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邯鄲の夢  作者: みみこ
8/10

7

 鼻を掠める消毒の香り。目を閉じていても分かる、明るい日差し。朦朧とする思考の中、恐る恐る目を開ける。


「アヤ、気がついたか」


 ぼやけた世界に、2、3瞬きをしてみれば焦点が合う。


「マキ?」

「そうだよ。麻酔が効いてずっと寝てたんだ、お前」


 右の手に、懐かしい温かい感覚が触れる。


「ハル……」

「ハル? 何言ってる? 季節なら秋だぜ」


 じゃあ、この手の温もりは。


「手、右手……」

「あ、ああ。嫌だったか、ごめん。無意識に掴んでたみたい」



 徐々にはっきりとする意識の中で、思い出すのは、幼いあの笑顔。あの子は今どこにいる?


「マキ、ハルはどこ? あの子も無事なの?」

「ハルって人の名前か。そいつのことは分からないけど、お前は自分の心配をしろよ。体は大丈夫か? まだしばらくは寝てたほうがいいって先生が言ってた」


 マキがハルを知らない?それじゃあ、ここは……。


「ここは佐倉レディースクリニックだよ」


 私の疑問をマキが解消してくれる。

 私、戻ってきたんだ。


「そう……。じゃあ、もうあの子、いなくなったのね」


 戻ってきてしまったの、私だけ。あの子を殺しに。もう取り返しのつかない小さな命の灯が、ここに消えてしまった。目頭が熱い。涙がこぼれる。知らなかった。涙がこんなに熱く、痛いなんて。


 短い沈黙を破ったのはマキだった。


「謝らなきゃならないことがあるんだ。俺どうしても護りたかったから、お前の事。だから」

「ごめん、疲れたみたい。あともう少しだけ、眠りたい」


 マキの言葉を遮り、私は眠りにつく。麻酔の力も手伝って、それはさほど困難ではなかった。頭が痛かった。明日から、私はあの子を殺した罪で自分を責め続けなければならない。だから、ごめんね。あなたの口からあの子の死を聞く前に。あと少し、あと少しだけ。あの子の夢を見させて。

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