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第3話「ブレイン」

 3 ブレイン


「おーーす。」

目をこすりながら部屋に入ってきた田裂は、木の札を裏返しながら持っていた報告書に目を通した。

「感取の言っていたことが本当だとすると……」

報告書にある〝吸血鬼〟という文字に自然と目が行く。

「どうやら俺は、吸血鬼とはよく縁があるみたいだな。」

持っていた報告書を自分の机に置き、部屋をぐるりと見渡して頭を掻く。部屋にはまだだれもおらず、壁は塞がれたものの部屋の中はぐちゃぐちゃのままである。

「なんで誰もかたさねーんだよ……」

重い腰を下ろしながら地面に落ちた大量の報告書を手でかき集める。ひとしきり目を通した感じだと、そこまで問題になっていないような事件のものばかりだ。やれ「水道管が破裂した」だの「ドアのカギ穴が消えた」だの「集団で右耳が聞こえなくなった」だの……

「ん?」

いろいろな報告書及び〝上層部の人間たちによる愚痴まみれポエム〟の中に紛れ込んだ青色の紙が目に飛び込む。

「青色の報告書……コールドケースじゃねぇか?」

普通の白紙はもちろんだが、赤色は緊急で青色が未解決コールドケースである。基本的に赤は新刑事部と旧刑事部にしか渡って来ないが、青は新刑事部の中でも『未解決事件追跡係』にしか行かないようになっている。このシステムは、新警視庁に変更になった時に追加されたものだ。

「あー、戸部だな。」

戸部(とべ) 都筑(つづき)〟とは、『特別犯罪対策課 未解決事件追跡係』の係長で、田裂とは古い間柄である。元は旧刑事部の人間であったが、ドジ続きでやらかしを重ねた彼は半ば島流しのような形で新刑事部に追いやられた。

要するに、クソやらかし魔である。

彼のおかげで未解決になった事件も数知れず……である。

「はぁはぁ…田裂さんッ!」

「………⁉」

その青い紙を手に取った瞬間に、部屋の入り口から声が聞こえた。大急ぎで来たのだろうか、腰に手を当てながら激しい息切れを起こしている。

「その……その報告書……ハァハァ………」

「分かった、分かったから一度落ち着け。」

戸部が慌てているときは、必ず何か面倒なことを起こしてしまう。それを阻止するためには、まず落ち着かせることが大事である。

「それ……読んじゃいましたか?」

「え?いや、まだだけど……。」

「………はぁーー。」

ひときわ大きなため息をついた戸部は、脇に抱えていた茶色の封筒を取り出して田裂に渡す。そこには『二〇三八年六月二十二日 能力者二万人失踪事件に関して』と書かれていた。今日が六月十九日なので、明後日でちょうど発生から二年経つ事件だ。

「この中の資料が足りないと思ってたら、ヴィジョンがみえてここにあるって……」

「その能力も、制御できないのは不便だなぁ。」

まぁとりあえず…と、田裂は持っていた青色の報告書を机の上に置いて、キャスターの付いた椅子に腰掛けた。

持っていた報告書に目を通す前に渡した田裂は、戸部の持っていた茶色の封筒に書かれていた事件を目の前のパソコンで調べ始めた。しかし、いくら調べ方を変えてもネットの海から見つからない。

「たった二年前に起こった出来事なのに、なぜここまで情報統制されているんだ?俺もほとんど覚えてないし……」

「あ、それ僕のせいです。」

「………………え……えッ⁉」

そう言うと戸部は欠番であるデスクの椅子に腰かけ、封筒の中から赤色の冊子を取り出す。その表紙には大きな(見たこともない仰々しい)文字で『警告』と書かれていた。

「警告て……お前今度は何したんだよ。」

この男が今までやらかしてきたことを思い返すと、真っ赤な烙印を押されてもおかしくない程である。というか、一度町が一つ消えたこともあった。それが『神宿 円欠事件』であるのだが……

「この事件の被害者に、僕の部下の親族が居てね……その人物がAランク以上の能力者だったもんだから、上層部が怒っちゃってね。」

「………ん?それ、関係あるか?」

「いやほら、『A以上の能力者ですら被害にあった』ってことを世間が知ったら、パニックになりかねないから……って。」

「いや、そっちじゃなくて。お前が悪いって感じじゃ……」

「そのAランクの人物を事件に巻き込んじゃったの……僕なんだよね。」

「………ほぅ。」

「あの………入ってもいいですか?」

二人は談義を遮った声の方を向く。そこには、寝癖をつけたまま入り口で立ち尽くす水城の姿があった。この水城という女は、身だしなみに関してはことごとく〝女子力〟が見られず、毎日来ているスーツすら何年も(というか買ってから一度も)クリーニングに出していない。

「何の事件の話ですか?」

目を半開きにして、大きなあくびをしながら戸部に問いかける。青色の紙を見て、彼が持ち込んできた案件であることを察したようだ。

「なに、ただの昔話だ。」

田裂は持っていた赤色の冊子を、彼女にひらひらと見せびらかす。

「いや、本当に悪いんだけどさ………」

謎のにらみ合いを開始した二人を尻目に、戸部は申し訳なさそうに割って入る。すると、持ってきた書類の中からもう一つの赤色の冊子を田裂に渡す。

「実は……昔話にならなそうなんだよね。」

「え?」


二〇四〇年六月十九日 戸部都筑による未然犯罪対策案 可決


「ねぇ、影伏君?」

「はい?」

「君ってよく欠席するけど、出席日数大丈夫?」

「あ、うん。」

「いや、それはどっちなんだよ……」

某都立高校のとある教室にて、影伏は一人の男に右頬をつつかれていた。尋常ではない睡魔と戦いながら、その行為を無視続けていた影伏は、脳内で昨日のことを思い返していた。

無反応でも、なおつつき続ける男……影伏の数少ない友人である〝平田(ひらた) ()(ばる)〟は、そんな彼を見ながら一昨日の数学のテストでミスをしてしまった問題を思い返していた。

「「はぁーー」」

悩みはそれぞれ違えど、二人は同じタイミングで同じ長さのため息をついた。それほど彼らは気が合うらしい。

「出席日数はそもそも〝公欠〟になってるはずだから大丈夫だし、成績も定期テストで挽回すれば問題ない。」

「ハハハ、まともに勉強してる僕が馬鹿らしいや。」

「毎回全教科学年一位取るくせに……」

「君はなぜ、ノー勉で学年二位が取れるんだい?」

「知らん。」

「ですよねー」

平田は影伏とは劣っているように見えるが、彼もしっかりとした〝天才〟である。と言うのも、記憶力に関連した能力者(推定Aランク)を学力でボコボコに打ち負かし、不登校にまで追い込んでしまったのである。もちろん、彼にとっては『不登校者を登校させる』というのも容易かったようで……その事件はさほど問題にもならなかった。

一応彼も異能力を持っているのだが、生まれてから一度もそれを使用したことは無く、多くの人からは『偽無能力者(最強)』というあだ名で呼ばれているとかいないとか。

「で、なんでそんなに眠そうなの?」

「ん?あぁ……」

一時間目が始まるまであと五分。大急ぎで教室に向かってロータリーを走る生徒たちをガラス越しに眺めながら、影伏はため息交じりに答える。

「全部………この町のせい。」

ストンッと音を立てながら頭を机に当てた影伏は、窓から入る木漏れ日を瞼に感じながらそっと目を閉じた。

(異能力なんて、要らなかったのに……)


「………嫌な予感が。」

感取が第六感を震わせながら廊下を歩いていると、部屋の方から「えぇ!」と叫ぶ二人の声が聞こえる。

「やっっぱしかぁ……」

少し早歩きで部屋の入り口まで行くと、そこには頭ぼさぼさの水城、立ち上がって驚いた顔をする田裂、あわあわと口を歪ませる戸部の姿があった。感取はその状況を瞬時に理解し、完璧な一言で切り出したーーーッ!!

「水城ちゃん女子力無さs」「あぁ⁉」

「じゃなくて……戸部、また面白い物持ち込んできたんだね。」

「ちょっと、今聞き捨てならない言葉が……」

感取優とは、そういう人物なのである。シリアスな場面であるほど、ボケられずにはいられない……ある意味彼にとっての〝性〟と言っても過言ではない。

「感取……今回はなかなかの大物だぞ。」

整えた顎髭をざらざらと指で撫でながら、田裂は持っていた赤い冊子を感取に渡す。感取は「読まなくても」と拒否しつつもその冊子を受け取り、表紙を一枚めくる。

「あぁ、あの事件を掘り返すんだね……」

感取はその事件を知っていた。正式な警察官になってから間もない時の事件だったし、当時の感取はまだ警察のやり方に慣れていなかった。ある程度の所まで知ることは出来たものの、犯人逮捕までこぎつけることができなかった。この事件を担当したのは戸部と感取、捜査一課の数人……そして、旧異能対策課メンバーの一人であった。

「か、感取君……この事件は僕たちじゃ……」

「大丈夫だよ…この二年間で僕たちも変わったし、君にも部下が出来ただろ?」

「あ……う、うん。」

「いやいや、その前に……」

戸部と感取が二人だけわかるやりとりをしている所に、状況が呑み込めない水城が割って入る。

「まず、この事件について、詳しく説明していただけませんか?」

乱れた前髪をたくし上げながら、机に置かれた封筒を睨みつける。

「この事件は、二年前に異能対策課が担当した事件なんだけど、ちょうどそのころ田裂はいろいろと忙しくて参加できなかったんだ。」

「っつーことで、俺は何も知らん。」

「それで、僕もその頃異能対策課に居たから……」

入り口付近に置いてある木札を見つめる戸部。彼の瞳には、そこに過去のメンバー六人の木札がかかっていた。

「田裂を抜いた異能対策課五人……じゃなく三人かな?あと捜査一課の数人で事件に当たったんだけど……」

感取がそこまで言うと、少し戸惑ったように言葉を濁す。それを見かねた戸部が、その続きを語り始める。

「結果は最悪だったよ。」

「戸部……」

「詳しくは言えないけど…犯人が誰であったか、どんな方法を使ったのか、どうしてこんなことをしたのかが全くつかめなかったんだ。収穫ゼロ。」

「それで、未解決……」

青色の紙を撫でながらうつむく戸部の姿は、この事件の悲惨さを物語っていた。

「まぁほら、もう時効とか無いから〝未解決〟って言うのはおかしな話なんだけどね。」

無理に冗談を言う感取を見かねた田裂は、何とか話題を変えようとする。

「そういえば水城、例の雑貨店はどうだったんだ?」

「あ、あぁ。『バッサム』の事ですか?」

「そう、それ。」

「店主に話聞いて、店内も調査して、張り込みもしてみましたけど……」

持っていた上着を椅子の背もたれに掛けて、立っている間ずっと抱えていた報告書を机にドサッと置いた。反動で落ちた前髪をたくし上げ、机の小物入れに入れてあるクリップで前髪を留めた。

「ほんと、何にも出てきませんでしたよ。」

「ちょい待ち、張り込みは頼んでないんだが?」

「あ、なんとなくやってみたくて……」

「その張り込みって、影伏にも付き合ってもらったのか?」

「え?あ、はい。」

「………お前なぁ。」

「ってことは、ユウ君今頃授業どころじゃないね。」

影伏は、基本的にため息をつきながら「めんどくさい」と適当にこなす男だが、刑事としての仕事にはいつも前のめりで挑んでしまう。そのせいで事件について考えすぎることがあり、それを深く考え出すと脳がショート寸前まで考え続けてしまう。

「何か……まずかったですか?」

「いや、影伏がいつもより早くここに来るぐらいじゃ」「おはようございます。」

声のする方にその場の四人が一斉に振り向くと、そこには制服姿の影伏が部屋の入り口で立ち尽くしていた。少し息を切らしているのを見ると、ここまで急いできたように見える。

「お、おはよう影伏。どうしたんだ?」

「その前に……今の状況を説明していただけますか?戸部さん……」

「いやいや、一昨日の事件のことはいいんですか?」

「水城さん、それはまたあとで大丈夫です。」

「え、えぇ……」

この時、到着するまでの影伏の興味は一昨日の事件にあった。しかし、この部屋に到着した瞬間に目に入った赤い冊子が、彼の好奇心を支配してしまった。

「簡潔に言うと、戸部の持ってきた青紙が真っ赤になっちまったって話だな。」

「いや、田裂さんに聞いてないですから。」

冷たい視線が田裂を刺す。

「そ、その……実は僕が見ちゃったんだよ。」

「「え?それ初耳なんだけど?」」

水城と田裂が思わず声を合わせる。

偶然廊下を通りがかった榊がその声を耳に入れると、脇に抱えていた封筒に目を向ける。

「………はぁ。」

前回の事件の後始末で疲れたことと、今回戸部が持ってきた件で出たため息が、自分が思っていたよりも大きくて思わず口を手で押さえる。


未来とは、誰にも確定した物を見ることができない物である。

しかし、戸部はそれを観ることができるのだ。その名も『未来視ヴィジョン』である。そして、彼が見たモノとは……

「明後日、ちょうどあの事件からちょうど二年経った二〇四〇年六月二十二日に、この事件に酷似した事件が発生してしまうんだ。」

持ってきた赤い冊子の4ページ目を開いて、観たその状況を詳しく説明する。

「場所は……影伏君が通っている某都立高校を中心に発生、被害人数は前回より増えておよそ三万人。高校は生徒と教員含め影伏君以外の全員が失踪してしまう。」

「それが、確定した未来?」

すかさず水城が切り込む。

「いや、今回のは……まだふわふわしてる。」

彼が見る未来には二種類存在する。予言的でアバウトな『不確定未来』と、はっきりとその場にいるように錯覚するほど観えてしまう『確定未来』。

「じゃぁ、今のうちに動けば何とかできるってことだな。」

田裂は何かを思い立ったように、その場で立ち上がる。それを見た感取も何か思いつき、自室の方に入っていった。

「田裂さん、何処に行くんですか?」

影伏がピンとこないと言う顔で問いかける。

「ついて来るか?」

田裂は足を留めずに一言だけ残すと、そのまま部屋を出てしまった。

「僕はこの事件とこの間のテロが関係あるか気になるし、田裂さんはきっと何か知っているはず……悪いけど水城さん、戸部さんの事任せるから。」

「え?ちょっと⁉」

持っていた書類を水城に向かって投げつけると、そのままの勢いで田裂を追いかけていった。その書類をキャッチした水城は、どうしたらいいかわからずあたふたしてしまう。

「はぁ、任せるって言われても……」

整理がついていけずに置いてけぼりをくらう水城は、そこにまだ座っている戸部を軽く睨む。すると戸部は、持ってきた書類を集めて封筒にしまった。それと同時に、彼は鼻からフンスッと音を立てながら息を吐いた。

「あ、あのー?」

「ん、どうしたの?」

水城が初対面の戸部によそよそしく声をかける。

「ちなみになんですけど……能力フェーズは?」

「フェーズ?感取君と一緒だよ。」

フェーズは能力の成長度合いを表すもので、1~G(5)の五段階で示される。水城はこれ以上明確な未来を観る可能性があるのか、それが気になって聞いたのだが……

「感取さんと………って、Gじゃないですか⁉」

「僕も感取君も、田裂君もそうだけど……異能発症初期はいろいろ大変だったからね。その頃からこんな仕事してれば自然と……」

「でーも、残念ながら凌弥はまだ3なんだよねー。」

話を聞いていた感取が、自室から何かを持ちながら出てくる。持っていたのは黒い小さめのショルダーバックで、いつもは上下灰色のジャージか寝間着しか着ていない彼がしっかりとした服を着ていた。

「め、珍しいですね……」

「そんなに驚く?まぁかっk」「どこ行くんですか?」

感取のいけ好かない言葉を遮るように水城が問う。苦い顔をしながらも、やや不貞腐れたような様子で「まぁ適当に」とだけ答える。やはり既存の事件なだけあって、長く続けていると心当たりが出てくるのだろう。

「どうして、二人とも詳しく説明してくれないんですか?」

頭を掻きむしりながら水城がぼやくと、戸部が補足するように話した。

「刑事が犯罪に関係する詳しいことを他人に教えないのは、当たり前だと思うけどな。」

「え?同僚ですよ⁉」

「じゃぁ、君はどれだけ彼等と事件を共にしたんだ?」

戸部がいままで見たことが無い目で水城を見つめる。それを見た水城は、思わず口をつぐんでしまった。目をそらした戸部は、書類を持って立ち上がり、その場を離れる。部屋の入り口で一度止まると、振り返らずに水城に一言告げた。

「刑事は全員、なにか背負ってるから。」

その場を去った戸部の背中を見送り、一息ついてから自分の椅子に座る。

「背負ってる……か。」

頬に手をあて肘を突いた水城は、ため息交じりにぼやく。

「私だって……」

一人の男の影が脳裏に浮かぶ。


「会いに来ましたよ、勤河さん。」

田裂と影伏がやってきたのは、とある刑務所であった。そこで収容されている人物に、田裂は「今回の件と関係があるのでは」と睨んでいるらしい。ガラス越しに見えるこの指を組んで不敵な笑みを浮かべる男は、二年前に殺人事件をおこした犯人〝(つと)(がわ) (しゅう)()〟である。

彼が起こした事件は二〇三八年六月二十五日(二万人失踪の三日後)に、その当時彼が務めていた研究所『羽場(はば)()研究所』の所長である〝羽場(はば)() (まなぶ)〟とその親族を惨殺したというものである。理由は「単なる恨み」らしい。

「今日はどのような用事で?私の研究についてではなさそうですが。」

「今回は、お前が事件当時に言っていたあのセリフについてだ。」

「あのセリフ……ですか?」

背もたれに寄りかかりながら上を見上げる勤河。そのまま指で唇をいじっていると、座っている田裂の後ろで立って見ていた影伏と目が合う。

「おや、若い子が居るが……話していいのかい?」

再び口角を上げた勤河が田裂に問いかける。田裂は表情を全く変えずに「そのまま」と話を続けさせようとする。影伏自身、彼とは初対面だし彼が起こした事件も知らない。しかし、今影伏が気になっているのは『昨日の彼等と今回の件の関係』だけなので、この事件に関しては深く説明しないでおこうと思う。

「そうだね……君が言っているのは、『二万人はどうした』というセリフのことかな?」

「そう、それだ。」

まるであの事件との関係を暗喩しているかのようなセリフである。その当時田裂はその事件を知らず「何言ってるんだコイツ」状態だったが、今朝事件を知ってピンときたのだ。

「公表されてない上に、ネットでも規制されているこの事件を…なぜお前が知ってる?どこから知った?」

「私があの事件に関わっている……と?」

勤河が一度眼鏡を下げると、彼の目つきが変わる。すると、フッと突風が吹いたように影伏の前髪があおられると、知らぬ間に田裂の右頬に一つの切り傷が付いていた。

「久々に見たぞ、お前のその能力。」

「まだ能力フェーズは低いがね……連射も出来ないよ。」

眼鏡をクイッと上げ戻すと、目つきが研究者の目に戻る。先ほどの目は、まるで何百人も殺した殺人鬼のような目であった。影伏は、どことなくさっきの目つきを見たことあるように感じた。

「二万人が失踪した事件は、私も研究者として関わっていたんだよ。」

「研究者としてって、研究するもんなんてあったのか?」

「もちろんあったとも、二万人もの人間が一度に消えたんだから。」

東京の総人口約一五〇〇万人のうちの二万人というとそこまでには聞こえないが、東京ドームのキャパが五万人と考えるとかなりの量であることがわかる。わかる?

それだけの人が消えていれば、どんな人でも興味を持たないというわけにもいかないであろう。しかも、監視カメラで映るような場所で白昼堂々と……結局犯人は誰にもわからなかったし、犯行の瞬間をとらえたカメラにも何も映らなかったのだ。

「私たち羽場貴研究所が出した答えは一つ……」

勤河は、人差し指を上げながら手を顔横に持っていき、こう続けた。

瞬間移動テレポーテーションだ。」

右手の人差し指を曲げると、それと同時に握っていた左手の人差し指を伸ばした。「こういうふうにね」と言いたいかのように、田裂の目をじっと見つめる。

「そりゃぁ、警察側でもそれは上がってるだろう……ただ、」

「「そんな異能者見たことない。」」

田裂の話にかぶせるように、勤河が全く同じセリフを言い放った。

「って、ことなんだよね。」

眼鏡をクイッと上げた勤河はそう続けると、後ろにいた看守達に何か話しかける。すると二人いた看守の一人が後ろの扉を開けて何かを取り出し、それを勤河に渡した。

「それは?」

田裂はそれを視野に入るや否や、勤河に問いかけた。勤河は「まぁまぁ」と落ち着いた様子で、ゆっくりとソレを目の前のテーブルに置いた。それはよく見る茶色いA4サイズの紙を入れる封筒で、そこには『二〇三八/六/二十二 シブヤ』と書かれていた。

「おい待て、この事件渋谷で起きてたのか?」

「なんだ、そこから知らないのか?」

異能課の基本的な行動範囲は神宿だけだが、都内丸ごと所轄なので(この機関がいまだ都庁にしか存在しないので)おかしな話ではない。しかし、田裂はてっきり神宿区内で起きているのだと勘違いしていたようだ。

(そういえばどこでこの事件が起こったかすら、戸部から聞き出して無かったな)

考えるより先に行動してしまう男の、嫌な例である。

「早く、それ見てください。」

しびれを切らした影伏が、後ろから田裂の頭に一撃入れる。後頭部を撫でながら、宝くじ売り場のようにガラスの開いている部分からその封筒を受け取ると、田裂は何かに気づく。

「おいお前、この研究はいつまで……」

「さっきからなんだね〝お前〟とは、私は君の一回りも二回りも年上……まぁいいか。その研究はつい最近まで続けていたんだよ。」

「そうか、だからこの封筒……」

劣化の仕方が最近まで使い込んだようだったのを、触っただけで田裂は気づいたのだ。そして、おそるおそる封筒の中の書類を取り出す。しかし……

「こ、これだけ?」

そこから出てきたのは3枚の書類だけだった。その書類には、事件に関して特に書き込まれていない。一枚目は事件が発生した場所と、その時撮影された画像が三つ添付されたもの。二枚目は〝事件を引き起こせるであろう能力〟が羅列しただけの紙。三枚目はその時対応した研究員の名簿と、研究目的が書かれたもの。この三つが、勤河が渡してきた資料の全貌である。

「なに隠してやがる?」

「隠す?」

「とぼけんな!お前ほどの奴が、二年続けてこれだけなわけねーだろ!」

田裂は彼がどれほど優秀な者であるか理解している。だからこそ、上に掛け合って彼の獄中研究を許可させていたわけなのだが。裏切られたように感じた田裂は、怒りを露にして目の前のガラスを叩く。

ピキピキッ……

特殊防弾仕様ではあるものの、彼の全力パンチではさすがにヒビが入ってしまった。

「ぶ、物騒だな……そこまで私を信じてくれなくてもいいんだがな。」

「自分が殺人鬼だから」というのが一番の理由だろうが、それ以上に彼はあの事件以降他人に頼られるのが嫌になったそうだ。

「まぁ、もちろんそれが全部ではなかった……」

謎に含みのある言い方を勤河がすると、田裂も影伏もすぐに引っかかり思わず聞き返す。

「「と、いいますと?」」

「単純に……盗まれた。」

「「は?」」

彼の物が盗まれた。これが何を示すかと言うと、彼が研究している監獄は決まった看守しか出入りせず、たとえ侵入しても彼自身で対処できる。そもそもこの監獄自体、出ることも入ることも困難な作りになっている。

「つまり……犯人が取りに来たとすると、その者の能力が確定してしまうんだよ。」

その言葉を聞いた二人は、先ほどの書類の二枚目にある一単語に目が向く。

瞬間移動テレポーテーション

ー続くー

更新が遅くなってしまいすみませんでした。

今回から「二万人失踪再来編」に突入し、かなり長く設定しております。今回はその事件のさわり(初日前編)であるので謎が多いですが、少しずつゆっくりほどいていこうと思っております。

ところで、最近なんだか小説を書くスピードが遅くなった気がするのですが…気のせい?


この作品については読むだけではなくコメントもいただきたいです。可能であればSNS等で拡散もお願いします。コメントに関してはアンチコメでも批判でもネタでもクソリプでもいいので、何でも書いてください。より多くの方の意見が聞きたいです。

ぜひご協力よろしくお願いします。


次回の更新は、来月から大学が始まるので確定できません。でも、毎週更新は目指したいと思います。

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