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生贄になった俺のけしからん二週間  作者: 荒川 晶
第十話 フィナーレ
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フィナーレ その4

「それで、君を地球に戻すことなんだが。セイントを見てきた仲間によると、一回なら起動できるそうだ」

「一回……」

「ああ。だけど、元の時間、元の場所に戻すには、一人分のエネルギーしかない」


 それを聞いてアロンの顔が一瞬だけ歪んだのを俺は見逃さなかった。


「それっていつまでに、起動させないといけないんだ」


 俺は回答を緊張して待った。予感よ、外れてくれと祈った。だけど、現実は優しくない。神様なんかきっといないんじゃないかと、そう思う。


「今からだ。警察の手が入る前に起動させないと回収されてしまう。そうなったら、次いつ君を地球に返せるか分からない」

「今から……」

「ま、待って。だってお礼のパーティとか、これから私達がどうなるとか、彼には知る権利があるわ。それに怪我もしているし」


 アロンが慌てて口を挟むが、それがどれだけ無意味なことを言っているのか彼女にもわかったらしい。すぐに口を閉ざす。


「……全く猶予はないのか」


 俺は尋ねながら、アロンの握り締める左手をやんわりと右手で解いて、その手を握る。


「三十分ならなんとかごまかせると思う」

「わかった。最後に皆にお別れだけ言わせてくれ」


 俺がそういうと、リーネは頷き、警察のいる方へと歩いていく。同時に俺もアロンに向き直り、両手を握った。多分言えるのは今しかない。


「アロン、俺も好きだ。いつかきっと、また地球に来れた時は、会いに来てくれ」


 いつ来れるかなんて保証はない。保証はないけど、きっとそれでも俺はちゃんと待っていたい。例え俺が一人前の父親になっていたとしても、俺はアロンを待って、出会えたら、一緒に思い出話に花を咲かすくらいはしたい。


「本当に行くのね」


 表情に陰りをつける彼女。俺はそれを見て思いきり頭から抱きしめた。

 俺だって本音を言えば行きたくない。きっとここに住むという覚悟があれば、楽なんだ。だけどそうなったら? 例えいざ地球に同じ時刻、同じ場所に戻っても、成長した俺だけは元には戻せない。何もかも当たり前のように過ごしてきた地球での日々もきっと崩れていく。


「エマがさ……」

「え?」

「まあさっき気絶してたときに見た夢なんだけど……最後に、幸せになれって言ってきたんだ」

「うん……」

「都合のいい夢だったよ」


 幸せの定義なんて人それぞれだ。恐らく、俺にとっては、一番の幸せは地球で、アロンと住むことだけど。何もかもうまくいくなんて思っていない。こうなることは前々から覚悟はしてた。

 アロンを選ぶか。地球に戻るか。

 地球は俺の故郷だし、大切な家族もいる。俺の歩んできた人生も、全部地球においてある。選ぶしかなかった。恋に生きるなんて、大逸れたこと言えるほど俺は大人じゃない。幸せになるって言うのはこんなにも難しいことだったのか。

 俺が一人で黙って悶々と考えていると、アロンが俺の腕の中で顔をあげる。


「いつかきっと、地球と空球を行き来できる日が来るわ。そしたら、私は真っ先に勇人に会いに行く」


 凛とした、覚悟を決めた彼女の瞳は強かった。俺より断然強い瞳だ。

 俺はアロンから離れると、大きく一回息を吸った。


「よし」


 最後はちゃんと笑って別れる。そう決めた。俺はアロンの手を取って、皆の所へ向かった。







「帰るのか」


 事情を一通り説明すると、あゆむが腕を組んで、下唇を噛みしめた。ごめんな、と一言添えて、頭を撫でてやると、目を丸くして頬を染める。俺の初恋のやつにそっくりなんだからそういう表情は反則だ。

 そんなことを思っていると、ふとその後ろに鈴の姿が目に入る。鈴は相変わらず笑っているが、目は合わせてくれない。


「鈴、お前が最初に俺を迎え入れてくれたんだ。ありがとうな」


 こいつに助けられた部分はかなりある。鈴はそんなことちっともわかってないだろうけど。彼女は相変わらず目線を反らしているが、今にも泣き出さんばかりだった。


「また会おうな」

「っ……」


 鈴の目からぽろぽろと涙が零れた。泣くなよ。笑って別れるって決めたんだからさ。

 頭だけ抱えて、ぽんぽんと小さい背中を叩いてやると、嗚咽が漏れた。

 泣きじゃくる鈴から一旦離れると頭を撫でて、穴の開いたお守りを見せる。


「これ、ありがとうな。それと、穴開けちまって悪い……」

「い、いいんです。これで助かったんだから……いいんですよ」


 鈴はそう言ってお守りを手に取り、泣きながらもにこりと笑って俺の目を見た。


「ほら、まだお別れしないといけない人沢山いるんですから」


 そう言って彼女は俺の背中を押した。本当、最後の最後まで天使なんだから参る。

 押し出された先にはゆきなとベルがいた。


「短い間でしたけど、楽しかったです」


 そう言ったのはゆきなだ。相変わらずさっぱりしてるな。


「勇人君」


 ベルが俺と握手を求めてくる。この人の前だとどうしても萎縮してしまうが、彼女はおかまいなしだ。


「君のおかげで、色んな事が変わった。改めて礼を言わせてほしい。ありがとう。こんなに急でなかったら、宴の一つでもしたんだけどね」

「気持ちだけでも嬉しいです」

「それと、ね」


 彼女はしぃと口元に人差し指を当てて、俺の耳元でこそこそと何かを話す。


「えっ」

「しぃっ、内緒だよ。彼女には」

「あ、は、はい」


 俺はわたわたとして、頭を下げた。

 それから何人かの女子とも挨拶をして、その後に男子達にも挨拶に行く。


「俺は製造者達とエンジニアとしてやっていこうと思う。もしまた地球と空球を行き来できる時にはよろしくな」


 そう言ったのは和也で、俺の手を握ってくる。任せた、と俺も握り返す。

 リュカはというと、地球に着いたら病院で肋骨の治療を受けるようにとだけ指示した。こいつは医者としてやっていくのかな。

 そして、俺はシュタイナに目を向ける。


「心決めてくれてありがとうな」

「別にお前のためじゃない」


 そう言ってシュタイナは気まずそうにする。


「でも、信者達を連れて、貴族に立ち向かってくれたじゃないか」

「あれは……様子を見てただけだったんだよ。最初は加勢するつもりなんてなかった。だけど話を聞いてると、貴族達が全く反省してないことと、俺達を元の場所に戻そうとして、それで……」

「理由は何であれ、あの行動のおかげで全て変わったんだ」


 俺は笑って手を差し出すと、シュタイナも口端だけ上げて笑って、その手を握り返した。


「さあ、勇人君。そろそろ行かないと」


 そうこうしているうちに、リーネが警察と話し終えたのか、声をかけてくる。


「もう、か」

「ああ。セイントのある所までは仲間が車で送る。そうしたらぎりぎり間に合うだろう」

「車には他に誰が乗るんだ」

「私とエンジニア三人だよ。すまないが、ここにいる彼ら一人も乗せてあげられる余裕がない」


 それを聞いて、これが本当の最後の別れだとわかった。俺は振り向くと、アロンの手を握り締める。


「絶対に、絶対に、また会おう」

「勇人」


 彼女はそのまま俺の唇にキスを落とした。


「泣かないで。勇人」

「泣いてなんかない」


 そう言って唇を噛みしめる。どうしたって目から溢れ出てくる。言葉に信憑性がないのは一目瞭然だった。

 たった二週間だ。二週間なのに。

 俺はこいつらが――


 大好きだ。



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