ラストディナー その2
「あら、鈴」
アロンは扉の脇から姿を現した彼女を見るや否や、立ち上がって紅茶を注ぎ始める。
早いな、行動が。
「どうしたの?」
「今日と明日の二日のことで、アロン様に相談と提案をしようと思い伺いました」
鈴が後ろを振り向くと、そこにはゆきなとあゆむも立っていた。
来た、作戦の参謀だ。
アロンは更に余分に二杯の紅茶を注ぐと、俺に隣に来るように促し、それからテーブルの向かいに三つのコップを並べる。
部屋に入ってきた三人は向かいのソファに座ると、俺とアロンを交互に見比べ、何やらくすくす笑った。
「本当に仲良くなりましたね」
鈴でさえもからかうような事を言う。だがアロンは表情を一切変えず、「そう?」とだけ返した。
やめろ、余計に変な空気になる。
「それで、相談と提案というのは?」
アロンが尋ねるとゆきなが身を乗り出し、何やら書きこまれた紙を提示する。
変な空気が変わった。良かった。
「アロン様、この二日でやらねばならないこと、それは真の敵が誰かを皆に伝えることです。そして女子の皆の力を借りることです。そうすることで本儀式当日に、男子側にもプレッシャーを与えます。より多くの男子に私達のしようとしていることに賛同してもらう必要があります」
「ええ、それは私も思ってたわ」
アロンは頷く。ゆきなは紙にかかれた物を指さして続けた。
「現在、女子領には五八三人の女子がいます。信者はざっとしか分かりませんが、恐らく五〇人弱。反乱軍は今日現在で八四人」
そして、と彼女は付け足す。
「引退者は一〇八人」
俺は初めて聞いた単語に「引退者?」とオウム返しした。
「六〇歳以上の、もう戦わない人達のことよ。現役で戦う私達とは一線があるわ。ラストディナーって言ったわよね。引退者は来ない可能性も高いのよ」
アロンは俺の疑問に答えると、ふうとため息を吐き、そっかその問題も……とぼやいた。
「ラストディナーの説明は聞かれているんですね。そうです。ラストディナーには全員に参加してもらい、全てを伝える必要があるんです。まず参加しない可能性が高い『引退者』の参加の促しと、説得が難しいだろう『信者』達の二つが問題になると考えました」
アロンは珍しく腕を組み、下唇を噛みしめていた。本気でどうするか悩んでいるようだった。
「アロン様はどうお考えですか」
ゆきなはアロンの目を見て、返答を待った。アロンはしばらく考え込むと、腕組みをやめ、信者達の人数が書かれた物を指さす。
「この五〇人の説得。これは鈴が適役だと思うの」
「そうですね。それは私も考えてました」
アロンの答えにゆきなも頷き、鈴自身も静かにこくりと首を下に振る。
「ちょ、どういうことだ?」
唯一話しについていけてないであろう俺は話しを遮って疑問符を頭に浮かべる。何故鈴なんだ?
その質問に答えたのはあゆむであった。彼女は口を開くと、そんなこともわからんのかと俺を罵ってくる。
「鈴さんはな、反乱軍を抑制するリーダーだったんだ。この意味わかるか?」
「……悪い」
俺は首を横に振る。それが何と関係してくるというんだ?
全く、とあゆむはため息をあからさまに吐いた。
「いいか、反乱軍抑制には多くの信者がいたんだ。その理由はわかるだろう」
「あ……そうか」
俺はそれだけ聞いてやっと把握する。セイントの信者ということは、セイントを潰そうとする反乱軍に敵対するはずなんだ。ということは、信者は必然と、鈴の率いていた抑制団体に参加する。この中で最も信者達に信頼されているのは鈴と言う事になる。
「やっとわかったか」
あゆむは苦笑いを浮かべた。
ゆきなは俺が理解した事を見届け、鈴へと向き直る。
「信者全員、とまではいかなくてもいいのです。ある程度までこちら側に賛同してもらえたら」
「わかりました。やってみます」
これでとりあえずは一つの問題はいいとしよう。じゃあ今度は『引退者』だな。
どうするつもりなんだろうと、その場全員を見ていたが、一向に答えが出る気配はなかった。
ふと俺にはアイデアが浮かぶ。しかし激論してるぞ。口挟んでいいのか?
その目線に気付いたのか、あゆむが「どうした?」と助け船を出してくれる。ほっと一安心すると、俺は口を開いた。
「あのさ……引退者の中にも聖女子はいたんだろ?」
「ああ、そりゃ勿論」
「その中でも特にリーダー格だった聖女子っていないのか?」
まだ若い女子達は顔を見合わす。そうか世代が違いすぎたか。俺は苦虫を噛み砕いた気分になった。
だが、アロンがにこりと笑った。
「一人知ってるわ」
「本当か?!」
「ええ。勇人がこの世界に来る前に歴代の聖女子が集まる会議があったの。生贄がいないなんて前代未聞だったからね。以前の聖女子達の知恵を借りようと思って、いるだけ招集をかけたことがあったわ」
そこで引退者も参加するように促した。中には参加しなかった者もいたらしいが、その生きた知識を提供しようと殆どの旧聖女子達がそこに集ったという。
「その時引退者の聖女子達から一目置かれている人がいたわ。どうやら引退者をまとめあげているのはその人のようだった。その人の名前は、ベル。今は六三歳だったはず」
アロンは「ちょっと待ってて」と、一度席を離れると、手に丸めた紙を持ってすぐに戻ってきた。以前、エマに見せてもらった歴代の聖女子が載っている紙だ。
「この人よ」
指をさす。まだ若い時の写真なので今はどうなっているかわからないが、なんとなく想像はできる。茶髪がかった髪をひとつにまとめあげ、きりっとした瞳。肌はこの世界にはわりと珍しく黒かった。
「ベルさんとは何度か話したわ。すごく感じのいい人だった」
よし、と俺は頷く。
「それで、それを知ってどうするの?」
アロンが足を組んだ。スカートからちらりと見える太股に一瞬気を取られるも、殺されかねないのですぐに思考を元に戻す。
「えっとだな……、その聖女子の力を借りるんだ。なんとか説得してもらって……」
「やっぱりそうなるのね。でもね、簡単にはいかないわよ。いくらいい人と言っても芯は強そうだった」
それを聞いて俺はにやりと笑った。
「芯が通ってる奴ほど曲がった事は嫌いだと思うぞ。まずベルに真実を伝えるんだ」
「そう簡単に行くかしら」
不安そうにアロンはぼやく。
しかしこれ以上の策が出てこない。
決行することにした。
鈴は珍しく気合いを入れていた。どうするつもりなんだろうか。
そんな彼女を横目に、俺とアロンはベルの住む部屋へと向かった。




