セイント戦争 その3
「生贄の意味がわかった。もうこの状況が生贄なんだな」
男女に別れて戦争していて、しかも異性は憎むべき相手であり、そんな状況で一人俺がいる。これを生贄と呼ばずしてなんと呼ぶのだろうか。
「正解」
彼女はギャグなのか、無表情で手を叩く。それが俺をより一層絶望に追いやっていることを彼女は理解しているのだろうか。
「戦争の理由はなんなんだよ」
俺は絶望感を感じながらも、理性的であろうとした。わからないことだらけなのだ。今はテンパっている暇はない。
「言ったでしょう。セイントと言う絶対的存在があると」
「ああ、機械だろ」
「それが目的よ。私達はセイントの隠した鍵を見つけ出さないといけない。そして、この地底から脱出するの」
またツッコミどころ満載の返事をするアロン。いい加減にしてくれ。一つ質問する度に俺はどんどんと理解不能な状況に追いやられる。
機械が鍵を隠す? 鍵の取り合い? 地底からの脱出? そんなことのために人を殺し合ってきたのか。
俺はいい加減うんざりしてきた。こいつらの話に付き合っている気分ではなくなっている。気分を害したとかそんなレベルではない。数度こめかみをとんとんと指で叩いて、頭が痛くなってきた所に適度に刺激を与えてみる。頭痛はそんなことで良くならないことくらい知っている。だけど、何もしないではいられなかった。あまりにも馬鹿馬鹿しくなっていた。
「おかしいでしょう?」
アロンは言った。まさか、自覚しているなんて思ってもみなかったが、俺は「ああ」とだけ短く返事をする。それほどまでに頭痛が急激に酷くなってきていた。
今回はさすがにきつい。状況も状況だし、混乱が余計に頭痛を悪化させている気がする。眉間に皺を寄せて、俺はこめかみをぎゅっと押さえた。
「頭が痛いの?」
「ああ、そうだよ」
お前らのせいでな。と言えたらどんだけ楽か。やっとのことで、俺は口を開いた。目線の先には足元の床しかない。黒くて、薄汚れた床だ。
「おかしいと自覚をしているのに、なんで戦争をやめない? 巡っているものが同じなら、一緒に使えばいいじゃねえか」
正論なんだろう。わかっている。そんなうまくいく世の中じゃないことくらい。地球人だって戦争はする。巡っているものが一つであることで戦争が起きている例も少なくないはずだ。だけど、俺から言わせればたかが鍵だ。鍵一つのためにいくつの命が散って行ったんだ。
アロンも察していたのか、口ごもる。何も言えないようにするための正論でもあった。これでいい……はずだ。
ふと顔を上げてみる。ずきずきとした痛みの中で、目の前の画が心拍に合わせて揺れている。これは酷いな。と、笑いそうになるも、もっと酷くなる気がしたので必死に堪えた。
「悪いんだけど、頭いてぇから一人にさせてもらっていいか」
たまらなくなり、俺はそう呟いた。それを聞いたアロンが、何か言いたげにするも、何も発することなく、その場を去って行った。
しばらく横になり、どれほど経ったのだろうか。女が一人来て、昼飯だと言って、檻の隙間から料理を置いていく。結局食わなかった朝飯は、その女が持って行った。
俺は痛みの引いた頭を持ち上げ、料理に目をやる。散々男を殺してきているにも関わらず、俺を餓死させるつもりはないようで、内容はバランスの取れた物だった。
さすがに腹が減った。俺の最後の食事はあの客船だったんだ。
ようやく食欲が戻ってきたのか、俺は起きあがると食事を手に取った。味は合格。というか、寧ろ美味い。さすが女子しかいないだけある、とここは一つ褒めてやろう。
こんな状況でも腹が減る自分が凄いと思いながらも、人間の三大欲求だし仕方ないな、と思うことにした。
ちなみに人間の三大欲求は、食欲、睡眠欲、そして我らが性欲だ。彼女がいたことなんてないから満たされたことなんか一度もないがな。
自虐ネタは止めておくとして、俺は綺麗に食べ終わった皿をまた元の位置に戻す。すると、あのロリータな女の子、鈴がすっと横から現れた。俺は思わず「うお」と声をあげてしまう。
「良かった。今度は食べてくれたんですね」
鈴はにこりと笑うと、そのお皿を手に取った。
「今日の食事当番は私なんですよ。お味はどうでした?」
この殺伐とした生活の中で唯一の光に見えてくる。まるで友達かのように、鈴は俺に話しかけてくるのだ。
「ああ、美味しかった」
そう言うとまたにこりと、先程よりも嬉しそうに笑った。彼女の笑顔で、灰色がかっていた心が少し白に近づいた気がした。
「頭痛は大丈夫ですか」
「もう治った」
「そうですか」
彼女はどこからか椅子を引っ張ってくると、その簡易な丸椅子に座りこむ。
「何してんだ?」
「柵越しですが、暇つぶし相手になろうかと思いまして」
「どうせまたアロンの言いなりなんだろう」
「ひどいですね。これは自主的に行っているものですよ。アロン様は関係ありません」
鈴はぷくりと膨れた。ああ、なぜだろうか。心が洗われる。第一印象が良かったせいもあるだろうが、やはり鈴は優しい子に違いない。
それから俺と鈴はたわいもない話をした。特に鈴は地球とはどんな星なのかということを熱心に聞いてくる。そして、彼女は未だ地上と言うものを見たことがないことを話した。彼女らの世界が地底にあり、太陽の光を見たことがない者も多いようだ。太陽の光を感じたことがない人間が地球にはいるのだろうかと尋ねられた。定かではないが、殆どいないんではないかと答えると、目を輝かせて彼女は掌を叩く。
なんだか不思議と昔の妹を見ている気分だ。妹もこんな可愛い時期があったものだ。
どうでもいいことを考えつつも、俺はふいに、彼女の腰のベルトに目をやった。
「お前も戦うのか」
銃だ――
どうやらここの女子は全員が常に携帯して持っているようだった。鈴も例外ではなく、元気に「はい!」と答えられた日にはどうしようかと思った。
俺は心中複雑な気持ちでいっぱいになった。アロンも、鈴も、あのエマでさえ戦争に駆り出されているのだ。もっと言うと自主的に戦いに行っているのだ。それがさも当たり前の義務かのように。生きるために戦っていると言っても過言ではないのかもしれない。