第4話「テレポーテーション」
4 テレポーテーション
「これは、かなりまずいな。」
勤河の研究している監獄まで移動した影伏と田裂は、その盗まれたという現場を目撃して〝全く痕跡がない〟ことを確認した。同時にこの部屋の監視カメラを確認したところ、黒い服を着た人物が一瞬だけ封筒付近に現れたことも確認した。時刻は深夜二時半、勤河はもちろん爆睡していた。五十三歳とはとても見えない寝相も……
「いや、私の寝相はいいから……」
看守は違う能力を既に確認しているし、犯人ではない確証があるので大丈夫だろう。そうなると本当に〝瞬間移動〟の能力で侵入するしかありえない。
「確かに……ここに収容されていることが仮に分かったとしても、中の構造までわかるわけないし、他の部屋もしくは廊下に現れたこともカメラには記録されていない。一発で目的の場所に行ったとすると……能力の本性が気になるな。」
冷静に影伏が分析しながらブツブツと呟くと、そこに勤河が割って入る。
「仮定される能力としては、〝一度行ったことのある場所に瞬間移動〟もしくは〝目的の場所に瞬間移動〟であろうか。」
勤河がここに入る前にここに収容された人物は数人と限られるが、後者であった場合は余計たちが悪い。〝成すべきことを成す〟のが安易なのだから。
「成すべきことを、成す……」
影伏は、この言葉をよくどこかで聞いていた。
『成すべきことを成せ、成せねばならぬ。』
一生懸命に影伏は記憶を巡る。その間、田裂は犯人が立っていたであろう位置に立ち、周囲をぐるっと見回した。
「特に変わったとこは無いし、すり抜けた後も無しだな。」
お手上げだと言わんばかりにため息をつくと、その溜息にシンクロして影伏も肩を落とす。ついに影伏は、それを思い出すことができなかった。
「どうした影伏、何かあったのか?」
その異変になんとなく気づいた田裂は、何気なく言葉をかける。それに対して影伏は、無反応で返した。影伏の無反応は「問題ない」のサインである。
「よし、ありがとう勤河さん。」
両手を腰に当てながら感謝を伝える田裂。影伏は、それに合わせて無言で頭を少し下げた。勤河は「お役に立てるなら」と彼らにある紙を一枚手渡した。そこにはとある場所の住所が書かれていた。
「ここに行けば恐らく。」
それだけ言うと、看守二人にその部屋から追い出されてしまった。
「これ以上は一応、規則がありますので。」
「あぁ、面会時間も限られてたんだっけ?いろいろすまなかったな。」
「いえ、その条件になったのは研究を続けるためだったので。」
看守の二人に感謝を伝えた田裂と影伏は、刑務所からそのまま地図に書かれた場所に向かった。田裂は方向音痴なので、移動までかなり時間がかかってしまったのでまた後程。
感取は、持ってきたポーチの中から手帳を取り出して、付箋が張られた辺りを開いた。
「はぁー、面倒だけど行った方がいいよね。」
開いた場所からさらに2、3ページめくると、そこには大きく赤色の文字でアルファベットと数字が入り組んだ暗号のようなものが書かれていた。彼があの事件で最後に手に入れた手がかりが、書かれたこの文字である。
「これが何を示しているかいろいろ考えたけどさー、やっぱりあそこしか考えられないんだよねぇー。」
電車で揺られながらブツブツ呟いていると、電車の窓からひときわ大きなある建物が現れた。神宿の中心に立てられた〝神宿タワー〟である。東京タワーやスカイツリーとは違い、電波塔としてではなく『異能力の象徴』として建てられたものだ。位置的にちょうど女神が降り立ったとされている場所である。
「わざわざあんなの建てて、何考えてるんだか……?」
全長約千メートルの巨塔を横目にぼやく感取。彼が目指している場所は、新宿タワーよりももっと先。明治神宮近くにある、とある店である。そこは事件の影響を受けて閉店したものの、店自体はまだそのままにして残っていたはずだ。
「この言葉を聞いたのは、あの店のドアの前。その時ドアは閉まってて入れなかったし、両脇も建物があって裏口は発見できなかった。あそこがなんだかんだ怪しいんだよ。」
捜査断念の方針が固まった頃だったので取り合ってもらえなかったが、今回のことでようやく確かめられると、内心感取はワクワクしていた。
小田急線参宮橋駅で降りた感取は、そこからぶらぶらと周辺を散歩(?)しながら目的地に到着する。その店は特に変わった様相をしておらず、看板は取られており店名を確認できない(というか、店名をメモするの忘れて覚えてない)。そもそもどんなものを売っていたのかも知らなかった感取は、ゆっくりとそのドアに手を掛ける。
金属の冷たさが手の表面から全身に伝播して、脳を一瞬冷ます。それに合わせるように一息つく感取は、目を強く閉じてからゆっくりと開いた。目の灰色だった部分が薄く透き通った白に変わり、感取の視野にいくつかの文字が現れた。店の扉には『輸入雑貨店〝シーアラウンド〟跡地 ドア施錠無し』の文字が浮かび上がっている。
「あ、開いてる。」
自分の熱でもう暖かくなってしまった金属ノブを、ゆっくりと手前に引きドアを開ける。中から少しひんやりした空気が感取を一瞬だけ包み込み、思わず瞬きをしてしまう。もう六月も中旬だというのに、なぜこれほど冷気が閉じこもっていたのだろうか?
そんなことを頭の隅に入れながらも、感取はゆっくりと店に足を踏み入れる。
「おーい、誰かいますかー?」
部屋の中には商品を一つも残しておらず、窓もカーテンもしまって暗い。人気を全く感じないものの、何かわからない寒気が感取を襲う。
「幽霊でもいるのかなー、おーい?」
彼の瞳は全てを映す。霊障も怪異も個人情報も心も……思い描ける大体が彼の白いレンズに映るのである。だからこそ、幽霊には慣れている(だいたい)のだが、この時の彼はそれとは違う何かを感じていた。
「うーん……」
周囲には特に文字は映らず、ドアで見たモノと部屋の見取り図ぐらいである。
「見取り図見た感じ、怪しいところもなさそうだし。」
唇を左手でいじりながら部屋の中心でぐるっと見渡す。
「ま、とりあえず五分待ってみるか。」
そう言うと、感取は部屋の中心にあぐらをかいて座り、ゆっくりと目を閉じる。感取の能力は〝感覚醒〟であり、フェーズは前話で話した通りGである。能力としては全てが見える〝神眼〟の常時発動と、五分以上滞在で〝神の感覚〟という状態に変化できるというものである。この二つの命名は、もちろん感取自身。なんなら〝フェーズ〟という概念は彼の発案である。
「………やっぱり、五分って長いな。」
早くもしびれを切らした感取が伸びをしながら呟く。
「あああああ………ばああああ………」
そして、意味もなく叫ぶ感取。まるで警察官には見えないし、もはや今誰かがここに入ってくれば確実に不審者扱いであろう。
「アバアバアバアバ、アバr」
ヒュゥォッ
「おし、来た!」
五分経つと同時に勢いよく立ち上がった感取は、目の前で手のひらを合わせて鳴らす。乾いた音が何もない部屋に響くと、感取りを中心に周囲が真っ白な空間に包まれていく。
「感覚覚醒ぃ…」
大きく息を吐きながら目を閉じ、吸うと同時に目を勢いよく開いた。勢いそのまま薄い黒だった髪の毛が、生え際から白く染まっていく。吸った息を吐き出す勢いで、感取は思い切り叫んだ。
「ゴッドセンスッ‼」
合わせていた手を左右に勢いよく離し、両手とも強く握りしめる。この一連の動作に特に意味はない(叫ぶ意味も特にない)が、感取自身この動作を踏むといい感じになると言っていた。要するに、気分作りである。
「来た、キタキタッ‼」
脳に周囲のデータ全てが流れ込み、それを高速度で解析&整理していく。
「あの文字に関係している部分。もしくは、この建物における怪しい場所とかは?」
脳内で整理する物事のうち、優先すべき項目を脳内で設定。そして、それに関連した項目だけ優先して脳内理解を可能な状態にする。
「え、この建物…」
そんなデータの山から、この建物の全フロア構造を確認した感取は、そこにあったあるモノに気づく。
「地下あるじゃん。」
部屋の中心からカウンター裏にある扉を開いて、その先に広がる廊下を通り、階段手前にある部屋に入るとそこはやや狭めの物置だった。もちろん何も置かれていない。
その部屋の壁にクローゼットがあり、その中の右下に小さなくぼみがあった。感取は何も躊躇することなくそのくぼみに指を突っ込み、ひっかけた指に思い切り力を入れてそこをめくり上げた。そして、そこには地下につながる小さな穴が現れる。
「うーん、普通じゃ絶対気付かないね。」
ここが当時物置だったのだから、ここに入った刑事も気づけないのは無理ないであろう。
「おーーーい、入っていいかーい?」
その穴に向かって大声を出した感取だったが、返事が無いのを聞いて呆れたような顔をする。先ほど彼が確認したのが間違いないとすると、ここには今だれも居ないはずである。
「ま、何かしらはあるでしょ。」
犯人自体が分からなくとも、「その手掛かりが見つかれば他のメンバーが何とかしてくれるだろう」という恐ろしいほど他人任せな感取は、それを(一方的に)信じてその穴に体を入れた。その穴の先には、光が無い暗闇が続いている。
「いや、はしごとか掛けないのか?」
着地に失敗した感取がぶつけた腰を擦っていると、彼の耳が何かをキャッチした。
「これは…水が垂れる音かな?重さ(?)的には、油っぽいな。」
音の聞こえたほうに視線を向けて確認すると、今いる右方向の道を6.3メートル進んだ先の水道管が、小さな水漏れを起こしていた。その水には少しだけ工業油が混じっている。
「うーん、集中するには邪魔な音だなー。」
脳の処理工程から、先ほどの音情報を取り外す。彼の能力は、必要な情報を取得するのと同時に、必要じゃないと判断した物を任意で脳情報内から削除することができる。そうすることで、ある程度脳の処理速度が速くなる。本当、気持ち程度だが。
「地下の広さはそれほどないな。東京じゃ、そんなに地下広げられないだろうしな。」
この建物の地下施設は1フロアのみで、今いる廊下を介して部屋が二つ。入ってきた穴から向かって右側が、少し小さく機材が置いてあるような部屋。もう片方が、大きなホールのようなフロアだ。それ以外に部屋も階段も見つからず、ましてや地下から先ほどのクローゼットにつながる梯子すらないのだ。
廊下ではコンクリートがむき出しになっており、配管がいくつも通っている。『ザ・地下施設』と言った見た目だが、やっぱり人がいるような気配がない。
「とりあえず、広い部屋から見てみるか。」
水が漏れていた音が聞こえた方向の逆に体を向け、カツンカツンと足音を響かせて進んでいく。ポケットに突っこんだままだった手帳を、一度ポーチにしまい込む。チャックを閉める音が響くと、なんか幽霊が叫んでいるように聞こえた。
広い部屋の扉の前まで来ると、再度確認するために扉の前で部屋の中を確認した。部屋内の構造で特に入り組んでいる所は無く、特に何も置かれていないようだ。
「クラブでもやってたのかな?」
そんなわけないと思うことを考えながらも、感取がゆっくり扉を開く。ギギギッとサビた金属がこすれる音と共に、パラパラと錆を落としながら重い金属扉が開いていく。
「こりゃ、何年開いてないんだ?ったく……」
髪に降りかかった埃や錆を手で振り払いながら、扉のすき間からソロソロと中に入る。
「おじゃましまー…おや?」
そこには真っ白なタイルが敷かれ、壁も天井も真っ白の『精神統一しそう』な空間が広がっていた。他の部屋には付いていなかった照明が四カ所つけられていて、どれもLEDの青白いヤツで思わず目をパチパチしてしまう。
「これはこれは、すっごい部屋だね。」
スタスタと中央に移動し、上と前後左右を向いてからぐるりと見渡す。開きかけの錆びたドア以外、本当に何も見当たらない。扉があれほど錆びるぐらい出入りしていないはずなのに、汚れ一つ付いていない。まるで、異能者がスッポリと消えたあの事件のようだ。
「逆に誰も一度も使用していないから、汚れも埃もつかなかったのか?にしても違和感だらけの部屋だ。」
「ソウ感ジルカネ、普通ハ……」
「え」
ゾクッと背筋が凍る。背後から聞こえる、機械で変えた声。感取が今までで体感したことない恐怖。
「誰…だ……?」
身体を動かせずにいる感取は、あまりの恐怖に確認することができない。何とか能力解除だけは避けられたが、背後にいる人物がここに移動してきたことも把握できなかった。彼の能力は完璧すぎるが故に、その欠陥は存在しない。そのはずなのである。しかし、背後の人物はその〝完璧〟を欺いた。その事実に思わず固唾を呑む。
「私ノ名前ハ…ソウダナ、〝ヴァルキリア〟トデモ名乗ッテオコウカ。」
「クッ、本名を教えろ!」
意を決して後ろを振り向いた感取は、彼を目視して確認しようとした。
「なッ⁉」
しかし、振り向いた先には人など居なかった。感取の感覚では、確実にそこに居た。
「ど……どーいう、事だ?」
困惑を隠せない感取。一度動いた身体を再び動かし、大きなその部屋を出る。
「はぁはぁ……何なんだ?」
視線の先に奴はおらず、通った気配すら残っていない。感覚を広げ周囲を確認するも、先ほど背後で感じた人物と同じものは存在しない。少なくとも、半径100キロ圏内には。
「嘘だろおい……」
冷汗がだらだらと流れ、握っていた手に汗が滲んでいく。彼が何年ぶりに感じた本物の恐怖。それは、彼が死にかけた時に感じた物よりずっと濃く、より深く刻み込んでいった。感度を急激に上げてしまった反動で、脳の処理がバグり目の前が点滅し始める。鼻から暖かい何かが流れ出て、喉が熱くなる。
「あ、やば……」
ドサッ
コンクリートに反響して、こもった音が廊下に響いた。
カタカタカタ…
水城は持ってきたノートパソコンを開いて、書類をまとめていた。『戸部が予知した事件の捜査に、異能課も参加したい』という内容だが、初めて書くせいでなかなかまとまらない。
「なんでこういうの、説明なしで押し付けるかな……」
こういう書類の書き方も習ってはいるが、そもそもこういう事が得意ではない水城。かれこれパソコンと睨み合って一時間が経過している。
「なんでこう、めんどくさい文体で書かないといけないのかねぇ。誰か得意な人に丸投げしたいなー。」
やはり水城にも、異能課の丸投げ精神がしっかり引き継がれているようだ。
「チラリッ」
何気なく廊下の方に目を光らせる。ドアが付いてないため廊下が丸見えなのだが、そこに偶然通りかかった男が居た。
彼の名前は〝千嶋 晃汰〟。捜査一課の榊の元で働いている刑事で、無能力者である。そして、不運にも彼女と目が合ってしまった。
「ジ―――ッ。」
「えっ、えっ?」
スタスタと千嶋に近寄る水城。そして、不敵な笑みを浮かべながら彼の肩を叩く。
「何々、何ですか⁉」
「すみませんが、手伝ってもらえませんかー?」
「な、何を?」
それを聞いた水城は、おもむろに後ろに隠し持っていたノートPCの画面を、千嶋の顔面に押し付けた。
頭に「?」を浮かべた千嶋は、思い切りの力を入れてその画面を押しのける。
「何々?本当に何⁉」
やはり状況が呑み込めない千嶋。
「まぁまぁ、いいじゃないですか!」
そして、全く気にせずにギリギリと画面を押し付ける水城。
「いやいや、僕一課の人間だし。そんなこと頼まれても!」
「いやいやー、同じ刑事なんだからいいじゃないですか!」
そういう事ではない気もするが、ともかく強制的に押し付けられた千嶋は、静かな涙を流しながらキーボードをカタカタし始めた。水城よりも(少しだけ)刑事歴の長い彼が、書類をまとめ上げるのにさほど時間はかからなかった。
「この事件、やっぱり異能課も参加するんですねー」
コピー機から出てきた紙を拾い上げながら、水城に質問する千嶋。
「いやぁ、なんか一時間前ぐらいに田裂さんから連絡が入って…急いで書けって。」
「あー、田裂係長も相変わらず、部下使いが荒いですね。」
「あぁ、お知合いですか?そういえばお名前……」
仕事を手伝ってくれた人物の、名前すら興味を持っていなかった彼女。やはりガサツで適当な部分があるようだ。ちなみに彼女は、異能課以外で榊と戸部しか名前を知らない。
「自分は千嶋と言います。二十八歳なので、感取君の先輩にあたるんですかね?部署は旧刑事部の捜査一課、殺人捜査一係です。」
「あぁー、榊さんの所の!」
「あぁ、榊さんのことはやっぱり知って…」
以下、ほぼ中身の無い会話がグダグダ続き、一時間後。
トゥルントゥルンッ
「ワッ、感取さん⁉」
机に置いてあったスマホが震えだし、その画面には『カンドリ』と書かれていた。ブルブルと震え続けているので、某無料トークアプリで電話をかけてきたのだろう。ちなみに田裂はいまだにスマホを使い慣れておらず、そのアプリで会話したことはほとんどない。
「どど、どうしたんでしょうか?」
驚いて椅子をひっくり返した千嶋が、机の下から水城のスマホを覗く。
「は、はいもしもし?」
スマホを手にして画面をスライド、慣れたように耳に当てた水城。
「異能課の水城ですけど…感取さんですか?」
捜査中以外で感取から電話をかけてくることは珍しいので、やや焦り気味の水城だったが、彼の声を聴いてすぐに落ち着きを取り戻した。
『ねね、水城…ちゃん。僕のパソコン……開いてくれない?』
途切れ途切れに聞こえる感取の声。無理やり平然を装うように、少し押し殺したような喋り方、音が反響して聞こえるような背景音。どう考えても普通の状況じゃない。
水城が最も落ち着く瞬間……それは、解くべき謎が明確に表れた時である。
「スゥ………分かりました。」
一度軽く息を吐いた水城は、垂れた前髪を左手でたくし上げる。落ち着いた水城は、一度スマホを机に置いた後、通話モードを〝スピーカー〟に変える。そして、再びスマホを持って異能課の部屋の横にある感取の部屋に入り、今度は感取のPC横にスマホを置いた。
感取のPCを起動し、モニターも同時に起動する。画面には『パスワードを入力してください』と現れる。
『えっと、パスワードは……』
「20270528ですね。」
『えッ?』
カタカタ……ポーンッ
パスワードの解除音と共に、初期から変えられていない見慣れた画面が現れる。見た目によらずデスクトップは整理されているようだ。
『な、何で知ってるの⁉』
自分のプライバシーが侵害され、驚いた感取は思わず問いかけた。
「なんとなく、キーボードを触った時に…これって何かの日にちですか?」
『うひゃー、凌弥みたいだなー‼』
田裂も少しの違いから推理することが得意だが、感取がそれの完全なる上位互換であるため、その特技を披露するタイミングは少ない。
『とりあえず、デスクトップにある〝事件資料〟っていう、クソデカファイル開いてくれないかな?』
「ファイルの大きさは、デスクトップじゃわかりませんよ!」
マウスカーソルを画面右下にあるファイルに合わせ、カチカチッといい音を鳴らしながら開く。
『そのマウスの音、すっごいお気に入りで……』
「どうやら、そちらの体調も落ち着いてきたみたいですねー(棒)。」
『あれ?なんか、あしらわれてる?とりあえず、その中にあるはずの〝2038/06/22〟ってファイルを……』
「その中の〝容疑者リスト〟でいいですか?」
『え?そ、そうそれ‼』
二人のやりとりを後ろから聞いている千嶋は、水城の迷いのないカーソルの動きに驚きを隠せない。まるで、彼が今言いたいことを全てわかっているかのようだ。
『すごいね、よくわかるじゃん。』
「いや、感取さんが急遽電話する用事で、それほど体調が乱れた状態。ましてや声のこもるような場所からかけていることから、犯人と思しき人物と接触したんじゃないかと仮定。それで、わざわざみれば解るのに確認を取っていることから、その人物が既に感取さんの能力範囲から逃走済みであることもわかります。」
感取が当時まとめた容疑者リストを、スクロールしながらさらに続ける。
「感取さんが逃がしたと言う事は、接近に気づけなかった可能性が高い。そうなると、感取さんの不意を突けそうな能力者が、このリストから見つかれば問題ないんです…が……」
スクロールする指を止めた水城が、最後の方で言葉を濁す。
『あれ?どうしたの、名探偵さん?』
やや煽り気味に感取が問いかけると、水城がパソコンの画面から顔をゆっくり遠ざけた。
「はぁ……感取さん。」
スルッとたくし上げた前髪が垂れ落ち、カーテンが閉まるように左目が隠れる。乾いた唇を潤すように下で舐めた水城は、一呼吸おいてから続けて言い放つ。
「そんな能力持ってる人物、容疑者にも被害者にもいませんよ?」
スマホを持ち上げ、スピーカー部分を口元に近づける。
「この感じだと、全国データベース調べても多分意味ないですね。」
異能力が危険な存在だと認知した国家政府は、戸籍登録と同時に異能力も登録してきゅだいなデータベースで保管していた。警察には底絵のアクセスを認められており、基本的な異能力者はそこから特定できる。もちろん、感取が居る以上そんなもの必要ないのだが。
ったく、なんなんださっきからこの〝感取最強システム〟は!そのうち「僕、最強だから」とか言ったらどうするんだよ⁉
「感取さん。その人の顔は見てなくても、その人がどんなことしましたか?」
『どんな事って……』
水城は、可能な限り今手に入る情報を探るため、感取に軽い探りを入れる。すると感取は、隠すことなく起きたこと全てを話す。
『僕の背後に現れて、変声機で〝私はヴァルキリアだ〟とかなんとか名乗って。それで振り向こうとしたら、その場から消え去ってた。その後僕の最大域で捜索したけど、何処にもそれらしき人物は見つけられなかった。』
「なるほど、ってことは……」
スマホの会話機能をオンにしたまま、地図アプリで東京周辺を眺める。
「都内から一瞬で消えた……さながら〝瞬間移動〟ね。」
『あぁー、なるほどね。』
田裂達がたどり着いた結果に、この二人(ついでに千嶋も)もようやく辿り着く。しかし、水城が〝瞬間移動〟に関してネット、SNS、警視庁のデータベースを調べても何一つヒットしない。千嶋も「一課にも聞きまわってみる」と言ったものの、期待は薄いであろう。
それにしても、何故奴は『ヴァルキリア』と名乗ったのか……
「今日得た情報をいろいろ整理したいので、早く帰って来てくれませんか?」
『え?あ、うん。』
返事を聞いたと同時に勢いよく切った水城は、奴が名乗った『ヴァルキリア』について考えることにした。
「………なぜ、ワルキューレじゃダメだったのかな?」
「と、いうわけで…はいお土産のカヌレ。」
感取が、異様にオシャレなロゴが入った黒っぽい紙袋を水城に渡す。中身を鼻の下伸ばしながら確認すると、感取りに向けて親指を立ててグーサインを向ける。
「感取さん、ナイス戦利品‼」
フンスッと鼻息を荒げながらデザートを喰らう水城を横目に、お茶を入れて戻ってきた影伏が本題を切り出す。
「それで…その〝自称:戦乙女〟さんは、いったい何者なんでしょうか?」
彼の言う「自称:戦乙女」とは、感取が店の地下室で遭遇した〝ヴァルキリア〟名乗る人物の事である。影伏が持ってきた、チンチンのお茶をすすりながら答える田裂。
「うーん。ただのイタい奴じゃないだろうし、勤河の資料を奪った奴と同一人物何じゃねーのか?」
「ングッ…いやいや、ま…モグモグ……だ決めつけ……ングモグ……るのは、よk……」
「分かった。分かったから、口がなくなってから喋れ。」
田裂がまるで母親のような真面目ツッコミを入れる。それを無視するかのように、さらに影伏が気になっていることを聞く。
「今回の事件と、この前のテロ事件。繋がりはあるんですか?」
右手首に常につけているマスクの紐をいじりながら、机の上に出しておいた前回の事件の報告書に目を向ける。
「僕は、あんまり関係ないような気がするなぁ……勘だけど。」
「俺もそんな気がする……勘だけど。」
「うわー(棒)、刑事の勘ってすげー(棒)。」
曖昧な感じで答えた感取と田裂に、同じような適当な感じで返す影伏。前回との関りを諦めきれない影伏は、机の上の資料をもう一度読み込んでいく。何度読んでも内容が変わることはなく、現れた男女二人のグループが新宿駅付近の地面を爆破し、大きな被害をもたらしたと書かれている。犯人が逃走してしまったためか、書かれている情報量は少ない。人的被害が無かったのは、感取や他の部署の人たちのおかげであろう。
「あれだけ大騒ぎだったのに、報告書はこんなに薄いんですね。」
持っていた赤い紙をひらひらと上で揺らし、ふてくされたような顔をした。
「まぁまぁ、報告書にできないようなことが出てきちゃったんだから。」
「それって、〝吸血鬼〟って奴ですか?」
現れた二人の内の女性の方〝陽外 災羅〟が吸血鬼であると言う事は、警視庁上層部の限られたメンバーと、異能課のメンバーしか知らないことになっている。そうさせているのは感取本人で、そうさせるのは彼と田裂達の因縁的なモノもあったが、それ以上に〝吸血鬼〟の危険性を心得ているからであろう。
「吸血鬼なんて存在、本当に要るんですか?」
今だ理解できない影伏は、持っていた紙の色が真っ赤な血に見えてしまう。
「存在するさ、幽霊だって妖怪だっているんだから。」
得意げな顔をしながら、お茶をグイッと飲み干した。その言葉を、下唇を突き出しながら聞いていた影伏は、苦い顔をしながらもやや納得した様子で報告書を封筒に戻した。
「まぁまぁ、今は切り替えたほうがいい。」
感取がその場から立ち上がって移動し、影伏の肩をポンと叩く。
「今回は、君が捜査に本腰入れてくれないと、解決できなそうだからさ……」
真剣な面持ちで、影伏に顔を近づける。それを「めんどくさい」とあしらいながら手で押し退ける影伏だったが、彼の話を聞いて切り替えることを決めた影伏は、話を本題に戻して進めることにした。
「それじゃあ、今回事件が発生するまでにやらなきゃいけないことは、〝自称:戦女〟を捕まえて話を聞きだす事と、前回の事件の真相を突き止めることの二つでいいんですね。」
「あぁ、それで問題ないだろう。」
影伏が口頭でまとめた内容を、田裂が部屋にあったホワイトボードに書き込んでいく。端っこにラクガキしてあった感取の似顔絵(感取作)をきれいに消した田裂は、そこに事件に関係している人物の写真を置いていく。
当時『二万人失踪』を調べていた研究員:勤河 修治。
それを指揮していた羽場貴研究所の所長:羽場貴 学。
そして、監視カメラに映った怪しき人物:ヴァルキリア。
この三人に加え、田裂と感取はそれぞれ追加で一枚ずつ写真を張った。田裂が張ったのは、若い男性の写真。感取が張ったのは、三十代ぐらいの女性の写真である。
「この男性は、渋谷区在住の〝酒々井 伝治〟。事件当時は十九歳で、羽場貴研究所で最年少の研究員として働いていた。現在では二万人失踪に巻き込まれたのか、行方不明になっている。」
写真の下に情報を書き記しながら、細々と説明していく。それが終わると、今度は感取が写真の下に情報を書き込んでいく。
「この大人っぽい女性は、渋谷で輸入雑貨店を営んでいる〝頭木 まりな〟さん。この写真は、僕が行った店の地下室で発見した免許証の写真だよー。いい感じに、顔がこわばってるよねー。」
彼女は無能力者であったため警察のデータベースに情報があまりなかったが、その免許証から年齢が三十二歳であることと、住所があの店であることが分かった。『二万人失踪』の被害者一覧にも載っていなかったため、ただ単に行方をくらましている可能性が高い。
「まぁ、詳しい情報は以後集める…と言う事で。」
キャポッとマッキーの蓋を閉めた感取は、そのマッキーでそこに居る二人を指した。
「この二人を探れば、絶対何かがわかるはず!明日は忙しくなるよ‼」
「「応‼」」
感取の鼓舞に答える田裂と水城。ズズズとお茶をすすっている影伏は、「そんなことはわかっているから」と言わんばかりに大きなため息で答えた。
初日の捜査をここで切り上げて解散した異能課の面々は、それぞれ明日に向けて頭の中を練り直す。
(明日はまず、羽場貴研究所に足運んでみるか。)
(この子の苗字、何か引っかかる。)
(切り替えろ切り替えろ切り替えろ切り替えろ切り替えろ切り替えろ切り替)
(カヌレおいしかったー♪)
影伏はまだしも、水城に至っては何なのだろうか?
二〇四〇年六月十九日 戸部都筑による未然犯罪対策案 執行初日
現在の捜査進捗状況 三十パーセント
新宿三万人失踪事件発生まで 残り三十八時間
―続―
一週間前にお会いしましたっけ?橋本オメガです。
こちらは『二万人失踪編』の二話ですので、前回を読んでから読んでいただいた方が分かりやすいと思います。「ここは読みづらい」とか「この表現はおかしい」、誤字脱字等気になった方は容赦なく私に投げつけてください。全て真摯に受け止めます。
小説執筆に関しては初心者どころかそれ以下なので、皆様の貴重な意見をぜひ頂きたいです!
次回予告
事件発生の前日…どんな経緯で事件が発生してしまうのか?
そもそもヴァルキリアは何者なのか?
そして、戸部は今回何をやらかすのか?
次回、第5話「シンギュラリティ」
4月9日更新予定ですので、ご期待ください。