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生贄になった俺のけしからん二週間  作者: 荒川 晶
第二話 セイント戦争
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セイント戦争 その5

「迎えに行けとアロン様に言われたから行ったのに、倉庫にいないとはどういうことかしら?」

「あ、ああ……悪い」


 思わず謝ってしまった。というのも、いつもの覇気を彼女から感じとれなかったからだ。

 明らかに疲れきっている。

 それに所々に包帯が巻かれていて、じわりと赤く滲んでいる。「大丈夫か?」なんて安い言葉をかけられる程、俺も野暮じゃない。

 はぁと彼女は小さくため息をついた。「来なさい。儀式の時間よ」そう言って、前を歩いていく。どうやら触れてはいけないルールは今もあるようで、アロンと違って手を引くこと彼女はしなかった。してほしいとか、そういう次元ではないんだけど、と心の中で言い訳をしてみる。

 連れていかれたのは、少し小綺麗な扉がある部屋の前だった。赤い絨毯が引かれ、扉は金属ではあるものの、綺麗に磨かれていた。その扉をエマはとんとんと二回ノックをする。


「アロン様、連れてきました」

「どうぞ、入って」


 中から声が聞こえてきて、エマはドアノブに手をかける。ゆっくりとした動作でそれを開けると、明らかに今まで俺のいた場所は違う、それこそ高貴な雰囲気の部屋がそこに広がっていた。床は赤い絨毯に敷き詰められ、ベッドもダブルだ。俺の部屋――監獄には一個しかなかったライトも、天井いっぱいにあり、充分な明るさを保っている。置いてある物は金属物が多かったが、それでも住むには申し分ないだろう。

 部屋の奥にあるソファに座っていたアロンは立ち上がると、軽く手招きをして俺達を中に招き入れる。


「紅茶とコーヒーどちらがいいかしら」


 戦争後だというのに、お茶の時間なのか。優雅なもんだな、と思いきや、彼女もまた所々に傷を負っていた。よくよく見ると、二人の手足には傷跡がうっすらと大量に残っている。それを見て、案の定俺は何も言えなくなった。本当に戦っていたんだ、とそれだけが現実として突きつけられる。


「エマ、ありがとう」

「いいえ。では私は鈴の様子を見てきますので」

「ええ、よろしくお願いするわ」


 アロンに軽くお辞儀をしてそこを去るエマを見送り、俺は眉間に皺を寄せる。


「鈴が……どうかしたのか?」

「大丈夫よ。いつものことだから。戦った後はいつも少し興奮気味なの。鎮静剤を打たせてもらっているだけよ」


 彼女は「紅茶でいいかしら?」と再度俺に尋ねると「どちらでもいい」とだけ答えた。

 全てが尋常じゃないせいで、俺の感性がおかしくなっていきそうだった。平気で鎮静剤を打つと言い放ったこいつがおかしいのではなく、自分がおかしいのではないかと、そう思えてくる。

 アロンは紅茶を注ぐと、高そうなティーカップに入れてそれを差し出してくる。どこかで見たことあると思えば、「あ」と声を上げた。客船のあのカップだ。あれと全く同じだ。


「これ、どうしたんだ?」

「地球から少し拝借したのよ」


 初めて彼女は俺を見て、不敵に笑った。

 それって盗みなんじゃ。


「ところで、貴方は怪我はなさそうね。良かったわ」


 アロンは俺をじろじろ見てくる。

 それは良いのだが……他人の心配より自分の心配をしろよ。


「で、どうだったんだ。その、戦争とやらは……」

「興味があるの?」

「いや、興味というか……」


 お前らは大丈夫だったのか、何人か殺してきたのか、死者は何人出たのか。聞こうにも聞ける内容ではない。黙ってしまった俺を見て、また彼女はくすりと笑う。


「こちらの死者はゼロ。あちらは何人か深手を負っていたわ。でも死ぬほどの傷ではないとは思う」


 お前はエスパーか何かですか?


「それと、静かなのは、皆疲れているからよ。貴方をすぐに迎えにいけなかったことは詫びるわ」

「それは構わないんだけど……」

「それから今後、また狙われないためにも、貴方にはこの奥にある部屋に住んでもらうわよ」

「……はい?」


 あまりに唐突なそれにすっとんきょうな声をあげてしまった。

 彼女が指さす先を見ると、確かに扉が一つ……。でもどうみても、扉よりこっち側はこいつの部屋くさいんだが、違うのか?


「えーっと……アロンはこっちに住んでるのか?」

「ええ、聖女子は代々この部屋よ」

「聖女子だがなんだが知らないですが……隣に男の部屋ってまずくない?」


 至って冷静に答えたつもりだった。一般論だし、事実でもある。俺がどうこうという話ではなく、常識的に考えて、と俺は言いたかった。


「大丈夫よ。襲われそうになったら銃で一撃だから」


 彼女は相変わらず表情を変えずにそう答えるが、色々とおかしいことに気付いてないんだろうな、きっと……。

 だがあの監獄よりは遥かにいい。これは承諾する方がお得だというものだ。俺は、浮足立っているのがなんとなくわかった。それでも構わない。やっと人間らしい生活ができるのだ。あとはシャワーとトイレがあれば完璧なんだが、どうやらそれはアロンと合同で使うしかないようだった。


「あの。シャワーとかトイレとかって」

「適当に使いなさい。今日は戦が終わってすぐにシャワーを浴びたから私はもう入らないし、入っていいわよ。トイレも同様に自由にどうぞ」


 本を読みはじめた彼女に、そっけない返事。多少戸惑いつつも、ありがたくシャワーを借りることにした。


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