1
その日の仕事帰り、私は医者に向かった。生理が遅れて早二ヶ月。思い当たることはあった。
医者が告げる。
「斎木綾子さんね。おめでとうございます。八週目です」
瞬間、ああやはりと思い、目の前が真っ暗になる。私の表情に気づき、医者はすっと声のトーンを変えた。そして言う。おめでとうといった、その口で。―――生まないのであれば、手術は今週中、だと。
私は聞いた。
「痛い、ですか……」
医者はしばらく無言で私を見つめた。
「あなたより、赤ちゃんのほうが痛いですよ」
この医者の手には、たくさんの命が眠っているのだ。呼吸さえをすることの叶わなかった小さな命。その中に私の中に芽生えた不幸な種が含まれようとしているんだ。
しばらく待合室で待たされると、次に処置室へと呼ばれた。すぐ目に入るのは、大きな椅子がひとつ。着替えをしてここに腰掛けるようにと指示をされる。まもなく医者がやってきて、椅子が動き、腰から下は見えないようにカーテンを引かれた。下腹部に違和を感じれば、画面に映し出される、子宮の中。
「赤ちゃんは正常ですよ」
この医者の言葉は一つ一つが重い。今まで医者の言葉をこんなにも残酷に感じたことはなかった。望まれた命なら、これ以上ない祝福の言葉なのに。でも、もし正常でなければこんな胸の痛みはなかったのだろうか、なんて考えてしまう私は、どうしようもないほど残酷で非情なのだろう。
「産めません」
ポツリとつぶやく。
「そう」
カーテンの向こうの医者の視線を痛く感じ、私は目を瞑る。いや、本当に痛かったのは、今目の前の画面に映っている、小さな種の鼓動かもしれない。
「それでは、手術の日程を決めます。あと手術するには相手の同意が必要よ。後で紙を渡すから書いてもらって」