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ニーナ

作者: Hase

 ナンバー、0000027。型番、RR-AS4。通称、ニーナ。歴代最高にして最後のロボットは、海のように深い、藍色の瞳をしていた。

「ニーナさん、かわいいよな」

 新しく部署に配属された男は、うっとりとニーナ・ニュートを見つめていた。誰しも最初は必ず陥る現象に、部長は苦笑して彼の頭をバインダーで軽く叩いた。

「あの子はダメだよ、好きになっても報われない。完璧だからこそ、高嶺の花過ぎるのだ」

「えっ、どういうことです。恋人がもういるってことですか」

「君もいやに食いつくなぁ。ま、一緒に働いてたらわかることもあるさ」

 部長はそれだけ言うと、高らかに笑いながら行ってしまった。真相も知れぬまま、その日から、ガルシア・カーペンターズのニーナ観察の日々が始まった。

「おはようございます。お茶をどうぞ」

 ニーナは朝誰よりも早く出勤してきては、全職員へ茶を差し出していた。それから午前の業務へ取りかかり、お昼になると昼食は食べないままデスクで眠り続ける。それから伸びをして起き上がると、午後の業務へとりかかり、いつのまにかいなくなってしまう。不思議な生活も数日見てしまえば慣れるものだが、ガルシアは日に日に彼女にのめり込むようになり、ある日お茶を差し出してきたその手を掴んでしまった。

「ええと、どうかされましたか?」

 ニーナは動じることもなく、微笑みを彼へ向けた。ガルシアもまた胆力のある男だったため、朝にも関わらず勢いづけて彼女へ迫った。

「ニーナ、僕は君が好きだ。良い返事を返してくれないか」

「まぁ」驚きながらも、ニーナの表情はそこまで感情を表さなかった。

「ごめんなさい。私、それはわからないのです」

 ガルシアの玉砕した日、ニーナは少しピントのずれた断りを入れ、困ったように微笑んだ。

 

「メド博士、愛とは何なんでしょうか」

 ニーナは老いた男に尋ねた。研究室から滅多に出てこない変わり者のメドという男は、シワだらけになった手で配線をいじくり回しながら生返事を返した。

「私は、わからないのです。筆記も、単純作業も、電話の取り次ぎもできます。でも、想いが処理できない。エラーを吐いてしまいます」

「……黙っとれ、手元が狂う」

 彼は笑わない男だった。元々義手職人だったものの機械工学へと移り、ロボット工学の分野へも進出するようになって数十年が経った。その間彼の怒り以外の表情を見た職員はいなかった。

「……人間の気持ちなど、理解する必要はない。特にお前は理解してはいけない。高度なロボットなのだ、理解すれば人間を滅ぼしてしまう」

「そんなことありません。きっと、今よりもっと良いパフォーマンスが期待できます」

「お前以前の機体で失敗していると何度言えばわかる。私には時間がないのだ。お前が最後の、最高の一体なのだから……」

 ぶつぶつと呟きながら、メド博士はニーナの左手の傷を完全に縫い合わせてしまった。うっかり機械に巻き込んでしまった小指はすっかり元通りスムーズに動き、ニーナは晴れやかに笑顔を浮かべた。

「ありがとうございます、メド博士。とっても嬉しいです」

「その感情すら、私が与えたものだろう。お前は完璧なのだから」

 メド博士はいつもどこか悲しげだった。長年ともに時間を重ねたニーナだからこそ理解できる、筋肉を走る電流の微々たる違和感だった。 

 沈黙。何か話してみよう。ニーナの回路はそれを弾き出した。

「メド博士。なぜ、私の目は青色なんですか?」

「……それは、私の好きな色だ。この国の、海の色だ」

 メド博士はぽつりとそう呟き、「もう良いだろう」と会話を止めた。

 負の感情に身を任せるようにメド博士が工具をガチャガチャとしまっていると、突然、ドアが叩かれた。「ドミニクです」青年の声はそう告げた。

「入れ。お前には伝えていなかったか……助手を雇ったのだ。元々私の患者だった、優秀な学者だ。私のもてる知識をすべて受け継ぐ、云わば生きている器だ」

 枯れ木に風が吹くような声で説明される間に、ドミニクは部屋へと入ってきた。眼光の鋭い彼は、今では珍しい木製の義手をその右手のあった場所につけていた。

「ドミニク・アンセムです。あなたが、ニーナですね」

 彼はそよ風のように微笑んだ。その笑顔はニーナの知らないものだった。

 

 メド博士はドミニクにひどくきつく当たっていた。少しでも彼が手順を間違えると、炎を吐きそうなほど怒り狂った。日に日に老いていく己を自覚していたのだろう。ある日失明したときも、変わらずドミニクに実験の指示を出していた。

「メド博士はもう、長くないと思うんです。あなたにはそれがわかりますか?」

「心拍が弱くなり、五感の能力がかなり欠如するようになりました。皮膚も衰え、体力も随分減っています。もうすぐ博士は止まるでしょう」

 ニーナはそれを平然と言ってのけた。メド博士は、ニーナに喜びの反応しか作らなかった。彼女は笑うことはできても、悲しむことはできなかった。

「メド博士は僕の腕が戦争で吹き飛んだとき、お金なんて要らないと言って治してくれました。献身という概念は、理解できますか?」

「良いことと悪いことは、私はこの国の法律に照らさなければ理解できません。その献身は……「子どもの権利」に基づき、良きことですね」

「えぇ、そうです。やはり博士は素晴らしい。ニーナあなたは、もっと進化できるのですね」

 素晴らしいと言ったのに、ドミニクはどこか悲しげだった。メド博士と同じ、弱い波。ニーナはそれを感じ、ポケットからハンカチを取り出した。

 ぽん。手のひらに乗せたハンカチを勢いよく除けると、花が一輪、彼女の手に乗っていた。

「メド博士は、悲しんでいる相手を励まさなければいけないと、言いました。あなたは喜びますか?」

「……ありがとう、ニーナ。あなたはやはり、最高だ」

 ドミニクは微笑み、ニーナには柔らかな熱い電流がびりりと流れた。ニーナはそれを「嬉しい」と思った。初めて何か、掴めた気がした。

 この人といればもっと、欲しい何かがつかめる。そう感じた矢先、メド博士が自室で息を引き取った。

 そしてほとんど同時に、職員の一人とドミニクの婚約が発表された。

 

 研究所は、低コストのロボットを量産していた。命令された単純作業をのみ遂行し、余計な思考を持たず、比較的安価で簡易な作りとなっていた。すべてがニーナの反対だと言えた。

 メド博士が亡くなって三年が経った。ドミニクは研究所の所長の座を断り、平社員のまま空いた時間をメド博士の研究の発展に費やしていた。既に完成しているニーナには手を加えず、新しく作成した0000028以降を何度もいじくり回していた。義手も慣れたもので、すっかり彼の体の一部となっていた。

「君、これを見てくれ。今から動かすから」

 ドミニクが造っているのは、メド博士のものとは異なり、より人間らしい肉体をもったロボットだった。ネジやナットといった機械的な部品ではなく、培養して作成された臓器を組み込み、より人間に近いものを産み出そうとしていた。それでも一度も成功はせず、いつも実験体は流された電流に痙攣するばかりだった。

「くそっ、また失敗か。何が足りないんだ……君は何が足りないと思う?」

「私は博士に教えてもらいませんでしたから……すみません」

 最後にして最高のロボット。彼はしきりにそれを繰り返した。ニーナを造ってからというもの、彼は他のロボットを作成しなくなっていた。それほどまでに、ニーナを称賛し、奇跡だと喜んでいた。厳格な老人の悲しみの中にも喜びがあったのを、ニーナは知っていた。

 窓の外を見やれば、ドミニクの妻が子どもをあやしているところだった。まだ言葉も喋らぬ柔らかな存在は、驚きに満ちており、幸福を与えてくれるものだった。それでもニーナは素直に喜べず、そういうものなのだと、己の回路を信じていた。

 

 十年、二十年、月日は流れた。職員は老いていき、ニーナだけが美しかった。赤ん坊だったレオナルド・アンセムも、すっかり成人となり、ドミニクの手伝いをしていた。

 ニーナの回路は錆び付かなかった。しかし、ドミニクにあのとき感じた淡い電流は、あれから一度も彼女を流れなかった。

 

 そうして、五十年が経った。ドミニクもすっかり老い、レオナルドもまた、妙齢となっていた。レオナルドの妻もまた穏やかに年を経て、それでもニーナだけは、変わらぬ美しさで在った。

「僕は、やはりメド博士にはなれなかったよ」

 最期の床に伏せ、ドミニクはそう自分を嘲笑した。結果として、彼の研究は実を結ばなかった。ただナンバーを重ねただけで、失敗だけが積み重なっていた。

「誰かには誰もなれない。メド博士は昔、言いました」

「その通りさ。それでも、僕はメド博士になりたかった。君をまた、作りたかった」

 やがて、彼は口を閉ざした。彼の妻は泣き、そして後を追うように眠りについた。「死」について理解はしていても、その悲しみがニーナに浸透することはなかった。

 きっと、愛し愛される者たちはそれが何より幸せなのだろう。後を追ってしまえば、悲しみに暮れることはないのだろう。書物で知ったことを反復してみても、ニーナにはやはり、感動も、深い理解も得られなかった。ただ空が青いように、そういうものなのだと人間を理解していた。

 

「ニーナ」

 晴れた日。レオナルドの息子のアレンが、ちょいちょいと手をこまねいて彼女を呼んだ。今年十八になる彼は、研究よりも植物や動物に触れていることを強く好んでいた。

「ガルシア所長の馬小屋に行かないか?ヴァリーもスーラも、とっても良い子なんだよ」

「それは、泥棒に当たります。私は行けません」

「相変わらず固いな。なら、植物を観察しよう。スケッチは楽しいよ」

 その屈強な大きな手が、ニーナの細い腕をつかんだ。壊れることを知らぬ繊細な手。熱い、とニーナは思った。

 その時、彼女の忘れかけていた柔らかな電流が、触れた腕から全身に駆け巡った。

 ニーナは自身の意思で、立ち止まった。アレンは驚いて振り返り、ニーナの顔を覗きこんだ。

「ニーナ?……調子が悪いのか?」

 ニーナ。その名を彼が呼ぶ度に、言い様のない微弱な電流が体を巡った。嫌なものではなかった。ただただ、不可思議なものだった。不具合を疑って自身でサーチをかけたものの、何も反応は返ってこなかった。

 これはバグではないのか。ニーナは初めて震えた。そしてその藍色の美しい瞳で、アレンを見つめた。

「アレン。あなたが私の名を呼ぶと、私に電流が流れます。あなたが手に触れた時から、私には不具合が生じます」

「ニーナ。それは不具合じゃないよ。それは……」

 アレンは続きが言えなかった。彼はニーナ以上に流れる電流を知らず、恋を知らぬ男だった。アレンは朴咄で、研究員ばかりのこの島では獣ばかりと過ごしていた。ニーナにだけは心を開く彼は、それが不具合でないことはわかっても、それ以上を知らなかった。

 不思議な沈黙が続いた。二人とも、何かを言いかけて言い澱んだ。ニーナは回路を流れるそれを不具合だとしか受け止められず、エラーへの自己修復を試みていた。

「二人とも、何をしているのかな」

 今にも噎せそうな声で割って入ってきたのは、ガルシア・カーペンターズだった。かの老人は杖をつきながら、シワだらけの重い瞼を開いていた。

 アレンは躊躇いながらも、一部始終を彼へ話した。ガルシアは深く頷きながら、やがて微笑みを浮かべ、ニーナを見やった。

「ニーナ。それはね、僕が君へ叶えてあげられなかったものなんだよ」

「ガルシア。あなたは良き隣人です。私はあなたにこれ以上何も望みません」

「違うんだ、違うんだよ、ニーナ」

 首を横に振る老人は、骨と皮と血管ばかりの手を擦り、潜めて、ためらって、もどかしく、伝えた。

「それは、恋と言うんだよ」

 

 ニーナは嬉しかった。作られて始めて、痺れるようなそれを知った。知識としてではなく、自分の感情として。己がロボットだということを忘れてしまうほど、時に回路が止まってしまうほど、その想いの甘美さを享受した。

 ニーナがアレンを愛するように、アレンもまたニーナを愛していた。彼らは純粋な愛で結ばれていて、彼が必死で勉学に取り組むようになり、研究に没頭し始めたのも、すべてはニーナのためだった。

 ガルシアが倒れたのは、彼が本格的に研究室へ配属されてから、間もなくだった。安堵しきったように倒れたガルシアは、死の淵でニーナに語った。

「ニーナ……愛はね、喜びだけではないんだよ」

 二人だけの空間だった。医療用のロボットがいれば、なんて、誰かがそう言っていた。外は新しい所長をどうするかで、てんやわんやの大騒ぎだった。

 ニーナは彼の言葉を巡らせた。良き回答は得られなかった。彼女が良い感情しか与えられていなかったためだった。

「ガルシア。あなたの言うことが、私にはわかりません」

「なら、いずれわかるだろう……僕も、君から愛を受けたかった」

 そう呟くと、ガルシアは静かに息を引き取った。安らかに、彼は最期に微笑んでいた。

 何人も、ニーナの元を去っていった。何もかもが手の内をすり抜けていった。それでもニーナに悲しみの感情が生まれることはなく、ただただ、機械的に悲しむ真似事をしてみせていた。これは、ロボットであるニーナが精一杯学び、選択したものだった。

 幸福は続いた。ロボットはその精度をあげず、世界は平和だった。真綿で首を絞められるがごとくゆっくりとした進歩は、同様に人間を人間足らしめず、殺していった。

 ニーナはいくら人に近くても、人ではなく、生殖機能はなかった。メド博士の技術は奇跡に等しく、誰も彼女を暴き、手を加えることができなかった。その設計図を見るだけで、辟易していた。

 誰も成せない技は多かったが、アレンがようやく彼女の四肢や視角を直せるようになったのは、彼が出会ってから随分と老いた頃だった。

「父や祖父が資料を残してくれたから、こうして君と対等に渡り合えている気がするんだ。感謝しないと」

 レオナルドは、遠くの研究所へ引き抜かれても、変わらず手紙を寄越してくれていた。孫はとうに諦めたらしく、余生を妻と慎ましく暮らしているのだと、写真もよく同封されていた。アレンはそれを見るたび、喜び、少し悲しげな目をするのだった。

「君の子なら、きっと可愛いんだろうなと、たまに思うんだ。ニーナ、君は本当に美しい人だ」

「ありがとうございます。アレン、私はあなたを愛しています」

「あぁ、僕もだよ」

 微笑む。あれから随分と時は経った。アレンは既に、ニーナを作ったときのメド博士と変わらないほどの年齢になっていた。ガルシアやドミニクが亡くなったことは、最早遠い記憶のような気がした。

 ニーナは幸福だった。彼女は衰えることなく、アンセムの一家が自分を繋ぎ、修正してくれている。それに甘んじ、進化を願い、成長を遂げた。愛を理解しているのだと、嬉しかった。

 

 だからこそ、アレンが倒れた瞬間動くことができなかった。

 

 まるで神経系を壊されたよう。奇しくも彼は、ニーナの小指を直しているときだった。突如として机に突っ伏し、アレンは眠るように息を吐いた。

「アレン。アレン、ダメです。ここで眠っては風邪を引きます」

 彼が子供の頃、庭で眠ってしまったときとと変わらない調子で、ニーナは言った。しかし彼があの日のように眠い目を擦りながら不平を呟くことはなかった。ただ静かに、置物のように在るばかりだった。

 ニーナはしばらく、そこに立ち尽くしていた。ニーナ以上に高性能なロボットはおらずとも、回路やCPUだけは進歩していた。彼女の中に「死」はあれど、「アレン・アンセムの死」はなかった。

 時ばかりが、過ぎていった。永遠にも思える、何もない時間だった。

 日が落ちた。ニーナは部屋を後にし、ふらふらと、何かに導かれるようにさ迷った。輝く砂を撒いたような満点の星空の下を、誰かに呼ばれるように、歩いていった。

 ふと。彼女は足を止めた。漣。風の囁き。彼女は呼吸を知らなかったが、はっと、回路がすべて止まるような気がした。

 『それは、私の好きな色だ。この国の、海の色だ。』メド博士はかつて、そう言った。しかし眼前の夜の海に色はなく、ただ、ただただ、揺れ動くように波が押し寄せるばかりだった。

 砂浜を踏みしめる足。滑らかな、人の肌に似せて精巧に作られた皮膚は、容易く沈んだ。白く細かな、砂流。

 ニーナは、アレンの優しかった手を、思い出した。

 瞬間、止めどなく記憶が流れ出した。ニーナの回路を侵食するように、発光、濁流、疾走を繰り返し、与えられた感情はすべてその刹那に、意味を失った。

 彼女の表情は、初めて強張った。眉はひそめられ、口は歪み、視覚は突然ぼやけた。彼女のすべてがエラーを吐いていた。それでも止めることなどできず、ニーナは、自身のすべてを吐き出した。

「あぁ!……ああ!あぁ!アレン!貴方は、どうして!私はどうすれば良いのです!私は、私は!アレン!貴方を愛しています!アレン!!」

 海はただ打ち寄せるばかりで、言葉を返さなかった。あの日のガルシアの言葉が、ようやくニーナの集積回路を刺した。楔のように深くーーそれを「心」と呼ぶならば、ニーナは今、世界中の誰よりも、悲しみの底にいた。

 ニーナは理解し得ない苦しみを吐き出し続けた。声帯がエラーを出した。構わなかった。バランスを崩して砂に倒れ込んでも、まだ叫んだ。髪が、服が、肌が汚れ、破れても、彼女の苦しみは収まらなかった。

「貴方は、今、どこにいるんですか!どうして目を覚まさないんですか!どうして、どうしてみんな、私を一人にしてしまうんですか!」

 その美しい顔に砂が飛んだ。飛沫が跳ね、貝殻が足を傷つけた。

「メド博士も、ドミニクも、レオナルドも、ガルシアも!みんな私を置いていってしまう!ああ、アレン!アレン!帰ってきて、アレン……」

 ニーナは、理解し得ないことを理解した。知りたくなかったことを知ってしまった。その知識のみならず、己の体験として、経験として、蓄積してしまった。それはあまりにも、彼女にとって重かった。潰れた声帯で何度名を呼んでも、ニーナの心は戻ることはなかった。

 

 翌朝早く、散歩に出ていた職員が砂浜で倒れていたニーナを発見した。急いで研究室へ運ばれたものの、その処置を試みた誰もが匙を投げ、口を閉ざした。メド博士とアンセムの血筋の者以外、誰が彼女へ触れられたと言うのだろう。今さらに、皆が後悔した。

 なんとか皮膚を繋がれ、服を修繕され、ニーナは研究所の深部に安置された。研究者は幾度も彼女に挑んでは敗北し、やがて消えていった。

 何度、朝と夜を巡ったのだろう。エネルギーがないのか、回路が壊れているのか、他に原因があるのか。もはやニーナ本人以外誰にも原因はわからなかった。

 やがて、戦争が起こった。発端は増えすぎたロボットによる反乱だった。首謀者はまず研究所は襲撃し、ロボットの量産をストップさせた。終末は世界へ伝播し、それでもニーナは、眠り続けた。


「ニーナ」

 

 その声は、唐突に現れた。

「ニーナ」

 青年は武器を手放し、しんと静まり返った部屋で彼女を呼び続けた。一度ごとに力強く、そして優しく。

 青年は彼女へ歩みより、その頬へ触れ、ゆっくりと額を寄せた。

「ニーナ。おはよう」

「……えぇ……おはようございます」

 目は開かれた。ニーナは、いつも通りに柔らかな微笑みを浮かべた。

「貴方は、私に愛を教えてくれますか」

 ナンバー、0000027。型番、RR-AS4。通称、ニーナ。歴代最高にして最後のロボットは、海のように深い、藍色の瞳をしていた。

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