1.警備員からの脱却
五月の京都
歴史ある寺社に飾られた桜が青葉に変わる頃の話。
通勤電車が満員で無くなる時間帯、俺はいつものように朝を過ごしていた。
右手にはマウス!左手にはマンガ!前には輝くデスクトップ!
今日も元気に業務に励んでおります。
端から見ると忙しそうには見えないかもしれませんが…
こう見えて毎日書類整理や友人と会話で忙しくしております。
職業は私を含む家族の住む我が家を守ることでございます。
親の脛おいしいです。
ええ、こんなんだといけまけんよね。
自立しなきゃいけないことはわかってます。
でも就活したら負けだよね?
家はよくある一戸建て、部屋は二階の隅。
だから家族が通ることはあまりない。
部屋から出る時はトイレかご飯くらい。
部屋にはパソコンとお気に入りのマンガやフィギュアがたくさんあり、キレイに整頓されている。
こう見えて綺麗好きなもので、本は本棚へ、お菓子はお菓子カゴの中へ。
汚い部屋は居心地が悪い。
さて、今日も嫁(二次元)に会いにいきますか。
「かっちゃーん朝ご飯やでー」
「はーい!」
朝ご飯は大事やで。
父と母と姉の4人家族で、母以外はそれぞれ職場に行ったらしい。母もこの後パートに行くはずだ。
高校2年に進級と同時に親の転勤で母の地元関西へ。
微妙な時期だったこととコミュ障なことから友人はごく少数。
ということで(?)ニートに。
「あんた、そろそろ就活せなあかんで?もうすぐ4月やし、ええ機会やんか。」
「んん…
中々俺に合うような求人がないんだよなぁ。」
「せやなぁ…」
「まあ良さそうな職場があったら教えてよ。」
少しは申し訳ないとは思いつつ、でも警備員の仕事はやめたくない気持ちが強い。
3食・寝床つきで休憩自由だからね。
給料なくても頑張れます。
そこからはパートの用意をする母を横目に、朝ごはんを堪能した。
そして事件は起こった。
階段を二段飛ばしで上り、軽やかなステップで自室に戻ると、
…鳩がめっちゃこっちみてる
一羽どころではなく、もうびっくりするほどいた。
ほんとにびっくりするほど。
怖くなったからカーテン閉めてやりました。
5分後、
カーテンを少し開けてみてみると…
増えてる⁉
びっくり通り越してすごく怖い‼
「母さん!鳩が!鳩がすんごいいるよ!」
シーン
職場に行っちゃったんですね?
絶対近所迷惑だよな…
やっとみんな(俺除く)がご近所さんになじめてきたのに…
うちのせいだと思われたらどうしよう。
おとんとおかんと姉が困る!
それはダメだな、絶対!
これは俺ががんばるしかねぇな!
自宅警備をついにする時がきたようだね!
とりあえず部屋の周りだけでも追い払おうと考え、彼はベランダに出ようと窓を開けた時だった。
「ほら、むこうに行…うおおおおおお!?」
鳩の大群が部屋に入ってきました。
「おべベベベベベベ!!っくしょん!!っくしょん!!痛い痛い痛い!!脚が食い込んでるから!!」
一人でカオスな状態に陥っているのをよそ眼に、鳩は部屋の中心に集まっていく。
一羽、また一羽とどんどん部屋に入り込む。
そして次の瞬間
「ふぅ…なんとか入ることができましたね。
でも少し遅かったですね?黒山一月くん。」
どことなくお淑やかな空気。
誰もが二度見するようなナイスバデー。
そこらの芸能人を寄せ付けない整ったお顔。
私の部屋に初めて美女が降り立ちました。
突然の事態に頭が追いつくことができるはずもなく、ただただ美女を見ていると、
「初めまして一月くん。私は妖怪省副大臣ルキと申します。予告通りお邪魔させていただきました。」
「あ、初めまして、黒山か…え?予告通り?」
おかしいな、予告とかもらってないんだけどなぁ...人違い...はありえ「はい!確かに一週間前のこの時刻にあなたのパソコンの方にメールを送らせていただきました!」
一週間前?
俺のパソコンにメール?
ああ!!あれか!!
いやでもあれって...
「迷惑メールだと思って捨てちゃったわ。」
いやいや現代にこんなのありえないと思いましてね。
題名;やったね!
差出人 ;妖怪省副大臣ルキ
黒山一月様
おめでとうございます!
あなたは冥界府妖怪省の調査の結果、見事妖怪省大臣への就任権が付与されました(*^▽^*)
つきましては一週間後の午前9時に黒山様のご自宅へ伺わせていただきます。
予め、窓を開けた状態でお待ちください。
ご質問等は下記へお願いいたします。
htt..
こんなのがデスクトップに映ってみ?
怪しすぎやしませんか?
URLまで記載されてるんだから迷惑メールにしか見えないだろ。
「はぁ…そんなことだろうと思いました。
せっかく現世風に顔文字まで勉強して送信したんですけどね。
まぁいいでしょう。で、早速ですが本題に入らせていただきますよ。」
と、美女は自分の羽を1本抜いて空中にさらさらと何かを書き出した。
すると1秒も経たない内に文字になり、キラキラと輝き始めた。
《この度黒山一月殿は、妖怪省に新たに設置された整妖部特別官に任命されました!!》
妖怪省?整妖部?特別官?
どうやらこの美女は俺をからかっているようだな。
「いやいや、信じられるわけがないでしょう。妖怪?確かにファンタジーは好きですよ?現実にそんなものあるわけないでしょ。」
世の中科学的に実証できるモノばかりだぜ。
さっきの鳩だって餌付けしたり訓練してきたんだろう。
「大方、俺がニートしてるから地獄に落とそう、的な考えでしょ?」
しかし美女は待ってましたと言わんばかりに、
「わかりました。どのようなことをして見せれば信じてもらえますか?」
おっと、この人ガチじゃないか。
しかし!これは無理難題を言って諦めてもらうしかないようだね。
しっかり息を吸い込み、美女に放った言葉は
「瞬間移動してどこか銭湯の女湯に「この世界の法律的にダメです」ですよね」
リアルに美女の羽が俺を突き刺しそうなくらい迫ってきた
いや、ちょっと当たってたわ。
もうこの羽で信じちゃいそう。
ていうかこれどうやって動かしてるの?
「じゃあさ、あなたの羽から俺の分身造ってくださいよ」
さすがに人の分身はできないだろ。
瞬間移動は俺自身がしなきゃできない。
というかそんな瞬間移動なんて芸当できるわけないけど。
ふふふ、これでお帰り願おうか!
「これでいいですか?」
美女の隣に居たのは紛れもなく一月だった。
前日買ったばかりのマンガをいつも自分がやるように左手で読み、右手でマウスを操作していた。
「信じてもらえますね?」
「もちろんです!」
だからその羽を戻して。
ていうか最初からそれで脅したらよかったじゃないの。
あとちょっと刺さってるから!
「まぁファンタジー的なのは真実として、なんですか?妖怪省って?政府にそんな省庁はありませんよね?」
「順を追って簡潔に説明いたしますね。妖怪省は日本政府の省庁ではありません。あなた方の言う【あの世】にある省庁です。ちなみに、総理大臣的役割は閻魔大王が担ってます。
次に整妖部ですね。今までは先代の閻魔大王の手腕が素晴らしく、妖怪たちは比較的おとなしくしていました。
私が秘書を務めていたこともありますけどね!
ですが閻魔大王が退任され、新しく就任された現閻魔大王は若く、統括仕切れませんでした。
そのため妖怪たちは好き勝手するようになってしまいました。それを取り締まるために新たに設置されたのがこの整妖部です!」
すごくいい顔で説明してくれました。
そりゃもうどやっ!て感じで。
イラっとしたけどかわいいな。
「一つ質問いいですか?
その世界に警察のようなものはないんですか?」
取り締まるならそういった人たちがいてもおかしくないはずだ。
政府という統治機構が存在しているのなら、現世みたいに治安維持のための組織があってもおかしくはないだろう。
「あります。ですが、その方々は現閻魔大王をあまりよく思わない派閥の方の管轄下になります。そのため、むしろ不祥事等を起こし、現政権に反旗を翻そうと躍起になっているようです。」
ほう、あの世でもそんな人間みたいなことをするんだな。
「ということで、『新しく作っちゃおうぜ』というのが議会で決まりまして。」
「そんなんでいいのか閻魔さん。
新しく作ったら二重行政的なことになりませんかね?」
「一応閻魔大王がトップですからね、膿は切り離そうという魂胆です。」
後ろから黒いオーラが出てそうな雰囲気である。
ゆらゆらと揺れる羽が一層凄みを増していた。
しかし、一番気になることが、
「なんで僕なんです?優秀な人材を選ぶべきでしょう?」
「ええ、ちゃんと選抜しましたよ。妖怪との適合度を示す妖値やその他の能力を考慮し、且つ社会に害の無い方を選ぶようにしました。その中で最も適任だと選出されたのが、あなたです。」
お、なんだか嬉しいな。
妖値ってなんだかわからんが。
妖怪への理解度みたいなものなのかな?
「…引き受けて頂けますか?」
「うーん、少し時間を貰ってもいいですか?ちょっと色々驚きすぎて混乱しているというのが本音です。」
「わかりました。ちなみにですが、一応業務ということになりますので賃金はちゃんと出ます。」
「やらせて頂きます。」
お金は大事やで。
「えっ、即答ですか。」
「元々就職口を探してましたし、ファンタジー大好きなんで。」
突然の承諾に驚いた様子を見せた美女だったが、すぐに満面の笑みで「よろしくお願いしますね」と言った。
「では、後日書類を送らせて頂きます。私はまだ仕事があるので帰ります。」
「わかりました。親にもやっといい報告ができそ「ダメです!」え?」
もの凄い勢いで遮った美女は帰る足を止め、一月に詰め寄った。
仕舞い直し忘れた羽が何本か一月に刺さっていたことを美女は知らない。
「基本的に私たちの世界と一月さんの世界は干渉してはいけません。今回は特例として認められているだけなので他の交流は避けたいのです。」
「そのようなリスクを冒してまですることなんですか?」
「はい。冥界と現世を護るための仕事ですから。」
「わかりました。誰にもいいません。」
「ありがとうございます。もしも誰かに言ったら…」
口角を少し上げて美女は羽をゆらゆらと動かしだした。
詰め寄った時の血がまだ付着している。
「まだそちらの世界のお世話にはなりたくないので言いません!」
「賢明な判断ですね。では。」
この日一番のスマイルを見せ、美女は来たときと同様に鳩の軍勢を率いて窓から羽ばたいていった。
たくさんの羽とフンを残して。
「えっ。この処理俺がするの?」