように千嶋も現れた。

「いやここ…昨日俺来ましたよ!?」

視線の先には、大きなパソコンと三つ程のモニターが。部屋の床には何本ものコードがごちゃごちゃと置かれ、他にもなにか難しそうな機械類が置かれている薄暗い部屋であった。

「ここ…感取さんが見つけた、例の地下室じゃねぇか!?」

千嶋がその部屋に入り、パソコンなどの周辺機器を近くで確認する。そして、「やっぱりそうだ」とポケットに入っていた手帳を取り出す。そこには、先日調査したこの地下施設に関する事が書かれていた。どうやらそこに書かれていることによると、彼がこの部屋に来た時にはこの通路は見つからなかったようだ。

「こんなところに通路なんて……」

「でも、ここは扉なんてついてないぞ?」

牧田が千嶋に疑問を投げかけるが、千嶋はその疑問には答えずに違う言葉をなげかける。

「牧田……一回、通路から出てこい。」

「え?なんだよ。」

牧田は「いわれなくても」とボソボソ呟きながら、床のコードを気にすることなく部屋に足を踏み入れた。千嶋は、来た牧田の顔を両手でつかみ、首をグリンと後ろに向けた。

「……おぉ!なるほどな。」

牧田の視線に映ったのは通路への入口ではなく、隙間なんてひとつもない無機質なコンクリートの壁であった。まったく違和感なく、巧妙に作られている。

「これなら見つかるわけ無いな。」

「偶然、この壁に寄りかからなければ…な。」

千嶋はその状況に、ため息を漏らしながら頭を抱えた。


「なるほど…羽場貴研究所と頭木の店の地下が繋がっていて、その入口にホログラムか。」

『はい、合わせて地下室の再挑戦を行いましたが、白い大部屋と機械室共に何も出てきませんでした。機械室の電子機器も動かないままです。』

「了解。未決の捜査に協力してもらって悪いな。」

『いえいえ、お疲れ様です。』

「はい、お疲れ様。」

榊が通話を終了すると、後ろの田裂が彼の肩にそっと手を置いた。

「なんだ、羽場貴と頭木は繋がってたのか?」

「いや、違うな。」

持っていたスマホを机に置き、いつものように腕を組んで考え込む姿勢に入る。背もたれに体重をかけて、椅子のパイプがギシギシと音を立てる。

「対等な関係なら、何故セキュリティがあれ程違うんだ?ホログラム一枚に対して、ドデカ鉄扉一個は誰がどう見ても対等じゃない。多分だが、どちらかがどちらかを監視する通路なんじゃないか?」

組んでいた手を外し、髪をぐちゃぐちゃと掻きむしる。田裂も腕を組むと、彼は冷たい壁に背中をつけて深く考え込んだ。その二人を見ている、まだ帰してもらえずに困っていた久留木は、何となくそれがどう言った状況か理解出来ずにいた。そもそも、この件に関して慈条園が関係しているかも怪しいところである。

「そういえば、どうして酒々井が犯人なんだ?」

田裂がふと言葉をこぼす。それを耳に入れた榊も、少し眉間に皺を寄せる。そして、視線を久留木の方に向けた。

「羽場貴研究所の所長は、今回の事件に関わってないのか?」

「そりやぁ、死んでるからな。」

「ちがう。今度起こる事件じゃなくて『ガガギガ事件』においてだ!」

田裂のツッコミをはらい落とすように声を荒らげる。

「あの事件に所長は絡んでないよ。」

「「!?」」

取調室の入口から声が聞こえる。思わず二人が振り向くと、そこには手錠をかけた白衣の男が立っていた。その男は羽場貴を殺した張本人である…

「勤河さん!?なんでここに…」

「なんでも何も、向こうの部屋で君たちの話を聞いていた刑事のひとりが、状況を察して僕を呼びにきたんだよ。君たちの部下は優秀だねぇー。」

久留木が自白してから数分しか経っていないというのに、その間に刑務所まで行って手続きして彼を獄中からから釈放させここまで連れてくるなんて、普通できないだろう。

「そうか、よくやってくれたな遠藤。」

「あ、はい…」

榊の問いかけに、扉の端から一人の男が顔を出す。彼の名は”遠藤 五月”、捜査一課の榊の元で捜査に参加する刑事のひとりだ。彼の部下にしては珍しく異能力を持っており、その能力は”最速行動ファーストアクション”と呼ばれるものである。設定した目的地に対して早く着くことを目的としたこの能力は、正しくその時の状況にうってつけであったのだ。

「さて、酒々井君がだいぶ暴れているようだね……」

「あぁ?大半は研究所のせいだろ!?あんな非人道的な実験ばかり……」

久留木が勤河を怒鳴りつけるように、その場から立ち上がる。

「いやいや、彼を実験体にしているのは羽場貴所長のみだよ。僕が彼を殺す動機のひとつなんだからね。」

「いや、それその時供述してな…」

「供述も何も、言う前に投獄したのはどこの誰だい?」

「……。」

榊は口を噤み、後ろに向いていた体を久留木の方に向ける。

「とりあえず、酒々井君は所長から受ける人体実験に苦しんだ末に、生み出された数発の銃弾を手に外へ逃げ出したという訳だ。そして、計画的にその試薬を実証し、その日をついに迎えるということか……」

「そもそも、異能力の暴走薬の存在を、お前は知ってたのか?」

「知るかそんなこと。」

「……。」

再び榊の質問が即答で弾かれる。そして、しばらく榊は喋ることをやめることにした。

「勤河さん……もし貴方が彼を止めていれば……」

「田裂君……それは到底無理な要求だね。彼を止められる人間なんて、ほとんどいないと思うよ。」

「どういうことだ?」

勤河は取調室の中に足を踏み入れると、そばにある畳まれたパイプ椅子を手に取り、榊と久留木の間に入るように腰を下ろす。

「彼の能力……”被検体テスター”は、既に想定した範疇を超えているだろう。何せ羽場貴所長の興味が一身に惹かれていたんだからね。」

彼の脳裏に、絶え間なく響く悲鳴が漏れ出る実験室が現れる。しかし、試行回数を重ねる毎に悲鳴は消え、彼の目からも光は消えていった。それに比例するかのように、羽場貴のモチベーションが上がっていく。そういう”実験”であった。

「彼の能力は、観測時点でフェーズGに到達した。彼の能力はもはや……」

そこまで言うと、勤河はゆっくりと俯いた。瞼がゆっくりと落ちていき、再び脳裏に当時がフラッシュバックする。乾いた笑顔を浮かべる酒々井の顔は、今でも忘れられずにいる。

「勤河さん……」

「いいか、皆。奴にはこの世界において、彼に干渉するあらゆる物を無力化&無効化する。僕の能力も無論、田裂君の能力も感取君の能力ですら…。」

「なるほど…」

「酒々井……」

久留木が、肩を落として腰を椅子に下ろす。

「捕獲するなら……彼から銃を取り上げた上で、彼の干渉拒絶が発動させない行為で彼を足止めさせる必要がある。できるならば、そうできる人物が必要だ。」

その言葉に、快く返せる言葉は彼らの中には見つからなかった。しかし、そこにいる誰もが考えていたひとつのことがあった。


((((動かなければ。))))


時刻、十時頃。新宿御苑にて。

「観念しろ。」

ダッダッダーンッ

銃弾がキリキリと空を切りながら回転し、直撃した体の肉を抉っていく。右肩、左脇腹、右足首がほぼ同時に弾け飛び、体がグシャッと地面に倒れ込む。

銃口から出る煙を振り払うように腕を振った感取妹は、無くなった銃弾を手際よく装填し、再三引き金に手をかける。

「おいおい、その程度かよ!」

目の前で仲間が倒れる中、それを避けるような華麗なステップで感取妹に近づく。彼女は、その男の近づく手を蹴りで振り払い、その勢いを残したまま振った腕でそいつの肩に標準を合わせる。

ダッダーン

「おっ!?いいねぇ!」

「チッ……。」

銃弾は彼の肩を外れ、近くの障害物に当たる。顔をしかめた感取妹は、そのまま余裕を与えさせないように銃撃を続けた。

二発、三発と放たれる弾丸。しかし、その軌道は彼の直撃する寸前で歪んでしまい、全て彼から外れてしまった。その小さなストレスが積もっていき、感取妹のイライラが段々と激しさを増していく。

「おっ、公安さんこっちこっちー!」

「クッ……テメェ。」

一発外す度に舌打ちを挟んでは、残弾を流れるように補填させ、攻撃の手を休めない感取妹。それに対して、”当たらないこと”に徹底する男。他の慈条園メンバーと動きがまるで違うので、三幹部の一人であろうか。

「皆には悪いが、俺は純粋にこの戦いを楽しませて貰うぜ!」

「知るかッ。」

男の放つ拳を軽くいなす感取妹だったが、普通であれば確実に当たるはずの弾があらぬ方向に飛んでいくことに焦りを覚え始めた。

「チッ、そういう能力か。」

そう気づくと、残弾が空になった銃を懐にしまう。両手が空いた感取妹は、手の負傷を危惧することなく思い切り男の身体に攻撃を打ち込んだ。

「がっ……いいねぇ!」

それをわざと受けたのか、男は顔に笑みを浮かべた。

「攻撃そのものをいなす能力では無いか。」

「オラァ!」

男の振り下ろされた拳を左腕に沿わせながら受け流し、右手で顔に目掛けて打ち込む。男はそれを避けることなく正面から食らう。

「なんなんだ…」

先程の避けるだけの動きに対して、今の動きとのギャップに戸惑う。しかし、男も馬鹿ではなかった。その戸惑っていた一瞬に、振り下ろした右腕で打ち込まれた右腕を押さえつけ、体を前に思い切り体重をかけた。彼女の腕がミシミシと音を立てはじめ、全身に電流のような痛みが走る。

「――ッ!」

慌てて腕を引き抜こうとするが、知らぬ間に左手でも押さえつけられており、全く腕が動かない。骨の軋む音は、やがて炸裂音に変わり、腕の内側が弾け飛ぶように燃え上がる。

「ンンンッッ!!」

痛みに必死で耐え、体を仰け反らせて足で男を捕らえる。前屈みになる彼の力を利用し、そのまま男の体を前転させて、背中を思い切り地面にうちつける。その勢いで右腕を引き抜いて足を離し、右腕で思いっきり男の身体を蹴った。

「テメェ!」

「ハハッ!」

男はその足蹴りを痺れる体を転がしてよけ、腕の力だけで体を起こす。そして、再び彼女に体を向けた。

「楽しいなぁ!」

放たれる彼の拳を、腕でいなしては蹴りを入れる。それを男は体で受けつつ、その足にも攻撃を打ち込んでいった。その繰り返しが続き、全く埒が明かない。感取妹は地面に手をつけ、それを中心にして体を回転させながら攻撃を打ち込む。しかし、それでも男が倒れることはなく、更には地面に着いた腕を蹴りあげバランスの崩れた体に膝を打ち込んだ。

「お前、なんだかんだ強ぇじゃねぇか!」

「う…グァッ!」

打ち込まれた膝を折れた右腕と体で挟み、手のひらを左足で巻き付けて固定する。そして懐に置いてあった拳銃を取り出して足に直接突きつけた。

「この距離なら……避けられない!」

「なっ!?」

ズダァンッ


「オラァ!」

【愚か者どもよ。今、駆逐せん。】

入澄が右手を大きく振りかざすと、彼の支配する仏の像が轟々と金属の軋む音をたてながらその場にいる慈条園のメンバーを次々と蹴散らしていく。その一振のために、恐ろしいほどの体力を持っていかれてしまった入澄は、息を荒らげながら仏像の手を動かし続ける。

「はぁはぁ……さしずめ、ネテ〇会長になった気分だぜ。まぁ、俺はあんなにムキムキじゃないからキレが違うが。」

右手で地面を叩き割り、左手で飛びかかる者達を叩き落とし、右手で今度は地面にいる奴らを払い飛ばす。まるで場所を気にしない(国からの許可は降りているが)ような勢いで、周囲の物をグチャグチャに壊していく。

【ここは神の御所であるようだが、我に関係の無い事。】

「あぁ、構わない。思いっきりやってくれ!」

入澄は上司の許諾を信じてそう言い切るが、内心では…

(あの人は、俺になんつー役を押し付けてきやがるんだ。)

悟られないようにひっそりと、上司を憎んでいた。

「とりあえず、俺の役目は時間稼ぎだ。向こうで決着が着くまでは耐えてみせる!」

汗で乱れた前髪をグイッと上げる。クリアになった視界に、入り込んでくる複数の影を、浮かぶ仏像を使うことなく自身の拳で打ち破っていく。四十後半、再来年には五十になるという彼の体は、仏像を動かしていただけでボロボロになっていた。それでも関節の軋む音を体に感じながら、目の前の的に拳を振るっていく。

(元々公安は、こんな格闘家みたいな職業じゃなかったんだがなぁ…)

ズ厶ッ…バゴォッ

敵の顔面に拳をうずめながら、過去に思いを馳せる。その記憶には、少し色あせた若き彼と、黒いコートを着込みタバコを吹かす男の姿があった。

「チッ……クソ。キリがねぇな。」

思い出から気を戻し、振るわれた拳を腕で受ける。それを押しのけ、手の付け根の関節を除いた指を全て曲げ、その作られた面を敵の顎を捻るように押し当てる。腕に力を入れて押し抜くと、敵の首はゴリゴリと言う音とともに斜めに曲がり、同時に顎も左右にずれてしまう。そして、入澄は右腕を力を込めて手前に引き、一気に突き出した。

「聖拳!(なんつって)」

【ウォォォオオオ】

ボコボコと地面が拳でえぐれていき、周囲の人たちも巻き込んだ一撃を繰り出す。どうやら彼が着けた適当な技名は、言霊としてその仏像に力を注ぎ込んだのだろう。

「ばっ……馬鹿野郎!」

宙を舞った感取妹は、折れた腕をプラプラとさせながら入澄を睨みつけ、叫ぶように怒号を浴びせる。

「すみませんねぇ!」

「そう思うなら、しっかりと着地手伝え!」

空中で真っ黒なスーツを整えながら、同時に着地体勢を取り始める。しかし、彼女の目の前には、先程からしつこく付きまとう血だらけの男が浮かび上がっていた。

「ヒャハハッ!ここまで来ると、認めるしかねぇなぁ。」

「チッ……クソ。」

トリガーを何度も押し込むが、ことごとく弾丸が彼を避けていく。

「効かねぇ効かねぇ!あの至近距離でダメだったってゆーのに、よく諦めねぇなぁ!?」

「クッ……!」

拳銃をガクンガクンと震わせ、どんどん銃身が熱くなっていく。銃の精度が少しずつ鈍くなっていくのも腕に感じながら、ぐるぐると思考を巡らせていく。空中を全身の筋肉を匠にくねらせながら、まるで自由自在に空中を駆動しているかのように動いている彼は、握った拳と硬いブーツを彼女の身に当て、じわじわと追い詰めていく。

「お前は強い!だから名乗っておこう!!」

声をはりあげながら後ろから向かってくる仏像の手を踏み台に、さらに上空へ身体を飛ばす。それを日の眩しさに目を眩ませながら、その場の者はいっせいに見上げた。

「俺の名前はぁ歪裕磁(ゆがみゆうじ)!!竹会長(おさ)戦漢(いくさおとこ)!!」

声をバリバリと張り上げ、その場を一瞬で震わせる。

「能力ぁ”磁歪(マグネティックディストーション)”で、フェーズは未だ3!強けりゃ誰でもいい、夜露死苦ッ!!」

彼が拳をぎゅっと握り、大きく振りかざすと。すると、彼の落ちる体は跳ね返るように宙を舞った。それを目で眺めながら、入澄のフォローを受けつつ地面に着地する。直ぐに近くにあった木の枝を手に取り、ジャケットを脱いでシャツの袖を千切り、腕と添え木をぐるぐると巻き付ける。

「痛ぇんだよクソが……」

指に力を入れて動くことを確認すると、そちらの手でも携えていた拳銃を握った。あまり二丁拳銃というスタイルを用いない彼女だったが、ぱっと思いついた事がこれしかない。

「許さねぇからな…」

手のスナップを生かして、スライド型のリボルバーを押し込んで弾をこめる。それと同時に、彼女の真っ黒な目がキラリと光った。

「ちょ、係長まさか……まだ使うの早い」

「いいんだよ、早く終わればそれで。」

入澄の言葉を遮るように返し、銃口を空中にふわふわと浮いている男に向けた。それを見た男は、余裕そうな顔で彼女を指さしながら微笑んだ。

「おいおい、話聞いてたのかよ女。」

「そんなことより、お前以外の主戦力はここにいないんだな?」

「あ?ここで殺り合うって言ってんのに、総力出さないわけねぇだろ?」

「居るんだな?奴等も。」

「あぁ?稀咲の事か?それなら地下の方だぜ。それよか俺と……」

彼女に手を出そうと放っていた磁場を弛めた瞬間、彼の頬を弾丸がかすめて行った。その影響で、彼の頬には一本の切り傷が現れた。その方向を目で追うも、傷はそこから見えないし、弾丸も知らぬ間にどこかへ行ってしまった。

「なんだぁ…?」

「こっからは容赦なんかしねぇからな。」

「なんだぁ?テメェ……オイ。」

ガチャコンッ

彼女の銃のリボルバーが周り、再び弾が装填される。

(どっちにしろ、リロードさせる暇さえ与えなきゃまぁなんとかなる。)

再び体に磁場をまとい、地面との繋がりを緩める。前屈みになった歪は、視野に入った大きな金属に目をつける。あの仏像である。具現化したものであるため、その素材はしっかりと金属で出来ているのだ。それを先程足場に使った時に確認している。

「銃は効かねぇぞ!それでも向けやがるのかぁ!?」

「効く効かないを……てめぇで決めるな。」

「あぁ?」

ズギャァンッ

油断していた彼の左肩に、小さな穴が空く。その穴からじんわりと痛みが伝わり、左手の力がカクンと抜ける。

「金属でダメ。さっきの化学合金でもまだ少し歪む……だったら、もうゴムでしょ。」

「ぐぁぁぁああ!!」

「脳天狙ったのに、それでもまだ歪むなんて……磁歪(じわい)とか言う物をちゃんと調べとくべきだったなぁ……」

(影伏君なら、普通に知ってたかもなー……)

再びリボルバーが周り、弾が装填される。これこそが、彼女が出し渋っていた能力”装填(リロード)”である。先程撃った方とは逆の銃も、リボルバーを回して違う弾を装填する。これら全て、彼女が意識するだけで、自動で行われるのだ。

「はっきり言っておくけど……」

片足を後ろに滑らし、踏み込める姿勢に変える。彼女の目には、空中で狼狽えながら落下する彼を捕らえていた。

「効くか効かないかは……私が決める。」


その頃、田裂と榊は目的地に向かって走っていた。

「おい榊。」

「なんだ、こんな時に…」

田裂の能力は傷を負わないと発動しないので、走る速度はほぼ同じくらい(なんなら、榊の方が少し早い)。少しの憤りを感じながらも、田裂に耳を傾ける榊。

「お前……慈条園の稀咲について詳しいか?」

「あったことは無いが、ある程度の調べはついている。」

「いや、さっき水城から連絡があってよ……影伏が交戦中らしいんだよ。」

「……そうか。」

榊はそう言うと、一度足を止めてポケットからスマホを取り出した。動くのに邪魔で外していた眼鏡を掛ける。

ファイルアプリを開き、『慈条園』と書かれまとめられたものの中から『稀咲 真藤』を画面に表示した。そこには、彼が調べられた情報がまとまっていた。このファイルアプリはパソコンとデータをインターネット上で共有しており、スマホからでも手軽に確認できるので刑事達は必ず入れているのだ。

「ここに書いてある通り、やつの能力は全てを見通す目だ。フェーズがGに到達していないとは言え、『自分が見た者の真実が見える』というのはかなりやばい能力だ。」

「それって……感取の神眼(笑)とほぼ同じなんじゃねぇか?」

わざわざ「神眼」の後に鼻で笑う田裂。それにほぼリアクションすることなく、質問に答えながら話を続けた。

「感取の方が目の精度としてはまだ上。だがまだ上がある…もちろん感取にも。お前達の異能力は”常に成長し続けるモノ”だからな。」

「まぁ、お前は無能力者だから著しい成長は見れねぇな。」

「安心しろ。俺も未だに日々成長を重ねている。」

無意識に眼鏡を左手で上げる。日光がレンズに反射して、眼鏡がきらりと光り輝いた。

「……キラメガネ。」

「そのあだ名はやめろ……だから眼鏡は嫌いなんだ。」

もう一度眼鏡を外して、懐にそっとしまいこんだ。再び足を動かし始める。

「とりあえず、稀咲の情報は影伏に共有した。彼がこれを確認すればなんとかなるだろう。問題は俺たちが向かっている先だ。」

「なぁー、本当に俺が要るのか?」

走りながら手をバタバタさせ、「めんどくさい」と言いたげな田裂だが、榊が振り返って睨みつけると嘘のように大人しくなった。そして顔を再び前に向けた榊が、再び走りながら説明を開始する。

「いいか田裂?俺一人じゃ頭木はおろか、酒々井を捕まえるのも時間がかかる。だがお前の脳筋能力があれば多少は楽になるだろ。」

「ほぼ肉壁じゃねぇか。」

「そもそも、頭木とはお前一度戦ってるだろ?」

「はぇ?」

突然の問いかけに、思わず思考が停止してしまう。なんの事だか分からない田裂は、立ち止まってこめかみを指でカリカリ掻いた。

「…どういう……ことだ?」

「お前、彼女の写真見た時に気づかなかったのか?相変わらず……」

榊も足を止めポケットのスマホを取り出す。そして、そこにあった一枚の写真を田裂に見せた。

「俺はこの時現場にいなかったが、お前は直接対峙していただろう?課長と一緒に…」

「……あ、あぁぁ!!こいつかぁ!!」

その写真には、やや雰囲気の変わった頭木まりなの姿があった。そこにいる面々を見て、田裂もその当時のことを思い出す。

彼女らは『オーディーンヴァフィス』と呼ばれ、イタリアを中心に勢力を広げていたマフィアである。彼女らは、田裂達の異能課がイタリアへ招かれた際に、正面でぶつかりあった仲だ。その事件によって、イタリアの情勢は大きく変わることにもなった。

「そういやイタリアなんかも行ったなぁ……本場のイタ飯は美味かった。」

「イタ飯の話もお前が食いすぎて腹壊した話も、今はどうでもいい。とりあえず戦闘経験があるお前なら……」

「いや、彼女と戦ったの俺じゃないぞ。」

「え?」

榊の期待を含んだ声を遮るように、田裂が一言だけ挟んだ。それを聞いて思わず声を出してしまったが、それを気にしまいと再び走り出す。田裂もそれに合わせて走り出す。

「……。」

「いや、カシラギと戦ったのはヴァ……まぁ、なんとかなるか。」

「そうか、彼女だったか……現場に行ってないのだから、把握していないのも当然。仕方ないだろ(お前に期待した俺が馬鹿だった)。」

「あ?」

走りながら小突き合う二人は、足を早めてひとつの場所に向かう。この事件の疑問点において、最後のピースになりうる場所。

影伏の通う高校である。


ガラガラ…

教室のドアが開き、一人の男性が入り込む。その教室には机と椅子はなく、ただ無機質なゴム製のタイル床とペンキで塗られた壁が広がっている。床のワックスも手入れされていないのか乾ききっており、靴の裏からザラザラとした感触が伝わる。黒板も埃をかぶっており、うっすらと消え残ったチョークの跡が残る。

入ってきた男は、辺りをキョロキョロと見回しながら黒板の下にある段差に腰掛けた。

「はぁ……ここなら誰もいないか。」

男はそう言うと、リュックから弁当箱の入った小さいバッグとダンボール箱を取り出した。その箱からカタカタと音が聞こえる。

「うーん…なんで学校に持ってきちゃったんだろうなぁ。」

ガラガラガラッ

「!?」

男は、扉の開く音に体を跳ねさせ、音のする方向を向いた。

「……誰だ?その制服は、ここの生徒か?」

「僕は平田だ、平田須治。そう言う貴方は?」

冷静な雰囲気で持っていた箱を脇に抱えながら、教室の入口で立ち尽くす男を睨みつける。平田は影伏の唯一無二の友人(親友)であり、同時に彼と同じく素晴らしい頭脳を持ち合わせている。

「……はぁ。」

「貴方は、何の目的でこちらに?それより、どうやってこの学校の敷地に?」

「……この学校は俺も通ってたから、裏道ぐらい知ってるさ。」

「はぁ……先輩ですか。」

ゆっくりと体を起こし、持っていた箱をなるべく見せないように体の後ろに隠す。ポケットのスマホを取りだして、目の前に置いた。

「……それは?」

「一応貴方は不審者だ、迂闊に刺激したくない。だから、僕が通報しないように置いたまでだ。」

「そうか、それは賢明な判断だ。そのまま動かない方がいい。」

「はい、従います。」

そう言うと、平田は両手を後ろで組むようにした。一応という感じで膝を地面につけた。それを見た男は、安全が確保されたと確信し、その教室の後ろに移動する。そこにはいくつもの小さめなロッカーが連なっていて、どこも鍵が閉まっていた。男はポケットから取り出した鍵を、そのうちの一つのロッカーに差し込んで開いた。

その間、油断した彼を睨むように見つめていた平田。

(年齢は二十代前半、服装は動きやすい格好の上に大きなコートを着用。夏の初めにしてはおかしな格好。時折、肌から見える不自然な傷跡……)

高校生でありながら、着実に目の前の人物から視線による情報を取り入れていく。彼の能力を使えば、その男の能力を知ることも可能であるのだが。

(能力だけは……使わない。)

彼が初めてこの能力を認知した時から、基本無抵抗主義な彼はその能力を封じてきた。どうしても使わなくてはならない状況も訪れず、正直『能力を使う』という感覚すら忘れてしまっている。

「……よし、あった。」

床に不自然無くはめ込まれていたタイルを剥がし、その下から現れたケースを取り出す。中身を確認するためにその蓋を開けると、そこには真っ黒ながらも日の光を浴びて輝きを出す重そうな物があった。フィクションでしか見たことないような、そんなもの。

男はそれを懐に差し込み、一緒に入っていた小さな物をコートのポケットに突っ込む。

「これで、進捗状況は”ガンマ”へ移行した。それじゃあ……」

重そうな腰を持ち上げ、男は平田の方を振り向いた。振り返った彼の目は、体が陽の光を逆光で受けているにもかかわらず光っているように見えた。紅色に。

「死んでくれるかな?」

ズドンッ

「えっ……?」

肩にかかる重さに、平田の体は耐えられず地面に落ちる。下腹部からどす黒いものが込み上げ、喉を通って外に吹き出る。

「ぐっ…ぐぼぉ!」

「すまないね、君は運が悪かっただけなのに。」

そういう彼の顔は、何一つ悲壮感を感じ取れなかった。感情のこもらない謝罪にも押しつぶされそうな平田の体は、じわじわと恐怖に蝕まれ始めた。

冷たい……苦しい……痛い。

色々な感情と葛藤が、彼の頭を駆け巡る。

(どうして…何もしてない僕がなんで……?)

今までの生き方を否定するかのような状況が、心を段々と冷ましていく。すると、思考に変化が現れ始めた。

肩に異物が入ってからおよそ五秒。彼の思考は、力に伝播した。

「さて、これから彼女の元に……あれ?」

ふとした瞬間、男の肩がズドンと重くなる。ありえない感触に驚きを隠せない彼は、思うようにバランスが取れずに地面に崩れ落ちた。

「な、なんだこれは!?」

腕が金属化したかのように重く、上がらない。間違いなく平田と同じ方の腕が動かなくなっていた。自体が全く呑み込めない男。

「まさか、使う日が来るなんてな……」

バチバチと音がなり、男は出口に向かっていた体を平田のいる方向に向ける。

「僕の能力……」

平田はキリキリとする痛みを我慢しながら、動く方の手を顔の近くにまで近づけ、特徴のある形の手にする。バチバチと言う音は、その手から小さな稲妻を発生させてゆっくりとなにかが現れる。現れたものは、その手の形にフィットするように手に収められた。

「……これは、運が悪かったのは僕の方か。」

「はぁ……はぁ……」

下から徐々に形を形成し、その姿が顕になっていく。平田は、その生み出された物を目の前にいる彼に向ける。

それは、民間人が持ってはいけない凶器、拳銃である。

「はっ…ふぅ………能力、平等者バランサー。」

呼吸を整えながら、手の震えを抑えさせ、標準を敵に定める。

彼の能力”平等者バランサー”のフェーズ1は、『握手した相手と自分の力を平等にする能力』であるが、彼が撃ち込んだ弾の影響で能力上限の枷が外れた。なので、握手どころか触れていない彼にその能力を発動させている。

「まさか、こんな能力者がここに燻っているとはね…」

「黙れ。お前の能力が耐性をつける能力なのは知ってる。だから僕の痛みを感じて驚いてるんだろ?」

銃を構えたまま立ち上がり、言葉を続けた。

「その能力の半分は、今僕と共有されている。だから僕もこの痛みに少しずつ耐性が付いてきた。お前の全てが、今僕と平等だ。まったく、なんで僕に能力を使わせるんだ……」

「なるほど、まだ能力の使用経験が浅いな。」

ズギュンッ

「クッ!」

平田の頬を弾丸が掠めていく。それを避ける事に精一杯だった平田は、男の蹴りを下腹部で受ける。男と能力を共有していた彼は、その攻撃に対してまったく痛みを感じなかった。

「な、なんだよこれ。」

内蔵が傷つけられているはずなのに、痛みはもちろんだが、吐き気や違和感、悪寒すら感じない。まるで自分以外の体を纏っている不思議な感覚である。

「僕ぁ、この能力のせいで、何度も苦労してきたんだよ!」

ドガッバギッ

「うぅ」

骨が折れる音が聞こえても痛みを感じない、足先が体にくい込んで内蔵をめちゃくちゃにする感覚と、折れて尖った骨が内蔵に突き刺さる感覚が脳に伝わるが、直ぐに違和感のない物へと変換されてしまう。苦しいのに苦しめない感覚に、いつでも冷静な脳がぐるぐると回り始める。

さらに、能力の暴走による負荷が上乗せされ、鼻の穴から血が伝い流れる。

「クソッ、ぐぁ。」

「ほらほら、どうしたんだ?」

彼は、この場から逃げ去ることを忘れ、彼の嫌悪の顔を見ることに快感を覚え始めた。平田を痛めつける手を、一向に止めようとしない男。ただ一方的に攻撃を受ける平田は、体中に伝わる嫌悪感に目をつぶりながら、男の隙を伺っていた。

(何とか、何とか決定打が欲しい。)

歯を食いしばりながら耐える平田。無抵抗主義だった彼にとって、耐えることはさほど辛いことではなかった。彼が今いちばん辛いのは、耐えなければやり過ごせない自分の非力さに、痛感させられていることである。

(あなたは?)

彼の奥で、誰かの声が響く。同時に、平田の体が男に蹴り挙げられ、激しい音を立てて背中から壁に衝突する。

(まぁ、いいよ…)

その声が衝撃に乗り彼の体に届いた時、全身が熱を帯び目の前に閃光が走る。

「ぐッ!?」

体に力を込めた平田は、向かいの男に体を動かす。

動かすように脳が身体に伝える。

「     」

音もない一瞬の間。平田は、男に背を向けて立っていた。

「何…だ?」

自分の身に起きたことを理解できない平田。後ろを向くと、そこには倒れ込む先程の男がいた。意識が少しずつ落ち着いて来ると、少しずつ身体から痛みが現れ出す。

「うッ…ぐぁ。」

地面に手を付き、視界の端に意識を向ける。そこには単調な文字体で、平田の能力で会得した能力名が現れていた。


被検体テスター

無限界アンリミテッド


「ぐぁッ!痛ってぇ…」

先程まで何の異常もなく走っていた田裂が、肩を押えて地面に跪く。

「ちょ、どうした田裂!?」

先行して走っていた榊が、田裂を心配して駆け寄る。

「なんだ急に。うッ……」

腹部から嫌悪感がせり上がってくる。それを何とか、口にてを当てて抑える田裂。思わず目から涙が溢れ出る。

「あっ……無理。」

「え?ちょ、田裂!?」

一言だけ呟くと、地面にうつ伏せになって倒れ込む。

「田裂ぃ!!」


三万人失踪まで、残り  時間。


―続―


お久しぶりです、橋本です。

もう断言します、不定期更新です。毎週は無理です。無理なもんは無理!土下座ッ!

とまぁ、虚構に謝るのもこれくらいで…

今回も評価、コメント、指摘等ございましたら、気兼ねなくぶち投げてください。なんでも食わず嫌いせず受け止め、反映させていただく所存です。

次回、いよいよ事件解決とちょっと大きな組織が接触します。


次回予告

刻一刻と近づく予定時刻

事件解決に導くのは、刑事か公安かはたまた…

そして明かされる二年前の事件の真相、悲しい過去

(※この次回予告は作者がその場の勢いで書いているモノです。実際の内容と異なる場合があるので、事前にご了承お願いします。)

次回、第八話「ロスト」


更新予定は不明ですが、現在執筆中ですのでご期待ください。

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