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鼻を掠める消毒の香り。目を閉じていても分かる、明るい日差し。朦朧とする思考の中、恐る恐る目を開ける。
「アヤ、気がついたか」
ぼやけた世界に、2、3瞬きをしてみれば焦点が合う。
「マキ?」
「そうだよ。麻酔が効いてずっと寝てたんだ、お前」
右の手に、懐かしい温かい感覚が触れる。
「ハル……」
「ハル? 何言ってる? 季節なら秋だぜ」
じゃあ、この手の温もりは。
「手、右手……」
「あ、ああ。嫌だったか、ごめん。無意識に掴んでたみたい」
徐々にはっきりとする意識の中で、思い出すのは、幼いあの笑顔。あの子は今どこにいる?
「マキ、ハルはどこ? あの子も無事なの?」
「ハルって人の名前か。そいつのことは分からないけど、お前は自分の心配をしろよ。体は大丈夫か? まだしばらくは寝てたほうがいいって先生が言ってた」
マキがハルを知らない?それじゃあ、ここは……。
「ここは佐倉レディースクリニックだよ」
私の疑問をマキが解消してくれる。
私、戻ってきたんだ。
「そう……。じゃあ、もうあの子、いなくなったのね」
戻ってきてしまったの、私だけ。あの子を殺しに。もう取り返しのつかない小さな命の灯が、ここに消えてしまった。目頭が熱い。涙がこぼれる。知らなかった。涙がこんなに熱く、痛いなんて。
短い沈黙を破ったのはマキだった。
「謝らなきゃならないことがあるんだ。俺どうしても護りたかったから、お前の事。だから」
「ごめん、疲れたみたい。あともう少しだけ、眠りたい」
マキの言葉を遮り、私は眠りにつく。麻酔の力も手伝って、それはさほど困難ではなかった。頭が痛かった。明日から、私はあの子を殺した罪で自分を責め続けなければならない。だから、ごめんね。あなたの口からあの子の死を聞く前に。あと少し、あと少しだけ。あの子の夢を見させて。