水筒矢の如し
7月....。
昨日まではあんなにひんやりとしていたのに、お天道様が急に予定を思い出したかのごとく猛暑の日々がやってきた。私は照りつける太陽にうんざりしながら、学校へ向かうために「直角坂」に挑んでいた。「直角坂」とは我らが南糺高校へ登校するためには必ず通らなくてはならない急勾配な坂のことで、その傾斜はもちろん直角とまではいかないものの、学生達の登校意欲折るには十分な角度を保っていた。道幅は広いとはいえ、登校時間のゴールデンタイムには観光地にも負けないくらい学生達でごった返すこの坂だが、反対にその時間を過ぎると人通りはあまりなかった。この登り坂を使えばさぞかし負荷のかかる運動になるであろうが、なにぶん登った先が学校であるし、またここまで急な傾斜だと下りもなかなかに大変なため、ランニングでここの道を使う人はいないのである。
朝から病院へ行かなくてはならなかったために、私はさながらゴーストタウンにでも迷い込んだかのような気がした。手にもった水筒が汗で滑りそうになる。
「よりによって、なんで今日に限って晴れるんだ!忌々しい..。」
「全くその通りですね。本当に今日は暑い日です。」
「ええっ!?」
びっくりして横をみた。返事など期待していなかったし、というかそもそも横に人がいるなんて思いもしなかった私は、三文役者を思わせるすっとんきょうな声を出してしまった。普段一人で歩いてるときは鼻歌等を歌っている事もあるのだが、「直角坂」の急勾配に負けてそんな余裕がなかったことを今は感謝すべきであろう。横にいたのは同じクラスメートの深緑さんだった。
「おはようございます。」
深緑さんは私を一瞥すると淡々と言った。
「あ、お、おはよう。」
私は思わず彼女の顔に目が止まった。汗をほとんどかいていない。すると深緑さんはふと顔をしかめた。
「おはよう、という時間ではないですね。こんにちは、と言うべきでした。」
「あ、いや、まあどちらでもいいんじゃないかな」
すると深緑さんはクスッと笑って言った。
「そうですね。どうも私は挨拶が苦手なんです」
一体全体何故笑ったのか私には理解できなかったが、その笑顔はなんとも言えぬ可愛らしさがあり、私は一瞬力が抜けた。と、同時に手に持っていた水筒がつるんとすべり、凄まじい勢いで登ってきた坂を転げ落ちて行った。
「ぁあ!?」
私の悲鳴から逃げるように凄まじい勢いで水筒は転がり続け、カツンカツンと跳ねながら行く様は、まさに「光陰矢の如し」ならぬ「水筒矢の如し」であった。およそ2年苦楽を共にした我が水筒は、ちょうど坂の終わりでその蓋を砕き、中からほとばしる水で綺麗な虹のアーチを描いたのだった。
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