プロローグ
侍女が廊下でゴッツンコした。
あんまり急いでゴッツンコ。
回廊から見える外の景色は凄まじい砂嵐が吹き荒れていた。
しかし、魔法で守られた宮殿はうららかな春の昼下がりのように爽やかだ。
その回廊でワゴンを押していた侍女が部屋から出てきたところで、高位貴族の子女に接触してしまったのだ。
相手によっては厳罰ものである。
「し、失礼いたしました」
侍女が震える声で謝罪をした。
「あら?あなた、私が誰だかわかるの?」
宮殿の最奥にあたるこの場所で働く侍女である。侍女もまた貴族であり、貴族の子女の顔はすべて覚えていた。
それでも、この女性が誰だかわからなかった。
着ているのは貴族だけが通う女学園の制服、貴族で間違いがない。
にやりと女が笑う。
「わたし、まりりんちゃん。あなた、お名前は?」
たった一人、顔を知らない高位貴族が居た。
正確には貴族ではない、皇族だ。
「ま、まりりんちゃん皇女殿下!」
常にベールで顔を隠している皇族。許しもなく、その顔を見たものは斬首、身体に触れようものなら一族縛り首は間逃れない。
*
現存する国家はもとより、史上でも最も強大と言われ続ける魔導帝国。
今となっては「古代」超魔導帝国と呼ばれる超大国、その帝位継承権一位である皇女まりりんちゃんは超大股で超豪華な宮殿の廊下を進んでいた。
スカートはひるがえり、ヒールの底が見えるほど足をあげて急いでいる。そのような振る舞いを見過ごしたとなっては、お付きの侍女達の首が飛ぶだろう。だがしかし、行き交う人々は誰も皇女の事を気にしては居ない。
そして、皇女は手に先程ぶつかった侍女が運んでいたバケットを抱えていた。
「はぁーい」
常に重厚な扉に閉ざされ、さらに一騎当千の帝国聖騎士によって厳重に護られている謁見の間。しかし、今その扉は開け放たれ、多くの者たちが出入りをしていた。
皇女もまた、扉の脇に立つ帝国聖騎士に軽く手をあげただけで入室しようとする。
帝国聖騎士は目線を向け魔力による人物照会を行う。
その瞳には極小の魔法陣が浮かび上がる。
そして、この頭の軽そうに声をかけてきた女が皇女殿下と知って一度はぎょっとしたものの直立の姿勢を崩しもしない。
「入室許可、通れ」
皇女殿下に対するあまりにぞんざいな受け答え、斬首である。
広い謁見の間では大勢が行き交い、なにやら指示を飛ばす声があちらこちらから聞こえていた。厳つい魔道具や良く分からない測定器具などが所狭しと並んでいる。
その中でも異彩を放つのが謁見の間中央に浮かび上がる巨大な水晶球。
巨大水晶に映るのは天井のフレスコ画ではない。どこか森の中と思われる緑が映し出されている。この中空に浮かぶ巨大水晶もまた魔道具であった。
皇女は玉座の前に据えられたテーブルに向かう。
途中、ぶつかりそうになった者や作業中の者の邪魔にならない程度に声をかけ周っている様は随分と楽しそうだった。
「え?」
「あ!」
その行為は皆を例外なく驚かせた。
目的のテーブルは紙束が山となり一部は崩れて床にまで散乱していた。
皇女は僅かな隙間に狙いを定めて手にしたバスケットを置いた。
「ん?」
そのテーブルで喧々諤々の議論をしていた男女の中で最も立派な格好をした髭の壮年男性が皇女に気づく、古代超魔導帝国、皇帝スゴくエライヒト百世その人であった。
「途中で侍女から預かったわ。パ・・・軽食だって」
皇女が許可も得ずに皇帝に話しかける、平素なら軟禁ものである。
すると、同じテーブルで向かいに立っていた年老いた宰相がバケットに手を伸ばし、中からサンドイッチを取り出すとかぶり付いた。皇帝の食事を勝手に食らうなど、確実に斬首である。
「これは、姫様・・・もぐもぐ・・・いったい・・・何故においでなされましたか?・・・ごくん」
そう言いつつも、資料に目を通しながら食べる手は止めない。皇女と会話中に咀嚼するなど斬首である。
「さて、どなたかお手隙の方、状況をご説明いただけないかしら?」
それに応えたのは皇帝スゴくエライヒト百世陛下であった。
「暇なものなど居らん、わしが説明しよう。だが、時間を無駄にしたくない。まずお前が知っていることを先に話せ」
「OK」
物怖じしない皇女であったが次の一言を発するには勇気を振り絞った。
「・・・パパ」
平時であれば絶対に言われることがないその呼び方に、皇帝の髭は口元が僅かに釣りあがった。
*
「予知部から特異点に動きありとの予見がされて3時間が経過しました宮殿内でもっとも効率的に対処が出来るここ謁見の間に対策本部を設置したのが40分間前。帝国は非常事態宣言を発令。宮廷内の無駄な礼儀作法を廃止」
皇女がその言葉を噛みしめる。
「そう、礼儀作法の廃止。私は形式上の護衛が別任務に付いたのを機に学園への謹慎命令を無視して逃亡。たったいま、到着したばかり。あと、宰相様はろくに休憩も取らず腹ペコ」
年老いた宰相はなおもサンドイッチをパクつきながら頷く。
その説明に不満のない皇帝が満足そうに、あとを引き継いだ。
「うむ、つい先ほど特異点が戦闘状態に入った。予知は特異点が要求するのは召喚魔法だと特定した。今は、あらゆる人材と武器防具をここへ集めている所だ」
「あとは特異点のからの呼びかけを待つのみという事ですね・・・ダディ」
謁見の間の中央、二人が見上げる巨大水晶球に長柄斧を手にした重大なバカの、いや十代半ばの活発そうな少年が映し出されていた。
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