アスターの記憶
暗く淀んだ闇が正義の光を呑み込んでいく。
そもそも正義なんて言葉が似合わない覇道ちゃんが神聖魔法を使う時点で競り負け確定なのだけれど、楽しんでいるのなら良いのか?
【ラグナちゃんも楽しんでいるから直ぐに決着は無さそうだよねー】
そうだけれど、魔力量、基礎能力、経験なんて二周くらい差を付けられていそうで……今の内に勝つ見込みを立てないと。
『不本意だけれど、正義の光は土壇場で輝きを増す……禁術・逆転勝利』
『むっ……変わった魔法だな』
呑み込まれた分だけ光が倍増し、神聖な雷が闇を退けラグナに直撃。でも白い雷に照らされただけに見える黒の花嫁に効果は無い、か……さっきの不動の構えよりも強固な防御力って事? じゃあ神滅よりも強い攻撃じゃないと駄目じゃん……インフィニティエナジーなんて当たる未来が見えないし……賭けで零魔法の防御力ゼロでも全力で放ってみるか……いや零魔法は閻魔の魔法だ、返されたら危険だ。
【零の力はもうほとんどアスティちゃんが受け継いだから、返される事は無いよー】
ん? もしかして私がロンドから受け継ぐって解っていました?
【まぁねー。閻魔に零の力をロンドに渡すように指示したの私だし】
ロンドを介して私に零の力が行くようにしたのか……いやそれなら直接下さいよ。そもそも零魔法って謎が多過ぎなんですけれど……
【邪悪、混沌、破壊の適性が無いと、零の力を使えないからね。ロンドの場合は閻魔が無理矢理植え付けたから使えたけど】
複雑なのね。会いに来てくれたら良かったのに……って色々問題なのかもね、トリスちゃんの存在が。
『咎星剣、行くよ』
覇道ちゃんが転移しながら咎星剣を振り下ろす。
ラグナはガキンッと、腕で受けた……いやいやいや、その効果音おかしいって。
デフォルトの防御力はあれか? ムドゥイン以上か?
『概念魔法・不幸ダメージ』
『がふっ……』
ラグナの概念魔法をモロに食らって、覇道ちゃんが一瞬止まった。リスポンしたか……あんまり死に過ぎると業が溜まるから、出来るだけ死んで欲しく無いけれど……
ラグナの不幸をダメージに変換とか、下手な神級魔法より強そうだな。
『ふむ、零の魔法は大して使えないのか……ならば、全てを拒絶する禁忌の力……反物質生成』
『くっ……正気かよ……』
……その力、裏世界の王になった時に気になっていたんだよね。使っちゃ駄目って言われていたけれど……あっ、アスターのみんなが逃げていく。
『ラグなんアホなんっ!?』『あぁ姉さん綺麗……写真撮らなきゃ』『ほら行くよっ! 後でまた撮れば良いでしょっ!』『なぁこれアスターで観戦した方が良くねえか?』
めっちゃ文句言われてんな。それだけ危険な力なのか……
ラグナの手の平に、拳大の球体が出現……
あっ……
映像が途絶えた。
覇道ちゃん、リスポンしまくりだろうな……
【あの大きさだと世界一つくらいは余裕で消せる規模だね。復旧までちょっと待っててねー。あっ、こっちも変化があるみたいだよ】
あれから、少女ラグナとルナはアスターの駄女神四柱の所でお世話になったみたい。
少しずつ、少しずつ打ち解けて、汚部屋も少しずつ綺麗になっていった。
ラグナとルナが少女から少し大人に成長するくらいの時間は流れた……ルナは、やっぱりルルに似ている。
そんなある日、ラグナは邪気を感じ取った。故郷を襲った邪気の気配……居ても立っても居られなくなり、その場所に行ってみると……
『はぁ、はぁ、なんや……バレてもうたか』
『テラー、私もう無理ー』
テラとアクアが邪気を抑えている光景……
【駄女神と言われているのは理由があったの。広い世界を四柱でなんとか管理していた……邪気を抑えながら。だから疲労困憊で……まぁそれは今も変わらないけどね】
『私も手伝う!』
『あかんっ! アクアっ! ラグなん抑えてや!』
『はいはい、水牢縛不』
当時は邪霊樹なんてなかったから、歪みから出て来た邪気を押し返すようにするか、邪気から生まれた強力な魔物を倒す以外になかった訳か……
ラグナが来たからか、邪気が形を成して強そうな魔物の姿になった。
『ぐっ……どうして……』
『ごめんね、ラグナちゃんに何かあったらルナが悲しむし、私達も悲しいの』
『一気に決めるでっ! 剛翔練気!』
魔物はなんとか倒せたけれど、テラは重症を負ってしまいしばらく動けず、フラマ、アクア、ヴェーチェでギリギリ邪気を抑えていたけれど、日に日に邪気は増えていった。
『テラ……ごめんなさい……私のせいで……』
『テラ、大丈夫……?』
『大丈夫大丈夫、ラグなんのせいやない。ウチらの力不足や……まっ、なんとかしてみせるでルナちんも安心しい』
『……私達の故郷は、あの邪気に呑まれて滅びた。父も、母も、みんな、邪気に呑まれて……私は……もう、失いたくない……』
『お姉ちゃん……』
『なんとかなる。ウチらに任しとき……あっ、こんな時にデカイの来たか。ヴェーチェ、頼んだで』
『はいはい、フラマとアクアが帰ったら来るように言ってねー』
また邪気が溢れたのか……キリがないよ。
フラマとアクアは他の邪気を対応中で、動けるのはヴェーチェだけ。
もう、死の星になる未来が見えている状況で、何も出来ないラグナは悔しそうに部屋を出て行った。
テラとルナが部屋に残り……しばらく沈黙が続いた。
『テラ、私も……強くなりたい』
『……ラグなん怒るで? ルナちん大事やからな』
『怒られても良い。私、みんなもお姉ちゃんと同じくらい大好きだから』
『……ははは、嬉しい事言うなぁ。そういえば、ラグなん遅いな……どこ行ったんやろ?』
『……見てくるね』
『あぁ頼むわ』
しばらく待っていても帰って来なかったから、ルナが他の部屋に様子を見に行った。一応他にも部屋が幾つかあって、ごちゃごちゃしているけれど片付けてはある。
そして……
『テラっ、お姉ちゃんが、居ない……』
『なんやてっ、痛っ……くっ、もしかしてヴェーチェの後付けたんちゃうか……こうしちゃおられん!』
『私も行くっ』
『あかん、ルナちんは待っておりぃ。大丈夫や、直ぐに連れ戻すから』
『いやっ! 私も戦うって決めた! それにテラはどうやって行くの? 私が支えないと歩けないでしょ?』
『歩けなくても方法はあるで。はぁ、まぁでも良いか……頑固な所はそっくりやなぁ。知らんで?』
ルナがテラを支え、ラグナを追うように邪気発生地点へと向かった。
幸いと言うべきか、距離は近く、直ぐに到着はしたけれど……荒れ果てた大地の中心で、空を見上げて佇む影……その直ぐ傍で、膝を付きながら血を流し、重傷を負ったヴェーチェの姿があった。
『ヴェーチェっ!』
『っ! 来ちゃ駄目っ!』
『あ……おねえ、ちゃん……』
ヴェーチェの傍で、空を見上げていたラグナがテラとルナを見据えた……邪気を纏った姿で。
もう、ラグナの目は正気じゃない。
『はぁ、はぁ、ラグナは、呑まれたわ』
『くっ……そんな……何やってんねん……』
『いや、私を庇って、邪気を全部受け負ったの。それに、世界中から邪気を掻き集めて……このままじゃ、ラグナは死ぬ』
『そん、な……お姉ちゃんっ!』
『あかん、ウチらの声は届いてない』
その時、異変を感じ取ったフラマとアクアがやって来た。
きっと、世界中の邪気が集まっているから、対処していた場所も邪気がなくなったんだろう。
『無事……じゃあなさそうだな』
『どうなっているのよ……ラグナ』
『ラグなんは邪気を全部取り込むつもりや……自分を犠牲にして』
「私が、守る、みんなを、守る、守る、壊す、守る、呪う、守る、まも、らない、ふふふふふふふふふ……世界を、邪悪に染めよう、呪いを溢れさせ、全部、壊してしまおう」
【これは、女神大戦とよばれるアスターの歴史で最も生物が死んだ戦争が、始まった瞬間だよ】
女神大戦……私も、同じ状況なら、同じ選択をするかもしれない。
どす黒いオーラに包まれ、三つの黒い球体がラグナの周りを守るように回っていた。
あれは……邪悪、混沌、破壊の力。
【ラグナちゃんは、乗っ取られそうになりながら望みを掛けて邪気を分離したんだ。邪悪、混沌、破壊にね……この分離した力のお蔭で裏世界が安定を始めたんだ。アスティちゃんの根源は、破壊でしょ?】
じゃあ、ラグナがこの時分離しなかったら、破壊神は居ない……?
つまり私も居ないって事?
【そうなるかな。彼女が、邪悪、混沌、破壊の始祖……裏世界の女王の名に相応しいよね】
そうか……ラグナも、私の御先祖様……しかも始祖様だったのか。
だから、一番影響を受けている覇道ちゃんは泣いていた。
そうか……そうか……なんか、凄く、嬉しい気持ちだ。
始祖様と、早く戦いたい。
トリスちゃん! この後はどうなるの?
【この後は、多くを犠牲にしてラグナちゃんはなんとか封印されて、第一次女神大戦は終わったよ】
第一次?
【うん、第二次女神大戦は、パワーアップしたラグナちゃんが封印を解くんだけど……なんかもう早く行きたくてうずうずしてるみたいだから、直接記憶を送り込もうか?】
お願いしますっ!
【ふふふ、きっとアスターもラグナちゃんの事を教えたかったんだね。多分もう気合いで目覚める事は出来ると思うよ。じゃあ、ほいっとな】
う……なんか、凄い情報量……うわぁ……うわぁ……あっトリスちゃんだ……うわぁ……
……うん、色々突っ込み所しかないけれど、今は早くラグナの所へ行って、私の本気を見て貰いたい気持ちで一杯だ。
じゃあ、行ってきますねー! とぅっ!
【ふふっ、面白い子だね……やっぱり、あの子に銀河を継がせようと思う。私達は、充分役目を果たしたから……良いよね?】




