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生贄になった俺のけしからん二週間  作者: 荒川 晶
第八話 ラストディナー
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ラストディナー その1


 昨日の疲れはまだ残っているのか体が重たい。腕をぐるぐる回したり、ストレッチをするも、いまいちスッキリしない。まあ、こんなことでスッキリするならリラクゼーションなんてものが地球上で流行っているわけがないんだよな。


 ソファの上で背もたれに背を預け、宙を見た。まるで昨日の事が全て夢のようにも感じる。夢だったら、色々やり直したいところなんだがな……。

一瞬エマのことがよぎり、もう今日から彼女に会えない事を思うとまた頭が空っぽになりそうな気がした。


 いかんいかん。


 ぶんぶんと頭を振る。こんなんじゃいけない。今は、とにかく前に進むしかないんだ。進まないといけないんだ。

 だが進むと言っても具体的にこれからどうする?

 ない頭をひねっても、答えは見つからない。参謀のゆきなならどうしただろうか。

 本儀式まで今日を含めて残された猶予は二日。あと二日で何をしたらいいのだろう。


「相談すっか……」


 一人で悶々と考えた所で意味がない事がわかってそう呟いた。

 俺は重い腰を上げると、まだ眠っている彼女の所へと向かった。


「おい、アロン。起きろ。そろそろ昼時だぞ」


 俺が声をかけるとある程度覚醒していたのか、彼女は寝返りを打ちうっすらと目を開けてこちらを臨んでくる。


「……おはよう」

「ああ、おはよう」


 彼女は体を起こすと、目を何度かこすって、ぼうっと宙を見つめる。まだ寝ぼけているようだ。


「どうしたの?」


 寝ぼけながらも、俺が何か言いたげな事に気付いたのか、アロンは尋ねてくる。


「後で話すよ。とりあえず顔洗ってこいよ」

「ええ、そうするわ」


 彼女がベッドから足を下ろす。だが足がもつれて、バランスを崩した。


「あっぶね」


 彼女を間一髪のところで支えた。相変わらずその体は軽かった。


「まだ疲れ取れないか?」

「……ええ。ごめんなさい。ありがとう」


 大丈夫だから、と彼女は離れる。そういやこいつもまだ病み上がりなんだ。俺でさえ疲労してるんだ。疲れが残っていてもおかしくはない。

 アロンは、今度はスタスタと歩き、洗面所へと向かった。その間俺はアロンのために紅茶を入れて用意しておく。


 洗面所で水の音が止まり、しばらく無音が続いた。

 長いな……。

 そんなことを思いながらも待つ事数分。

 着替えていたのか身支度をきっちりさせてそこから出てきた。女の朝は長いというが、化粧をしてないこいつでさえこれだけかかる。化粧し始めたら朝の支度にどんだけ時間かかるんだ……。


「待たせて悪かったわ。それで、話しって?」


 いくらか冷えた紅茶を見て、彼女は自分でそこに新たに温かい紅茶を注ぎ足す。それを見てなんだかほんの少しだけど空しくなった。


「え、ああ。えっとな」


 アロンに質問され、俺は我に返ると朝から考えていたことを話す。彼女も頷きながら紅茶を口にして、黙りこくる。一口、二口と紅茶に口をつけ、カップをテーブルの上に置いた。


「それは、私も考えてたわ。まだやるべきことが残っていると思って」


 ああ、そうなんだ。俺達にはまだやるべきことがある。うっすらとわかってはいるんだが、はたしてそれが実現可能なのかどうか、俺は悩んでいた。


「女子の反乱軍にしか情報を与えてないだろ? 俺はそれが気掛かりなんだ」

「ええ。私も同意見よ」


 そう。あれはまだ反乱軍にしか伝わってない。もしかしたら噂として出回っているかもしれないが、そんなんじゃダメなんだ。少なくとも、本儀式までにこの事を女子領にいる人間全員に知ってもらいたい。けれども、五百人はいる。いや、もっとか? いずれにせよ、一同を集めて説明する必要がある。


 セイントを止める方法まではわかった。問題はその後なのだ。

『本当の敵』である貴族を破るには、俺達が一致団結する必要がある。男女全員が同じ方向を向く必要があるんだ。それには本儀式までに少なくとも、浮き彫りになった『新たな対局』を一つにする必要がある。簡単なことではない。そんな簡単に行くなら地球人だってとっくに戦争をやめてるはずなんだ。


 けれど唯一彼らの心に訴える術はある。俺達は被害者だという意識を植え込み、敵を一致させるんだ。


 何が言いたいかと言うと、例えば――すごく極端な例だが――地球なら宇宙人が攻め込んできたとき、国間の争いをやめて宇宙人という同じ敵を持つことになるだろう。それは『地球人として』、宇宙人と戦うんだ。同じ敵を持つことで、争いは別の争いに変えることができる。


 だから今回も敵を一致させるんだ。俺達は外の世界の貴族達に、娯楽の対象にされていた。この事実はきっと誰もがはらわた煮えかえるだろう。それを逆手にとるしかない。共通する敵をその貴族にする。実際そうしなきゃいけないと思う。


「だけどそんな沢山の人数をすぐ集める事なんて可能なのか」


 それにだ、一番厄介なのは、恐らくセイントの信者達だ。そのうち何人かが反乱軍に入っただけで、まだまだ信者はいるであろう。

 俺はまた一人で悩み始める。俺の悪い癖だ。信頼できる奴らがいるってのに俺はすぐに一人で考え込んじまう。

 その様子を悟ったのか、アロンは俺の頭を一回軽く小突いてきた。


「いてっ」

「悩むなら一緒に悩みましょう」


 ああ、俺は。全く本当どうしようもない。

 苦笑して、「そうだな」と返す。

 やめよう。一人で考え込むのは。俺は頭で考えていたことを口にした。すると思いがけない返事がアロンの口から出てくる。


「全員が一か所に集まる日はあるわよ?」


 なんだって? そんなこと初めて聞いたぞ。


「本儀式の前日……つまり明日ね。その日にこの女子領のほぼ全員が集まるわ。『ラストディナー』と呼ばれているの。意味は、そのまま最後の晩餐。現時点での面子めんつで食べる最後の食事という意味よ」


 そうか、翌日には一人、生贄だった奴が聖女子となって戻ってくるんだ。それだけじゃない。本儀式はいわゆる新たな人間を作り出す最初の日。なるほどな。だからラストディナーか。


「でも全員が集まっても、説得するのが難しいわ。そこが一番の問題よ」

「特に、信者だな……」


 そこまで言って、トントンと扉がノックされた。アロンは悩んで机と睨めっこしていた顔をあげて返事をする。


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