scene1:スコッチ
そっと目を閉じて心に思い浮かべてください。
「今日は一人なのかい」
「ああ。すまないな、コウさん」
「いやいいさ。何飲む」
「いつもの。ロックで」
古くさいバー。カウンターの一番奥の指定席。
だが今日は隣にあいつがいない。
一人でこの店に来るのは初めてだった。
スコッチのロック。
いつもは安心して飲めた。
酔ってもあいつがいてくれる。
でも今日は一人だ。
介抱してくれる人間がいない。
この心細さ。身が引き裂かれるように辛い。
でも今日からはそれに耐えていかなければならない。
なぜならあいつはこの手で・・・。
店のぶ厚い木製のドアが開いた。
見たことのない背広姿の男が二人。
懐から黒い手帳を出す。
「我々がなぜ来たか分かるね」
頷く。
「遅かったな。心配したよ」
「これでも急いだつもりだったんだがね」
「あいつはきれいなままだったか」
「ああ。腐敗もなく、きれいな姿で発見された」
「そうか…それはよかった」
「通報したのは君だね」
「あいつが腐ってゆくのはどうしても我慢できなかったからな」
「なぜ…殺した」
小さく笑う。それが答えだった。
「行こうか」
頷き、立ち上がった。カウンターに金を置く。
「コウさん。すまない。しばらく来れないんだ」
コウさんは、ただ微笑を返しただけだった。
この店は、そんな人間のためにある。
コウさんの表情がそう言っていた。
――いづれまた来るよ。そのときはまた、同じスコッチの味を楽しませてくれ。
二人の刑事に挟まれ、店を出た。
外は冷たい雨が降っていた。