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生贄になった俺のけしからん二週間  作者: 荒川 晶
第八話 ラストディナー
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ラストディナー その3



 ここか。部屋の入口はいたって他の者達と同じであった。ここまで来ておいてなんだが、ちょっと緊張してきた。

 俺は何度か深呼吸をしようと、息を吸い込んだ。が、人が心の準備をしている間に隣の少女は断りも入れずにコンコンとその扉をノックする。俺は思わずむせた。


「おい!」

「何よ?」

「人が深呼吸してるのに!」

「心構えが甘いのよ」

「なんだと?!」


 俺達が言い争っていると、扉がぎぎぎと音を立てて開く。思わず言葉を飲み込む。

 だが俺の心構えなんてそっちのけで、中からはくすくすと笑う声が聞こえてきた。


「あらあら、若い人たちが、お揃いで……。元気なのね」


 顔を覗かせたその人は、まだ六〇代には見えないような面立ちだった。皺が少ないとか、髪の色がまだそこまで白くないとか、そう言った見た目だけじゃない。その瞳がきらきらとしていることに一瞬でわかった。


「ベルさん、お久しぶりです」

「あら、アロンじゃないか。元気してた?」


 扉を全開にすると、ベルは腕を広げアロンを抱きしめる。

 なんかこう、懐かしい雰囲気を持っている。

 なんだろう、と俺が一人で突っ立ていると、ベルはアロンを離し、俺を見て腕を組んだ。


「ふん、この子が今の生贄かな?」

「あ。前島勇人って言います……」


 なんとなしにお辞儀をしてしまう。それを見てベルは声を出して笑った。


「知ってるよ。たった二週間で何回も警報を鳴らした張本人だろう? 今年の奴は元気がいいんだなって皆で話してたよ」


 それはそれで恥ずかしかった。なんか引退者達にはいらん誤解を生んでいるようだ。


「それで、どうしたんだい? 『現役者』が引退者の所に来るなんて」

「そのことで実はお話が……」


 アロンの真面目な表情を見て、ベルは何かを悟ったらしく、「とりあえず中に入んな」と俺達を部屋に入れてくれる。

 椅子に座らせられると、ベルはお菓子を出して、彼女自身も椅子に座る。


「さて、話を聞こうか?」


 アロンは起きた事を全て話した。俺が来てからのこと全部だ。

 ベルは時々頷きながら、黙って話を聞いてくれた。そして、全てを話し終わると、また腕を組んだ。


「なるほどね。それで明日のラストディナーには私達にも来てほしいと」

「はい」


 それだけ聞いて、彼女はにんまりと笑う。


「いいよ、皆に行くように伝えても」


 俺とアロンは「えっ」と思わず声をあげた。こんな二つ返事で事が済むなんて……。


「条件付きでね」


 ベルはウインクをした。

 ですよね。そう簡単に、一線を引いてる引退者を動かすなんて……。


「もし外の世界へ出れたら、私達も歓迎してくれるかい?」


 それを聞いて一番驚いていたのはどうやらアロンのようだった。目を丸くして、また声をあげて「え?」と返答していた。

 こんなアホ面見たことないな、と思っていたのがばれたのかわからないが、肘でどつかれたので何も思わない事にする。


「どういうことですか?」


 一度咳払いをして、アロンはベルに尋ねる。


「引退者って言ってもね、色々いるんだ。私のようにまだまだ現役でいけるんだって人も多いんだよ。勿論もう体を動かすのもやっとな人もいる。色んな想いが引退者の中には渦巻いている。それを理解してくれるかい?」


 アロンは口ごもった。そんなこと考えもしなかったらしい。


「私はね、引退者の名前と顔は絶対間違えないよ。彼女達は仲間だ。助け合っていかないといけない。そう思ってる。彼女達を動かすには、『理解すること』が大切なんだ」


 じっとアロンを見つめるベル。それを見ておれはハッとした。

 ああ、そうだ。わかった。この人は俺の母親に似てるんだ。俺の母親は口癖のように、言っていたことがあった。

 一人一人の感情、背景、色んな事を理解する。それが人とのコミュニケーションだ、と。今思うと友達の少ない俺を気遣っていたのかもしれない。度々聞かされるので覚えてしまったくらいだ。

 ベルはそれと同じような事を言っているんだ。それが彼女の支持率をあげているのかもしれない。


「具体的には……どうすれば」


 アロンが珍しく小さくなっている。そんな少女を見て、ベルはまた笑った。


「簡単なことだよ。私達を『引退者』扱いしないでほしい。皆と同じように、『一人の人間』として扱ってほしいんだ」


 引退者が現役者と一線を引いている理由がそこにあるのだという。自分達は引退者だから、と肩身の狭い思いをしてきたのだ。それが嫌で現役者と接する事を拒んできた。

 それがなくなれば、とベルは言う。


「実践してくれるっていうなら、アロン達にとって、素晴らしい秘密も教えてあげるよ」


 俺とアロンは疑問符を浮かべて、首を傾げた。





「こんなことってあるの?」


 アロンは早足になり、前を見据えながら呟いた。


「俺に聞くなよ」


 引退者達と全く接していなかった『現役者』。その姿が浮き彫りになった。


「こんなことなら……もっと皆一緒に色々考えるべきだった」


 そしたら何かが変わったかもしれない。


「まさか……」


 アロンは一旦口をつぐんだ。


「引退者だけで男女の同盟を結んでいたなんて……」


 そう、現役者にはありえないことを引退者達は行っていた。その証拠が彼女の手にあるのだ。

 先代の人が、作ったという旧式の『トランシーバー』。作りはいたってシンプルながらも、その長所は壊れにくさと、発達したセイントの機械に妨害を受けない点にあった。


 きっかけは簡単だった。トランシーバーを地球で目にした元偵察隊が、引退後に時間ができてから自分達の手で改良し、作ってみたのだ。つけてみたら勿論誰とも繋がる事はなかった。だがそれから何年も経ち、再び別の者がそれを手にすると、繋がるはずのないそこで、返事があった。それが、男子領の引退者達だったのだ。


 こんな偶然あるわけないと、誰もがそう思った。でもそれは偶然でも何でもなかったのだ。当時地球上の日本ではトランシーバーが流行しており、子供のおもちゃにもなっていた時代があった。それとほぼ同時期に偵察隊が男女からそれぞれ地球に出向いていた。『無線機器』を知らない彼らが興味を示すまで時間はかからなかった。


――この世界ではセイントによって科学は維持されている。だが、セイントの知識がなければ彼らは蚊帳の中の人間。一歩違えるとそれは現在の地球人と知識は同等かそれ以下であった。


 アロン達へセイントが配布していた連絡手段は、もっと発達したものだった。しかしそれを使うには、お互いに知り得る者である必要があった。トランシーバーのように誰と繋がるか分からないようなものはアロンも当然見たことがなかった。


『何代もの引退した聖女子達が時間をかけて作った同盟だよ。これを使わない手はないんじゃないかな』


 ベルはそうウインクしてアロンにトランシーバーを手渡した。

 ずっしりとした四角いそれを彼女は握り締める。


「これがあれば、状況が大きく変わる」


 鈴達の部屋へ向かいながら、アロンの口元にはわずかに笑みが浮かんでいた。

 そう。これがあれば男子領とも話しがつくのだ。特に今最も連絡を取りたいのは男子領の『反乱軍』。

 既にベルの方から、男子側には話しがついている。もう彼らの手の中に、それはあるはずだ。


「みんな、聞いて」


 部屋に戻るや否や、アロンはベルと話した内容を全て話した――



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