クレーターに家を建てる
隕石の気分はきっと、こんなかんじなのだろう。
気がついたらぶつかっていたとか、それくらいの呆気なさ。いよいよ黄金の塔の根元――銀色に舗装された地上が見えてきたと思った頃には、もう着弾していた。
衝突の瞬間に発生した衝撃波で地面が崩壊する。轟音が響き渡り、銀色の破片が視界を埋め尽くす。
わかることはただ一つだけ。
――生きてる。
僕も、腕の中のディアミラも。五体満足どころか、傷一つ無い。エベレストの山頂より遙かに高いであろうところから落ちてきたというのに無傷とは。ミサイルの直撃もなんともなかったわけで、いよいよ悪魔の体が傷つくところが想像できない。
衝撃が収束し、静寂が訪れる。
気がつけば、僕達は巨大なクレーターの真ん中に横たわっていた。どれくらい巨大かというと、大体東京ドーム一つ分くらい(ちなみに、東京ドームの直径は二四〇メートルとかそんなかんじだったはず)だ。
クレーターの外には黄金の塔や他の塔が壁のようにそびえ、空間が囲われているように感じる。どの塔も天空まで伸びているだけあって、地上から見上げるとその存在感は絶大だ。とてもさっきまで頂上にいたとは思えない。
腕を振り解いてディアミラが立ち上がった。何やら本をぱらぱらとめくっては、ページと周囲の景色を見比べている。
「はぁ。地上に戻ってきてしまったわ。本当だったら、今頃世界はわたしのものになっているはずだったのに」
「いや、それは夢見すぎだろ」
五つの宝を集めるんじゃなかったのか。一つ目で早くも手詰まりになっているというのに何を言っているのか。
「それがそうでもないのよ? だって、宝を手に入れれば絶大な魔力が手に入るんだもの。キマリの魔力と合わせればもう敵はいないわ。残りの宝だって簡単に手に入っちゃうはずよ。ね、師匠?」
どうやら姿のない師匠も無事だったらしく、どこからか返事が聞こえてくる。
「まあ、理屈の上ではその通りさね。だけど、いくら魔力があっても使いこなせるかどうかはまた別の話だよ。宝と同等以上の力を持つ小僧がいてもアルルクラウは攻略出来なかっただろう? 魔法は何だって出来るが、発想と技量が追い付かなきゃそれまでってことさ」
「師匠だって何も思いつかなかった癖に」
「老いぼれは新しいものに弱くてね。王様が宝をドラゴンに変えちまってるなんて思いもしなかったよ」
なんだか聞き捨てならない言葉が耳に入ったような。僕の力があのドラゴンと同等以上? そういえばドラゴンからも決着はつかないとかなんとか言われたような気もするが……。しかし、常識のスケールが違いすぎて、それがどれくらい凄いことなのかもわからない。
大体、この世界のことだってまだほとんど何も知らないのだ。
立ち上がってクレーターの周りに目を向けると、早速意外なものが目に留まる。
ロボットだ。いくつかの球体が連なって出来たその機械は、人型とも何かの動物の形とも言い難い奇妙な形状をしている。
一体ではない。いつの間にか、十数体のロボットがクレーターの周りに出現していた。
ロボット達は体内から取り出した銀色の板を次々と接合して、クレーターの端と端を繋ぐ橋を作りあげた。そして、それだけでは終わらず、橋に板を継ぎ足して徐々に広げていく。壊れた地面を補修しているように見えるが……。
「なあ、このままだとここから出られなくなるんじゃないか?」
ロボット達の仕事は迅速で、僕達のいるクレーターはみるみるうちに塞がれていく。
「出るときはまた壊せばいいじゃない。どうせすぐにロボットが元通りにしてくれるわ」
毎度のことながら、この少女は発想が横暴すぎる。
「……というか、なんでロボットなんているんだよ。魔法で何でもできるなら、機械に頼る必要なんてないじゃないか」
「そっか、キマリにはわからないのね。地上では魔法はほとんど使えないのよ。この国、ウィタウーは下に行けば行くほど大気中の魔力が薄くなるから」
ディアミラの説明を、老婆の声が補足する。
「あたし達が狙ってるアルルクラウって宝があるだろう? ドラゴンになっちまってたあれさ……あれはこの国の魔力の源泉なんだよ。アルルクラウが遠ざかれば遠ざかるほど、魔力の供給が少なくなる。だから、塔の頂上から一番遠い地上にはほとんど魔力が存在しないのさ。わかったかい?」
なんとなくわかるような気はするが、そもそも魔力とやらがなんなのかわからない。おそらく魔法を使うために必要なエネルギーなのだろうが。
しかし、宝というのが魔力の源泉だとするなら、それを奪うということは。なるほど、世界征服の野望もあながち的外れでもなかったのかもしれない。元の世界の感覚で言うならば、電気や熱を支配できるようなものだ。
だけど、だとすれば僕がその宝と同等以上の力を持っているというのは一体どういうわけなんだ?
そう尋ねようとした瞬間、ディアミラに先を越された。銀髪の少女は開いた本をこちらに突き出しながら言う。
「ま、それはそれとして。わたし、今日はもう疲れちゃったわ。キマリ、このページにある家を用意して頂戴」
そこに描かれていたのは、もはや城と言って差し支えないような豪邸だった。この巨大なクレーターをぴったり埋めてしまいそうな規模の大きさだ。いや、それよりも。
「魔法は使えないんだろ? まさか、あのロボット達に手伝ってもらうとか言わないよな?」
「ふふふっ。言ってなかったかしら? 魔力不足で困るのはわたし達だけ。キマリは普通に魔法を使えるのよ」
ディアミラがそう言い終わる前に、僕の体は動き出していた。
全身から魔法の光が溢れる。目の前の殺風景は跡形もなく消え、僕達は豪奢なベッドのある寝室に立っていた。さらさらの絨毯に、淡い光を放つ不思議な球体の照明、見るからにふかふかで座り心地の良さそうなソファ。見たこともない観葉植物もある。溢れるセレブ感。元の世界で僕が一生分働いてもこんな部屋をお目にかかることはなかったであろう。
ディアミラは早速、もぞもぞとベッドへ潜り込む。
「いいかんじね! 作戦会議は明日にしましょう。ぐっすり眠っちゃいそうだから朝ご飯は任せたわ。それじゃあ、おやすみなさい」
「……そういえば、僕はどこで眠ればいいんだ?」
ふとした疑問をぶつけると、銀髪の少女は眠たげに体を起こしながら、掛け布団をめくった。
「ふふふっ……せっかくベッドがこんなに大きいんだし、わたしと一緒に眠る?」
無邪気に投げかけられた言葉に、一瞬、心臓が跳ねる。だが、僕が口を開くより早く、少女は続きの言葉を紡いだ。
「……冗談。だって、悪魔は眠る必要なんてないものね」
「…………え?」
何を言われたのか、理解できなかった。いや、したくなかった。言葉の衝撃だけがずしりと胸に響いている。
「今度こそおやすみなさい。わたし、きっといい夢を見るわ。あなたの分まで、ね」
「待った、待って。それって、つまり……僕は……」
一生眠ることが出来ないということか?
嫌でも理解が追い付いてしまう。悪魔は眠る必要がない……言われてみれば、眠気どころか、疲労を感じる気配すらない。
押し寄せる負の感情をよそに、すやすやと規則正しい寝息が聞こえてくる。
あんまりではないか。僕は元の世界でも、散々睡眠を削って働いてきたのだ。生まれ変わっても眠ることを許されないなんて、酷い。酷すぎる。
絶望だった。
そして。
僕はこの世界に来て最初の決意を思い出し、実行に移す時が来たことを悟った。
逃げ出そう。僕に不眠の宿命を与えた、この魔女から。