グサッとな
「死ぬのはお前だ…俺の複製を返せっ!」
「契約の関係で無理ですね」
ヒロトの顔が現れた時、後方から微かに声がした…誰か知り合いなのかね。
それにしてもこいつ…よくよく見ると何か魔眼の影響を受けている気がする。該当するのはベアトリスクかコーデリア…
さっきからコーデリアの姿は無い。主犯格の可能性があるけれど…目的がなぁ…直接聞いてみるか。
「それなら契約を破棄しろっ! 俺は悪くないだろ!」
「えー…私では無く、可愛いお姉さんにお願いして下さい」
「それならあの女に会わせろ!」
「男に厳しい人なので、私に勝てたら聞いてあげますよ」
ミズキは…まだ束縛されているか。
後ろに手を向けてエナジーヒールっと。
「くはっ、はぁ、はぁ、レティ…ありがとう」
「魔眼対策が必要でしたね。ヘンリエッテ、怪我は無い?」
「…うん、まぁ、うん、怪我は無いよ。でも何か凄い笑われた気がする」
「気のせいじゃないかな? ヘンリエッテが無事で良かったよ。二人はヘルちゃんの結界に行って」
私達が笑った事には気付いていない。
よし、それなら大丈夫。
でもヘルちゃんはヘンリエッテを直視出来ないみたいだな…
「ヘンリエッテ…無事で、ぐふっ、良かったわ」
「えっ、ヘルトルーデ大丈夫? 力を使いすぎた?」
「ま、まぁ、そんな所ね。結界は、張れるから、来なさい」
「……」
「姫、深く考えたら負けですよ」
ヘルちゃんがヘンリエッテとミズキ、そして皇帝と第一皇女も纏めて結界に入れた。優しいねー。睨まないでねー。
「…俺はお前を倒す為に腕を磨いてきた」
「腕とは、そこに落ちている腕ですか?」
「…なっ…にっ…」
ゴトリと黒い手甲ごと腕が落ちた。
どうだー見たかー。速いだろー。あの時の再現だぞー。
腕が落ち、大量の血が絨毯に撒き散らされた…掃除の人ごめんなさい。
「残念ながら、私はもっと腕を磨いているみたいですね」
「くっ…グレーターヒール!」
腕をくっ付けたみたいだけれど、血が足りない様子。
何故ここに居るのかとか、色々聞きたいんだけれど…
深淵を覗くか? いや、男の深淵を覗くなんて無理だ。軽くなら良いけれど、奥は嫌だ…想像しただけで鳥肌が止まらない。
きっとヘルちゃんも反対するだろうな…
「アスティ、駄目よ。心が穢れるわ」
「しないよ。どうしても知りたい訳じゃないし…エナジーバリア」
ヒロトをエナジーバリアで包む。
透明な壁に囲まれ、身動きが取れなくなった。
ガンガンとバリアを叩いているけれど、ヒロト程度じゃ崩れないよ。
力の差は歴然だからね。ヘンリエッテを殺そうとしたんだ、戦いにさせてやらねえよ。
「くそっ! 出しやがれ!」
「依頼者を教えて貰えればバリアを解除しますよ」
「……」
「言えないんですね。ではさようなら…」
「待ってっ!」
私の剣がヒロトの頭を両断する前にアレスティアさんが呼び止めた。面白そうだから剣を止めてやろう。あっ、ちょっと血が出た…まぁ良いや。
「どうしましたか? アレスティアさん」
「殺すなんて、駄目よ。えっと…罪を償わせないと!」
「罪を償わせる為に殺すのですが?」
「違う、もっとこう…牢屋に入れるとか…」
「この男はある程度の力を持っているので、牢屋なんて脱獄しますよ。どの道拷問の末に死刑ですし、一思いに殺した方が彼の為です」
「そんな…そっ、そうだ! 彼は転移者よ! 保護されるべきだわっ」
フーツー王国ならね。でもここは帝国…帝国の法に従わなければならない。
アレスティアさんの知り合いなんだろうね。転移者同士だから助けたい気持ちはあるのか。
「帝国の法では、転移者は平民以下の身分ですよ。罪状は第一皇女殺人未遂とアース王女殺人未遂…他にも不法侵入や諸々で第特級犯罪者…刑期は五千年以上、又は死刑です」
「そんな…」
それにしても、この男を利用して要人を襲撃するのは私も考えていた。心の隙が多く、ある程度の実力を持った何処にも所属していない者……かなり使い勝手の良い駒になる。
重要な事を言わない枷を付ければ、失敗したら殺されるだけだし…
「ところで皇帝さん、一応聞きますが…どうして欲しいですか?」
「…任せる。出来れば引き渡して貰いたいがな」
これを可哀想だと思ったら、盗賊も可哀想と思わなければならないけれど…その思想を持っていないアレスティアさんは焦っているな。
仕方ない…トラウマ回避でシンプルに殺すか。
「了解です。グサッとな」
「ぐはっ……」
「ヒロト!」
もう刺したぞー。アレスティアさん、名前を叫ぶと関係者と思われるぞー。
胸を刺し、血が流れ、ゆっくりと生気が失われていくけれど…
……中々死なないな。
グサッとな。
「うがぁっ!」
…あれ? 死なないなぁ…グサッとな。
「あがっ!」
…んー? なんで死なないんだ? そういう能力? グサッとな。
「ぐ…ぅ…」
血溜りが凄いけれど…死なないなぁ。再生とか不死能力? うーん…グサッとな。
「ぁ…ぐ…」
「もうやめてっ! 彼は意識を失っているわ!」
「そうは言っても死なないから困っているんですよ。首を跳ねれば解りますかね。スパッとな」
「いやぁっ!」
首に一閃。
首が離れるっ…っていう所で首がくっ付いた。
えー…死なないじゃん。
再生能力かよ。
魔法なら死ぬかな?
「ぁ…が…ぐ」
「とりあえず、ソルレーザー」
光の柱を落としてみる。視界が白く染まり、ヒロトの断末魔の叫びが聞こえてくるけれど、そろそろ死んでくれないかね?
ソルレーザーを解除。プスプスと黒騎士の鎧が溶け、中身のヒロトは回復…というか再生していく。なんか再生スピードが上がっている気がする。
「アスティ、早くしてよ。もうこいつどうでも良いわ」
「えー…ヘンリエッテを殺そうとしたんだよ? なんとかして殺したいじゃん」
「これくらいすれば帝国でも対応出来るわよ。封印魔法を重ね掛けすれば良いし」
「ぶぅー。アビスフレイム」
「がぁぁあぁあぁ!」
燃やしても死なない。
どうやったら死ぬかなぁ。
うーむ…
「アビスフロスト、エナジーセーブ。リアちゃーん、どうやったら死にますかー?」
困った時のリアちゃん。
とりあえず氷の手枷と足枷を着けて拘束しておく。
リアちゃーん。見てるー?
「アスきゅん、これ契約書」
…いや、次元の歪みから手だけ出して来ないでよ。怖いじゃん…あっ、消えた。
なになに…復讐に駆られた場合、次元牢獄、千重の苦、全能力没収などなど…など…などなど好きな奴を選択。
…適当だなぁ。つまりこの場合、千重の苦を経験しないと死なないのか。
「えー…千回殺さなきゃいけないの? 面倒だなぁ…」
「だから言ったじゃない。帰るわよ」
「はいはい。じゃあ皇帝さん、この男の処分は任せます」
「あぁ、任せろ」
後は…アレスティアさんは私に敵意を持っているから、えーっと…あっ、居た。ベアトリスクの暗部さん、ちょっとおいでー。
「これをコーデリアに渡して下さい」
「…これは?」
「渡したら解ります」
「…はい」
「ちゃんと渡してくれたら、あなたと、もう一人に掛けられた呪いを解いてあげますよ」
「っ……わかりました」
ベアトリスクの暗部さんには反抗したら自害する呪いが掛けられているからね。さて、帰るかな。
とりあえず状況を整理しないと、訳解らない。
「もう襲撃は無さそうですし…あっ、第一皇女さん、ヘルちゃんに感謝して下さいね」
「…分かっている。あの……いや、なんでもない」
「まぁ言いたい事は解ります。そうですね…明日の朝、パンパンに来て下さい。質問くらいには答えますよ」
「…わかったわ。ありがとう」
少しは素直になったかな。
よしっ、帰ろう帰ろう。
リアちゃーん。
おっ、私の足下に紫色の魔法陣…ヘルちゃんおいでー。
あれ? ヘルちゃんがくっ付こうとしたら柔らかい透明な壁が…
「…なんか私達の間にあるわね」
「多分これムルムーだね。今空気に徹しているから話し掛けても無視されるよ。ミズキさんここどうぞ」
「ありがとう…なんかここ湿ってるんだけど…」
「そこはムルムーの口元ですからね」
「えっ、ちょっと待ってよー! 入る場所無いじゃん!」
「ちょっ、狭い狭い! ヘンリエッテ押さないでっ!」
「怖かったんだから置いて行かないでよー!」
「その装備で抱き付くなやっ! あぐっ、ぐるぢぃ…」
バシュンっと転移。
ここは…パンパンのホールだな。
ヘンリエッテ離れろ。
店員さん達が手作りの飾りを壁に付けている…フラムちゃんが看板を運んできた。
『ヘンリエッテちゃんお疲れ様!』と書かれた看板…隅に小さくガキィィインと書いてある…笑うからやめれ。
「あっ、みんなおかえりー。もうすぐ準備出来るから待っててねー」
「うん、手伝うよ。ヘンリエッテとミズキさんは主役だからそこら辺に座ってて」
二人を座らせ、フラムちゃんと一緒に打ち上げの準備。
準備する時って楽しいな…でもいざ打ち上げが始まるとボッチになるから、今の内に傍に居ようねアピールをしないといけない。
「アスティちゃんは偽物が居ても気にしないの?」
「うん、私の中では…アレスティア王女っていう重荷を背負ってくれる良い人って認識だね」
「ふーん。なんかややこしいよね。アレスティア王女が居て、天使アレスティアが居るから」
「まぁね。王女と天使は別人という認識を植え付けないと面倒なんだよねぇ…王女は第二皇子と婚約して、天使は第二皇女と婚約…勘違いする人が増えそうだよ」
いっその事私はアレスティア・フーツー・ミリスタンという名前を捨てて、別の名前…アスティ・エライザになれば良いかも。でもアレスティアという名前は好きだし…アレスティア・エライザ、かな。
うん、良いね。
名前がまともになった。浸透させよう。
フーツーって言うの微妙に恥ずかしかったからさ…
「アスティ、じゃあ私は結婚したらヘルトルーデ・エライザになるのかしら?」
「そうだねー。私と結婚したらエライザさんだよっ」
店員さん達がピタリと止まり、何かを思い浮かべるように上を向いた。そしてウンウンと頷く…ねぇ、みんなエライザさんになろうとしている?




