思ってたのと違う
黄金の塔の頂上へ向かう途中で待ち構えていたのは、二、三十人の魔法使いだった。彼らは円形に隊列を組み、高速で迫る僕達を遙か上空から見下ろしている。
まだ距離はだいぶ離れているが、彼らが魔法使いであることは一目でわかった。まず、特徴的な三角帽子。ハロウィンの仮装でも引っ張りだこのマストアイテムである。(魔女を名乗っているディアミラは被っていないが)
続いて、めちゃくちゃラフなTシャツとハーフパンツ。この高度一万メートル超えの大空、すなわち極寒の環境においてそんな格好をしていられるのは魔法使いくらいのものであろう。(薄手のワンピース姿のディアミラにも同じことが言える。魔法、使ってるんだよな……?)正直、ローブとか着けないのか、とは思う。
そして、箒……ではなく、サーフボード。いや、翼のようなものが付いているので正確にはサーフボードではないのだろう。飛行機をぺしゃんこに平べったくしたような見た目の板だ。ディアミラの言っていた翼があれば飛べる理論はこの世界では共通認識なのだろうか。
なんと、男女問わず全員が揃ってこの格好だった。
…………魔法使いか、これ?
帽子以外イメージに全く合致しない。無論、それは僕のいた世界でのイメージなのだから、この世界の魔法使いがそれらしい格好をしていないのは何ら不思議ではない。それはわかっている。というか、こんな上空を板きれ一つで飛行しているのだから、たとえ全裸でも魔法使いなのは間違いないのだ。だが、それにしても思ってたのと違うというか、緊張感に欠けるというか。
男の声が降ってくる。格好に反して真面目なトーンだ。
「止まれ! ウィタウーでの飛行は禁止されている。お前達、何者だ!」
「ふふふっ……この世で破っちゃいけないのは本だけだって師匠が言っていたわ。わたしは魔女のディアミラ。こっちは悪魔のキマリよ」
ディアミラが楽しげに応答する。違反を咎められているというのに悪びれる気配が全くない。というか、飛行禁止だったのか。どうりで他に誰も飛んでいないわけだ。
「魔女と悪魔だと……たしかに片方は角が生えているが……」
「ええ。わかってもらえたかしら?」
「ああ、そうだな」
上空で魔法使いの一人が後ろを一瞥した後、声を張り上げた。
「総員に告ぐ! 未確認飛行体を魔女および悪魔と認定する! 容赦は無用だ。総員、発射用意!」
完全に臨戦態勢である。魔女と悪魔に対する風当たりが強すぎる!
「おいおいおい今の言っちゃマズかったんじゃないのか! なんで自己紹介なんてしたんだよ!」
「だって、名乗るように言われたじゃない?」
「素直か!」
しかもこの魔女、無駄に得意気である。
一目散に逃げ出したい気持ちでいっぱいだったが、体は命令に縛られ、頂上を目指して全速前進中――飛んで火に入るなんとやら、だ。
半袖魔法使い達がこちらへ向けて一斉に腕を構える。身に覚えのある構えだったが、彼らの手の平に生成されたのは炎の球体ではなかった。もっとわかりやすく、破壊という行為を具現化したような物体――。
「ミサイルだよな、あれ?」
先の尖った円筒状のフォルム。ギラリと輝く金属光沢。大きさこそ小さいものの、どう見てもミサイルである。いや、僕も実物を見たことがあるわけではないし、勘違いという線もある。それにここは魔法が存在するファンタジーな世界なのだ。勘違いであってほしいし、幻影という可能性も捨てきれない。
「ええ。ミサイルね」
普通にミサイルだった。
「当たったら死ぬよな?」
「わたしはね。でも、キマリはミサイル程度じゃ死なないわ。……多分ね」
「……つまり?」
「わたしに当たらなければ問題ないわ! このまま突っ込んで頂戴!」
「悪魔はお前だーーーーッ!」
僕の叫びと同時に、男の号令が空高く響き渡った。
「撃てーーーーッ!」
ミサイルの雨が降り注ぐ。止まらない、止まれない。
ディアミラに危害を加えないこと。そして、何があってもディアミラを守ること。一番最初に僕に与えられた命令だ。これをミサイルの雨に突入しながら実行しなければならない。今までの傾向からすると、特に意識しなくても体が勝手に最適行動を取るはずだが……。
果たして、僕はディアミラを庇うように右腕を掲げていた。
――え? 生身で受けるんですか? ミサイルを? 数十発の破壊兵器を? いくら痛みがないとか頑丈とか言っても、こちとらぷにぷに肌の少年ボディですよ? 悪魔は骨だけになっても生きていられますとかそんなオチじゃないですよね?
ちらりとディアミラに視線を送ると、茶目っ気たっぷりのウインクが返ってきた。
「心配しないで。あなたは世界最強の悪魔だって師匠が言ってたわ」
「そ、そんなに凄いのか……」
「ちなみに、世界に存在する悪魔はあなた一人よ」
「そりゃ最強に決まってるよ!」
最強で、最弱である。そしてあまりにも残酷なぼっち宣告であった。
ミサイルの雨が、憐れな絶滅危惧種に向かって容赦なく降り注ぐ。