下
6
それから夜はさらにふけ、満月も山の影に隠れようとしていた。
静けさと緊張から、見張りが幾度目かの出もしない尿意に身を震わせ立ち上がったとき、微かな音を立てて本堂の扉が開いた。
太助が境内の入り口まで先導し、皆に見送られる中、木実と男は足早に帰っていった。
太助が戻ってくると、すぐに亀吉が声をかけた。
「太助、心は決めたな」
その目はギラギラと興奮に輝いていた。太助はうなづき、皆に言う。
「皆、わしに命を預けてくれ。もろものの準備が済み次第、ことを起こそう。この惨状を村名のさらに上の、お上に訴えるために。
そこにいる全員が、覚悟を決めた顔でうなづいた。
翌日から、寺には村の衆が代わる代わる立ち寄り、本堂裏の広間に集まり何かの支度に追われていた。村名に見つからぬように目立たぬように集まっては、皆で協力して事を運んでいるようだった。
寺の鐘は、太助と亀吉の指揮のもと、牛車に乗せられて亀吉の鍛冶場まで運ばれていった。
御公儀の命令の証である村名の差物を台車に差して、人目につくようにゆっくりと街道をすすんでいく。あたりの警備に当たっている村名の部下の侍たちも、それを神妙な顔で見送った。彼らの中にも、いくら上の命令とはいえやりすぎではなかろうかと感じているものも多かったはずじゃ。
鐘が鍛冶場につき下ろされると、錦の袈裟を来た太助はその前に正座をして鎮魂の念仏を唱え始めた。その声は高く響き、あたりのものは何事かと覗きにくるほどだった。それが鉄砲の弾になるために溶かされる寺の鐘のためのものだときいた皆は、罰当たりじゃ、恐ろしいことじゃと口々に唱え、その噂ははるか城下までひろがって行った。
長い念仏が終わると、亀吉は鍛冶場の土間に鐘を運び入れ、弟子も追い出して一人閉じこもりしっかりと扉を閉ざした。
金属を叩く高い音が夜通し響き、やがて炉から細長い煙が立ち上った。
中で溶かされる鐘の無念が聞こえるようだと、その煙を見た人々が口にする。
城内の村名はそんな噂を高笑いのもと吹き飛ばし、信長公がなぜ本願寺を攻めるか考えたことはあるか、と手下の侍に問いかけた。
誰も声をあげぬ中、村名は扇子の先で梨男を指した。
「梨、今回の提案をしたお主ならよくわかっておろうの」
梨男は平伏し、お恐れながら、と静かに答える。
「このような神仏のもたらす天罰、呪いの類の噂を、噂にすぎぬと証明するためにございます。仏も神も所詮は人の作りしもの。それに怯え、絶対視することは今後やってくるであろう開けた日本を作るのに妨げになる。本願寺攻めひいては延暦寺焼き討ちは、その考えの元なされたご英断であると心得おきましてございます」
かっかっかと高笑いをする村名。
「その通り」
立ち上がり村名は城の格子窓から、城下の先、鍛冶場のあたりで白くたなびく煙を見る。
「仏のばちなど、支配に逆らう坊主の作り出した幻にすぎん」
のう、と梨男にいう村名に、仰せの通りにございます、と答えながら梨男はこの村名清隆が、信長ほどの胆力を持たぬ小男であることも見抜いていた。
梨男が寺の鐘を接収を提案したときに村名は一度反対した。が、信長様の意思と梨男に持ち出されて急に自らの命であるといいだしたのだ。本当は念仏も唱え神社に神頼みもする普通の男。
寺の鐘をとかすという大きな罪にいちばん怯えているのはこの男だ、と梨男は知っていた。
それから三日。
げっそりと痩せ細った亀吉が鍛冶場の戸を開けた。無精髭が伸び肌は青白く、落ち窪んだ目だけが光っている。
心配して扉の外で見守っていた部下が駆け寄ろうとするのを手で制すると、すぐに役人を連れてこいと命令した。
やがて、前と同じ格好をした梨男が、部下を連れ鍛冶場の前にやってきた。
鍛冶場の土間にあぐらで座り込んだ亀吉は、姿勢を正もせずそれを見た。凄まじくやつれ、興奮に目をギラつかせたその男を見て、梨男に付き従う槍持ちは、こいつは寺の鐘を溶かすという罪悪感にどれだけ苛まれたのだろうと想像した。
「鍛冶屋。依頼のものができたそうだな」
梨男は馬からおり、悠然と亀吉に近く。鍛冶場の広い土間には鐘はなく、代わりに三つの木箱に納められた銃の弾があった。
一つ取って、梨男が確かめる。鈍く光沢を放ち重みのある丸い塊。
梨男は部下に命じ、荷車に木箱を積ませるとそれを城に運ぶよう命じ馬にまたがる。
門を潜り立ち去る梨男とその部下に、亀吉のあげる慚愧の言葉が聞こえてくる。俺は仏に呪われる、とんでもないことをしてしまった。きっとそのうち恐ろしいことが身のうちに降りかかり、死よりも苦しい目にあうだろう、そうなっても仕方がない、とんでもないことだ。
はらわたを振り絞るようにしてあげるその声が、梨男の部下たちには自らへの呪いとして耳に残り離れなかった。
7
その日、寺に集まった村民は四百八十七名。動けぬもの、幼児とその母親をのぞき、老人も子供も含めた住人全てだった。
できる限りの白装束、中には灰色や麻布色もまじってはいるが、真っ白な衣装に身を包み、白い布の旗挿を持った異様な集団が参道を駆け下り街道から城下町に向かって走り出した。
先頭は太助。白い着物に白袴、白い帯で襷掛けをし、白手甲に白脚絆、真っ白な足袋を履き、手には竹の先につけた上申書を持っている。
農民たちに農具や棒、その他一切武器は見られない。
これは太助の意見で、自分たちは街を焼き金品を奪う一揆ではない、あくまで圧政をお上に問う嘆願の民である証だった。
死装束の一群は、目にするものをふるえあがらせ蜘蛛の子のごとく散らしながら街道を走り、城下街に押し寄せる。
噂を聞きつけた村名はその時朝食の最中だったが、煩わすなといい、部下に武力による沈静を申しつけた。
「しかし、相手は無手で、死装束のものたちでございます。先頭には坊主らしき姿もみえ、もし手を出せばどんな悪名を負うか」
ためらう部下が村名に思わず言い返す。村名は馬鹿馬鹿しいと一括すると、立ち上がり自らが指揮に向かおうとする。その村名にすり寄ったものがいた。
梨男だった。
梨男は城の廊下を歩く村名に寄り添いながらこう言った。
「村名様、ああいう手合はたとえ一度や二度斬り伏せてもなかなか従うものではございませぬ。ここは私に妙案が」
梨男の言葉に、一瞬眉を潜めた村名が大きく笑う。
「こやつ、面白いことを考えおる」
太助たちは城下街を進んだ。すぐにやってくると思われた村名の部下の侍たちが一向に現れず、命をかけた村人は拍子抜けをしながらも城に向かって一目散に突き進んでいく。周りには人のいなくなった商家や問屋が並んでいるが、統制の取れた集団は略奪も打ち壊しも行こなうはなかった。
城の石垣が近くに見え、もう少しで正門が見えてくる。
息を上げた太助の目に、石垣の間の正門が見えた。そこに至る堀を渡る橋の正面に走り込み、太助は声を上げて一同を止めた。
開け放たれた正門のその前に、侍が列をなして並んでいた。
膝立ちに屈み込み、こちらに習いを定めた鉄砲隊の姿がそこにはあった。
「おい坊主」
立ち止まった皆のまえで、手で動きを制する太助に声をかけるものがある。その男は並んだ鉄砲隊の中央を割って前にでた。
金糸の豪華な着物を着崩し、はかまもはかぬ寝起き姿の侍だった。村名だ。
「村名様」
太助は皆を押しとどめながら、一人で数歩前に出る。
「お恐れながら、お願いの義があってまいりました」
手にした上申書を差し出し、頭を下げる太助。
「我々村のものは、あなた様に逆らう気はございません。しかしながら、あまりの年貢、度重なる接収、村民への狼藉に、これ以上耐えることが叶いません。我々はこのままでは生きていくことができません。お上に使え、お納めするものを納めるためにも、是非にも慈悲を承りたく、村民一同身を呈してこの場にお願いにあがりました」
後ろの村人も頭を下げる。亀吉も悔しげにそれに従い、振り絞るように声をあげる。
「おねげえいたします、何卒おねげえいたします」
魂の込められた嘆願の声に聞き入る、鉄砲を構えた侍たち。村名の後ろに立つ梨男も険しい顔でそれを見つめていた。
「馬鹿をいうな」
村名がその思いの込められた声を一蹴した。
「お前ら浄土宗の連中に反乱の兆しがあればこそ、わしは目をつけ、厳しく正してまいったのじゃ。みろ、予想通りじゃないか。我らに逆らい、仏門の敵とみなした信長公に弓引こうと待ち構えておったがこそ、此度の寺の鐘の接収を幸いと、集って治安をみだし我らを脅そうとする」
村名は一丁の鉄砲を持ち上げる。
「お前ら坊主が大事にする仏。奴らには何の力もない。これに何が入っていると思う?」
鉄砲を掲げた村名が叫ぶ。
「お前の寺の鐘で作った弾だ。いいか、もし仏がいるのならば、その衆徒を自分の鐘で殺せると思うか?」
村名は部下に命じ、火縄に点火すると銃を構え太助を狙う。
「坊主、もし仏がおまえを守ってくれるなら、お前は死なないよな?」
村の一同は身動きもできず、その様子を見つめている。亀吉はものすごい表情で、拳を握り何かを耐えている。
太助は顔を真っ直ぐに村名に向ける。
「その通りでございます。私がなすことが正しければ、仏様は私をお守りくださる。撃つがいい、誰が正しいが、天に仏に、神に問うてみようではないか!」
太助の叫びに、鉄砲をむけた村名の部下に動揺が走る。それを一喝して笑った村名は、改めて太助を狙い直す。
「いい度胸だ坊主。うごくなよ!」
見つめる梨男の顔も青白く強張っていた。
村名の指が引き金にかかり、バアンと火薬の爆る音。
だが、太助は立っている。
傷一つなく、血一滴流すことなく。
うろたえた村名は、近くの侍から鉄砲を奪うと再び狙い引き金を引く。バアン。
しかし、火薬がはじけあたりに硝煙の煙があがっているのに、太助に傷一つついてはいない。
そこに、ゴーンという聞きなじんだ音が山の方から聞こえてきた。
侍がうろたえ声をあげる。
「計上寺の鐘だ、溶かして弾にしたはずの!」
腕を上げた太助が叫んだ。
「仏は我らの味方じゃ!皆のもの、行け!」
太助に続いて村人が橋を門に向かって走り出す。バアンバアンと侍が引き金を引くも、誰一人傷つけることができずに突進してくる。
「仏の仕業だ!」
「逃げろ!」
うろたえた侍は総崩れになり、もともとは肝のちいさい村名も、仏のなす奇跡を目の当たりにして腰砕になって逃げ出す。
村人が城を占拠し、村名と部下を制圧するのに時間はかからなかった。
8
そのあと、騒ぎを聞きつけて村名の主君、明智公は異例なことにおん自ら起こしになった。
仏の奇跡や白装束の一揆、打ち壊しや略奪、流血の一切ない嘆願、という尋常でない話を聞き及んでのことじゃった。
太助たち村人は明智公に一切の抵抗をせず城を明け渡し、傷つけずにただ閉じ込めておいただけの村名や部下を解放した。太助は自らの命をかけ、この度の不義におよんだ事情を説明した。そして、自分の命と引き換えに、何卒願いを聞き入れ、村人の命を救って欲しいと頼み込んだ。
話をきいた明智公の下したご判断は流石に名君。
一切は村名の独断による村への重税、弾圧が産んだとご判断なさり、治安を乱した罪で村名は失脚し追放になった。村人への罰は一切なく、太助に対しても、血をさけ暴力の類を禁じたその高潔ぶりを評価しておとがめなし、となった。
その後は明智公が自らの懐刀をここの支配におき、適切な税と法を持って正しく納めたので村は平和になった。
また、村人をたすけ命を奪わず、それどころか一度溶かされても復活を遂げた奇跡の鐘がある、ということでこの村や寺の評判があたりに広がり、その後の戦乱においても重くおかれ静かに暮らしていけるようになったんじゃ。
どうじゃ、めでたしめでたし。こういういきさつを聞けば、あの鐘がいかに立派なものかわかるじゃろ?
お前たちのご先祖がここで生きていけたのも、お前たちが生まれたのも皆、あの鐘が守って下さったからこそなのじゃ。
ん?梨男、不満そうじゃの。太助も亀吉もなんじゃ、そんな御伽噺信じられんか。
はっはっは。
梨男、お前と同じ名の侍はの、本当はもっとすごいやつじゃ。
もそっと寄れ、このありがたい話には、実はもっとうらがあるんじゃ。
9
明智公が事件の沙汰を下したあと、判断に困ったは梨男のことじゃ。梨男は寺の鐘の接収を村名に提言し、またその鐘で作った弾で村人を撃つこと進言した極悪人。
それなのに、太助を始め村中の人間が梨男の命を助けるよう願いでたのじゃ。
何かある、と踏んだ明智公は、謹慎中の梨男をこっそりと自分の茶室に呼び出した。
村名の家臣という立場としては下の下の侍が、大大名信長の筆頭である明智公に呼び出され、梨男は額を擦りきれんばかりに畳に押しつけ声も出せずにいた。
「なあ、顔をあげいよ」
真の強い声に笑いを交えて明智公がおっしゃった。さすがは信長公の下で大成なさったお方。常識の破り方も手慣れたものだった。
緊張した梨男の鼻に、まず不思議な香りが漂ってきた。焦げたような、それでいて甘く深みのある香り。気になって静かに顔を上げた梨男の前に、明智公が見慣れぬ器に入れた飲み物を差し出した。香りはそこから立ち上っていた。
白く、花弁のように形取られた薄い陶器の器で、ピンクと金で華やかな柄が描かれている。そしてその胴体に、耳のような細い板を曲げて作ったものが付いている。
「その細いところを持つんよ、こうして」
鉄の急須から自分の分も注いだ明智公が、悪戯っぽく笑ってやり方を見せる。しかし、持ち方はいいのだが、梨男のためらいは別にあった。
中の液体が黒いのだ。まるで焦げを洗った汚水の色だ。泥のついたゴボウを洗ってもこうなる。持ち上げた後ためらう梨男をよそに、明智公は香りを楽しむように鼻先で軽く動かした後、ゆっくりと口元にもっていきそれを飲んだ。そしていかにもうまそうに笑う。
「頂戴いたします」
梨男は同じように鼻先で器を回し、恐る恐る口に含む。
苦い。が、驚いたことに香ばしく旨味のある味が舌に広がる。飲み込むとスッと味が消えたあと深いいい香りが残った。
「南米のインディオが飲む飲み物らしい。スペイン人が信長公に送ったものを、ワシが是非にと願いでて賜った貴重なものじゃ」
「そ、それはとんでもないものを」
平伏する梨男に笑い、世界は広いであろう、と明智公が声をかける。
「梨男。ワシが信長公にお使えするのは、こういう世界を見ることこそが日本の未来に必要と感じるからじゃ。狭い知見で物事を判断すれば必ず間違う」
面白いであろう、と話す明智公と一緒に、梨男はしばしその飲み物を味わった。
その器はドイツという欧州から来たもの、この鉄瓶は中国、薬入れにつけたこのガラス玉は、エジプトという砂漠の国からきた、など、明智公の話は驚きにみち、梨男はすっかり心を奪われた。
見計らったかのように明智公が立て膝をあぐらにもどし姿勢を正す。自然梨男もそれに従う。
「ワシは信長公と違い、神や仏は尊重すべきと思う。たとえそこに偽りがあっても、人が信じてきたものは大切にすべきと考える。しかしの」
といって明智公はジロリと梨男を見る。
「ワシも天罰や呪いの類は信じぬ。神の御心や仏の加護も同様。梨男、ワシは今回の話そこが気に入らん」
といって扇子を向けられ梨男は息をのむ。
「仏に守られ傷一つつかなかった奇跡や再生する寺の鐘はもちろん、お前の行動もおかしい。先ほどから話しておれば、どう見ても小心者、まともな感性を持ち合わせた普通の男にしか見えん。信長様ならいざ知らず、上に言われたわけでもないのに、寺の鐘を接収しそれで弾を作ろうなどと考える男がどこにいる。しかもその上、あの寺の住職とお主は幼少よりの友という」
責められてすっかり萎縮した梨男に、センスを広げて口元を隠し身を寄せながら、今度はうかがうような笑顔でヒソヒソと告げる。
「なあ、梨男、教えてくれ。此度の件がお主の村にとってはありがたい仏の奇跡の方が、今後都合がいいのはわかる。じゃが、何か秘密があって、お主はそれを知っておるのじゃろ?誰にもいわんし、お主のこともわるいようにはせんから、な、教えてくれ。この通りじゃ」
と、下っ端侍に戯けて頭を垂れて見せるこの見事に成長した麒麟児に、梨男は勝てるはずもなく全てを打ち明けると決めた。
「わかりました。全てお話しいたします」
と梨男は話だした。
と、全てを書くと繰り返しになってしまうので要点だけ言おうかの。
梨歩は太助が信じておった通り、村の惨状に心を痛めておった。六角から村名に使える主人が変わった途端、村は虐められ太助の寺は目を付けられた。このままではなにが起こるかわからない。梨男は心を鬼にして村名にこび、必死に働き機嫌をとって、なんとか侍の中で力をつけて行った。
そしてそんなある日、村名がありもしない一揆の名目で村を襲う計画を立てていることを耳にした。焦った梨男は必死に考え、こう結論をだした。
村名はどうあがいても村を襲う気だ。この小心者は浄土宗が気に入らず、恐れているのだろう。であれば、こちらからもっと過酷な条件を村に課すと申しでれば、村名は喜んで聞き入れるだろう。
そこで考えついたのが寺の鐘の接収じゃ。村で一番立派なもので、皆の信仰を集める鐘。それを奪うことを考え提案した。当然村名は喜び、それを許可した。
「だがなぜ?そんなことを?」
合点のいかぬ明智公が尋ねる。お前たちもおもうように、そんなことただ村を苦しめることになるだけだ。
梨男はしずかに答える。
「私は子供の頃、あの寺の境内で今の住職の太助たちと遊びました。鬼ごっこや、かくれんぼ、かげふみ。そんな中に泥遊びもありました」
「ほう?」
先を促す明智公に梨男が続ける。
「ともかく、私はその命令を出しました。村の人たちは当然集まって相談するでしょう。私はそこに行き、自分の考えを話したんです」
そう、木実と一緒に寺にやってきた男は、梨男だった。こっそりと太助や皆に会い、自分の計画を話したんじゃ。
「そう焦らすな。お前の話は、中心にある謎を隠してどうにももどかしい。ワシが痺れを切らしてお主を拷問にかけぬうちに話すことじゃな」
「おお、申し訳ありません」
明智公との軽妙なやりとりをすっかり楽しんでいた梨男は大袈裟に畏って見せる。
「殿、種明かしのお願いに、鐘を溶かして作った弾、あれがまだ残っておりましょうから、ここへ持たせて来てもらえませんでしょうか」
いぶかしみながらも、明智公はタネの知りたさにその願いを受け入れ、部下に命じる。
やがて届いた弾の箱から、一つ取り出した梨男は、懐紙を取り出し目の前の床に敷くと、その上にのせた。
鈍く光り、金属の輝きを持った弾だ。
「殿は、泥遊びをなさったことはございますか。まあ、侍生まれの殿はご経験ないでしょう。泥遊びの中に、泥を丸めてだんごをつくる遊びがございます。丸めてこねて、砂の上で転がして。布で擦って丹念に磨いてやると、やがて光ってまるで鉄のようになるのでございます」
「泥だと!」
明智公が叫ぶ。
失礼、といいつつ梨男は湯釜から柄杓で少しすくってその上にかけた。水を吸ったそれが形を崩し、梨男が指で潰すと土塊に戻った。
「まさか。これが土の塊だというのか」
箱に込められた弾を見て明智公は唸った。
「タネがわかればあとは簡単でございます。いくら見た目が金属でもただの土塊。火薬の威力には耐えられず、打ち出された途端に砕け散って空中に四散し、仏の加護の出来あがり」
奇術師のように頭を下げて見せる梨男を見て明智公が笑う。
「こやつ、小賢しいやつじゃ。寺の鐘を接収したは、それを土の弾に変えるため。そしてその弾で村人を打たせることで、奇跡を作り出したのか。村人に残酷に見えるよう振る舞うことで村名の疑いを殺し、村名自らその仕掛けに協力するよう仕向けおった」
「さすが殿、その通りでございます」
「弾作りも村人がおこない、奇跡の鐘の復活も、最初から溶かしていないのであれば当然じゃ。白装束や鍛冶屋の慚愧のハッタリも、全て奇跡を演出する手段にすぎぬというわけじゃな」
梨男は首を振り頭を下げる。
「村人や太助、亀吉が命をかけ白装束でのぞんだのは、まごうことなき本心からにございます。紙一重を願った私の策が、成功する可能性は本当にわずかなものでございました。何か一つ間違っても、皆は殺されるか磔になっていたでしょう」
明智公はじっと梨男を見る。
「私にとって、この作戦は賭け、文字通り仏の加護を願った賭けでございました。成功したのは、それがあったからだと思えてなりませぬ」
「天はみずから助るものを助く」
明智公は呟いた。
「西洋の古い諺じゃ。イギリス人から聞いたもので、自分でなんとかしようと努力せんものに神頼みは聞かぬ、ということじゃ。お主は仏の加護というかもしれんが、ワシから見ればそれは信長公の桶狭間と同じ。勇気と考え尽くした策のもたらした必然よ」
立ち上がった明智公は、梨男にいう。
「お主を今回の件で裁かねばならぬのが本当に残念でならん。お主がした非情な提言は動かせぬ周知の事実。たとえそれが助かるための唯一の道だったとしてもだ」
梨男は頭を下げる。
「なんなりとご処分くださいませ」
明智公が下したのは、侍の身分の剥奪じゃった。
梨男と木実は村にもどり、そこでもとのように皆に混じって過ごすことになった。
木実はどっちと結婚したか?じゃと?はは、それは知らんのう。
太助は侍の身分を失った梨男に、すまなかったと詫びたが、梨男は、村を救うために侍になったのだから、願いがかなって本望じゃ、と言っていたそうだ。
そうそう、そのあと明智の殿様が太閤さんにまけたあと、梨男は京都にいって救おうをしていたらしい。どうなったかは伝わっとらんがな。はは。
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爺ちゃんの話は長いけれど、面白いしためになる。俺と梨男と亀吉と木実は、すっかり暗くなった境内にでて鐘のところにいくと、泥をぶつけたことを詫びてから爺ちゃんに渡された布でできるだけ拭った。
爺ちゃんは、奇跡があるのかないのかわからないと言っていた。
でも、この鐘が村をすくったのは事実だろう。偉いものを偉いと認める気持ちが、みんなを結びつけて奇跡を起こしたんじゃないかと思う。
小坊主が帰る俺たちを睨みつけていたけれど、全然こわくない。怒るだけのやつはどうせいつか負けてしまうのだ。