火の点かない煙草 漆
公共施設で発砲なんてすれば当然悪目立ちしてしまう。警備員が駆けつけくるのは想定の範囲内だが、実際に見付かり追われると面倒なものだ。それに、巷の噂なんて胡散臭い話としか思われていない。
確かに煙草屋と情報屋という職業は存在するが、実際に煙草屋と情報屋が婚約を交わし、発砲してみたが“何も”起こらなかった。その煙草屋が使用したのは、銃砲店で売られている何の変哲もない唯の実包に過ぎなかった。故に、煙草屋と情報屋が婚約をすればなんて話は、それ以来都市伝説と化していった。
「で、何で屋上なの?」
2人が逃げてきた先は病院の屋上だった。
「人居なさそうだろ?」
「確かに居ないけどさ。いや、勝手に立ち入って良かったの!?」
「まぁバレたらバレたで、そんときゃどうにかなるだろ。そんな事より、これ見てくれ」
溜息混じりに秋人の手元に目を向ける。「弾?」
「弾は弾だが、銃砲店で取り扱ってる弾でも、俺達の持ってるのとも違う。」自身の腰に巻かれた弾薬盒から、3種類の実包を取り出す。「これは七瀬が居る事ではじめて使える弾。こっちが何の変哲もない普通の弾。この子はさっき使った麻酔弾。で、さっきアイツ等を眠らせた時に拾ったのがこれだ」
秋人が弾薬盒から取り出した3種類の実包のうちの1つ。煙草屋の弾。
七瀬が居てはじめて使える実包。特殊な煙草屋に伝わる不思議な実包。見た目は何の変哲もないが、中身は空で使用するにはその実包専用の煙草を中に1本詰めなければならない。底には持ち主である津田七瀬の名前がローマ字で刻まれている。
「…?普通の弾と変わらなくない?」
「あぁ。だが、此処をよく見てみろ」指で違いの部分を示す。「表面に薄ら縦線が1本刻まれてる。更に云えば底に記されていたであろう名前を消した跡が僅かに残ってる。これはもう違法に改造されたと思った方が良い…」
「煙草屋の道具を…。これどうしたの」
「俺達が来る前に、誰かが来てたと考えるのが妥当だろうな。改造された違法の弾が何であんな所に…」
「吸血鬼化させたとして、経過観察をしに来た、とか…?」
秋人と七瀬が、老人の皮を被っていた男を尾行したり、闇市から実包を回収していたのは、これ以上人間を吸血鬼にさせない為の働き。だが、回収した所で、使用されてはままならない。
「多分な…。違法の弾を今まで回収してきたが、どんな代物か皆目検討もつかなかったが、これを落としてった奴の尻尾を掴めば、漸く判明するかもしれねぇ。となると、一旦店にもど―――――」