ミサイルときどき猫
一発、二発、三発……次々と、炸裂音が響く。気づけば僕の右手は目にも留まらぬ速さで動き、ミサイルを叩き落としていた。まさかの音速超えである。
だが、それで終わりではない。ミサイルは全方向から迫ってきているのだ。腕の届く範囲がどうにかなるとしても、全てを叩き落とすなど到底不可能な話で。
一発、二発、三発……翼と脚に次々とミサイルが炸裂する――。
「――あれ……なんともない……」
体が木っ端微塵になるどころか、爆風で吹き飛ばされることすらない。当然のように痛みもない。ゲーム画面の向こうでキャラクターが爆撃を受けるのを眺めているかのような、現実感の無さ。これが、悪魔の力なのか。
ディアミラの笑い声が耳元で響く。
「ふふふっ。わたしの言った通りだったでしょう? キマリは無敵なんだから! さ、今度はわたし達の番よ。とってもいいことを考えたのだけど、聞いてくれるかしら?」
「どうせ拒否権なんてくれない癖に。なに? こっちもミサイルで対抗するとか? それとも、火の雨でも降らせる?」
この魔女がいいことなんて言うからには、悪いも悪い、極悪なアイデアに決まっている。
「キマリは何もわかってないわ。わたしの目的は世界征服なのよ? そんなことしたら未来の下僕が死んじゃうじゃない」
「そんな悠長なこと言ってる場合じゃないと思うんだけどな」
半袖魔法使い達は上空へと後退しながら次の攻撃の準備をしている。ずらりと並んだミサイルの円陣がぎらぎらと鈍い光を放っている。心なしかさっきよりも弾数が増えているような。おそらく、倍以上の火力で仕留めにかかる算段なのだろう。
僕は凄まじい力を持っているかもしれないが、二度目を防ぎきれる保証なんてどこにもない。少しでも僕の手が滑ればディアミラは木っ端微塵だ。
それでも、銀髪の魔女は不敵に笑みを浮かべて、高らかに語り出す。
「この程度で慌てていたら世界征服なんて夢のまた夢。いつでも余裕と砂糖はたっぷりに、面白可笑しく甘く楽しく。それがわたしのやり方よ。そういうわけで、キマリ! 攻撃命令――――あの人達、みんな猫に変えちゃって!」
「いや、なんでさ!?」
結論が斜め上すぎる!
とはいえ、僕には従う以外の選択肢は存在しない。どうやって、とはもう聞くまい。ピリピリと電流が走り、僕の指先から一筋の光線が放たれる。
一瞬の出来事だった。一人の魔法使いの胸に光線が直撃した瞬間、そこにはもう人の姿はなかった。
「うわああああっっにゃあああああああああ!?」
悲鳴が響き、一匹の猫とサーフボードが遙か下へ向かって落ちていく。
「あれ、普通に死ぬよな……」
「キマリ、知らないの? 猫って高いところから落ちてもちゃんと着地できるのよ」
「いや、この高さは無理でしょ」
いくら猫でも、雲を見下ろす遙か天空から落ちて無事で済むはずがない。
遠くなっていく悲鳴が耳にこびりついている。今になってようやく、自分のしていることが恐ろしくなった。たしかに相手は僕達を殺そうとしているが、それと自分が相手を殺す覚悟を持っていることとは別なのだ。僕は今、人を殺してしまったかもしれない――。
ディアミラの方を見ると、ハッとした表情でぱち、ぱち、とまばたきをしていた。おい。
「……ま、きっと大丈夫よ! 高等魔法使い様はちょっと死んだ程度じゃ死なないわ。いざとなったら十三秒ルールだってあるもの! だからわたしの計算通り、大丈夫ったら大丈夫よ!」
言っている意味はさっぱりわからないが、とにかく大丈夫ったら大丈夫らしい。どちらにしても、僕にはもうどうしようにもできないのだが。
指先から次々と光線が発射されていく。
「にゃああああ!」「にゃにゃあああああ!」「にゃにゃにゃにゃ!」「にゃあーー」
にゃあにゃあにゃあとかわいらしい鳴き声があちらこちらで響く。
「ふふふっ……地上では猫の雨が降るわね」
ディアミラは楽しそうに笑っている。……本当に大丈夫なんだろうな? 敵の心配などしている場合じゃないとは言ったものの、後ろめたさを感じずにはいられなかった。
当然、半袖魔法使い達もやられてばかりではない。僕が一人落とす度に、ミサイルが十発は襲ってくる。
今や戦場には光線とミサイルが飛び交っていた。
「撃て撃て撃てーーーッ! ッにゃあっ……」
しかし、戦いはあまりにも一方的だった。ミサイルは一つたりともディアミラに届くことなく、悪魔の力(というか力業)で叩き落とされていく。そうこうしているうちに、悪魔の光線は猫を一匹、また一匹と増やしていく。
もはや、僕に出来ることといえば半袖魔法使い達に撤退を促すことだけだった。
「もう諦めて、逃げてください! 僕にも止められないんです……これ以上猫を増やしたくない!」
というか僕が逃げたい。
だが、必死の呼びかけも虚しく、魔法使い達は半狂乱になってミサイルを撃ち続ける。
「あいつ、笑いながら戦ってやがる……悪魔……悪魔だ……にゃあッ……」
そんな声が聞こえた。そういえばディアミラに笑えと言われたきり命令の効力は続いているのだった。たしかに、聞く耳を持ってもらえないのも無理はなかった。
彼らから見た僕は、笑顔でミサイルを叩き落としながら怪光線を放つ悪魔ちっく金髪美少年なのである。思考停止して当然だ。というか、絵面が酷いことになっているので笑顔命令はそろそろ解除してほしい。
ミサイルの弾幕が徐々に薄くなっていく。半袖魔法使い達が一人、また一人と消えていく。にゃあ、にゃあと猫が落ちていく。
そして。
「にゃあああああぁぁぁ……ぁ……………」
最後の叫び声が遠く遠くへ落ちていった。
気づけばずいぶん高くまで来てしまっていた。
下はまさに針のむしろ。あれだけずらりと並んでいた塔も一つを残して遙か下へ置いてきてしまった。
上は雲一つない不気味なほど青い空。無限に広がる宇宙に片足を踏み入れてしまったような、漠然とした不安に飲み込まれそうになる。
目の前にはそびえ立つ黄金の塔。それはまさしく、ディアミラの目的地だった。
壮大な光景に思わず息を呑む。流石のディアミラにも思うところがあるのか、静寂を守っている。
今の僕は、黄金の塔の頂上へディアミラを連れて行くという命令に縛られている。逆に言えば、頂上に辿り着けば自由になれる可能性があるということでもある。僕は密かな期待に胸を膨らませつつ、無言で空を駆け抜ける。
静寂を破ったのは、耳を覆いたくなるほどの大音量だった。
「はははははははははは! はーっはっは! ははははははははははははは!」
やかましいという言葉を具現化したような、常軌を逸した大爆笑。
そしてこの後、僕は思い知ったのだった。火炎の球だとか、サーフボードだとか、ミサイルだとか、猫化光線だとか、そんなものはまるで驚くに足るものではなかったのだと。