交錯する想い その4
和也が説明を始める。
「セイントをショートさせたことによって、今外は軽くパニックになっている。その事態を、隠れて待ってもらっていた引退者の先輩方に収めてもらってる。その隙に俺達はここにきた」
それに続くようにしてゆきなが口を開く。
「男子側の話によると、彼らもある程度統一してきたそうよ。一部を除いて」
「まさか……」
嫌な予感がした。昨夜無線で作戦会議をしていたときもだが、男子には男子の問題があった。
「そう。信者の説得がうまくいってない」
「申し訳ない……力不足で……」
和也はうなだれる。だが、聞いていた限りでは信者は六十人いるかいないかくらいだったはず。
「いや、そこまでやってくれたなら何とかなるかもしれない」
俺は立ち上がると、あゆむからライトを受け取る。
「行こう」
「ちょっと待て」
俺がセイントの中から出ていこうとすると、一言も話さなかったシュタイナが俺を呼び止めた。
シュタイナ、こいつは厄介な奴だと、鈴達から聞いている。現に、彼はセイントの信者だ。
俺は振り返り、何の感情も映さない瞳を見返した。
「俺はまだ、お前達の話を完全に信じたわけじゃない」
「……」
「仮にセイントのバックに貴族がいたとして、それでもそいつらが俺達を作って生み出してくれたことには変わりないんだ。お前達は、そんな俺達の気持ちも無視して話を進めてる」
シュタイナは話しながら俺の前にやってくる。背が高いせいなのか威圧感が半端じゃない。彼は眉間にシワを寄せた。
「だけど、俺達は生み出されたこの命で遊ばれている」
彼が奥歯を噛み締める音がした。両脇に下ろされた腕の先を見ると、握りこぶしを作って小刻みに震えている。それからシュタイナが俺の胸倉を掴んだ。
「貴族達は俺達の生みの親だ。わかってるのか?」
「……ああ」
「これは戦いだ。何かあればお前達はきっと殺る(やる)」
それだけ言ってシュタイナは手を離した。周りにいた皆も黙って聞いている。
「わかってんだ。終わらせなきゃいけないのは。でも、殺さないでほしい……お願いだ」
約束は、できなかった。この戦いが始まる前に立てた作戦のこともあるが、穏便に終わるなんて期待もしていない。
だけど、シュタイナや、恐らく他の信者達の、葛藤や困惑は感じた。こいつらもこいつらなりの理由があるんだ。ここの人間には、正式な親は存在しない。だからなのか。彼らの一部は、機械であるセイントを崇拝している。それはある意味、俺達地球人が生みの親を慕うことに似ているのかもしれない。
「……約束は無理だ」
「……っ」
俯いたままのシュタイナがまた握りこぶしを作った。
「だけど、俺だって誰かが死ぬのを見たくない。だから、努力はしたい」
「勇人!」
俺達の話を聞いていたあゆむが声をあげた。
「わかってるよ。でも努力くらいならいいだろ」
それだけ返すと俺は再びシュタイナに背を向け、セイントの外へと出ていく。
心なしか多少ざわつきは感じたが、大きなパニックにはならなかったようだ。引退者達がうまくやってくれたんだろう。
俺に続き、アロン達も出てくるのを確認すると皆が集まる場所へと移動する。
集合していた場所へ移動すると、手持ちのライトが多数見え、暗闇に浮かぶ星のようにも見えた。
俺達が戻ってきたのを残っていた皆が確認すると、また辺りはざわつきはじめる。
いくら前日に説明していたと言えど、彼らいわくかつて一度も停電なんてなかったらしく、不安になるのも無理はない。もしも、このままセイントの下に扉がなかったら、電源の供給がないから、生き埋め状態になるかもしれない。それくらいここの生活はセイントに生かされている場所だった。あの貴族の考えることだ。セイントを直しにくるなんてことはまずないだろうし。
とにかく今は、製造者達の言葉を信じるしかない。
俺達九人が前に立つと、辺りは静けさを取り戻す。
「セイントはショートさせた」
俺が一言放つと、どこからか、すんと鼻をすする音が聞こえた。
信者だろうか。暗闇なので確認することはできない。
「もう後戻りはできない。私達はセイントの下に眠るだろう扉を開けるしかない」
アロンが言うと続くようにして、和也も声をあげる。
「そのためには皆の協力が必要だ。助けてくれないか」
和也が言うと、脇にいた、どうやら男側の引退者らしき人々が、何十人もで見たこともないほど太い、それこそ人の胴回りほどあるロープをかかえてきた。事前に知らされていたにも関わらず、思わず俺もそれを見て、「すげ……」と呟いてしまったくらいだ。
元々このロープは、もしも鍵を見つけ外に出れたときにセイントも可能な限り運び出すためにつくられていたもののようだ。
「このロープをセイント上部にひっかける。それから皆で引っ張り、セイントを倒す」
卵形のセイントには皆無と言っていいほど装飾がない。だからロープで輪をつくり、セイントに通す。この重いロープで、だ。重労働だな。
俺がそんなことを思っていると、後ろからとんとんと肩を叩かれる。振り返ると、笑顔を向けてくる鈴だった。
「あ……」
そっか、もう触られても大丈夫なのか。
セイントの警報音は当然の如く鳴らずに、俺は一瞬どきりとした胸の音を抑えた。
「勇人さんは怪我人です。休んでいてください」
「いや、そんなわけにもいかねえだろ。一人でも多い方がいいはずだ」
そう俺が放つと、横からアロンが腕を組み口出ししてきた。
「怪我人が一人増えたくらいで何も変わらないわ。私達空球人の力見ていなさい」
その高圧的な態度に、俺は思わず吹き出してしまう。
「な、何笑ってるのよ」
「いや、懐かしいなってな」
「?」
「いや、なんでもねぇよ。わかった休んでる」
それだけ言うと俺は邪魔にならない位置に移動していく。
適当な場所を見つけると俺はそこに腰を下ろし、皆が動きはじめた様子を見ていた。
最初に会った時の頃とは違う、まだぎくしゃくとはしているが、男女で協力して事を成そうとしている。
何て言うんだっけ? 初めての共同作業? みたいな感じか。
自分で考えて自分で笑ってしまう。
ああ、本当に、うまくいけばいいのに。
アロンの高圧的な態度に笑ったのも会ったばかりの頃を思い出したからだ。あの時はこうなることなんて、微塵も予感していなかったんだ。
そんなことを考えていると俺はいつの間にか眠ってしまっていた。




