3
「それじゃ、ゆっくり息をすって。数を数えて。一、二、三、四……」
医者は静かに私の肩を叩く。病院のベッドの上、白い天井に蛍光灯が眩しい。
そういえば、麻酔をかけられるのは二回目だ。初めては、虫歯の治療の時だった。まだ子供だったから、怖くてお母さんに手を握ってもらっていたっけ。
目を閉じながら思い出す。
朝、何度もマキから着信があった。一度も出ることはなかったけれども。ごめんね、マキ。でも、これでいい。これでいいんだ。自分に言い聞かせながら私は徐々に意識を手放した。
× × ×
温かい手が左頬をぱちぱちとやさしく叩く。
やめてよ。そこは昨日マキに叩かれてまだ痛いんだから。私は、その手を邪険に払う。だが、その手はしつこく同じ動作を繰り返す。
「止めなさいよ」
少しきつい口調で言った。
細く目を開けると、西に傾きかけた太陽の光がまぶしくて。右手で目を覆った。寝返りを打とうとして体を起こせば、そこは宙。体は重力に従順に、落ちた。
「いった」
思わず声を上げる。うつぶせに倒れた私のおなかの下でごそごそうごめくものがあった。何かを下敷きにしている。あわてて体を起こすと、小さな子供があおむけになり、きょとんとした顔で私を見上げていた。そして次の瞬間、火がついたように泣き出した。
だから子供は苦手だ。ちょっとしたことですぐ泣く。それにこの年だと、ろくに話せもしないだろう。
「ごめん。怪我はない?」
子供はそれには答えずに泣き続ける。私はすぐに子供をあやすのを諦めた。放っておいても疲れれば泣き止むだろう。第一、親が近くいるはずだ。泣き声を聞いて飛んできたところで任せればいい。そう思い、辺りを見回す。見覚えのある景色。ここはイチョウ通り沿いの公園だ。家から歩いて三分の。私は今、公園の木製のベンチで寝ていたらしい。
公園を縁取るように植えてあるイチョウの葉は、さらさらと風になびいて、至る所で黄色の雪を降らせている。私の上にも落ち葉がはらはら降り注ぐ。髪についた落ち葉を手で払いながらぼんやりと思い返す。昨日、これと同じことをした。マキの家に行く途中、月明かりの下で。
そうだ、私は病院のベッドで、今まさに手術を受けているところのはずだ。そう思い至って眉をしかめる。私は一体……。