黒霜の大巨人
冷えきった瞳の中に浮かぶ、愉悦、喜悦。
口元に浮かぶ、歓喜、狂喜。
「ゴチ…ソウ…」
長らく言葉を発していなかった様な、詰まる声。だけれど、大きな巨体から発せられる声だから、ハッキリと聞こえる。
最高の獲物を見付けた喜びの声……
「美味しく、ないよ」
ほとんどの、Sランク以上は、言語を使う。
それは何故か。
「クロイ…カゼ」
ヒュウウゥゥ――
黒くひんやりとした風が吹く。
身体に纏わりつく様な、ねっとりとした風。
「…寒い」
特殊な魔法を使う。
これは風邪に似た症状になる魔法…
「…キュア」
淡い光が私を包む。
まぁ、治癒の魔法で私に効かないのは幸いか…
デスジャイヂ・ギガンテス…病魔を運ぶ黒い巨人。生き延びても、やがて病魔により衰弱していく。
首が痛い。いや魔法の効果じゃなくて、上を見上げているから物理的に…
そんな事を考えている場合じゃないけれど、こんな所にノコノコやって来た私が悪い訳で。
「闘うしか、無いよねぇ…」
ギガンテスはこっちを見ている。凄い見ている。穴が開くんじゃないかって見ている。注視。熟視。凝視。凝望。熱視線…とりあえず頭の中で言葉を並べてみたけれど、それぐらい見られているという事で…つまり…
ブォン!――
凄い角度から来る張り手…当然攻撃してきます。
攻撃速度は、なんとか躱せる。
張り手による風圧で私の帽子は吹っ飛んでいった。
お気に入りだったのに…
気にしても仕方無い。
強くなる為に、このくらい…乗り越える。
「ギガンテスさん、勝負しましょう」
見上げる高さ。
攻撃が届くのは下半身。
とても分が悪い。
先ずは、離れて魔法攻撃。
後方に大きく飛び、距離を取りながら魔力を練る。
狙うは、頭。
太陽の光を収束させるイメージで…
「ソル、レーザー!」
キイィィィィ!――
ギガンテスの頭上から光の柱を落とす。
「…グフ」
光が落ちる寸前。
ギガンテスが両腕を交差させて頭上に持っていき、
キイィィィィ!――
両腕で光の攻撃を防御。
ジリジリと焼けていくのが分かる…けれど、耐えている。
大きな瞳はこちらを見据え、笑う様に少しだけ歪んだ。
「ふふっ、強いなぁ」
光が晴れ、ジリジリと焼けた両腕からは煙が出ている。
だけれど笑ってしまう程に、ギガンテスは余裕の表情。
何回もソルレーザーを撃てれば、その内勝てそうだけれど、ソルレーザーは魔力の消費が激しい。
今の威力で、あと2、3発が限界…
なら、チャンスが来るまで、少しずつ削るしかない。
竜剣を握り直し、駆ける。
ギガンテスが腕を振り上げ、
ハンマーパンチ…横に飛び躱す。
ドォン!――
飛び散った石が当たる事も構わず、大きな右足に到達。私よりもデカイ足のサイズ…裸足の指から伸びる爪が鋭い。
「斬り落とし!」
ザクッ!――
素早く剣を振り下ろし、足の小指を切断。
素早く後退。
「グオォォ!」
小指が無くなり、痛がるギガンテス。
足の小指をタンスの角にぶつけるよりも、とても痛い切断。
良かった、痛覚はある。
痛みが激しいのか、足をおさえる様に屈んだ。
チャンスだ。
素早く背中を駆け上がり、
「無元流・脈流!」
首筋の血管部分を縦に斬り裂いた。
ブシャッ――
流れる黒い液体。
起き上がる前に背中から駆け下りる。
ギガンテスは首を抑えながら、ゆっくり立ち上がるが、まだ笑っている様にも見えた。
「ん? 傷が、塞がっていく…」
流れた黒い液体は、直ぐに止まる。
治っている訳では無い。
筋肉が盛り上がり、傷口を塞いでいた。
「オモ…シロイ」
表面的な攻撃は余り効果は無い。
「私も、楽しいですよ」
長期戦を覚悟しないと。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「なんだ? あの光は」
魔物を討伐していた冒険者の一人が、光の柱が上がるのを目撃。
その場所を目指して向かった。ただの好奇心。面白い物が見れれば良いやという気持ちだったが。
「なんだ…ギガース種…デカイ…街に知らせないと」
アスティが小さすぎて、気付かない程の大きな巨体。
黒い巨人を目撃した冒険者は、ラジャーナの街に急いだ。




