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生贄になった俺のけしからん二週間  作者: 荒川 晶
第九話 交錯する想い
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交錯する想い その2

 扉の外は、やはりというか、皆眠っているんだろう、静まり返っていた。俺は一番最初に縛られていた場所に向かった。

 その場所に着くと辺りを見回す。ここで全ては始まったんだ。俺の理不尽な生贄の生活が。まさかこんなことに巻き込まれるなんて、その時の俺は思ってもみなかった。

 ぼんやりしていると、微かに背後から気配を感じた。


「誰だ?」

「私です」


 振り返ると鈴だった。


「寝てなくていいのか?」

「お互い様ですよ」


 彼女はくすりと笑ってみせる。そして適当にその辺りに転がっていた椅子を二つ手に取ると一方を俺に差し出してきた。


「どうぞ」


 また鈴は微笑む。俺は椅子を受け取ると腰掛けた。


「早いものですね」


 彼女もまた姿勢を正して座ると、暗くて高い天井を見上げる。


「もうすぐですね」

「ああ、そうだな」

「怖いですか?」


 その質問に俺は答えられなかった。俺さえ頑張れば十中八九ここから出られる。逆を返せば脱出できるかは俺にかかっている。それをなんと表現すべきかわからなかった。

 怖いと言われれば怖いし、希望があるといればそうだ。


「ちょっとわかんねえな」


 苦笑いして言葉を濁すと彼女も笑って


「そうですか」


 と、返した。

 ふと鈴は何を思ったのか、彼女の首にかかっていた赤い紐を引っ張り出し、胸元から何かを取り出す。


「これを」

「? なんだこれ?」


 彼女が取り出したのは、青い布でできた小袋だ。模様は特になく、何も書かれていない。


「お守りです。セイントの中に持ち込むことはできませんが……」


 それを受け取ると中に何か入っているのか、微かに重さを感じる。


「何が入ってんだ?」

「私にもわかりません。頂き物で、中を見るには袋を壊さないといけないので……」


 確かに、見ると、いわゆるお守り袋にある口がなく、恐らくそのまま何かを縫い込んだのだろうということがわかる。


「地球には、こういったお守りがあると聞いた方が見よう見真似で作ってくれたんです」


 鈴はそう言うと一息置いて寂しそうな笑顔を浮かべる。


「……どうした?」

「いえ、ちょっと思い出してただけです」

「……もういないのか」

「はい」


 仲間の形見か。

 俺はその袋を見て、随分複雑な気持ちになった。一瞬、会ってみたいなと思ったからだ。これを作った人は、何を思いながら縫ったのだろう。それを聞くことは叶わない。


「あ、でもそんな大切なもの、貰えない」


 それをいうと彼女はふんわりと笑う。


「あげるわけではないですよ。貸すだけです。これから大変な仕事を任されるわけですから」


 それだけ言うと鈴は立ち上がった。一瞬遠くを見据え、そして俺と目を合わせる。


「さ、少しでいいので横になりましょう。体力つけておかないと」


 彼女の笑顔には人を救う何かがあるように感じた。つられて笑い、「そうだな」と返事をすると、立ち上がり、それぞれの部屋に戻った――








 男女が一同に会していた。いつも通りを装うために、引退者はまだ姿を現していない。セイントの信者達はどこか落ち着きがなさそうだった。

 かくいう俺自身も、さっきから心臓の音がなりやまない。うまくいかなければ、これからここを出ることに対する希望は失われる。何が何でもセイントをショートさせなければならない。俺にしかできない。重圧を感じないわけなかった。


『前島勇人、デュナミス、前へ』


 俺と男子領にいた生贄の女子が前に出る。お互い白い布キレを身に纏い、セイントのスキャンチェックを受ける。大きな機械が俺達の回りを何周かして、何か隠しもってないかを見ている。


『問題なし。では儀式に移る』


 俺と隣の彼女は、誘導されるがまま、以前俺が潜り込んだその扉の前までやってきた。

 ここからだ。俺は息を飲んだ。

 そして改めて、儀式が始まる前のことを思い出した。






「確認は以上です。他に何かありますか?」


 ゆきなが今日一日の作戦をおさらいした。


「大方それでいいんじゃないか?」


 俺は一から手順を思い出しながらそう発言した。他の皆も顔を見合わせ、こくりと頷く。

 だが一人だけ、腑に落ちない顔をしていた。


「貴族らに会ってからはどうする?」


 あゆむだった。彼女は腕を組みながら、地面を睨んでいる。


「それについては先程申し上げました」

「ああ、わかってるよ。『予想がしにくい。それぞれの出来うる限りを持って戦う』。だけどあまりにも雑じゃないか?」


 そう。俺達に懸念があるとすればそれだった。貴族達に会った後のことが全く予想できないのだ。力を使うべきか、頭を使うべきなのか、それとも易々と俺達に降伏するのか、考えたらきりがない。

 各々が思い悩む中、ゆきなが一つ息を吐く。


「ではこれはどうでしょうか」


 皆が静まり、彼女の案を待った。


「抵抗するようなら、殺す、と」


 えっ、と誰かの喉から驚きの声が漏れた。俺だって思わず言葉を飲み込んだ。


「それはやりすぎでは……」


 俺がそう放つとゆきなは表情を変えずに、俺を見据える。


「……やりすぎですか? 彼らが長年私達にしたことと大差ありませんよ。それに、それくらいの覚悟はとっくにあったのではないのですか」


 それを言われ押し黙ってしまった。俺が用意していたのは『死ぬ覚悟』のみ。誰かを『殺す覚悟』なんて全くなかった。

 人を殺す? この手で……?


「相手が降参すれば何もしない。だけど、私達の誰かを傷つけようとするなら、殺る覚悟は必要です。今ある作戦と言ったらそれくらいです」


 ゆきなは淡々と語る。あゆむも、腕組みをやめた。


「相手の出方次第ってわけか。じゃあせめて交渉を誰がするかだけでも決めておかないか」

「それは勿論私がするわ」


 あゆむの提案に、間髪入れず挙手したのはアロンだった。


「交渉なら私がする。だけど相手が卑怯な手を使わないとも限らない。だからいざというときは鈴に援護をお願いしたいの」

「任せてください」

「お、おい、待てよ」


 アロンと鈴が勝手に話しを進めていく中、俺は慌てた。


「危険すぎる。これから他の奴らを率いていかないといけないのに、トップがそう簡単に前に出ていいのか」

「そうは言ってもこれが一番得策よ」


 アロンが反対した俺に対して睨みをきかせてくる。口出しするなと言わんばかりだ。だけど俺もそれで引くわけにはいかない。


「俺にやらせてくれないか?」

「は?」


 今度はあゆむが口を開く。馬鹿にしたような目で笑っている。


「お前がか? 勇人」

「ああ、そうだ」

「わかってるのか? お前は地球人だ。あいつらにとったらただの宇宙人だぞ。私達以上にお前のことなんか人と見ないかもしれない」

「地球人だから、できることもあるさ」

「例えば?」

「例えば、空球人を馬鹿にする、とかな」

「またそれか」


 あゆむがわざとらしく大きなため息をついた。


「挑発してどうするんだよ」

「挑発は相手の理性を乱すことができる。わけのわからないことを言い出したらその隙をつく」

「だめよ」


 俺とあゆむの話を聞いていたアロンが横から口を出した。彼女の方をみやると眉間にシワを寄せ、不機嫌そうな表情を浮かべている。


「そんな挑発に乗るかわからないような相手に、貴方を任せられない」

「まぁ、俺はアロンみたいに頭がいいわけでもないけどよ……お前ら、仮にも女なんだし危険だ」

「仮とは失礼ね。でもダメよ。譲れないわ」


 それだけ言って彼女は俺に背を向け、皆の方に向き直り「決定ね」と放ちやがった。

 これはこいつの意地なのか? 何を考えてるのかわからん……。


「ふてくされてはダメですよ」


 その声の主が俺の横にきて笑って見上げてくる。


「鈴、別にふてくされてはいないけどよ」

「勇人さんは、大きな仕事があるんです。貴方だけに負担をかけたくないんですよ」

「そうなのかねぇ」


 そんなの気にしなくてもいいのにな、とは言えなかった。




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