第2話「バースト」
2 バースト
「絶対違います!」
「いや、違くないでしょ!僕のプリン食べたの‼」
青白い朝日が、大きな窓を通してデスクを照らす。
「ね、ね、ユウ君もそう思うでしょ?」
「違いますよねぇ?先輩。」
二人の男女がプリンを原因に言い争っている。机に伏せながらそれを聞いていた影伏は、寝ぼけながらも二人の質問に答える。
「うん。水城さんが正しいと思う…。」
「え?ほんと⁉」
「だって、僕が食べたからね。」
「「え⁉」」
口元に付いた食べかすを、彼らに見えるように舌で舐め取る。
「おーいーしーか……」
「人の心とか無いの⁉」
食べ物の恨みを纏ったマグカップが宙を舞い、彼の頭上に到達する。
「はぁ…」
溜息を一つ付いてから、目を左手で覆い右腕でマグカップをキャッチする。その速さに手から風切り音を放つ。机の上に乱雑に積まれていた紙が飛び散り、水城の顔に張り付く。
「適当に物投げないでくださいよ。」
「君こそ、人の物勝手に食べるのやめようか?」
笑顔のまま額に血管を浮かべ、拳をブルブルと震わせている。力だけで言えば、当然のように影伏が優れているため、手を出そうとは思わない。だからこそ行き場のない苛立ちが彼を震わせるのだ。
「感取……お前また些細なことでキレてんのか?」
出勤して木札を赤っぽい面にひっくり返した田裂は、一番窓側にあるデスクに座る。
「些細な事とは失礼な!食べ物の恨みは……」
「あーはいはい、聞いた聞いた。」
ワックスで整えたオールバックをなでるように触り、そのまま首を掻きむしる。
「いや、と言うかあそこ僕の部屋だから!上にも書いてあるから‼」
彼の指さす先には『感取べや☆』とマッキーで適当に描かれた板が画鋲に引っかかりぶら下がっている。
「謝りなさいよぅ……」
「そうだそうだー」
「ユウ君……君は便乗しないでくれるかなぁ?」
溜息をつきながら適当に相槌を打つ影伏は、机に置いてあった一枚の紙に目を向ける。
『第5回 新刑事部総合会議』と書かれたそのプリントには、読みづらい小さい明朝体で『二〇四〇年五月二十三日に発生した異能力無差別使用事件について。』と書き込まれていた。異能力を自由に行使するには国家資格が必要である。なので、それを持たずに異能力を行使すると『犯罪者』として取り締まられる。そのための部隊が、この異能者取締壱係であるわけだが……
「そもそもあそこは立ち入り禁止で……(感取)」
「最近仕事来ねーよなぁ……(田裂)」
「やっぱりちゃんと謝って……(水城)」
「………………スヤァ(影伏)」
はたからではどう見ても……適当手段にしか見えないであろう。
「おい。」
ピキッ
その場の空気が、男の一言で一気に変化する。そこに現れたのは、捜査一課殺人捜査一係の係長であり、異能対策課の発足に尽力した一人である榊である。
「仕事だ。」
無感情な顔をしながら、廊下の奥を指さす。部屋に置いてある段ボールから取り出した資料を読んでいた田裂がそこに一言入れる。
「殺しか?」
「いや、テロだ。」
異能犯罪の三割が殺人。そして、六割がテロだ。残りの一割は……
「テロか……よかったな。初仕事が殺しじゃなくて。」
おじさん臭い笑顔で、田裂は水城に目を向ける。
「いや、別に良くは……」
「その事件……僕、嫌な予感がするんだけど。」
水城の独り言を遮るように、感取がぼやく。感取の〝勘〟は、ほぼ完全なる感覚と言っても過言ではない。
「お前がそう言うなら……ヤバいじゃん。」
「――――⁉」
寝ていた影伏もそれを察知し体を起こす。
「よしお前ら、今回は全員現場行きだ!」
「はい!」
「はい。」
「やだ。」
三人同時に全く違うような受け答えをする。約一名拒否している者も。
「おい感取………お前もう仕事しなくていいぞ。」
「あ、はい。行きます。」
観念した感取は、部屋に置いてある機材を大きな黒いバックに詰め込み、それを影伏に投げつける。
「それ精密機械だから、慎重にね!」
「じゃぁ………なぜ投げるのか。」
不安げな顔をしながら、そのバックを背負い手首に掛けていたマスクを装着させる。足に力を入れ、周囲に風圧を発生させる。おろしていた前髪がフワッと浮き、デスクに置いてあった資料が彼を中心に漂い始め……
「おいッ、またお前‼」
「ちょっと先輩、ここ十階ですよ⁉」
「はい、行きまーす。」
「「い、行くなッ‼」」
ドゴシャッ
周囲に衝撃波が走り、窓ガラスが散らばり、閃光が廊下の先まで伝う。瞬きしかできない程度の瞬間にその部屋の壁に風穴があく。
「馬鹿ぁぁぁあああ‼」
田裂の叫びもむなしく、一昨日やっと戻ったばかりの部屋が、見覚えのある悲惨な光景になってしまった。
「いやー、今回もまた豪快だね。恐ろしいほどの正確な最短ルート……」
「なんでそこの判断は冷静なんだよ……もっとなんかこう」
「いや、そんなこと言ってる場合じゃないですよ!早く現場に‼」
「………………はぁ。」
大きなため息をついた榊は、右腕に付けた義手を撫でながら、自分の職場に戻っていった。呆れた時に不意に出るあくび程、大きなものはないのであろう。
「ふぁぁ…………ぁがッ!」
そして、顎は外れた。
二〇四〇年六月十七日
「ぶべらっ⁉」
顔の皮膚と脂肪が右から左へ波打ち、首が音を立てながら九十度左に回転する。その衝撃はプラズマを発生させ、地面を埋め込まれたタイルの形に割る。
「今日が〝おまわりさんの日〟と知っての暴挙だな。許さん。」
足が顎関節を引きちぎり、下顎を粉々に粉砕していく。その衝撃は眼球に伝播し、半分ほどが外まで飛び出した。直線距離おおよそ五キロ以上離れた所から十秒で到達したのだから、その威力は尋常ではなかった。ここでは物理法則を無視し、空気抵抗による対象への人体影響は無いものと考える。
「んぐぁっ⁉」
顔面に伝ったエネルギーは、そのまま一直線に引っ張られ体ごと地面に埋まりこむ。周囲にいた警察官たちは、乗ってきたパトカーの陰に隠れ爆風をくらわずに済んだが、周囲にあった街路樹やポストは大きく変形してしまった。
「ふっ……コイツだけか?」
身体を起こして周囲を確認するも、テロ犯だと断定できる人物はいなかった。吹き飛ばした犯人の生存確認をするために、埋まっている足を引っ張る。
「―――⁉」
引っこ抜けた先には体が存在せず、掴んでいたのは鉄パイプの入ったズボンであった。
「マジか。」
ボボボボッッ
地中から断続的な爆破音が聞こえる。それと同時にぐちゃぐちゃになったコンクリートの地面が、モグラが通った後のようにもこもこと隆起し始める。
「そんな日、知らねぇよ。」
ボッボボッッ
地中で聞いたものと同じ音を手から放ちながら、男がマンホールから飛び出す。左手で右手首を掴み、右手を拳銃のような形にする。
「BANGッ!」
掛け声とともに伸ばしていた右人差し指を折り曲げる。
「―――ッ⁉」
ボボッボッ……カッッ
光が点滅し、周囲にあった瓦礫が爆発を起こす。影伏はたまらず屈んだものの、爆発の衝撃をまともにくらい、耳鳴りを起こしてしまう。風塵が目に入り、視界がだんだんと薄まっていく。
ピキィッ
車に乗っていた感取が何かを感知する。灰色の目を見開かせながら、爆発を起こした方向を視認する。
「相手の情報……把握したよ‼」
「おい、マジか!まだ五分経ってないぞ⁉」
ハンドルをグルグルと回してスキール音を鳴らしながら車体を旋回させる。現場到着までしっかりと信号を守るのも、警察官を二十年も続けていれば自然と守ってしまうものなのだろう。
「もぅ、信号なんか守ってる場合じゃないでしょー!」
「いや、一応私たち警察官ですからね?」
「文句言うならお前も空飛べや!」
「飛べるか‼」
赤信号を前に、そんなことを言い合っていると意図せずに無視してしまった。そのままアクセルベタ踏みで現場に突っ込む。
「「「馬鹿ぁぁぁあああ‼」」」
三人同時に叫び、突っ込んだ爆煙の中で目を細める。喉に砂埃が張り付き、水城はたまらずせき込んでしまう。他の二人は、この程度のものには慣れているようだ。
「相手の位置、把握してるから今から言うぞ。」
「はいはい、了解。」
田裂は車をその場に停止させ、窓を開いたままエンジンを止める。衝突で歪んだドアを足で蹴破り外に出た二人(感取は車内待機)は、影伏が居る場所を探す。
「ここです。」
「「え?」」
二人を察知した影伏は、車の下から声をかける。来ていた学生用の白ワイシャツがビリビリに破け、焦げ跡が無数についている。風塵で薄汚れ、もはや清潔な白だった後など何一つ残っていない。
「おまっ、どうしたんだよその格好⁉」
「半分は敵……」
「せ、先輩……もう半分は?」
「はぁ……お前らだよ。」
「あ。」
のっかっていた車を両手で持ち上げてどかし、膝に手を当てて起き上がる。
「その車の中……」
「んぐぅ……」
車の開いていた窓から、顔を埃で真っ黒にした感取が顔を出す。
「ユウ……君………」
震えながら手を伸ばすものの、そのまま力つきてぐったりしてしまった。その手にはいつものワイヤレスイヤホンが握られていて、影伏はそれを手に取った。
「感取さん。猿芝居はいいから……早く。」
「………え、やっぱり?」
その場から腕に力を入れて立ち上がり、持っていたノートパソコンを起動する。影伏は持ったイヤホンを取り付け、感取はパソコンに取り付けたヘッドセットをかぶる。煙がある程度納まり、犯罪者である対象が姿を現す。
「いつまでボケっとしてんだよ。」
再び右手を拳銃のように構え、影伏の方向を指さす。
「また、はじけ飛んでもらうぜ。」
「残念、それはまたの機会で。」
身体を少しかがませ、右手を強く握る。腕を曲げ切ったところで、腕から黒い衝撃波を放つ。上半身を右方向にねじり、視線を対象に向ける。放たれた黒い衝撃を腕が纏い、それと同時に彼の目が白くなっていく。
「彼の名前は〝日地 爆〟三十三歳独身、雑貨店『バッサム』の元店員で、現在は(というか今目の前で)テロ活動に勤しんでいるよ。」
「テロ活動に勤しむって……。」
バババッ
足元に転がっていた瓦礫が三つ爆裂し、地面が大きく崩れおちる。それを見越していた感取は被害を受けなかったが、他三人は見事に落下していった。神宿の地下には、いくらでも空間があるのは周知の事実であるが、日地はその地下に詳しかった。
『と言うわけで、ソイツと地下で戦うのヤバいかもだから。気を付けてね、ユウ君!』
「と、言われましても……」
落下しながらも周囲を確認した影伏は、右手で崩れていない瓦礫の一部を掴む。
『奴の能力は〝視認起爆〟でランクは……Aッ⁉、前回同様でバースト系だよ。』
「ランク〝A〟って、ヤバいんじゃないか?」
掴んだ右腕に力を入れ、上方向に飛び上がる。黒い軌道を描いて地上に出ると、地下に向かおうと走り出している日地が居た。
「行かせない。」
付けていたマスクを深くかぶり、強く瞬きをしてから視線の先に体重を傾ける。右腕を突き出して彼に向けた瞬間に彼の視線がこちらを向いた。
「ボ・ン・バ・ァ」
気付くと、影伏の右手は彼の目前まで迫っており、それに対して全くひるまない日地の右手も彼の目前まで迫っていた。空気が彼らを中心点にして圧縮していき、風塵が球体のようになる。
「俺が先か、お前が先か……」
眉間にしわを寄せた日地は小言をボソッと呟くと、人差し指を折り曲げ始める。さらに右腕に力を込めた影伏は、キリキリと歯で音を立てる。白くなった目から黒い閃光が走り、体の筋肉がミシミシと音を立てる。
「僕が……先だ!」
血管から血を噴き出し、腕をブルブルと振るわせる。振り切れるまでの時間が、まるでとても長いように感じられ、その間もずっと体中が酸素で満ちた血が循環し続ける。空間を切り裂き、周囲の空間を震わせ、周りの鉄くずを周囲へ吹き飛ばしていく。
「俺は、早いッ!」
「僕は……強い。」
「いつつ……」
後頭部を右手でさすりながら、周囲を確認する。どこからどう見ても神宿の地下街である。それも、あまり行かないようなところ…というか通路でしか使わないような場所だ。
「あ、そういえば水城。大丈夫か⁉」
やはり、周囲を見渡しても人気がない。水城が居ないのもそうだがそれ以上に、一般人や野次馬も見えない。体を起こし通路の奥に目を凝らす。大きくカーブしていることもあるが、電球が半分壊れて薄暗くなっていることも相まって先が分からない。
「こりゃ……どこだか分からんなぁ。」
神宿に住んでいるとはいえ、この〝(通称)神宿地下ダンジョン〟を完全攻略できる人物は少ない。だからこそ日地は脅威であるが、ここに居る田裂は全くもって把握していなかった。というか、そもそも方向音痴である。「目的地が目に見える場合は問題ないのだが、感覚だけでとなると話は別。」らしい。
「イッ……痛。」
右腕に二か所、左足に一か所の切り傷。左腕と右腹部に内出血の痕。何メートルも落下したのだから、これぐらいの傷で済んでよかったぐらいであろう。
「こりゃ……好都合だぜ。」
口元に付いた血を拭いながら、来ていた青白いコートを整えて歩き始めた。ポケットに入っていたイヤホンを耳に装着し、電源を入れて感取に回線を繋ぐ。
『ジジッ……お、凌弥ぁ!やっと繋いだか!』
「おい、水城の居場所わかるか⁉」
『え?水城ちゃんと一緒じゃないの⁉』
「え、えー。」
こめかみを人差し指で掻き、呆れたような口調で声を漏らす。
『今、上でユウ君が戦ってるから。早く加勢してあげてよー⁉』
「と、言われても……今の場所が分からんから案内してくれねーか?」
『めんどくせぇー。』
「とりあえず、上だな!」
視線を上に向け、そのあと左右を確認する。その一番近くにあった階段を見つけると、田裂はそれに向かって走り始めた。
『ちょ、凌弥そっち逆逆!』
「逆でも、上に行ければ問題ねーだろ!」
走りながら体をひねり、右手に力を籠める。体中の傷口から光が漏れ、右腕に赤色のオーラを纏う。深紅の瞳をギラリと光らせ、異能力発動させる。
「吹き飛べテメェ、オラァッ‼」
右腕を階段上めがけて放ち、上部に半径二メートル程度の風穴を開ける。
「はい、これで解決……」
「勝手に、穴開けないで。」
「あぁん⁉」
女性の声が聞こえ、思わず後ろを振り向く。目を向けた先には左手を右腕に当て、その左手のすき間から赤黒い血を垂れ流している女性が立っていた。
「誰だテメェ……ここはあぶねぇぞ?」
「まぁ……そりゃ、そうだよね。」
そう言いながら、地上に視線を向ける女性。田裂はその女性に少しの違和感を覚えながらも、〝負傷した一般市民〟と断定して彼女に手を伸ばす。
「早くつかまれ。地上に出るぞ!」
「………おじさん。」
差し出された手を、彼女は血の付いた左手で振り払う。
「その必要は……無いよ。」
「田裂さんッ‼」
彼女の背後から一人の女性が走ってくる。間違いなくアレは……落下時に見失った水城であった。しかも、彼女の着ている服は所々焼け焦げており、体も負傷しているようだ。
「おい水城、お前どうした⁉」
田裂はやや遠くの彼女に向かって、大きな声で問いかける。
「そ……その人………。」
彼女が何かを言おうとした時、田裂の周囲をまばゆい光が包み込む。その直後、激しい破裂音と共に田裂きの右手が熱を放って爆裂した。
「なんだ……まだ、生きてたんだ。」
ゆっくりと落ち着いた声で彼女はそう呟くと、先ほどまで降ろしていた右腕を上げて、水城を指さす。彼女を指す人差し指はべったりと血塗られており、そこからちらちらと赤い光が点滅する。
「血を……爆弾に?」
彼女からある程度の距離をとり立ち止まった水城は、彼女の能力を探るために一言問いかける。すると彼女は、予想に反してしっかりとした答えを返した。
「違う……私が爆発させてるのは………」
水城は彼女に気づかれないように、ポケットからそっと水が入った容器を取り出した。それと同時に、水城は利き足に力を籠めた。
(大丈夫……彼女に触れられる前に)
「私が爆発させてるのは………体液。」
彼女が回答した瞬間、水城は思わず目を見開いた。彼女に最初に出会ったとき、首筋をなめられたことを思い出す。首筋に意識を集中させたときには、すでに手遅れだった。
彼女が音を立てて舌なめずりをすると、水城の舐められた場所が熱を帯び、激しい爆発を起こした。その衝撃を受け、水城は地面と激しめのキスを交わす。喉が焼けるような痛みと、体中の感覚が薄れていくような恐怖が身体を伝う。水城はその瞬間に、脊髄がやられたのだと確信した。
「これで……いいかな?」
下唇をいじりながら水城に近づいた彼女は、しゃがんで水城の顔を覗き込む。
「あ………がッ………」
「まぁ…喋れない感じだし、大丈夫だね。」
水城に向かいニコッと笑顔を送り、彼女はその場を立ち去ろうとした。しかし、彼女は身体を動かさずにしゃがんだままでいた。
「まぁ、待ちな。」
彼女の背後から重みのある声が、彼女の身体にのしかかる。彼女の顔から笑顔が消え、そこにはひきつった恐怖の顔が浮かんでいた。奥歯を食いしばりながら、ゆっくりと首を向ける。するとそこには、赤黒いオーラを全身に纏い、周囲に重圧を放っている一人の男が地面からゆっくりと立ち上がっていた。
『………ジジ………凌…凌弥……ジジッ…大丈夫……?』
ノイズ交じりに田裂のイヤホンから感取の声が聞こえる。爆風に巻き込まれたせいで壊れてしまったのであろう。「大丈夫」と一言だけ告げると、田裂はイヤホンを外してポケットにしまい込んだ。
「お嬢さん、あんたが何者か聞いておこうか?」
ゆっくりと顔を上げ、彼女を睨みつける。
「私は……テロリストでいいよ。」
太ももに手をめり込ませるほど力を入れてようやく立った彼女。周りの重圧に押され体を震わせながら、左手で右腕を押さえる。
「はぁ……めんどくさい。」
顔を俯かせて一言ぼやいた彼女は、右手の親指を舌で舐め回す。ちゅぽんと音を立てて口から指を引き抜くと、テロリストの彼女は腕捲りをして、その親指を田裂の顔に合わせた。
対する田裂は、右手をグッと握りしめて力を籠める。態勢を整え、左手で彼女に標準を合わせる。田裂から放たれるオーラは周囲のコンクリートをゴリゴリと削り、その場で巨大な渦になっていた。宙に浮く瓦礫のすき間から、ちらちらと光る深紅の瞳が見え隠れする。
「「吹き飛べ‼」」
二人は言葉を放つと同時に、テロリストの彼女は親指をバチバチと光らせながら田裂の頬を掠らせ、田裂は力を籠めた右手を彼女の腹部に打ち込んだ。しかし、負けじと彼女も、血の付いた左手で打ち込まれた右手首を掴みバチバチと火花を散らした。
「―――ッ‼」
「………クッ。」
かなりの範囲を巻き込んで衝突する二人は、地べたでキッスをしていた水城の存在を忘れていた。
ドドドドドドドッッ
「――――ッ⁉」
地上では日地と影伏が、戦いを続けていた。日地が割れた地面の破片を飛ばし、それを影伏の目前で爆発させる。影伏はそれを煙幕の中でギリギリ避けつつ、感取の指示に従いながら日地へと攻撃を打ち込んでいく。この動作を何度も繰り返しながらも相手の隙を伺う日地は、既に体力が尽きかけていた。
「はぁはぁ……クソッ!」
ちらちらと腕時計を確認する日地。それを煙り撒く中で見かけた影伏は、イヤホンのマイクをオンにする。
「感取さん、もしかしたら彼……」
『うん、逃げるつもりだろうね……下に居る人と。』
聞かされた内容に一瞬戸惑った影伏は、一度落ち着いて思考をまとめる。
「もしかして……田裂さんは?」
『それが』
ドガガガンッ
話している最中に出来た隙を狙い、日地は足裏の瓦礫を爆破させて瞬きせぬ間に影伏の懐に現れる。彼の両手には地面に付いていたマンホールが握られていた。
「待ったぜぇ、この瞬間ッ!」
「―――――ッ⁉」
受け身を取ろうとするも、間に合うはずもなく。影伏の身体は後方に吹き飛んだ。受け身を取ることも出来ず、背中と後頭部を後方にあったビルの壁に衝突させる。背骨が折れるような感覚と、体の内から熱いものが弾け飛ぶ感覚。体中の血管が爆発しているようで、脳内に少し前に見かけた能力者の顔がちらつく。
「あがッ………」
「はッ…はぁ………」
息を切らしながら持っていたマンホールを落とした日地は、腕時計を確認して周囲を見渡した。
「た……隊長………。」
「呼んだ?」
重い首を動かして顔を上げた影伏は、日地の背後にいた人物を朦朧とする意識の中で確認する。身長はおおよそ一六〇センチぐらいの女性で、髪は赤っぽい茶髪で服は黒いシャツと黒パンツを着てその上から赤いローブを羽織っている。日地の発言と先ほどの感取の発言を踏まえて考えると、彼女こそが田裂と戦っていた者であろう。
「隊長、大丈夫なんですか⁉」
「まぁね。あのゴリラ面倒だった。」
ズドーーンッ
大地をグラグラと揺らしたかと思うと、少し前に開いた大穴から真っ赤な爆風があふれ出した。轟音が轟き周囲のビルのガラスが弾ける。影伏は受け身をとれたものの、爆風を受けた腕が焼けるように痛い。
『ユウ君、大丈夫⁉』
「はい、大丈夫です…それより。」
『凌弥も水城ちゃんもダイジョブ!間一髪、僕が間に合ったから。』
「それもですけど……奴等逃げますよ?」
風が強くなびき、少しだけほどいたネクタイが首元で荒ぶる。
「あー、それなら十分情報得たからだいじょーぶだよ。」
ポケットに入れた右手を取り出し、前髪をたくし上げる。日光を浴びてキラキラと光る白い瞳が、地上にいる二人をじっと見つめる。
『え?わ……分かりました。』
「はい、そんじゃ今回の仕事はじゅーぶん。おつかれさまー。」
ピッ
左に付けたイヤホンの電源を切り、それをポケットにしまう。灰色の髪の毛を風にたなびかせながら、右手で丸を作りその部分を地上の二人に合わせる。
「駄目だねこれ……今回だけじゃ無理そ。」
感取の瞳に移りこむ文字には、彼をあきらめさせる要因が混じっていた。
「だから……僕の能力範囲に引っかからなかったのか。」
名称〝陽外 災羅〟二十二歳、職業無し
能力〝起爆操作〟Sランク、現在フェーズ2
ヴラドクロイツ(十血思団)所属、第弐隊隊長
備考 種族:(半)吸血鬼
気付いた時には円の中から消え、その文字はうっすらと視界から消えていく。真っ白だった目が少しずつ灰色に戻る。
「多分これ……国が動くことになるかもね。」
右手を握りしめながらポケットに戻し、過去に思いをはせる。ふと後ろに寝っ転がしておいた田裂に視線を向けると、体を既に完治させて立ち上がり天を仰いでいた。どうやら、彼女と戦って何か感じたのであろう。
「………ヴァニィ……なのか?」
「いや、違うでしょ……絶対。」
田裂は自分の胸元を握りしめ、瞳を閉じた。
二〇四〇年六月十七日 神宿中央における爆破テロ事件 〝解決〟
備考:犯人と思しき男女二名は現在逃走中 引き続き異能壱係により捜査続行
ー続ー
橋本オメガです。
これを読んでいると言う事は……一話も読んでくれたんですね!?
感謝してもしきれません…。
コメントについてはアンチも大大歓迎です!
一つでも多く感想を聞かせていただけるとありがたいです、よろしくお願いします!




