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生贄になった俺のけしからん二週間  作者: 荒川 晶
第九話 交錯する想い
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交錯する想い その5






「……やと。……勇人! おい、勇人起きろ!」

「ん? ああ?」


 俺は眠気眼ねむけまなこをこすった。目の前にはあゆむが立っていた。


「あれ? えっと……」


 ぼんやりしていた頭を回転させはじめる。


「! セイントは?!」


「やっと目が覚めたか」


 俺が立ち上がると、あゆむがため息をつく。気付くと彼女の額には大量の汗が浮かんでいる。

 そしてその奥の暗闇の中で歓声が響いていた。


「もしかして」

「ああ、あったよ。長年捜し求めてた『鍵』だ」


 あゆむに腕を引かれる。彼女の逸る気持ちが伝わってきた。期待と不安と、そして喜びと。

 光が集まる場所へ移動すると、男女混じり抱き合って喜び、中には涙するものもいた。その中心には床に人が数人出入りできる程度の開かれた扉があった。セイントは、傍に転がり、もう誰の目にも映ってなかった。


「あったんだな……」

「そうよ、そして、その先に繋がるものがあるのも確認してきたわ」


 アロンが鈴や和也を連れて現れる。彼ら全員の額にも汗が滲んでいる。鈴や和也の目には、微かに涙も滲み出していた。


「本当にあった、これで無意味な命の奪い合いが終わる」


 和也は泣かずまいと下唇を噛み締める。


「泣くには早いわよ。まだこれから最後の戦いが残っているわ」


 凛と放つアロンだが、彼女もまた高揚しているのが感じ取れた。


「とにかく、扉の先に、動く機械があったわ。多分それでその先に移動できる」

「動く機械?」

「ええ、この人数はいっぺんに移動は無理ね。せいぜい三十人くらいかしら。今ベルを含めて数人の引退者が先発隊として様子を見てきてるわ」


 俺が寝ている間に、いつの間にか話は進んでいた。ベルのことだ。多分自ら立候補したのだろう。彼女は行動派だし、カリスマ性もある。きっと大丈夫だ。

 そう思っていると、アロンの右手に握られたトランシーバーに雑音が入った。


『アロン、聞こえるか?』


 その声に反応して、アロンもまたトランシーバーのマイクに口元を添える。


「はい、聞こえます。状況はどうですか」

『どうもこうもないな。そこは地下ではなく、空だったんだ。本当に驚きの連続だよ』


 ベルだ。彼女の声は抑えてはいるが明らかに興奮している。


「空……ですか?」

『とりあえず、製造者の子孫と思われる方々に会った。ひとまずは安全そうだ。順番にあの機械を使ってきてくれ』

「了解しました」


 それだけいうとぷつりと音が切れた。

 まさか製造者達が待っていたというのか。それに空って、どういうことだ。

 困惑する俺の隣にいたアロンが肘でトンと俺の腕に触れる。

 彼女と目が合った。

 そうだ。今は考えるより先に動くことだ。

 俺は扉の前にいくと、腹から声を出した。


「先発隊からの連絡が入った」


 その一言で視線が俺に集まる。泣いていた者も、感極まって歓喜していた者も、そして相変わらず不安を隠せない者も全員がこちらを向く。


「今から三十人ずつ、扉の先にある機械に乗っていく。皆一列に並んでくれ」


 それだけ放つと、しばらくざわついたあとに人々は列を成していく。

 鈴と和也に後は任せ、アロンと俺は先に下りることにした。あゆむとゆきな、リュカ、シュタイナ、デュナミスも一緒に乗り込むことにした。

 さあ、ここともお別れだ。

 俺が扉の前に立つと、暗くなった辺りを見渡す。

 そして不意にエマがいないことを思い出す。

 彼女の魂はまださ迷っているのだろうか。もう天にいるのだろうか。それとも俺達と来るのだろうか。

 エマだけじゃない。この世界で亡くなった者は皆、今どこにいるんだろう。


「勇人」


 名を呼ばれ我に帰る。床に開いた穴から、アロンが顔を覗かせている。


「貴方で最後よ」

「ああ」


 俺は息を吸い込み、扉の先に行く。梯子が設置されており、ニメートル程下る。そして俺は、動く機械が、なんなのか目にした。

 エレベーター? 球体で、ガラスに覆われ、床もガラス張りになっている。割れないか? ちょっと不安だぞ、これ。


「早くしなさいよ」


 皆が既に乗り込んでおり、俺は少しの恐怖感と共にそれに乗り込んだ。すると球体のガラスの扉は閉まり、動いてるのか動いてないのかわからないくらい滑らかに、下っていく。

 そして俺は気付いた。

 ガラス張りの天井を見上げると、黒くて大きな塊がどんどんと離れて行くのだ。


「これは……」


 アロンもそこにいた全員も上を向く。

 それから一瞬にして、球体の中は光に包まれた。同時にわぁっという歓声に包まれる。


「空だ……」


 あゆむも息を飲んでいた。あゆむだけじゃない。俺もアロンも、そこにいた全員が、球体の外に目を向ける。

 ガラス張りの外には一面の青い空だった。


「地球と同じ、空だ」


 そういえばあゆむは地球に度々偵察に行っていたと言っていた。でもここにいる全員が空を知ってるわけではない。それはアロンも同様だった。


「これが、空……」


 球体は相変わらず下っていく。時折雲の合間を抜け、青の中に浮かびあがる数本の遠くの黒い柱を見つめる。恐らく、あれが俺達のいた『地下』を支えていた柱だ。


「空だったのか」


 俺もぼそりと呟く。

 透明な筒の中を通り、俺達を乗せるガラスの球体はしばらく静まり返らなかった。


 いくつかの雲を抜けるとずっと下に、地上が目に入る。見るとビルや何かの通路のようなものが建ち並び、遠目には山々や海が見えてくる。見たことのある風景だ。そうだ。日本だ。ここはもう一つの日本なんだ。

 それから興奮が冷めることのないまま、球体は静かに止まる。地上に着いたんだ。

 そこは大きなドームのような所の真ん中だった。さしずめ東京ドームをガラス張りにした感じだ。扉が開くと俺達はわらわらと地上に足をつける。


「ベル、これは」


 アロンが口を開く。

 待機していた引退者達。そして、彼らの横にいるのは、セイントの中で見た製造者達だった。


「ここが本当の空球の日本だよ。アロン」


 ベルは落ち着きを取り戻しているらしく、歯を見せてにこりと笑った。



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