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生贄になった俺のけしからん二週間  作者: 荒川 晶
第十話 フィナーレ
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フィナーレ その3





 白い世界だった。ここはどこだ?

 俺は辺りを見回した。上も下も分からない。足が地面に着いているという感覚もない。例えて言うなら、無重力か。まあ、無重力体験なんてしたことがないから、想像でしかないんだけどな。


 ふわふわと浮いている体を適当に腕を泳がせて、コントロールを保つ。辺りをキョロキョロと見回しているとふと、視野に色素の抜けた銀髪が目に入った。それは白いワンピースを着ている少女だ。

 一瞬幽霊かと思ったが、不思議と恐怖は感じない。それがなんなのか、理解するのに、そう時間はいらなかった。


 しばらくその後ろ姿をはるか頭上から眺めていると、その横に黒髪の、長身の男がゆらゆらと蜃気楼のように揺れながら現れた。顔ははっきりは見えないが、その白いワンピースの少女に笑いかけている姿を見て、彼女と彼が特別な何かであることを悟った。


 少女が男性と腕を組み、楽しげに笑っている。

 俺は声をかけるべきか悩んだ。彼女と彼を頭上から、ただふわふわと眺めている。そうこうしているうちに、二人がまたゆらゆらと揺れ始め、透けていく。

 俺は慌てた。考えがまとまらないうちに、俺はその少女に声をかけた。


「エマ!」


 透けていた姿は、瞬く間に先程のようにはっきりと輪郭を写し出した。俺の声に驚いたように、彼女は見上げ、俺の視線に気付いた。

 その瞬間に、俺は彼女と彼の目の前に立っていた。

 俺の前に立つ男性の顔はそれでもはっきりしてなかった。感覚的に、自分に似ている気もしたが、やはりぼんやりとしている。けれでも、少女の顔は見間違えることはない。


「エマ、なのか?」


 彼女は笑って頷いた。

 俺は目頭が熱くなるのを感じたが、下唇を噛みしめた。続きの言葉、ずっと言いたかった言葉を言わなければ、いけない。


「悪かった。本当に、悪かった」


 何もかも。

 謝った瞬間、俺は今夢を見ているんだと、何故だかそう理解した。俺が、エマに許されたかっただけの都合のいい夢。

 そう理解した刹那、俺は本当のクズだと感じた。もうエマはいないのに。自分だけ許されようとしている。エマが生前俺にどれだけ傷つけられたのか、俺が彼女にした仕打ちは、簡単に許されるものじゃないのに。


「勇人」


 不思議と耳からではなく、頭の中に直接響いてきたその声に、俯いていた首をもたげると、エマが笑いかけていた。


「いい? 許されることを、恐れてはダメなのよ」


 彼女が差し出す手を、俺は無意識に握り返していた。


「私は大丈夫。覚悟もして生きていた」


 彼女はもう片方の手を俺の手の甲に重ねる。


「だけど……エマ、お前だって、もしかしたら、外の世界へ出られたのかもしれない。それから長生きして、これからは戦争もせずに、幸せになれたのかもしれない」

「そうかもしれない。外の世界は、正直この目で見てみたかった」


 彼女は目を瞑り、まだ見たことのないその世界に思いを馳せているようにみえる。しばらくそうしていたが、彼女は口元に笑みを浮かべ、俺の目を優しく捕らえた。


「でもね、これから私が行く世界は、今まで見たことのない世界なんですって。私は生きている間に沢山の人を傷つけ、時には殺してきてしまったわ。だから、簡単に自由にはなれないらしいのだけれど、その世界で自分の罪を償っていけば、どこの世界よりも自由を手に入れられるらしいのよ。それに、こちらの世界には、彼もいる」


 そう放って、彼女は振り向くと、後ろで黙って立っていた、その男性に目を向ける。相変わらず、ぼんやりと、フィルターが一枚挟まっているかのように見える男だったが、微笑んでいることだけはわかった。直感的に、彼が彼女の想い人だとわかった。


「そろそろ行かないと」


 エマが俺の手を離すと、ゆっくりと後退する。


「ま、待ってくれ、エマ。俺は、これからどうしたら……都合のいい夢まで見て、俺は……」

「言ったはずよ。許されることを恐れてはダメと。自分を許して、勇人。私は誰も責めるつもりはない」


 彼女と彼の姿が後退するにつれて、輪郭が薄くなっていく。

 俺はエマを追おうと、足を踏み出したが、空気を踏みしめるよう空振る。必死になって、その姿を手で掴もうともがくが、コントロールができない。


「勇人、生きて、幸せになって」


 その言葉を最後に、彼女と彼は光に包まれた。









「……と! やと! 勇人!」


 何か俺の名前を呼ぶ声が聞こえる。

 俺は声に引き寄せらるようにうっすらと目を開けた。

 アロンの顔が目の前にあった。彼女が顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。


「……れ? 何で泣いてんだ?」


 俺がそう発すると、胸に痛みを感じ何度か咳をする。


「あんまり無理に話さない方がいいですよ」


 リュカがアロンの横から顔を出してそう発する。


「命拾いしましたね」


 彼がそう言って見せてくれたのは。


「鈴さんから借りたお守り、らしいですね」


 布が破れ、焦げていた。中には、金属製の板が入っていた。中身の正体はそれだったのか……。

 それを見て俺は何が起きたのか思い出す。

 そういや、貴族の奴にレーザー銃で撃たれたんだ。それで生きてるってことは……。


「ああ、そのお守りが守ってくれたのか……」

「ええ、衝撃で多少骨にひびは入っていると思いますが、生きてますよ」

「そっか……」


 俺は安堵し、再び目を瞑ろうとする。その様子を見ていたリュカはまだ手当する人がいるからとその場を去っていく。

 まだ手当をする奴……? あ。

 俺は瞑りかけた目を開け、本格的に覚醒した。


「戦い! どうなったんだ?!」

「ちょっと、あんまり動いちゃ……!」


 アロンが制するのを聞かずに俺は無理矢理上体を起こす。痛みが胸囲に走るがそれどころじゃない。

 辺りを見回すと、貴族達が一か所に集められ後ろ手に縛られており、警察と思しき制服を着た人達と、スーツを着た男達と、そして製造者達がその周りを取り囲んでいた。


「誰も死なずに、勝ったわよ。当然じゃない」


 アロンが涙を拭って、笑顔を作る。


「マジか。勝ったのか……」


 俺は深く長く息を吐いた。心底安心した。安心したせいなのか、今更手が震えてきた。


「ははは……」


 手が震えてくると、体まで震えてくる。そして気付けば目から何故かぽろぽろと涙が溢れ出てくる。


「情けな……」


 俺は感情のコントロールができなくなっていた。今になって一気に恐怖が押し寄せ、そして安心感が体中を包む。訳のわからない感情に、俺は嗚咽した。


「情けなくなんかないわ。立派だった。勝手に約束破って突っ込んでいったのは、許しがたいけど」


 アロンが俺の背中を撫でてくる。人の手の温かみで更に安心感が助長される。

 しばらくそうして泣いていた。こんなに泣いたのはいつ振りだろうかっていうくらい泣いた。

 気付くと泣きやむのが恥ずかしくなるくらいだった。きっと目なんか真っ赤だろう。


「なんか悪い」

「本当このまま泣きやまなかったらどうしようかと思ったわよ」


 アロンがそう言って、笑ってくる。その笑顔に幾分か恥ずかしさも吹っ飛んだ。腕で涙を拭くと、そうだ、と、ある事を思い出す。


「戦いが終わったら言おうとしてたことってなんだ?」

「えっ」


 その質問をするとみるみるうちにアロンの顔が赤くなっていく。


「なんだ今更告白か?」


 俺が笑ってそうからかう。ここで反撃があるのを待っていたのだが、彼女はなおも顔を赤くしたまま俯いて黙ってしまった。


「……たい」

「え?」


 俺はぼそりと呟いた声が聞こえずにもう一度聞き返す。そうすると彼女は、顔をあげて、きりっと眉を吊り上げて俺を睨む。


「だから! 好きだから、一緒にいたいって言ったのよ!」


 はっきりと言われて、俺もつられて顔が赤くなってしまった。そういやこういう耐性なかったんだった。忘れてた。俺、地球ではちゃんと告白されたことないんだった。


「あ、あー……俺もだよ」


 しどろもどろになって目線を外す。しかし視線を外して、ある事実が頭を過ぎる。


「でも……俺は地球人だ」

「……知ってる」

「もしかしたら帰れないかもしれないけど、帰れる日が来たら、俺は……きっと地球に帰ると思う。ずっとは一緒にいられない」

「……」


 事実だ。彼女達は空球人だし、地球に来てどうやって生きていくんだ。親もいなくて、十代の彼女が一人で生きていくなんて無理だし、俺だって実家暮らしだから一緒に住むことも叶わない。

 まあでも全部は、地球に戻れたらの話だ。

 落ち込む様子を見て俺はアロンの頭に手をやる。


「すぐ戻るなんて言ってないだろ。いつ帰れるか俺にもわからないし」

「その心配ならいらない」


 突然背後から声が聞こえて、俺とアロンは慌てて距離を取った。

 それから振り向くとリーネが佇んでいた。


「悪いね、お楽しみ中。立ち聞きするつもりはなかったんだけど。それについて君と話さないといけなくて」

「あ、いや。これは大丈夫」


 どこから見られてた? 俺とアロンは真っ赤になりながら立ち上がり、リーネと正対する。


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