第6話「シンギュラリティⅡ」
6 シンギュラリティⅡ
「何言っているんだよー、今は〝新〟刑事部長でしょ?」
「あっ、すみません!」
その中性的な見た目をした人物は、バリっとした紺色のスーツを着こなしている。すらっとした長い足と、くっきりとくびれたボディラインがその人物の性格を決めつけてしまう。
ただ、この人物の性別を知っている人間は片手で数えられるほどしかいないのだ。そのせいで『新刑事部七不思議』とまで言われている。
「それよりも、新刑事部長はどうして此処に?」
「いやいやー、どこかの誰かと一緒で息抜きだよ。」
「あっ、いや、そのー。」
その返答に千嶋が慌てだし、そっと目を逸らした。
「おい、千嶋…?」
「あー、いぇー…」
「もしかしてお前……サボって?」
「ふふーん、そーなんだー?」
ニヤニヤと頬を緩めながら、後ろに手を組みながら千嶋の顔を覗き込む。彼(彼女)の笑顔は、なんだか不気味で怖い。というか、半開きになっている目がまるで笑ってない。
彼(彼女)の名前は〝瀬田数 速水〟、新警視庁新刑事部をまとめる新刑事部長であり、国家における能力者統制の第一人者(今年三十歳)である。もちろん、謎が多すぎるが故に彼(彼女)に近づくものは少ない。故に、配偶者も居ないのだ。
「それよりも、今回の事件は面白いことになってるねぇ。」
「え?シン・刑事部長も捜査に?」
「何そのリメイク映画作品タイトルみたいな呼び方?」
前に少し屈みながら首をかしげた瀬田数は、顎に右手を当ててその話に続けた。
「今回の事件には、自分も入らないといけないって偉――い人に言われちゃってさぁ。」
「偉い人って……」
「と言うわけでー、早く戻ったほうがいいかもよ?」
「「えッ⁉」」
またもやニヤニヤと顔を黒くしながら、二人の顔を覗き込む瀬田数。両手を後ろに回して、胸を強調するようなポーズになる。もちろん強調するほどの胸などない。
「もしかして、何かあったんですか⁉」
「さぁー?」
「「さぁ⁉」」
言葉を濁すと、ポケットに左手を入れて一枚の紙きれを取り出す。そこにはいくつかの単語が、乱雑に描き込まれていた。筆跡的に瀬田数の文字では無いのは確かである。メモ帳をちぎったような感じから、誰かのを無理やり引っこ抜いてきたのだろう。
二年前、二万人失踪、羽場貴研究所、慈条園、瞬間移動、ガガギガ、頭木まりな……
羽場貴研究所には異能課が、慈条園には公安が、ガガギガ事件には未決係が配属されており、それぞれの現場に捜査一課の人間が数人ずつ派遣されている。
この三つが一つに繋がっていると見た榊が、捜査一課長に話し込んでこうするように決めたらしい。そして、このメモ帳の切れ端を見た感じだと、どうやらその予想が的中したようである。羽場貴研究所、慈条園、ガガギガの三つが大きな赤丸で囲まれている。
「ってことは…今、捜査一課ヤバいんじゃ⁉」
牧田がそのメモから千嶋に目を移す。しかし、そこに彼はおらず、遠くからドタドタとせわしない足音が聞こえた。
「おーー、勢いが良いねぇ。」
手を目の上に当てて階段下を覗く瀬田数。その後ろから、牧田もひょっこりと覗いた。
「それで……?」
「え?」
手を当てたまま身体を牧田の方に向け、顔をグッと近づける。思わず目をそらしてしまった牧田は、持っていたメモの切れ端を瀬田数に突き返す。
「わ、私も現場に行かなければならないので!ここで失礼します‼」
「おやおや、頑張ってねぇ。」
黒い笑顔を向けながら、牧田が付きつけてきたメモ帳の切れ端をゆっくりと引き取る。手から紙が離れた感触を確認した牧田は、その場を逃げるように階段を駆け下りて行った。
「やっぱり、部下っていいねぇ。千嶋君は違うけど……」
顎を曲げた人差し指と親指の間で挟みながら、人差し指の脇を顎にこすりつける。彼(彼女)にとって、新刑事部の部下たちはカワイイ息子のような感じである。ただ、彼(彼女)より年上な人物が多いため、その好意を受け止めてくれる人物は少ない。少ないというだけで、居ないわけでは無い。その数少ない人物が、まだ高校生な影伏である。
「どれどれ、悠君は見えるかなぁ?」
屋上に到着した瀬田数は、真ん中にある〝H〟のマークの真ん中に立ち見回した。そして、目線の先に影伏が戦っていた場所を捕捉する。
「あちゃー、もう移動した後だったか。」
うなじをカリカリと掻きむしりながら、そこから視点を変えて新宿御苑の方を向く。右腕を視線の先に上げ、時計の時刻を確認する。時計の針は八時二十分を示しているが、この時計は十分程遅れているため、実際の時間は八時半である。
「八時ニ十分かー。」
そして、この人物はそれを認知していないのだ。
「そろそろかな?」
カッカッカッ
両手をポケットに突っ込んでから両目をつぶり、右足のかかとを地面に数回叩きつける。周囲に旋風が巻き起こり、きれいに切りそろえられた瀬田数の髪がふわふわと揺れ出す。
叩きつけていた足を止め、行くりと目を開く。すると、背後に大きな時計のようなオブジェクトが出現し、真ん中に取り付けられているデジタルカウンターのような場所に『二〇』の数字が浮き上がっていた。
カチカチカチッ…ガコンッ
「カウント、トゥエルブ……じゃなくって、トゥエンティ。」
オブジェクトの針が動いて二十の所を指す。足がバチバチと音を立て始め、地面が熱を帯びて光り出す。周囲の旋風に合わせるように、プラズマが奔り始めてそれが足に集まっていった。途端、周囲が閃光の白に包まれて静かな爆風を発生させる。
ヒュゥゥゥゥゥッッ
風切り音をさせ、体に白い煙を纏いながら、屋上から一人の人物が飛び上がる。纏った煙が飛行機雲のように軌道を描き、新宿御苑の方に伸びている。
「新刑事部長ッ‼って、えぇ⁉」
屋上の階段を駆け上がった女性が、その光景に開いた口がふさがらなくなっている。そこにはぐちゃぐちゃになって、とてもヘリが止まれそうにない屋上があった。両手に力が入らずにぶら下がってしまっている彼女は、新刑事部特別犯罪対策課の課長である〝小御代 界〟だ。数少ない瀬田数の友人で、最も近しい部下でもある。
「はぁ、ただのバカでしょ。あの人。」
膝を地面につけるように崩れながら、その場を呆然と眺める小御代。
「どうしてこうなったのさ……」
『新宿御苑ー、新宿御苑―』
駅のホームから聞こえるアナウンスが、影伏の耳に入る。それと同時に、彼はその駅に足を踏み入れた。それに続いて、水城も列車から降りる。影伏の負傷はこの短時間である程度直り、水城の服もそれなりに乾いてきた。
「まだ時間ありますよ、これからどうするんですか?」
駅のホームに突っ立っていた水城は、スマホの画面を見ながら影伏に問いかける。ポケットにしまっていた交通系タッチ決済カード《Meron》を取り出し、水城の問いに答えた。
「いえ、先に現場で確認したいことがあるんです。」
「確認したいこと?」
持っていたICカードを改札にかざし、スムーズに通り過ぎる。水城も後を追い、スマホを改札にかざす。
そういえば、この二〇四〇年の世で交通手段は、いまだに地下鉄がバリバリ使われている。もちろん空を飛ぶ車のような物は開発されたが、空路の確保や飛んでいい標高などで航空会社ともめ続け、いまだに実用化されていない。故に、二〇二五年の頃から、めぼしい技術発展は起こっていないのだ。ご想像の通り、ほとんどの研究対象が《異能学》へと移ってしまったからである。
改札を出て駅構内の開けた場所に到着した影伏は、そこから今朝一瞬だけ目にした現場の地図を脳内に思い浮かべる。そして、そこに『感取優』という単語が入っていることも同時に思い出す。
「水城さん。」
「あ、うん?」
駅の真ん中でボーとしている水城の左腕を、右手の甲でトントンと叩く。
「感取さんは、もう先に来てたりしますか?」
「あぁ、確か『妹にいち早く会いたいんだ(キラーンッ)』って言ってた気がする。」
「あー、そうですか。」
わざとらしく感取の声に似せて伝える水城を、やや呆れた目で見つめる。そして、その目にさらされた水城は、頬を少しだけ膨らませた。
「それじゃぁ、僕の記憶だけを頼りに向かいましょう。」
「はいはい。」
人通りをするするとすり抜けながら、目的地に一番近い出入口へと向かう。新宿駅を中心に伸ばされた地下迷宮はここまで侵食しているので、大きな出入り口だけでも片手じゃ納まらない程存在する。小さいのを含めるとニ十カ所程度存在するであろう。
そして、目的の出口に差し掛かる階段を昇る二人だったが、そこに一瞬閃光が走ると派手に砂埃が巻き起こり、それが影伏たちに覆いかぶさっていった。
「んッ⁉」
「ほわぁぁーーッ⁉」
とっさに足に力を入れた体を前に倒し、両腕を交差させて顔を覆う。水城はその咄嗟な行動が出来なかったため、もろに身体に食らって階段下に飛んで行った。
「な…んだ?」
爆風が収まって砂煙の中で目を擦る影伏は、言葉を詰まらせながら視線をその先に向ける。人通りが少ない場所だったからよかったものの、もし大勢の人いたら大変なことに…
「あっ。」
先に現場入りしている刑事の事を思い出し、階段を勢いよく駆け上がる影伏。もちろん水城の事は、完全に忘れていた。
「ひ、ひどくなーい?影伏君ー?」
着地点が腰(尻)だったので、さほどの外傷は無かった。
タッタッタッ
少し歪んだ形に進んでいる階段を一段飛ばしでかけあがり、砂埃を両手で掻き分けながら地上に到着する。
「だ、大丈夫ですか⁉」
地上に出た彼の第一声は、その上に居た一人の人物にかき消される。
「やぁやぁやぁ、元気にやっているかい⁉」
「せ、瀬田数部長⁉」
そこには、スーツに付いた埃を手で払いのけながら、黒い笑顔を公安に向けている漆黒上司が居た。なにかと影伏の面倒を見ていてくれる彼女(彼)である。
「あー、やっぱり悠君ここに居たー。」
目をパッチリとひん剥いた笑顔が、影伏の方を向く。その後ろからゼェゼェと息を切らしながら水城も、その黒い笑顔を喰らう。ゾゾゾッと背筋が凍る水城に対し、そういう表情を全く出さずに普通に接していた。
「どうして部長がこちらに……?」
「なぁーに?かわいい部下を見に来るのはいけないことですかぁ?」
スーツをはたいていた手をポケットに入れ、首を少しだけ傾けた。それ合わせるように、影伏の首が傾いていく。
「と言う事は、部長も公安と協力するんですか?」
「えー?そんなこと、するわけないじゃーん。」
「あぁ、そうですか。」
瀬田数の返答に少し呆れた影伏は、彼女(彼)を横切って後ろに居た公安の人々に挨拶をした。頬を膨らませながら振り返った瀬田数は、ポケットに入れていた手を後ろに組む。
「あのー……」
恐る恐る後ろから水城が声をかける。
「おや、入庁の時以来じゃないか⁉」
「え、私のことも覚えてくださったんですか⁉」
「覚えるもなにも、僕の部下は二十人も居ないんだよ?その程度容易いことさ!」
目を細めながら眉間に影を落とし、グッと右手で親指を立てる。
「いやいや、それよりも《羽場貴研究所》や《ガガギガ事件》の方については大丈夫なんですか⁉」
脱線してしまった話題を何とか元に戻し、意を決して水城は問いかけた。その問いに、にやけていた顔を、一度目をつぶってから落ち着いた状態に戻る。ジッと水城と目を合わせた瀬田数は、一呼吸入れて話し始めた。
「羽場貴の方は榊君と田裂君、他榊君の部下三人を連れて調査中。ガガギガの方は、未決の三人と捜査一課の数人が当たっている。まぁ、多分大丈夫さ。」
親指の爪を中指の爪にカリカリと引っ搔きながら、そう答える瀬田数に違和感を覚えつつも、今の状況をある程度把握した水城は、瀬田数に頭を下げてから公安たちが集まっている方に足を向けた。
「影伏君、ここにある用事って?」
影伏の肩をトントンと叩くと、フッと振り返った影伏がやや言葉を濁しつつも答えた。
「ただの勘かもしれないですが……ここに来ると思うんです。」
水城から目をそらして御苑の方向を向く。すると、その上空に突如として人影のようなものが現れた。
「彼女が……ね。」
影伏はその影をしっかりと目で捕捉する。見覚えのあるフードの付いた真っ黒いコート、すぐに敷地内に消えてしまったが、その存在が何かであったかは確信が付いていた。
「あ、あれって?」
それを偶然目撃した水城が、驚いてふさがらない口で問いかける。
「あれが、僕の目的です。」
「あぁ…って、もしかしてあれが⁉」
何かに気づいた水城は、ウエストポーチに手を突っ込む。それと同じタイミングで、影伏は手首についていたマスクを取り外して装着し、足に思い切り力を入れる。
「行きます。」
「ちょっと待って、私も!」
ガッバシュゥッ
地面を少し削りながら、影伏の身体が視線の先に消えていく。急いでポーチに入っていたペットボトルの水を頭からかぶった水城も、足を一度手で叩いてから力を籠める。
足が淡い青色のオーラを一瞬だけ纏うと、地面を優しくなでるように蹴り上げる。すると水城の身体が勢いよく直進していった。今は威力を上げずに速度のみを上げた(改造した)ため、影伏のような迫力は無い。しかし、影伏に追いつくかのようなスピードで地面を駆けていく。
「何だ?」
公安の数人が集まっていた建物から、その場の見張りを任されていた〝入澄 正人〟が外の様子を伺いに来た。髭が奇麗に剃られた顎を右手で撫でながら、その場にあった小さなクレーターを眺める。
「おや、君は……」
「あぁ?」
眉をひそめながら声のする方を向くと、そこには瀬田数がニヤニヤした顔で覗き込んでいた。その顔に、入澄は一層眉間にしわを寄せる。
「てめぇ、新刑事課の……」
「おやおやー、仮にも上司なんだぞー?その言葉遣いは…」
「うるせぇ、俺の上司でもなんでもねぇだろーがよ。それだから刑事課はよぉ……」
膝に両手を突き、声を上げながら体を持ち上げる。入澄は刑事課に対して(一方的に)嫌っており、それは新刑事課に対しても同じであった。故に、瀬田数の事も嫌いだし、これから来る感取の事も良くは思っていない。
「新刑事課を侮ってもらっては困るよ⁉」
「そういう話じゃねぇだろうが。」
ポケットにしまってあった電子タバコを取り出し、それにカートリッジをセットして口に近づける。しかし、腕の動きが寸前で止まった。と言うのも、ある人物が駅のロータリーに止まった車の、後部座席から降りてきたからである。
「御速咲……なんでテメェがここに。」
「俺が聞きてぇなぁ……」
その男の顔は周囲の人物全員を凍りつかせ、その場から一瞬だけ音が消えたかのように錯覚させた。彼の名は〝御速咲 新藤〟。
「あぁ……シャバの空気はやっぱしええなぁ。」
慈条園の総元締めである。
「兄貴、」
「やっほー!ねぇねぇ、びっくりした⁉」
「うざい。」
公安課の会議室にやってきた感取は、会議室の前で捜査会議が開かれるのを待っていた感取妹に大げさに手を振った。それに対してなるべく目を合わせないようにする感取妹は、腕を組んで壁に背をつけている。
「早い。」
「まぁまぁ、会いたかったんだからしょうがないじゃーん。」
「悠は?」
「いや、僕は見かけなかったよ?まだ家でボーッとしてるんじゃない?」
「そう。」
彼女は舌打ちを数回混ぜながら、感取から影伏の事を問いかける。彼女自身、感取のことが苦手であまり会話したくないと思っている。それは、どちらの状態の彼女でも同じことである。
「いやいや、早く来たのには他にも理由があってね……」
着ていた白いコートのポケットから、一枚の紙を感取妹に手渡す。そこには、ある人物を今日だけ仮釈放させるという書面であった。それを見るや否や、感取の両肩をガシッと掴み、ブンブンと揺らした。
「これ、おもしろいじゃん。」
彼女の目が見開き、口角が自然と上がる。その顔を見た感取の顔も、少しだけにやける。
「これなら、内戦とか言ってる場合じゃなくなるかもねー。」
二人して悪い顔して笑っていると、そこに捜査会議に参加するために来た数人の公安が通りかかる。そして、その二人を見て思わず苦笑いがこぼれる。
「仲いいよな、あの兄妹……」
「あ、あぁ……なんか変だが。」
その言葉をよそに(まぁ感取にはどんな小声でも丸聞こえなのだが)、その場をツカツカと離れていった。これから始まる捜査会議には参加しないつもりなのだろうか?
「まぁ、あの人ほとんど発言とかしないし、いなくても大丈夫でしょ。」
「いやいや、ああ見えて対左の係長なんですよ?」
「まぁ、いいんじゃね?」
彼らの言う〝対左〟というのは、〝公安一課 極左対策係〟の通称である。公安が一新されたときに、いろいろな部署も整理された。故に、いろいろあった極左に対応する部署をこの〝対左〟にまとめられた。
そして、その大きな部隊を現場でまとめる係長こそ、感取妹なのである。
「それより、資料まとめてきたか?」
「も、もちろんですよ。」
抱えていた資料の入った封筒をあたふたと手でまさぐりながら、会議室のドアノブに手を掛ける。すると、彼の力とは関係ない力でドアノブが回り、ドアがひとりでに動き出す。
「ちょ、あわわわっ!」
ズサーーッ
それに引っ張られるように、ドアノブを握っていた彼は部屋の床に顔を擦りつけるようにズッコケる。
「ったく、何してんだよお前は。」
「す、すいません。まだ慣れなくて……」
「あの人が先に入ってたら、あの人の力で開けてくれるって言うのによ。」
頭を掻きながら、反対の手でコケた彼に手を伸ばす。そして、会議室の一番奥にはその男が鎮座している。
「まぁ、そう騒がず座りなさい。」
彼の薄い緋色の瞳が、その場にいた数人の公安を突き刺す。その声が耳に入ったその場の数人は、一瞬だけ身体中が凍ったかのように動けなくなった。そして、全員が慌てたように指定の席に座った。
「ふふ、それでいいよ。」
全員が着席すると、彼はニッコリと笑う。その笑顔が、まるで後光を発していそうで、恐ろしい男である。この男については、まだ触れるほどでもないであろう……
「と、いうわけで。来ていただいちゃいましたー!」
感取が車から降りた大男に両手指をヒラヒラとさせ、あたかも周囲の人物に見せつけるかのように目立たせる。何なら、口からセルフで「キラキラ―」と言うほどに。
「馬鹿、バカ馬鹿バカ!」
焦った入澄が、セットしたままの電子タバコをポケットに入れ、速足で感取の元に向かう。「馬鹿」と言う単語を連呼しながら、感取の元に着くや否や、両肩をガシッと掴んで前後に大きく揺らす。
「何してんじゃおまッ⁉」
そこまで言いかけると、車の窓から見える感取妹の眼差しを感じ取り、ゆっくりとそちらに振り返る。
「あのー、係長。これは……?」
冷汗が額を伝い、軽いパニック状態の入澄。
そんな状態の入澄に、冷静な感取妹は車の窓に肘を突きながら簡潔に答えた。
「面白いだろ?」
「何処がッ⁉」
「面白いだろ。」
「いや、ですから何処がッ⁉」
車のエンジンを止め、降りてきた感取妹は、車のボンネットに腰掛けながら今回のことについてを話し始める。
「いいか、今回は突入による強行突破になる。そこにおいて、彼に従っていた派閥に対しては彼の統制下が効くはずだ。それを利用する。」
「利用するって、簡単に言わないでくださいな……」
「お前の能力があるだろ。」
「おまっ……」
仮に上司であっても、年下の女性に「お前」と言われた入澄は、顔を歪めて拳を握りながら衝動を抑える。そんなことを全く気にしない感取妹は、今度は腕を組んで朝からやや気になっていたことを質問する。
「(私の)影伏はここに来たか?」
小さい声で「私の」を付けたが、もちろん入澄には聞こえていない。それを聞いた入澄は、先ほど見た小さく割れた地面を思い出し、その方向を向く。
「もしかしてあれ、彼のだったんじゃないか?」
「?」
感取妹もそちらを向いて確認すると、なんとなくつけられた後から影伏の面影を感じ取る。すると感取妹は、持っていた車の鍵を入澄に渡し、その後の残った場所に行きそこでじっと眺める。
「おやおや、想い馳せちゃって。」
ニヤニヤそれを見つめていた感取は、入澄の方に手を置く。そして、親指でボーッとしている御速咲を指す。
「それじゃ、あの人のことよろしくね。」
「はぁ?」
目をピクつかせながら振り向いた入澄は、明らかに嫌な顔をしながらその場から一歩引く。すると、それに合わせて感取が一歩近づいた。
「まぁ、君の能力で何とかなるでしょ?」
「てめぇ……本気で言ってんのか?」
眉間にしわを寄せ、感取の顔を右手で押しのける。
入澄の能力はBランクの〝刺青師(タトゥ―)〟で、現能力フェーズは4。その詳細は、『自分が一度会ったことがある人物の刺青の生物を、どこからでも具現化できる。』というものである。生物が対象なため、文字だけの物や炎などの自然現象等は具現化できない。
反社集団において刺青(入れ墨)はごく一般的なもので、最近ではほとんどがオシャレで入れている。そんな相手に対して、彼のこの能力は恐ろしいほどの効力を持ち、故に公安警察としてかなりの実力を上げている。
もちろん、あの大男にも刺青が入っているのだが……
「奴の刺青を見たことは?」
「いや、実際には見てないけど……何が描かれてるかぐらいは。」
「知ったうえで、よくあんなこと言えるな……。」
御速咲の方をチラリと見る。奴の背中を眺めていると、その服の上からでもクッキリと視認できるほど御速咲の刺青は凄かった。
「そうかな?あれが使役できるなんて、ラッキーだと思うけど。」
「俺には、さすがに手に余る。」
「あぁ?なんの話しじゃ?」
先程までボーッと突っ立っていた御速咲が、話していた二人の間に割って入る。
「何の話じゃぁー聞いとるんじゃ。質問には答えんかい。」
「いやー、ただ君の刺青の話ししてただけだよー。」
感取は全く臆することなく普通に返すと、横にいた入澄はゆっくりと御速咲に目を合わせた。それに答えるように、御速咲も目を細める。
「よぉ、久しぶりじゃのぉ。少しは偉ぉなったか?」
「御速咲……まさかまたお前を担当するとはな。」
「しゃあないやろ。テメェの能力でも恨んどけ。」
枷の付いた手で、入澄の背中をドンッと叩く。その衝撃でゲホゲホとむせる。「煙草の吸いすぎじゃ」と御速咲は言うが、絶対にお前のせいだろと入澄は睨みつけた。
パチンッ
「話は、終わったか?」
感取妹がこちらを向いて指を弾くと、建物から数人の公安が現れる。
「そろそろ時間になる…突入するぞ。」
「いやいや待ってくれ、捜査会議があっちで始まったばっかりだろ!?」
「いや、捜査会議なんてほぼ意味ない。」
そう言うと、ポケットからスマホを取り出し、そこに移された画面を入澄に見せる。その画面の中には、会議室に揃っているはずの重役者達がおらず、真ん中の席で先程の男が座っていた。
『やぁ。』
そこから聞こえる彼の声は、入澄も御速咲さえも体が凍るようである。
『ここに来た人々はみんな少しだけ話した後、追い返したよ。概ねすることは決定しているしね。』
「実は私も。」
あの時、ただ感取を待っていた訳ではなく、部屋に入って追い返された後だったのだ。ちなみに感取は、追い返されて部屋を出るタイミングを見計らっていたらしい。
『今回君たちに科す任務は一つ……』
画面がジジジッと乱れ始める。画面の向こうにいる彼が、何か特殊な力を垂れ流しているのだろうか?顔を上げた彼の目が、その画面をのぞき込む全員と目が合う。そして、目が合った者たちは、心臓の鼓動がだんだんと高鳴っていった。
『慈条園の壊滅及び、メンバー全員の徴収だ。』
彼がそう発するのと同時に、彼の目から再び威圧が放たれる。そしてそれは、その場にいた御速咲に直撃し、ありえない威力で仰け反らせた。
それに合わせるように、首を振り向かせる感取と入澄。再び画面を確認した感取は、笑顔の彼を最後に画面が消えたことを確認する。彼からの要件は以上という事だろうか?
「やっぱし、あの人怖。」
恐らく感取が、最も警戒している男では無いのだろうか。彼さえも萎縮させる存在。それだけで感取は、彼を警戒せずには居られなかった。
地面に着く寸前で止まっていた御速咲は、体を手を使わずに起こして顔を上げる。そこには、憎悪に溢れた顔が浮かび上がっているようで、少し無感情になっているようにも見える。少なくとも、激怒していることは間違いないだろう。
「おい、おぬしらぁ……騙したんか?」
憤りから、わかりやすく語尾を震わせる。その震えに合わせるように、周囲の空気も震撼し始めた。その危機感に、近くのトイレに篭っていた瀬田数も駆けつける。
「いやぁ、元々君の話に乗るつもりは無かったんじゃない?」
口角を上げた感取が、煽るような言葉を返す。それに合わせるように、近寄ってきた感取妹も彼の顔を覗き込みながら煽り始める。
「そもそも、公安にあの人がいるのに何故行けると思った?本当に愚かな男だ。」
それを俯瞰で眺めていた瀬田数は、少し呆れたように溜息をつき、感取の元に近寄って方を二回叩く。振り向いた感取は瀬田数の人差し指を食らった後、今の状況を話し始めた。
もちろん、彼(彼女)の感覚はアレを連れてきた二人とほぼ同じで。
「へぇ…」
ニタァと擬音語が聞こえるほど、分かりやすく口角を上げた。
と、言うわけで。この煽りフェーズに瀬田数も乗っかる。
「おやおやぁ?こんなところに、敵を信じて易々と両腕を差し出した阿呆が居るねぇ。ぶっちゃけ今の公安は、そんなに甘い組織じゃないよ?内部にはやや甘めだけど。」
「おんどらぁ……」
そして、横にいた入澄が彼の方に手をかけながら、更なる追い打ちをかける。
「お前…東京生まれ東京育ちなのに、無理してヤクザ訛り出さなくていいよ。いや、ええんやで。」
恐ろしいほどのにこやかな笑顔な入澄に、一度顔を緩めた御速咲。しかし、直ぐに額に血管を浮き立たせた。
「お前んらが何したか……分かっちょるんかぁ。」
瞬きが出来なくなるほど目を見開き、体が小刻みに震え始める。手首が閉められた両腕は、はち切れそうなほど筋肉が膨張し、握りつける手からはギリギリという音が漏れる。
「おんどらぁ!ぶっ殺しちょるぞワレェ!!」
口の端から血を滴らせ、目にも血筋が走る。彼の周囲がバチバチと音を出し始め、空気の振動が段々と激しくなっていく。
「さぁて、もうどうなっても知らんぞ!」
刑事としての覚悟を決めた入澄は、右手首を左手で掴むと、その右手のひらから見たことも無い紋様が浮き上がる。そして、その紋様は彼の右手から放たれ、彼の周囲をぐるりと回る。すると、それはいきなり巨大化して御速咲の背中に食いついた。
「うぅぅうおぉぉおぉおおおお!!!!」
その途端、御速咲の身体に激痛が走り、背中の皮がベリベリベリッと剥がれる感覚に襲われる。するとそこから、眩い光が漏れ始め、その場の全員を白い世界に包み込む。
光が弱まっていくと、その中に何かの影が見え始める。御速咲は、あまりの痛みに肩を落としながら衰弱していた。そしてその背後には、彼の背負っていたものが降臨している。
「さて、俺の言葉が分かるかな。仏さん?」
【むろんだ、我を従えし者よ。】
彼の声に応えながら、重そうな瞼がゆっくりと開かれる。それは紛れもなく、神秘的なオーラを放ち、身に纏う植物を愛で、身体中を金色で輝かせる……
神のような面影を背負った、仏様であった。
「うわぁ…本当に出てきちゃったァ。」
「眩い。」
「あっひゃー、すんごぉい!!」
感取、感取妹、瀬田数の三人は、その光景に呆気に取られながらも、それぞれその場から距離を取りながら体制を整えた。
「うッ……ついに出しゃーがったか。クソッ…」
「あんたの怒りの力を反動に、召喚の体力を軽減させてもらったぜ。あんまり悪く思うなよ……」
「おんどらぁ……なにするつもりじゃぁ。」
「意味もなくこれを出す訳ねぇだろ?」
その返答に何かを気づいた御速咲は、全身の力が抜けて地面にへばりつく。
「まぁ、正面切ってあんたらに勝てるほど、うちには戦力外ねぇんだ。これが今の公安なりのやり方……って、やつかな。」
入澄が手でその背後にいる仏の化身を引き寄せると、吸い寄せられるように彼の元に来る。彼の支配は、その生物の自我や、根本的な部分に潜在している。そもそも、命のなかったものに命を宿す力なので、本人曰く、ある程度までは〝なんでもあり〟らしい。
「それじゃあ、みんな行こうか。」
「兄よ、勝手に仕切るな。」
手招きをしていた感取の手を、かなりのスピードと勢いで叩き落とす。
「はーい、感取君は僕と一緒だよー。」
「やだぁ!若干キャラ被ってるもん!!」
「ほらほら、文句言わない。」
感取の襟を掴み、ズリズリと引きずってその場を離れる瀬田数。
「じゃ、行くぞオメェ等。」
その場に集まっていた公安が一斉に声を上げる。基本的に目立たずに行動し、ある程度無理なことはしつつも穏便に済ませてきた彼らは、先ほどの男が指揮を執り始めてから〝警察官らしさ〟を表に出すようになった。都民たちも、今では公安を見かけると気軽に挨拶する。それほど身近な存在に変わった。
まぁ、公安と刑事の違いなんて一目ではわからないのだが。
「係長。まずは何処から攻めるんですか?」
感取妹の一番近くに居た一人が、彼女にもう一度確認を取る。
「そんなもの……正面突破に決まっているだろう。」
ポケットに入れていた両手を外に出し、指をゴキゴキッと鳴らす。
二〇四〇年六月二十日 午前九時頃
〝神宿御苑の血戦〟開幕
ほぼ同時刻。ガガギガ事件の発生した現場にいる未決の三人と捜査一課の数人は、その場所に供えられた花束に手を合わせていた。
「今頃、向こうでは始まっているのかな?」
瞼を上げた戸部がふと呟く。新宿御苑の方で起こる出来事をある程度知らされていた彼らは、そちらは公安に任せてこちらに力を入れることに決まった。というか、本来の目的は戸部の見た未来の阻止であることを忘れてはならない。
あれ?もしかして、忘れてたりしました?
「とりあえず、二年前の状況を詳しく。」
「はい。えーっと資料は……」
牧田は手に持っていた封筒の中から。現場検証の結果が書かれた報告書を探し出す。そして、それを戸部ではなく捜査一課のメンバーに見せた。戸部に渡すと、その紙がどうなってしまうか分かったものではないからだ。
「なるほど……異能力の暴走ですか。」
「えぇ、彼の能力が制御下から外れて暴走してしまったみたいです。犯行人物は〝久留木 経太〟当時二十三歳。慈条園『竹会』のメンバーで、薬物の常習犯ではなかったみたいですが、後の身体検査で怪しげな〝クスリ〟を発見。意図的に異能力を暴走させたと当時は断定した……見たいですね。」
「それで……死刑。」
「異能力法には大きく反していますし、死人も出ましたからね。」
その資料の中には、被害者の名簿が挟まれている。負傷者五人、死者三人の大事件であったようだ。その場の数人の顔が曇る。確実な冤罪を擦り付けた上での死刑が、どれほどの物かは刑事である彼らはわきまえている。
だから、今回の捜査はある意味〝贖罪〟なのかもしれない。
「絶対に真犯人捕まえましょう!」
「あぁ、そうだな。」
牧田の言葉に、その場の刑事も賛同する。
「とりあえず、奴にそのクスリを渡した奴が犯人なんだよな?」
捜査一課の一人が、手帳を確認しながら資料をしまおうとしていた牧田に質問をする。
「戸部さんと榊さんが睨んだ通りなら、多分間違いないです。」
「どっちなんだそりゃ。」
捜査一課の刑事たちは、ぱっと来ないような感じで頭を抱える。戸部ならまだしも、同じ捜査一課である榊のことは信用してほしいと思った牧田だが、一応と言った感じで戸部にも問いかける。
「ねぇ、そうなんですよね?」
牧田が戸部の方に手を置く。しかし、戸部はそれにピクリとも動かない。
「………戸部、さん?」
微動だに動かない彼を見て、さすがに違和感を感じた牧田は、彼の正面に回って両肩を掴む。そして、彼の顔を確認した。
「……。」
「と、戸部さん!」
牧田の目の前には、目を半開きにして少し上を向く戸部の姿があった。そして、その瞳からは、一筋の涙がこぼれていた。
「………ごめ……ん。」
「大丈夫ですか?何か、何か観えたんですか⁉」
意識が戻ったことを確認すると、その状況の戸部に一生懸命に語り掛ける。あまり深い状態まで見ることになった場合、放っておくと大変なことになる。一度は、一週間以上植物状態になってしまった時があった。
両肩を大きく揺らし、それに合わせて戸部の顔を力ないように揺れる。
「見たよ……未来を。」
彼の脳裏に、深々と刻まれたその光景。そこには、悲鳴を上げて泣き叫ぶ女性の姿があった。何度も何度も嗚咽しながら、何もない空間でただ一人叫んでいる。
真っ黒のコートを着た彼女は、そのまま意識を失ってその場に倒れこんだ。
静かな学校の、校舎の一角で。
カッカッカッ
暗い廊下に足音が響く。
「誰だ?」
その場に居座っていた一人の男が、その人物に話しかける。
「誰だって聞いてんだ、応えな。」
「………。」
それでも返事は返さないし、顔を合わせない。そのことに違和感を覚えた男は、その人物にカマをかける。
「なぁ、あんた俺の能力知ってるだろ。」
その男は、質問すると同時に掛けていた青縁の眼鏡を上げた。
「答えないってことは……知ってるんだな。沈黙とは、時に多くを語るんだぜ。」
その怪しげな人物を細い目で睨みつけると、もう知られているならと自己紹介を始めた。
「俺は稀咲 真藤、慈条園の『梅会』をまとめてる者だ。さて、我々の拠点である神宿御苑の、地下通路をお通りなさるお前は……」
「久シイナ、キサキ。」
「……ほぅ。」
その返しに、少しだけ驚く稀咲。ボイスチェンジャーで変わっているとはいえ、自分の能力を知ったうえで「キサキ」と呼ぶ人物は限られた。物珍しさに少し戸惑いながらも、眼鏡を上げることですぐに冷静さを取り戻す。
眼鏡のレンズがキラリと、暗闇の中で妖しく光る。そして、彼女の正体を的中させた。
「お久しぶり、お嬢さん。」
「モウ、オ嬢サントイウ歳デハナイガナ。」
「それで、ご要件はうちの元締ですか?生憎……」
「捕マッテイルコト…ハ……知ってる。しばらく日本にいたからね。」
ボイスチェンジャーの機能が着いたマスクの横のボタンを押し、元の声質に戻る。
「日本に、いつからだ?」
「日本に来たのは二年ちょっと前。組織を抜けてからは暇だったしね。」
被っていたフードを外し、マスクの帯を緩めて顔を出す。すっかりとやつれ、目の下にクマも出来ていたが、紛れもなく稀咲の見知った女性であった。
「じゃあ何しに来たんだぁ?」
カツカツと足音を響かせながら、稀咲に近づいていく。稀咲も壁から背を離して近づく。それぞれ横並びになる形になると、両者とも足を止める。稀咲は、彼女の顔を覗き込むように続けた。
「なぁ……ミセス、カシラギ?」
彼の口角が少し上がり、尖った歯が口の端から現れる。
「そんな名前知らない。今は…ヴァルキリア。」
「そんな名前、名乗ってるのか。」
ポケットに両手を入れた稀咲が、クックッとニヤつきながら笑う。その名前には、彼にも少し心当たりがあったからだ。
「そんで、目的は?」
「はぁ……」
なんだかんだと話を逸らしていたが、彼にそんなことは関係なかった。諦めた彼女は、その場に誰もいないことを確認すると、体の向きを変えずに首だけ彼の方に向ける。
「私の今回の目的は、二年前に起こった《二万人失踪》に用いられたクスリの出処を突き止めること。この私の能力で。」
「……へぇ。」
「ただの……私怨でね。」
彼女の目から炎のような何かを感じ取った稀咲は、元の冷静な表情に戻って彼女に話を持ちかけた。
「なら、目的は一緒だな。」
ポケットに入れていたスマホから、ひとつの画像を見せる。その画面には、1枚の写真の切り抜きが映っていた。
「まぁ、でしょうね。」
「当たり前のように知ってたか。」
「そのために、私はここに連れてこられた。」
そう返すと、彼女は再びフードを被り、マスクの帯を締める。
「話はこれで終わり……」
カチッ
「アナタモ頑張ッテネ。」
「言われなくても。」
眼鏡に再び指を掛ける。彼の眼鏡を覆う手が視界から無くなると、彼の横に彼女の姿はなくなっていた。
「特異系能力者か……」
「か、会長!!」
後ろからドタドタと一人の男が走って来る。おそらく、稀咲の部下の一人であろう。
「どうした?」
慌てふためく彼とは違い、冷静に問いかける。
「こ、公安のヤツらが!凸してきました!!」
「もうそんな時間か。」
彼の腕を確認すると、短い針は9をさしている。
「よし、じゃあ予定通りに……」
「待てよ稀咲。」
稀咲の背後から、男の声がする。稀咲が振り返ると、手で部下の首根っこを掴んだ青年が立ちすくんでいた。
「てめぇ……」
「さっきのヤツを、〝カシラギ〟って呼んだな?」
「……はぁ。」
(面倒な奴に目をつけられたなアイツ…)
眉間にシワを寄せ、滞りを表に出す。しかし、再び眼鏡をあげることで、直ぐに冷静さを取り戻した。落ち着くためのルーティーンみたいなものだ。
「ここで、処する。」
「また、再起不能にしてやるよ。」
「戸部さん!」
「ウッ……ウォェ………」
牧田が戸部の背中をさすり、戸部は体験した事のせいで嗚咽が止まらない。幾度となく未来を見てきたものの、強靭な精神を持っている訳では無い戸部にとっては、慣れるなんてことはありえない話であった。何度経験しても、必ず脳に衝撃が走り、鼻から血を垂れ流し、幾度となく嗚咽を繰り返してしまう。ただ、性として受け入れるしかないのだ。
「ダメ……だ……」
見たことを一生懸命に伝えようとするが、幾度となく訪れるフラッシュバックが彼の意識を混濁させる。
「戸部さん。とりあえず落ち着いてください……」
「おいおい、大丈夫なのかよ?」
牧田に加え、他の刑事たちも彼のことが心配になり始める。もちろん中には彼に興味を示さないものもおり、そんな彼らは関係なく周囲の聞き込みを続けていた。
数人がその場で心配する中で、戸部が少しずつ見たことを話していく。
「一人の黒い服を着た……女性が………誰かに何かを飲まされて……。」
「誰かって……何かって!?」
「わか……らない…。だが、彼女……の、異…能が暴走を……。」
その言葉を聞いた刑事達は、いっせいに目を合わせる。間違いないと確信すると、彼らの一人がそれについてのひとつの仮説を持ち出した。
「それって、ガガギガ事件で使われたあのクスリが、二万人失踪でも使われてた。そして、その薬で再び災害を起こそうとしてるって事か?」
二万人の消失は、何かの異能力が暴走して起こった災害である…ということだろうか。戸部は、その仮説を肯定するかのように首を数回、縦に降った。
「私たちが捕まえなきゃ行けないのは……そのクスリを渡した人物ですね。」
「それが見つかればガガギガ事件も無事解決。二万人失踪もこれから起こる事件も解決出来て、しかも慈条園の抗争を止められるかもしれないって事でしょ?」
「一石五鳥ぐらいあるんじゃないか?」
ワーワーと盛り上がる捜査一課の刑事たちに反し、未決の三人はそれほど喜んではいなかった。彼らは何となく気づいていたのだ、その犯人がどれほどの者かということを。
「これ、僕の予想ね。」
「は、はぁ……」
公安が先程まで集まっていた場所(作戦本部)で、ソファーに寝っ転がる瀬田数と机の上に座る感取。二人は、今回の事件について語り合っていた。
「まず慈条園は、ガガギガ事件の犯人を捕まえることが目的なのよ。抗争と言うのはあくまで建前だと思うんだよねぇ……」
「それは僕も同じ意見。本当に内部抗争が起こっているなら、全員で仲良くこの場に大移動しないでしょ。だとすると、そんなことを考えるのは彼しかいないんだよねぇ。」
「「稀咲 真藤。」」
二人の答えが重なり、お互い微笑み合う。
「じゃあ、次はヴァルキリアちゃんだけど……」
「ユウ君から今朝連絡が来て、戦乙女ちゃんは女性であることが判明しましたよ。」
「そうかー、だとするといい感じに繋がるね。」
「ってなると、この前僕に話したあの女性なんでしょ?」
頭木についての情報は、捜査に行った帰りに偶然会った瀬田数から聞いていた。
「うんうん。彼女の苗字で勘づいたかな?」
「だとしたら、あの能力を政府が把握していないのも頷けるからね。それと、二万人失踪と彼女の繋がりだけど……」
「多分、消えた彼女の……」
感取と瀬田数はその後も事件について話し込んだが、ここから先は面白い部分なので伏せたいと思う。
「「いいじゃん、ネタバレぐらい…」」
いやいや、それじゃ小説として成り立たないですから。
始まってしまった公安と慈条園の全面対決。
確信にたどり着いた感取と瀬田数、そして戸部。
ほとんど出番は無かったが、羽場貴研究所跡で捜査を続ける田裂と榊。
未だに姿を表さない二人目の容疑者、酒々井 伝治。
衝突する影伏と稀咲。
運命に従って、ただひたすらに歩を進めるヴァルキリア(頭木まりな?)。
彼らが求める真相の先に、一体何が待っているのだろうか?
そして、戸部の観測した最悪な結末を回避できるのか。
三万人失踪まで、残り二十七時間。
-続-
申し訳ありませんでした!ただ今、PCの前で深々と頭を下げております。
皆さまお久しぶり(?)です、橋本オメガです。かなり更新が遅れてしまい、何と予定より二週間も後になってしまいました。見てくれている方に大変ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございませんでした。
いよいよ、事件の真相がはっきりしてきましたね……ここが一番楽しい!
今回も評価、コメント、指摘等ございましたら、気兼ねなくぶち投げてください。自分の身体で全て受け止める所存です。そうは言っても、見てくれてる人なんて現段階では身内だけかもしれませんが。
次回予告
始まってしまった慈条園との決戦
全ての大元である犯人は、いったい誰なのか?
羽場貴研究所は一体どう繋がって来るのか?
そしてついに、頭木まりなの正体が…
次回、第七話「シンギュラリティⅢ」
更新予定は不明ですが、現在執筆中ですのでご期待ください。