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生贄になった俺のけしからん二週間  作者: 荒川 晶
第九話 交錯する想い
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交錯する想い その3





『入れ』


 その言葉で我に返った。いつの間にかセイントの中に入るための扉が開かれていた。

 女子の生贄が先に入り、俺も口に溜まってきたつばをごくりと飲み込む。

 中は相変わらず以前と変わらず、空間の真ん中に横になる真っ白な台があるだけだ。


『二人とも横になれ。抵抗しなければすぐ終わる』


 それを聞いた俺ともう一人の生贄、デュナミスもその上に仰向けになる。扉に近い方に彼女が、そして奥の台に俺が。


『抵抗しないために枷をつけさせてもらう』


 台の中から銀色の金属のような板が出てきたかと思うと、板は自在に形を変え、俺と隣の彼女の手足首にフィットし、台に固定するようにしてその形を留めた。試しに動かそうとしてみたが、ぴくりとも動かなかった。


 それから壁の一部に穴が開いた。穴からは、一つの小さくて、そしてやはり白色の、丸いテーブルが出てくる。その上には試験管と綿棒。そのまま様子を見ているとテーブルは自律して俺達の寝ている台の間にやってくる。

 穴は開いたままだ。

 ここまでは前情報通りだった。

 さてここからだ。俺は心拍数の上昇を感じながら、何気ない顔を繕った。


『まずはデュナミス。お前の遺伝子を採取する。口を開けろ』

「はい」


 俺はデュナミスに目をやった。彼女が言われるがままに口を開けると、テーブルから白い筒状の、くねくねと自在に動くものが伸び、彼女の口内に綿棒を押し当て何度かさする。それからなんの不自由もなく試験管にそれを入れ、蓋をした。


『次は前島勇人。お前の番だ』


 テーブルから伸びていた腕がこちらに向けられる。


「……」


 俺は口を開けなかった。奥歯を噛み締め、唇に力を入れて、絶対に開けない態度を示す。


『開けないのか』

「……」

『抵抗するというのだな』


 俺はテーブルから伸びる腕を睨み続けた。

 と、その腕は一度テーブルの中に引っ込む。俺はただ黙ってそれを見ていた。

 ほんの数秒間沈黙が続いたかと思えば、テーブルから再び腕が出てくる。

 しかしその腕にはメスのような刃物が握られていた。

 来たな。

 俺は緊張と不安で冷や汗をかき始める。


『口を開けなければ、強行手段に出る。メスで皮膚を切り取らせてもらおう』

「……」


 想像しただけで気分が悪くなりそうだった。でも、ここで逃げ出すわけにはいかないんだ。


「な、何やってるのよ貴方。口を開けるだけでしょう」


 隣にいたデュナミスは青ざめ必死に俺を説得してくる。

 それでも口を閉ざし続ける俺を見て、セイントはせせら笑った。


『地球人とは愚かな生き物よ』


 そして俺の右腕の前腕の皮膚にメスをあてがった。


「っ……!」


 腕に激痛が走る。

 食いしばっていた唇が切れたのか口の中も鉄の味がする。

 メスが俺の皮膚を切り取るために横へと移動する。


「ふっ!? ……う、ぐっ……!」


 痛みで気が遠くなりそうだった。天井が歪んで見え、痛みで涙がにじんでくる。セイントは更にメスを動かそうとした……その刹那。


「ま、待って! セイント! それ以上やるなら私を外に出してからにして!」


 デュナミスが叫んだ。メスの動きは止まり、俺も薄らいでいる意識の中で彼女を横目で見やる。彼女は目を強くつむり、首を反対側に背けていた。


「無理。気持ち悪いもの本当無理なの」

『……そんなことで戦いができるのか』

「できるわよ。男は憎いし、殺すべき相手だわ。でもこういう拷問まがいな物は苦手なの。トラウマで血が苦手になってしまうかもしれない……。そしたらそれこそ戦えなくなるっ……!」

『……』


 テーブルの腕の動きは止まり、セイントは黙った。この沈黙は、貴族達が裏で会議でもしているのではないだろうか。

 少しして、メスは一旦引いた。


『よかろう。では行くが良い』


 外に出るための扉が開き、デュナミスの枷が外れた。


「ありがとう……」


 彼女はホッと安堵の表情を浮かべ上体を起こした。けれども、次の瞬間――


「デュナミス! 今だ!」

「任せてっ」


 彼女は体を翻すとメスを握る機械の腕を蹴りあげた。反動でメスが音を立てて床に転がる。


『なにっ!?』


 セイントが反応するよりも早く、彼女は落ちたメスを拾いあげ、開いていた穴へと駆けていく。


『しまっ……早く穴を塞ぐんだ!』

「そうはさせない!」


 彼女は塞がりかけた穴に向かって二、三歩踏み込むと、右腕を引いてメスをダーツのようにして放った。


 間に合えっ……!


 俺が心の中で唱えた瞬間に、部屋中に閃光が走った。そして一瞬にして辺りは暗くなり、同時に俺の枷も外れた。


「ま、間に合ったのか……」

「ええ、間に合ったわ」


 暗闇の中で俺は台に座り込み呟くと、それに対してデュナミスが返事をした。

 やった。やったんだ。

 俺は右腕の痛みに眉間にシワを寄せながらも、セイントをショートさせるための一連の芝居が終わったことにとにかく安心した。


「ありがとうな」

「いいえ、いいのよ。それに貴方の方が頑張っていたわ」

「正直なところ、まだかまだかと待ってたよ」


 苦笑して冗談を言ってみる。それくらい痛かったってことだ。

――デュナミスとは、男側の反乱軍を通じて既に打ち合わせをしていた。

 当初はメスを使う前に止めに入る予定だったが、あえて少しの間セイントのやりたいようにさせた。そうすることで、『奴ら』の楽しみを引き延ばし、より俺に気を引き付けることができるのでは、と考えたからだ。案の定、デュナミスの動きに反応が鈍くなっていた。


 そうこうしていると、扉の方から光が届く。懐中電灯を持ったアロン達だった。


「勇人、デュナミス、大丈夫!?」

「ああ、大丈夫だ。予定通り」


 アロンの後ろには鈴とあゆむとゆきな、そして更に男も三人ほどやってきた。


「デュナミス、大丈夫だったか」


 男の一人がデュナミスに話しかける。


「私は問題ないわ。それより彼の腕の手当てを」


 それを聞いた一人の男が前に出てきた。俺の腕の傷の傍に光を当てると軽く脱脂綿で消毒してから、そこに何かを注射した。


「いっ……つっ」

「少しだけ我慢してください。すぐ楽になります」


 確かに、痛みは一時的であとは何も感じなかった。麻酔だったようだ。

 彼はどうやら男側の医療班らしく、傷を洗い流し、あっという間に傷を縫合してしまった。


「傷口は綺麗だったからすぐ元に戻りますよ」

「ありがとう。えっ、と……」

「リュカです」

「リュカ、ありがとな」


 俺は背の低い金髪の彼に礼を言った。


「さあ、手当ても済んだことだし、次だな」

「そうね」


 見知らぬ男とアロンが頷き合う。それをみていい気分はしなかったが、今はそれどころではない。


「待ってくれ。誰が誰なのか教えてくれ」


 俺がそう放つと、デュナミスも小さく頷く。


「ああ、申し訳ない」


 おいてきぼりを食っている俺とデュナミスに気付き、アロンと目配せしていた男子が名乗る。黒髪の、眼鏡をかけたその男の目鼻はしっかりしていて、柔らかそうに笑っている瞳の奥には何か野心があるようにも見える。彼が向こうの反乱軍のリーダー和也だった。


 それから俺の傷の手当てをしてくれた金髪の小柄な彼は、青く丸い瞳をしていて一見すると女子のようにも見える。しかしその外見とは裏腹にとても寡黙で、必要なこと以外話そうとはしない。彼が医療班リーダーのリュカだ。


 最後に、一番後ろに立っていて一言もまだ発していない、背は一九○センチはあるだろう、細身の、それでいてウェーブのきいた茶髪の男は、静かな茶色の瞳を宿していた。彼のことは、鈴から紹介された。そう、現在の聖男子であり、昨年の生贄だ。名前はシュタイナ。


 アロン達もデュナミスに一通りの自己紹介を済ますと、やっと話の本題に戻る。俺とデュナミスは話を聞きながら、戦闘用の服に着替えた。


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