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じゃあ…ブッ飛ばすね!

『始め!』


 ……落ち着こう……熱くなっては駄目。

 ……熱くなったら直ぐにブッ飛ばしてしまう。


 …腹立つ。嘘吐きめ…許さんぞ…夢は無いだと…あんなに騎士になる言うてたやないか!

 …いやいや駄目だ、落ち着け落ち着け。


 …よし。少し落ち着いた。




 私は軽い木剣。

 ジードは長めの木剣。

 確かにジードは強いと思う。

 纏う空気…何度か壁を越えているのが解る。


「…」


 ジードが剣を構える。

 帝国流剣術。

 最初から本気を出す様子で力を溜めている。


 私は俯き、剣を下に向けてダランと腕を下げる。

「…無元流・静界」

 ボソッと呟き、空気に溶け込む様に自然体。

 心を鎮め、自分の領域を形成。


 下を向いていても、ジードの動きが手に取る様に解る。

 攻めようにも攻められない様子。

 隙なぞ与えんよ。


「…隙が…無い」

「…攻めないの?」



 スタスタとジードの間合いに入る。

 半歩で剣が届く距離。


「…くっ、ダブルスラッシュ!」


 一度に二回攻撃する武技…静界を発動しているから、どこを斬るかなんて直ぐに解る。

 身体をずらして避け、ジードの剣は空を斬る。


 力の差は歴然。

 そりゃ、ラジャーナで殺し合いをしている私には敵わないと思う。

 …ジードの表情は、諦めが見える。

 降参するの? 降参するなら失望だよ。

 まぁ、夢が無いって言った時点でもう駄目だけれどね。


「夢が無いなら降参すれば? 勝っても負けても変わらないでしょ?」

「…」


 何さ。睨んでも負けてあげないよ。

 ジードが剣を突き上げて来るけど、身体を少しずらして躱す。



 剣なぞ使わないよ。

 私は怒っているんだ。


「何? 言いたい事があるなら言葉で言いなよ」

「…お前に何が解る」

「解らないよ。私は君じゃない」

「…ちっ、早く俺を倒せば良いだろ」

「ははっ、夢が無い者に向ける剣は無いよ」

「…」


 早く降参しなよ。

 ジードと闘えるのを、少しだけ…楽しみにしていたのに。

 なんか…闘う気が失せて来たな。



 私は振り返り、舞台の端まで歩く。

 ざわざわしているのなんて気にしない。


「ダグラス君、これって降参しちゃ駄目?」

「いや、闘ってよ。…まぁ、闘うのが嫌なら止めないよ…無理言ったのは俺だし…」

「解った…」



 優しいな、ダグラス君。

 振り返り、ジードの所まで戻る。

 …ジードは臨戦態勢を崩さない状態で、私を見据えている。


「…お前には夢は無いのか?」

「ん? あるよ。知りたい?」

「…ああ」

「最強種を倒して、世界で一番強くなってみたい」

「…」

「良い夢でしょ?」


 …何? 良い夢でしょ?

 黙らないでよ。

 人には叶えられない馬鹿な夢だと思った?



 王女時代、ジードにその夢を言った時は笑われたな。

 馬鹿じゃないの? って言われたなぁ……あっ、なんか腹立ってきた。


「…そんな馬鹿な夢を言った奴は二人目だな」

「は? 夢が無い奴に言われたく無いね」

「…夢は、ある。いや、あった」

「…やっぱりあるんじゃん。どんな夢さ」

「…王女を守る騎士になる事」


 ……ん? 聖騎士じゃないの?

 ジードって近衛騎士になりたかったの?


 まぁ…確かに恥ずかしいよね。王女を前にして近衛騎士になりたいって…

 帝国の近衛長は聖騎士だから…間違いではないか。

 少し安心した……


「…そ、そっか! じゃあ…ブッ飛ばすね!」

「…えっ?」


 何を言っているんだと思われるだろうけど、最初に夢は無いとかほざきやがった罰だよ。

 いくらアレスと初対面だからって、ちゃんとした夢持ってるなら最初に言えよって事で…


「――一刀両断!」

「――ぐはぁ!」


 ボゴンッ!――


 ジードをブッ飛ばす。

 木剣は粉々に砕け、舞台の外まで飛んでいった。


 …ふっ、私に嘘吐いた罰だよ。

 …またしーんとしてる…おーい。


『しょ、勝者騎士団推薦チーム!』


 ――ワァァァァァ!――


 歓声ありがとうございます。



 ジードを見ると、遠い目で倒れている。

 大丈夫かい?


 …仕方ないので、空を見上げているジードの元へ。

 私はジードに手を差し伸べる。


「ほらっ、いつまで寝てんの? 立ちなよ」

「…あ、あぁ」


 ジードは私の手を掴み、起き上がったけれど…中々手を離さない。

 ……あの、手を離して下さいな。にぎにぎしないで。


「……」

「あの、手…離してよ」

「……あ、ごめん」


 負けたのがショックなのは解るけれど、ボーッとし過ぎだよ。

 挨拶しなきゃいけないからね。



 騎士団推薦チームの場所へ戻り、一礼。


「ありがとな、アスティ」

「どういたしまして。もうやらないからねー」

「解ってるよ」


 そのまま補欠席に戻る。

 補欠は一試合しか出れないので、私の役目は終了。


 後は決勝。

 フラムちゃんの勇姿を見たら、詰所に戻ろう。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



『女子決勝戦! 西学校チーム対第三騎士学校チーム!』


 …フラムちゃんがんばれー。


「…あの、少し良いか?」

「どうぞー」


 ジードが補欠席にやって来た。

 試合中は席を立ったらいけないんだぞー。


「俺、ジードって言うんだ」

「私はアスティ。文句でも言いに来たの?」

「…いいや。アスティは帝都に住んでいるのか?」

「そうだよ。ここの騎士団で働いているんだ」


 こうやって人目を気にせず気楽に話すのは、二年振りかな。


「へぇー、凄いな。…剣はどこで習ったんだ?」

「それは秘密」

「…あの、手を見せてくれないか?」

「やーだよ」

「……」


 気軽に女の子の手は見せませんよ。

 ガッチリ拳は握ります。


『女子優勝は西学校チーム!』


 ――ワァァァァァ!――


 おめでとうフラムちゃん。

 結局フラムちゃんしか闘ってないね。

 他の女子はお友達かな? どや顔してるけれど、何もしてないよね?

 さっ、詰所に行こう。


 因みにダグラス君達はあっさり負けてたよ。


「さて、ジード君。人生に迷ったら、私は特事班の詰所に居るから相談においで」

「…分かった」


 またねジード。


 アスティとして、夢を応援するよ。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 特事班の詰所に到着。


 鍵が掛かっている。

 直ぐ横の植木の根元に鍵があるという、古典的な鍵の場所。

 鍵を開けて、私のデスクに座る。


「んー……」


 大きく伸びをして、天井を眺めていた。


 ……王女を守る騎士になる事かぁ。

 ジードはコーデリア()を守る騎士になるのかな?

 それとも、帝国の皇女さんかな?


 近衛騎士は…騎士学校の高等部まで行って、騎士の下積みから騎士団長の推薦で、最短で20歳。

 王女が名指しするっていう例外もあるけどね。


 ――コンコン。


「ん? はーい! ……あっ、フラムちゃんお疲れ様!」

「アスティちゃんもお疲れ様!」

「じゃあ行こうか」

「うん!」


 表彰式の終わったフラムちゃんと共に帝都の街へ。

 鍵はちゃんと閉めました。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 やっぱりお祝いなので、『パンケーキのお店パンパン』へ行きます。

 休日だから、混雑している。

 順番待ちの列……


「並ぼうか」

「うん」


 ……ん? 店員さん、どうしたんですか?

 何? 予約席あるよって? 休日もあの席を確保しているの?


 ……店員さんに連行されてカウンターの奥に座る。

 カウンターは二席取ってあるのでフラムちゃんも座れた。


「流石常連のアスティちゃん」

「得したねー。そういえばあの店員さん…店長さんらしいよ」

「そうなんだぁ。若いし可愛い店長さんだね」


 店員さん改め、店長さん。

 地味眼鏡が通用しないのは何故なんだろう。

 何? 女の勘…そうですか。

 もう最近は店長さんと目で会話している。

 フラムちゃんが若くて可愛いって言っていましたよ。


 店長さんはピンク色の髪に、キリッとした紫色の目が素敵。

 微笑みを絶やさない可愛いくて、凄く可愛い人。



「優勝したら何か貰えるの?」

「賞状と賞金と文房具だよ」

「へぇー、スカウトとかあった?」

「うん。前の道場から戻って来て欲しいって言われたし、騎士学校中等部の誘い、デートの誘い、隣国からの誘い、デートの誘い、皇女や貴族の剣術指南の誘いとか色々かなぁ…」


 ……随分凄い誘いですね。

 東区の道場に通っていたけれど、無元流に集中したいからと辞めている。

 他の誘いは、全て断ったらしい…もったいないよね。

 こういう場での誘いは、貴族の誘いであってもその場で断れる。

 過去に無理矢理なスカウトなど色々あったらしい。

 でも皇女の剣術指南は断れるの? 多分また誘い来るよ。



 中等部は私と同じ、西学校だからね。

 頑張ろうね、勉強。

 目指せ同じクラス。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 週が明け、平日になったので特事班の出勤。


「おはようございまーす!」

「おはようアスティちゃん。帝都大会お疲れ様」

「ありがとうございます、って一試合だけでしたけれどね」

「でも反響は大きかったわよ。あの地味な奴は誰だってね」


 ほうほう。これで、友達増えると良いけれど…

 どうせ別人だと思っているだろうなぁ。



 今日も詰所で一人受付。


 帝都大会があると、騎士団の仕事が遅れるからみんな手伝いに向かった。


 ……


「おはようございます。お疲れ様です」

「…あの、大会…観に来てくれましたか?」

「ええ、惜しかったですね」


 おはようダグラス君。

 君は暇なのか?

 期待した目で見られてもね。

 何て言って欲しいのさ。

 みんな一生懸命働いておるぞ。

 君も働きなさい。


「あの…俺…」

「すみませーん。ここにアスティって人が……い…る」


「…おはようございます。お疲れ様です。アスティ君に何かご用ですか?」


 ……おい、ジードさんや。もう人生に迷ったのかい?

 タイミングが悪いよ。

 アスティは居ないぞ…居るのはレティちゃんだけだよ。


「……」

「あのー、何かご用ですか?」


 おーい。ジードーどうしたー。

 ダグラス君、変な顔でキョロキョロしないでくれ…



「…ぁ…ぉ…」

「…ん? もう一度言って貰えますか?」

「…王…いや、そんな筈は…だって…」


 あー、王女()にそっくりだからビックリしているのね。

 そりゃ、顔を見たらビックリするか…

 死んだ王女がこんな所で受付やっている訳無いよね。

 もう私はアスティに生まれ変わっているので、王女では無いけれど。


「…私はレティと申します。名前をお伺いしても宜しいですか?」

「…あ、お、じ、ジード…です。あの…誰かに…似ているって…」

「ありがとうございます。ジードさん、私が誰かに似ているのですか?」

「あ、あぁ……似ているんだ…」

「それで?」

「え?」

「似ているから、何ですか?」


 誰かに似ているって言われても…私としては…女子にいきなりそんな事を言うのは失礼かと思うんですよ。

 初対面じゃ無いんですが、レティとしては初対面なので。



「おい、レティさんを口説こうとしてんのか? それは俺を倒してからにしろ!」


 ダグラス君、邪魔すんな。仕事しろ。


「いや、ごめん。そんなつもりじゃないんだ」

「ええ、解っていますよ。少し意地悪してみたくなっただけですから」

「……」

「ジードさんって、泣いている子に声を掛けられないタイプに見えます」

「…ははっ、弱ったな…当たりだ」


 意地悪するのはこれくらいにしよう。

 調子に乗るとボロが出るからね。



「ふふっ、ところで…アスティ君に何かご用ですか?」

「…少し、話をしたかったんだ」

「どんな話です?」

「人生相談だ」


「アスティ君、今週は忙しいので居ませんよ。私が相談に乗りましょうか?」


 もう迷っていたのか。ダグラス君、悲しそうな顔してるけれど仕事は?

 ほら、仕事は? 怒られるから行きたくない? 行け行け。

 ダグラス君またねー。


 ……ジードと二人きりになると、それはそれで気まずいな。


「……」

「嫌でした?」

「嫌じゃ、無いけど…」

「その似ている人を思い出すから?」

「…当たり。レティさんはアスティの姉弟か何か?」

「違いますが、どうしてそう思うんです?」

「髪の色が一緒だし…アスティは変な眼鏡していたから」


 ほうほう。地味眼鏡に気付いたのか…やるねぇ。女心は解らないけど。

 まぁ、王女だとバレなきゃ良いか。

 でも長く過ごすと直ぐバレそう…まぁ、その時はその時で。



「こんな眼鏡ですか?」


 スチャッと地味眼鏡を装着。

 ジードが口を開けて呆然としていた。

 ふふっ、驚いていらっしゃる。

 この瞬間は楽しいな。


「あ…まじかよ…」

「秘密ですよ。バラしたら一生後悔させますから」

「…バラさないよ。なんで男の振りを?」

「それは、私が超可愛いからです」

「自分で言うか?」

「ええ。私…可愛いくないですか?」

「…すげえ可愛いよ」

「ふふっ、ありがとうございます」

「…参ったな…こりゃ…」


 あーあ。やっと笑った。


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