ミリアさん、頼りになります。
屋内訓練場で、ダグラスと対峙する。
ダグラスの構えは帝国流剣術の内、大剣術。
大きな木剣を両手で持ち、切っ先をこちらに向けている。
帝国流剣術を極めるには、大剣、長剣、剣盾、細剣の全てを修得しなければいけないらしい…大変だな。
「おい、早く構えろ」
対して、無元流の私に構えは要らない。構える構えない関係無しに、敵を殲滅すれば良いから……格好良く言ってみたけれど……簡単に言うと自由。
「私、構えは無いんです」
ダランと小さめの木剣を下に向け、脱力。
ダグラスが馬鹿にする様な目で見てくる。
構えは戦うという姿勢であり、礼儀でもある。私は礼儀知らずという訳か。
でも、魔物ばかり相手にしている私にとって意味の無い事。
無理して構える気は無い。
レジンさんに目配せをする。
片手を上げて、
「始め!」
その手を下ろした。
両手に持った木剣を構えながら、ダグラスが駆けてくる。
動きは速い。木剣を水平に持ち変えた。
ブンッ――
左から右、横凪ぎに木剣が通っていく。
予想された攻撃。
後ろに下がって躱し、安全な左側へ素早く移動。
ダグラスがそのままの勢いで回転。再び木剣が迫る。
少し後ろに下がりながら上から木剣を振り下ろし、
カンッ!――
ダグラスの木剣を叩き落とす。
カラン…カラン
叩き落とされた木剣が転がり、乾いた音を立てる。簡単に叩き落とせた…やっぱり、私は強くなっているな。
ダグラスがえっ? っていう顔で落ちた木剣を見ている様子は、オモチャを急に取り上げられた子供の様な顔で…
少しの間、硬直していた。とりあえず観察してみる。…まだ硬直…駄目じゃないか、魔物は待ってくれないぞ。
周りもシーンとしている。…あれ? 叩き落としちゃ駄目だった?
ダグラスがハッと我に返り、急いで木剣を拾う。
キッと私を睨み付け、再び木剣を構えた。
…降参しないのね。
構えも少し変わり、先程とは雰囲気が違う。
本気になったのかな?
素早く距離を詰めてきた。
上段に構えた木剣を振り下ろす。
「うおぉ! ヘビーウエイト!」
全体重を乗せる様な重い一撃。剣速が全然違う。当たったら骨がバキバキだけれど、ちゃんと考えている?
…考えて無いね。
「無元流・閃弾き」
カンッ!――
剣閃を弾く技、閃弾きで振り下ろされた木剣に合わせる様に、真横から芯に当て、ダグラスの木剣を弾き飛ばす。
カラン…カラン
また木剣が転がり、ダグラスは硬直していた。…隙だらけだよ。ここで視線を放したら駄目なのは解ってるけれど、レジンさん…まだ続けるんですか? 絶対ニヤニヤしてますよね?
「……」
「まだだ! まだ終わっちゃいねえ!」
私の中では終わっているんですけどねぇ…どうなれば終わりなんですか?
無元流ってエグい技が多いから、あんまり人に攻撃したくないんだけれどなぁ…
ダグラスが弾き飛ばされた木剣を拾いに走る。
視線を外しちゃ駄目だよ。
「さぁ! 来い! ――どこに行った!」
キョロキョロと辺りを見ているけれど、私は後ろです。そっと背中に手を当てて…
「――振動」
ドッ!――
「――かはっ!」
零距離から魔力の振動を与え、気絶させる技。威力を高めれば暗殺に使える技…乳児やおじいちゃんおばあちゃんに使うと大変な事になる。
魔力操作が上手ければ誰にでも出来る技…だと思う。
崩れ落ちたダグラス。
気を失っているみたいなので、レジンさんに目配せ。
レジンさんはサムズアップしていた。何故?
「勝者、アスティ」
「「「おー!」」」
パチパチと拍手が起きる。観客は10人くらいで、全員騎士さん。
よくやっただの言ってるけれど、ダグラスは嫌われてたの?
「いやー! 見事なまでの完全勝利だな! ダグラスの伸びた鼻をバキバキにへし折ったし!」
「凄いね君! 生意気小僧が手も足も出なかった!」
「これで少しは大人しくなるな!」
うん、嫌われていたのね。副団長補佐官…平の騎士より偉いのに子供だから、扱いに困っていたらしい。
同世代にやられれば、傲慢さは落ち着くって言うけれど…
「レジンさん。私が目を付けられる事になりますね?」
「まぁ良いじゃねえか! ボコボコにしてやれ!」
「嫌ですよ。…もう時間なので、詰所に行きますね」
なんか巻き込まれた感じがあるな。
レジンさんに高いご飯奢って貰おう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
特事班の詰所に戻った私は、
「ふふっ、そんな事があったのね」
「そうなんですよー! レジンさんニヤニヤしてボコボコにしてやれとか言うんですよー!」
愚痴っていた。
受付のミリアさんの隣に座って不貞腐れる。見学って言ったのに戦わせて。
「レジンは女の子の気持ちなんて解らないからね。ダグラス君もそうだけれど」
「そうなんですよ。ダグラスなんて大剣技のヘビーウエイトまで使って来やがって…当たったら私の身体バキバキですよ」
「あら、それは駄目ね。抗議しておくわ」
ミリアさんが書類を取り出し、記載している。
…本当に抗議文書いてる…頼りになりますね。
愚痴もお開きにして、自分の席に座る。
そう…自分の席がある。
場所はど真ん中。
デカデカと『アスティちゃん』と書かれたデスク。
基本資料は勿論、研修資料が山積みになっていた。
全部読めと…解りやすくて良いね。
特事班の中では眼鏡をする理由は無いので、眼鏡を外して資料を読み進める。
細かい内容も書かれている。
おー、騎士団本部に食堂があって、そこでは鉄貨三枚でご飯が食べられるとな! お得だ。今度誰かに連れてって貰おう。
その後、ニコニコしたレジンさんがやって来たが、ミリアさんに怒られている。それはもう尋問されている。
人はあんなに気分が急降下するんだと感心するくらい、急激に落ち込んでいる。
「で? どういう事なの? 見学だけって言ったわよね?」
「…つい、面白そうだったから」
「…面白そう? 一つ間違えたら大怪我していたのよ? あのガキ、武技まで使ったんですって?」
「いや…大丈夫だと思って…」
「大丈夫の以前に、武技を使用して訓練する際は…防具を着用、命の危険がある場所を狙わない、正々堂々と戦う、男と女が戦う場合は武技厳禁。
さぁ…どれを守った?」
「……」
見学だけって言ったのにダグラスと戦わせた事に関してだけど、レジンさんがシュンッとしている。身体の大きなレジンさんが縮こまっている。
「アスティ…すまん」
「あぁ、良いですよ。ケガも無かったですし…中央区にある高いご飯奢って下さい」
「あぁ、ありがとう…」
力無く謝って来たから許したけれど、ミリアさん…あのガキって…
レジンさんが謝った後、ミリアさんが私にウインク…本当に頼りになりますね。
レジンさんには高級料理をご馳走になった。
ミリアさんも一緒に。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
結局、レジンさんのせいで訓練場に行くのはしばらく控えるという事に。
理由はダグラスが私と戦いたがるから。
カッとなって武技を使う奴とは戦わせない! とミリアさんが抗議文を提出したからだけれど……
その後直ぐに副団長さんが謝りに来た。
ミリアさんの顔色を伺う様に…ミリアさんは何者なんだろう。
という事で、詰所に籠って帝国の情報を頭に入れています。
帝都の人口や広さ、市民等級の分布。記憶力には自信があるから大丈夫だけれど、他の街の情報だったり、貴族の領地に至るまで沢山情報がある…帝国民は授業で習うらしい。
…王国出身は不利だね。
三日も籠っていたから全部覚えた…と思う。その間、ダグラスは来なかった。噂では、罰として副団長室で資料整理や勉強をしているらしい。…私をストレスの矛先にしないでね。
「えー! アスティちゃんこれ全部覚えたの!?」
「はい、頭には入れました。受付も覚えた方が良いですか?」
「受付…アスティちゃんの受付……良いわね! やりましょう! 受付に立つ時は是非女の子の格好で!」
「えっ、着替え無いんで受付に立つのは来週で良いです?」
「良いわよ! 楽しみねぇ!」
…暴走しちゃ駄目ですよ。ミリアさんもレジンさんみたいになりますよ。




