忘れる筈が無いよね。殺した相手の顔なんて。
* * * * * *
勇者ミズキが出ていって少し経った頃…
皇城の客間に宿泊しているアース王国王女、ヘンリエッテが護衛を呼び付けていた。
「ミズキは何処に行ったのか解った?」
「…はい、帝都から出て東へ向かいましたが見失いました」
「ふぅん…それだけ解れば充分よ。さぁ、行きましょう」
「ですが……」
「ミズキが私に隠し事をするから悪いのよ。従いなさい」
「…了解しました」
* * * * * *
勇者ミズキ……フラムちゃんが憧れている女性。
南の地方…アース王国で起きた災厄級の魔物を、たった一人で討伐した英雄。
アース王国の勇者という称号を得て、人々を導くような存在。
ここまでは、一般的に知られている事。
「アース王国に居るのは、迷い人だからですよね?」
「……何処まで、私の事を調べた?」
「いえ、調べていません。視ただけです」
近隣諸国の内、迷い人に対して待遇が良いのはアース王国だけ。
他の国は悪い訳ではないけれど、保証や人権があって無いようなもの。
昔は帝国も待遇が良かったけれど、迷い人の利用価値に気付いた当時の皇帝が法律を変えた。
アース王国に居れば、表面上は守られるもんね。
王女の護衛の時点で利用されているような気もするけれど、私には関係無い。
まぁでも、ここは帝国。
勇者という物を除けば、迷い人は平民以下。
私も平民。だからこれは…平民同士の喧嘩。法律なんてあって無いようなもの。
だから、殺し合っても問題は無い。ふふっ、暴論だね。
私の溢れ出す魔力が…全てを呑み込むような黒。
夜の闇を更に暗く、黒く、そして力強く染めていく。
「膨大な闇の魔力……魔族は絶滅したはず…」
「魔族の力ではありませんよ。これは、女神の力です」
「……有り得ない。アラステア様は光の女神…」
何の女神かなんて教えない。
魔眼を発動してから、頭の中に少しずつ情報が入り込んで来る……
「すみませんねぇ…力が強いせいか、少々思考が荒れていまして、失礼な事を言ってしまうかもしれません……ふふっ、もう言っていましたね。ダークソード」
竜剣が黒く染まる。
普通のダークソードよりも、禍々しい黒だけれど気にしない。
ミズキ…あなたはどうする?
「……光よ…力となれ」
ブォンッ――
ミズキの剣が光を纏い、辺りを明るく照らす。
その光魔法は…イメージを形に出来るのか……流石勇者、光魔法に愛されている。
光と闇……最高の組み合わせだね。
ミズキの身体が一瞬ブレる。
その瞬間、私の横を光の軌跡が通り抜けた。
光の刃を飛ばす高速の斬撃。
紙装甲の私に当たれば切断される。
されるけれど、当たらなければ意味は無い。
「…次は、外さないよ」
威嚇かい? 動けなかった訳では無いよ。
動かなかったんだ。
またミズキの身体がブレる。
「――閃弾き」
ギャリッ!――
高速で飛んできた光の刃を竜剣で弾く。
もちろん力はミズキの方が上。
だから力を受け流す。
「無元流…」
弾いた瞬間、ミズキが私の眼前に迫る。
闇夜を照らす光の剣が輝きを増す。
「――光烈斬!」
高速を超える光速の剣技。
頭上から振り下ろされる剣は、
真っ直ぐに私の頭を狙ってきた。
「――黒柳」
剣先を下げながら頭上で光剣に合わせる。
ギャリッ!――
竜剣の腹から滑るように光剣が私の横を通り過ぎた。
「――まだ! 燕返し!」
ミズキが振り下ろされた光剣を両手で持ち、
高速で振り上げる。
首を狙う軌道。
「ふふっ、黒柳派生・浮雲」
振り上げる光剣を竜剣の腹で滑らせながら、光剣の力を利用して浮き上がる。
ミズキの頭上まで浮き上がり、
「くっ…」
そのまま飛び越えるついでに竜剣を回しミズキの肩を斬り裂く。
着地し、背を向け合った形。
ミズキが振り向き様に一閃…
させないよ。
「――ソルレーザー」
バシュンッ――
「――ぐあぁぁ!」
光の柱がミズキを貫く。
溜めていないソルレーザーだから威力は弱いけれど、普通の人なら即死する。
ミズキは光魔法に愛された勇者。
だから耐性はあるよね?
「ぐっ…グレーターヒール」
ミズキの身体を光が包み込み、早い速度で回復していく。
グレーターヒール…ハイヒールの上位版か。今、視たから私にも使えそう……感謝だね。
待っててあげるから、もっと闘おう?
「はぁ…はぁ…なんだ…まるで…全ての動きを知っているみたいに……まさか…未来視か」
「いえ、違います。私も最近まで未来視の力だと思っていたんですが、違いました。勇者様には、解りますかねぇ?」
この魔眼は……深淵の瞳。
対象の深淵を覗き込む、邪道の力。
この瞳で視れば、対象の奥底まで覗ける。何を話そうとしているか、何を考えているか、何をしようとしているか。
未来視に匹敵する、先読みが出来る。
もちろん、能力はこれだけじゃない。
「脅威だ……殺さないといけない…」
「ふふっ、あなたは私を殺せませんよ。あなたは一度、私を殺しているからこそ……殺せません」
「何を…」
ねぇ…御先祖様。
この力は、強すぎるよ。
あなたは…邪神なの?
いや…邪神であろうとなかろうと…私はこの力を使いこなしてみせる。
もしかしたら、私を見ているのかな? と思うけれど、それは後でゆっくり考えよう。
今は……ミズキに感謝を伝えなければ、ね。
さぁ、お楽しみ。
眼鏡を外してミズキを見据える。
光剣に照らされる私の顔を見て、ミズキの表情が驚愕に変わっていくのが解る。
色々な感情が視える。
明らかな動揺。
忘れる筈が無いよね。
殺した相手の顔なんて。
「う…そ…アレスティア…王女」
「あなたのお陰で私は自由を手に入れました。あなたのお陰で私はこの力を手に入れました。だからお礼に私の正体を明かしましょう」
「その…黒い瞳…魔眼…」
「ありがとうございます。勇者ミズキ様。……さて、時間がありません。もう一度、闘いましょう?」
「……」
早くしないと、リアちゃんが来ちゃうなぁ。
帝都からリアちゃんじゃない誰かも来ているし。
氷の魔力を感じるから、多分アースの王女だな。
残り時間は数分ってところか……
でも、ミズキの戦意が半減している。
そりゃそうか。
私とは闘いにくいよね。
「闘わないと、あなたの大切なものを壊しますよ?」
「……くっ…」
「闘わないなら、あなたを殺します。そして、今こちらに向かって来ているアースの王女も殺します。殺して良いですよね? 私は殺された訳ですから」
「まさか…姫…付けていたのか…」
……戦意が戻って来たな。
ふふっ、本当に…笑ってしまうほどに、私は悪者だな。
こんな事で笑えるなんて…こんな事を言って楽しいだなんて…私の心はもう…闇に堕ちているのかもしれない。




