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生贄になった俺のけしからん二週間  作者: 荒川 晶
第九話 交錯する想い
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交錯する想い その1


 目が覚めた。いや、正しくは、あまり寝付けなかったのだ。緊張なのか、それとも期待なのか。いずれにせよ興奮していることには変わりない。

 静かな暗闇の中、俺は辺りを見回しふと思った。

 窓のない生活にも随分と慣れたもんだな、と。

 明日が来るとしたら、ここの人間は外の世界を知っているのだろうか。窓辺から差す陽の光と共に朝起きれば、窓から見える空の色。今日は晴れだとか、雨だとかで気分が上がったり、下がったりするのだろうか。


 色々考えていたら更に頭が冴えて来てしまった。今から寝ても大して変わる気がしない。

 俺は最後になるだろうこの世界を見納めようと散歩にいくことにした。隣の部屋ではアロンが寝ているはず。ドアノブに手をかけ静かに扉を開ける。

 電灯は消され静まり返っている。俺は息さえも堪えて、外に続く扉の前まできた。そして、いざ扉を開けようとしたときだ。


「勇人?」


 落ち着いたその声が耳に届く。


「あー、わりぃ、起こしたか?」


 振り返れば、暗闇に慣れていた目はその姿を捕らえられた。彼女はベッドから下り、こちらへと目線を向けているのがぼんやりとわかる。


「ううん、眠れなかっただけ」


 彼女はこちらへと歩を進める。


「あ、見にくいよな。電気電気」


 俺は部屋のスイッチをつけようと壁に手を伸ばす。


「いいのよ、つけなくて」

「へ?」


 俺があほな声をあげた時には、彼女は俺の胸に額を寄せていた。


「ど……どうした?」


 彼女、アロンは何も言わない。

 俺の心臓の音聞かれてるのかな? それはそれで恥ずかしい。

 そんなどうでもいいことを思いつつ、目を泳がす。

 この場合どうすることがベストなのか。電気をつけるべきか。抱き寄せるべきか。話しかけるべきか。何もしないべきか。

 俺個人の意見を言うなら抱き寄せたいところだが。

 悶々と考えているとアロンが離れるのを感じた。


「アロン?」


 もう一度声をかけてみた。返事はない。俯いているようにも見える。俺は彼女の表情を確認しようと頬に手を添え、そっと顔を上げさせた。

 珍しく、彼女の視線が泳いだ。何を考えているのか、表情だけでは読み取れない。


「なんかあったのか?」


 気まずそうに彼女は顔を歪める。そしてしばらくして、やっと口を開けた。


「複雑、なの」

「複雑って何がだ」


 アロンはやっと目を合わせてくれた。


「色々と」

「それじゃあよくわかんねぇよ」


 俺がそう言うとアロンは俺の首に腕を回してきた。突然のことに何も反応できずにいると、そのまま彼女と唇を重ねる。触れるだけのものだった。それが数秒間続いた。

 彼女はまた離れると、気まずそうにする。


「混乱してるみたい」

「混乱?」

「貴方と、これ以上の関係になりたいと、そう考えてしまう自分がいる」


 それを聞いて平常心がぐらつく。驚きを隠しきれず俺は腕で口元を覆った。


「えっ、えっと」

「でもね」


 アロンは動揺する俺を知ってか知らずか、腕を掴む。


「本当にそれでいいのかって思ってしまう」


 アロンはゆっくりと言いずらそうにしながら言葉を紡ぐ。


「私も貴方もエマの気持ちは知っている」

「……ああ」

「死んでしまったら、それで終わりなのかしら……」


 これに名前をつけるとしたら、罪悪感。俺自身も自分に問い詰めないように意識していたそれを、アロンは口にする。


「エマだけじゃない。私が以前愛しく思いながら殺してしまったあの人も。そして戦争で死んでいった仲間にも。もしもこの戦いをやめることができて、私達に未来を見る夢や希望が与えられて、幸せになったら……その時は幸せになってもいいのかしら。喜ぶことを許されるのかしら」


 まるでこの戦争を終わらせてはいけないのではないかと、そうアロンに錯覚させる程の罪悪感。幸せになることへの抵抗感。

 アロンが俺に言わんとしてることは充分伝わってきていた。

 俺はただ黙って彼女の頭を撫でる。俺はこの世界にきて、二週間しか経っていない。俺の知らない悲しみや重圧を彼女達は知っている。簡単に幸せになってもいいんだよ、と言えるはずもない。

 現にこれから俺達がしようとしていることは、貴族達への復讐という名前の戦いだ。また誰かが死ぬかもしれない。その先にあるものが幸せなのかどうかもわからない。


「なぁ、これは俺の意見なんだけどさ……」


 俺は言葉を選びながら、なんとか続けようとした。


「綺麗ごとかもしれないけど、地球では自分や他人が幸せになるために生きてるんじゃないかって思えるんだ。まだガキの俺には根本的なことはわかってないかもしれないけど……仕事とか家庭とかって何かを助けたり、何かを守りたくて……勿論自分もできれば幸せになりたくて。そう思って生きてるんじゃないかって」


 うまいこと言葉にできなくて俺自身にイライラし、自らの頭をわしわしとかく。


「んーと、つまり、これから生まれてくるかもしれない奴らを戦争から守るために、俺達は戦うんじゃないか。自分らだけの幸せもだけど、この戦争を終わらせることで救われる命も沢山あるんじゃないかって……」


 ここまで言って自分の語彙力のなさにため息をつく。俺の言いたいことは伝わっているのだろうか。


「ふふ……」

「な、なんだよ」

「ううん、ありがとう」


 アロンは柔らかく笑った。

 彼女の掌が頬に触れる。温かくて、安心を覚える。


「セイント戦争を終わらせることができたら、貴方に言うことがあるわ」


 彼女は不敵に笑ってみせる。


「今言えばいいだろ」

「それじゃあ意味ないのよ。聞くためには生きて、勝つしかなくなるじゃない」


 だから、と彼女は息をついた。


「何があっても死なないで」


 俺はお互い様、とアロンの頭を撫でた。


「とりあえずもう少し寝てろ。朝になったら起こすから」


 アロンは頷くとベッドへと戻る。それを確認すると俺も部屋を出た。


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