それがおれの使命だ!
すたずぶは、何から話そうか、そう呟いてから堰を切ったように話し始めた。
「そうだな。何が起こったのかを簡潔に説明したっていいんだが、それだと大小様々な誤解が発生する恐れがある。いいか、物事ってのは前後関係が重要なんだ。何かが起きる。何故? それから? そこを問うことこそが最も重要だってことは理解してもらえるだろうか。そう、だからこそ、そもそもおれが何だってこんな時間に波が丘公園にいたのか、そこから話さねばなるまいな。
さて、多忙極まる身のおれが理由もなく平日深夜の波が丘公園なんぞに来るはずもないってのは言うまでもないことなのだが、今日だけはその例に当てはまらないのかもしれない。つまりだな、おれは煮詰まってたんだ。そんな顔をしないでくれ。おれだって人間だ。煮詰まることだってあるし、悩むこともある。悲嘆にくれる時だってあるし、さみしくってたまらん時だってある。ひとりで夜風に吹かれて公園を散歩してみたい時だって当然のようにあるってことさ。お前はこんな風に思うはずだ。おれのようなやつが、つまりタフで骨太な筋金入りが、深夜の波が丘公園へと自然に足を向けてしまうほどの煮詰まりを与えるものって何だ? とな。もっともな疑問だ。おれがお前の立場でもそう思うだろう。
例えば、例えばの話だ。とある男が重大な使命、この星の命運すら左右するほどの重大な使命を担っているとして、その男が己の運命を呪いながら日々を過ごしていると言うのに、選ばれてしまった男の苦しみなど露ほども理解しようとしない家族がいたとしたら、どうするだろうか。世間体ばかり気にして大局が見えない家族がいたとしたら。ある夜、全ての人間はまともな仕事に就いてしみったれた給料をもらわなければならないという腐った考えに頭の芯まで侵された母親になじられた男(繰り返すが男は重大な使命を帯びている!)が、突発的に家を飛び出し、スレートグレーの夜空を見上げつつ、おれもヤキがまわったなと独りごち、飲み慣れないブラックの缶コーヒーで弱った胃袋を痛めつけながら、気づいたらガキの時分によく遊びに来ていた総合公園にいたとしても決して不思議なことじゃないだろう。まったく酷い話だが、おれにもそれと似たようなことが起きちまったのさ。
男は、じゃなくておれは、あてもなく公園内をぶらついていた。理不尽、という言葉がおれの頭の中で渦を巻いて、そいつが笑い声のように聞こえてきたら、そろそろやばいよな。おれは筋金入りであると同時に、飴細工のように繊細な一面も持ち合わせてるんだからおふくろだって言葉に気をつけなけりゃならないってわかっているはずなのに、女ってやつは時として感情のみでものを話すからな。まったく、女ってやつは。……そう、女だ! くそ、あの女におれはこんな目に合わされたんだ!
あの女が向こうからとんでもない勢いで走って来た時は目を疑ったね。その暴れ狂う胸のでかさと言ったら! 巨乳? いやいやそんな生温いもんじゃない。あれは……そうだな、言うなればショック乳……いや違うな、語呂が悪いしキャッチーさも足りない。……………愕乳? いや、今のはなしだ。濁乳? いやいや意味がわからんな。“にゅう”って響きから少し離れた方がいいかもしれん。二つの沈まぬ太陽ってのはどうだ? 長いか。長いし、何だか希望に溢れてるな。そういうアレじゃないんだよな。あばれ太鼓……は坂本冬美だな。ちょっと待ってくれ、でかいものでかいもの星……海……山……山、山はいいな、山、山、山……山脈、いいじゃないか、山脈、狂った山脈、狂える山脈、狂気……狂気! 狂気の山脈。それだ! 狂気の山脈を携える女! どうだ?」
「いや、どうだと言われても……」
「まあ、聞けよ。とにかく既存の考えではあの胸には太刀打ちできないだろうよ。ばすお、お前、巨乳は好きか? 好きだろうな。好きに決まってる。男は大体において胸のでかい女が好きなもんだ。おれ? おれはそうでもないんだな。これは重要なことなんだが、おれは胸よりも尻の方が好きなんだ。確かにでっかい胸に目がいってしまうのは男としてよくわかる。だが、おれから言わせればでっかい胸っちゅうのは俗物的なものですな。長時間の鑑賞に耐えうるものではござらん。例えば、でかい胸の女を連れてる男を見ると羨ましいと思うよ。あんなでっかい胸の女をどうやってモノにしやがったんだチクショウおれの方がいい男だろう! と思うこともままありますわな。つまり、一人の男として、でかい胸の女を連れ歩きたい、道行く男から羨望の目で見られたいっていう欲望を持っていることは否定できない。しかしだからと言って、それ即ちでっかい胸が好きということなのだろうか。いや、そうは思わん。反対に尻を考える。また尻ってのも問題を孕んでて、大き過ぎてもいけないし小さ過ぎてもいけないし普通でもいけないんだな。自分が思ってるよりも一回りでっかいくらいが丁度いいと思うんだが、お前はどう思う? いや、答えなくていいんだが、お前は尻を眺めたことがあるかね? これも答えなくていいんだが、おれは尻を眺める。理想の尻とはなかなか出会わんが、それでも時たまこいつは! って尻とでっくわすことがある。 おれは見るね。愛でるように見るね。ためつすがめつ見るね。目を見開いて、目を細めて、目をつぶって、見てしまうね。おれはね、尻に女そのものを見るんだよ。目で見るんじゃなくてさ、心で見るって言うかさ、イデアっつうのかな、そういうもんが見えるんだよね、女の尻にはさ。おれにとって女の尻ってのは神に近い存在なんだよな。
まあ、尻のことはいいか。で、女の話に戻るけどさ、狂気の山脈を揺らしながらすげえスピードで走ってくる女を見た時におれは思ったんだよ。こいつは恐ろしくミスマッチだ! こりゃ地球のもんじゃないな! ってな。宇宙からの脅威だっていう確信めいた何かがあった。何かっつうかとてつもないでかさの胸が、おれにそう思わせた。断言してもいいが、あれは地球製じゃない。地球の規模じゃない。地球にあっていいもんじゃない。その時おれは思った! 地球を守らなければ! それがおれの使命だ!」