そんなに強く抱き締めると、痛いよ。
客間の中を静寂が支配する。
メイドさん…顔色悪いけれど大丈夫?
リアちゃんの正面に居るから辛いか…がんばれー。
跪いて動かない爺や。
腕を組んで威圧感を出しているリアちゃん。
爺やが何か悪い事したの?
「…別に、ディアスを責めに来た訳じゃないわ。その覚悟だけで充分よ」
「ですが…」
「いつも通り過ごしなさい。良いわね」
「…はい」
リアちゃんどうなっているんです?
…『可愛い女の子を守る会』の会長として会員にはお仕置きをしないと?
対象は私と妹…そうですか…
私と妹が可愛いから出資している? 中々ぶっ飛んでいますね。
「そうそう、アレスティア王女の専属侍女だった者は居る?」
「…いえ、彼女は心を病んでしまい…ロレンタ子爵家で療養しています」
「そう…書状を出して貰える? 面会したいって」
「…かしこまりました」
ムルムー…心を病んでって…大丈夫かな。
…まぁ、王女を目の前で死なせてしまった訳だし…早く会いたいな…
爺やが退室。
メイドさんはまだ居る。
お茶を出すタイミングを逃してしまって、顔面蒼白だけど大丈夫だよ。一緒にお茶淹れよう?
客間の奥にある給仕室の前に行き、メイドさんを手招き。
恐る恐るメイドさんが動き、給仕室に入ってきた。
私より少し年上の…男爵家のお嬢さんかな?
「…大丈夫?」
「…はい、すみません。お手を煩わせてしまって」
「あれは仕方無いよ。私も怖かったから」
小声で話しているけど、どうせバッチリ聞かれているんだろうな…
「…え?」
そう思っていると、メイドさんが目を見開いて驚き、みるみる顔が赤くなっていった。
…リアちゃん。音もなく背後に回って私の眼鏡を取らないで下さい。
悪戯が過ぎますよ。
男っ気の無い職業だから、私の顔を見たら逆効果だからね。
ほら、緊張しちゃったじゃん。リアちゃん…ニヤニヤしないの。
「あ、あ、あの…」
「あぁ、ごめんね。リアちゃんは悪戯が好きなんだ。気にしないで…ね」
「は、はぃぃ」
パチリとウインク。
リアちゃんの名前…ヒルなんとかさん。もう忘れてしまったからリアちゃんで良いや。
…はい? ハイデマリーちゃんっていうのね。
……
「…マリー、仕事大変だけど…めげずに頑張れよ。お前の笑顔が好きだからさ」
「_はぃぃ! 頑張りますぅ!」
…リクエスト戴きました。
罪な女ね…ってリアちゃんに言われたくないよ。
それに何だよ…この台本。番号が書いてあって、リアちゃんが番号を指定するんだけど…まぁ良いか…
爺やを待つ間は、三人で雑談。
ハイデマリーちゃんは中等部に通いながらメイドとして、お城で勉強中。今日はハイデマリーちゃんの当番だったらしい。
男爵家や子爵家の二女や三女には、メイドや侍女が人気。
ムルムーは幼い頃から第一王女専属侍女として、有名人だったな。
しばらく待つと、扉がノックされる。
地味眼鏡を装備。
爺やが入って来て、面会可能の御達し。
早速リアちゃんとロレンタ子爵家へ行く事になった。
「ディアス、あなたも来なさい」
「はっ! 畏まりました」
「…じゃあね。ハイデマリーちゃん」
「はい…また…来てくれますか?」
「…難しいかな。普段は帝都に居るから」
「…そ、そうですか…」
「じゃ、じゃあ帝都に来たら『パンケーキのお店パンパン』に居る事多いから、遊びに来てね」
「はい!」
私は『パンパン』の従業員じゃ無いんだけれどね。
お店に行くのが週一だったけど、最近は週五になっているから…まぁ、似たような物か。
リアちゃんがハイデマリーちゃんに何かを渡しているけど、見なかった事にしよう。
ロレンタ子爵家は中央区にあるので、ゴーレム馬車でパカパカ移動。
割りと直ぐに着いた。
書状を届けていたお蔭で、ムルムーのお兄さん、メイドさん、執事さんがお出迎え。
ロレンタ子爵夫妻は、現在領地に居るので不在。
ムルムーのお兄さんは時期当主のエルマーさん。18歳。
他の兄弟は、会った事は無いけれど弟が二人居た。
ムルムーに面会したい事を伝え、リアちゃんと爺やと私はムルムーの部屋へ案内された。
部屋の扉をノックし、中に入る。
ムルムーの部屋は、キッチリと整理整頓がされている部屋。
ベッドのシーツにはシワ一つ無く、床には埃一つ無い。
無駄な物は無く、本棚には学院の教科書、マナー本などがあるだけ。
部屋の真ん中の壁に窓があり、テーブルが設置してある。
そのテーブルの椅子に座る人物は、こちらに背を向け、布に刺繍をしていた。
「席を外して貰えるかしら? 少し話すだけだから安心なさい」
「はっ、了解致しました」
エルマーさんが退室。
部屋には私、リアちゃん、爺や。
…どう声を掛けたら良いんだろう…生きていましたって言えば良いのかな? …緊張して解らない。
「ムルムーちゃん。少しお話良いかしら?」
「……」
リアちゃんが話し掛けても返事は無い。
変わらず布に針を通して刺繍をしている。
「侍女ムルムー・ロレンタ、お客様が見えているぞ」
「……」
爺やが話し掛けても返事は無い。
私が死んでから、ずっとこの調子らしい。
一応食事は取るらしいけれど…
リアちゃんが私を見る。
私は頷き、地味眼鏡を外してムルムーの横に立った。
爺やが驚いているけれど、リアちゃんが制している。
それに構わず、ムルムーに話し掛けてみた。
「…ムルムー、今日は…夜更かしをしたいから、目が覚めるお茶が飲みたいな」
「……」
…ムルムーが反応した。
私の方に顔を向ける。
…少し、痩せたね…ちゃんと、ご飯食べてるかな。
ムルムーの生気の無い目を見ると…どうしてだろう…涙が止まらないや。
「……」
「…それとも、また、私が、淹れてあげようか?」
「…ぁ…ぁ…」
「…少しは、上手くなったんだよ」
「…ひ…め…さま」
「ムルムー、ごめんね…ずっと手紙送っていたんだけど…届かなかった」
「うっ…うぅ…びめ…ざばぁ…」
…良かった。少し、元気になった。
ムルムーが私を抱き締めて泣いている。
そんなに強く抱き締めると、痛いよ。
いや、まじで、痛いんだよ…針をテーブルに置いて欲しい。
普通に深く刺さってるから! 本当に痛い!
まぁ、水を差すのは悪いからヒールを掛けているけれど…リアちゃん、笑いをこらえるの止めようか。




