みんなと その2
鈴の部屋に向かうと、そこにはあゆむたちや、反乱軍の幹部がすでに集っていた。部屋に入ると全員が俺の方に視線を集めてくる。
「戻ってきたか」
あゆむが俺に声をかけてくる。
「もう戻ってこないと思いましたわ」
ゆきなも俺の目を見てにっこりと微笑みかけてくる。
鈴はというと、俺の前まで来ると深々とお辞儀をした。
「私は今日を持って反乱軍抑制をやめることにしました。そして私も反乱軍に入らせていただきました。どうぞよろしくお願いします」
もう何も驚くまい。エマが死んで、それから何が起きてもおかしくなかったんだ。ここにいる皆が、敵を一致させている。あんな悲しみをもう二度と引き起こさないためにも、破るんだ。セイントを。
本儀式が行われるまで、残すは二日と少し。俺はセイントの中で聞いてきた情報を皆に伝えることにした。それはここにいる皆にとっても驚愕の内容だった。
空球という惑星があることには間違いはなかった。だが、俺達がいるこの世界はまだほんの一部にすぎない。というのも、この世界は、人間の手によって作られた世界なのだ。俺達が知らない『外の世界』が存在するという。
ここまでは皆もすんなり理解できたようだった。何せこの『地下』から抜け出るために戦っていたのだ。外の世界があることを信じて戦っていたのだから、あって当然だという表情だ。
その外の世界にいる人間こそが、セイントと俺達の今いる場所を作ったのだ。だがセイントを製造した者達と、今セイントを動かしている者達は別者だというのだ。
「セイントに俺が『何がくだらないんだ』と尋ねたのを覚えてるか? そのあとに奴が言った言葉に疑問を持たなかったか? あいつは『くだらないものはくだらない。我らのような高貴な者でもないくせに』と、そう返してきたんだ」
「あ、その台詞には違和感を覚えました」
ゆきなが小さく手を挙げそう発した。
「そう。まずあいつは『我ら』と言った。一人じゃないんだ。セイントは、『一人じゃない』。そして、『高貴な者』という発言。これはあいつらが『貴族』であることの証なんだ」
「どういうことなの?」
アロンは眉をひそめて、いぶかしげな表情を浮かべる。
「そのままの意味だ。セイントを操っている者達は、『外の世界』にいる、貴族達。そして俺達は殺し合いをすることで、そいつらを楽しませる、いわゆる『娯楽』なんだ」
ざわっと、空気がざわめいた。そりゃそうだ。俺も最初にこの事を聞いた時は自分の耳を疑った。
「俺はセイントの中に入った時に、セイントの製造者達……の子孫に会った。いや、会ったって言うのは語弊があるけど……。とにかくだ。製造者達は貴族達にセイントを奪われたんだ。元々は、こんなことのために作られたものじゃなかったらしい。ちょっと俺には詳しくはわからないけど、科学の発展のために作った、って言ってた」
そして、製造者達――の子孫――は、貴族にセイントを奪われた後、どうやらハッキングすることで、様子を伺っていたようだった。貴族達は機械には疎い。そこを逆手に取った。だがハッキングして様子を伺うまでは良いとしても、その先、貴族達の目を盗んで、機械の内部に入り込み、誰かしらにこの事実を伝えるのは大きなリスクがあった。勘付かれればそこでアウトだ。いくら機械に疎い貴族達でも金の力で何かしら手を打ってくるだろう。だから俺があの中に入ってくるまで、ずっと機会を伺っていたというのだ。
「そしてここからだ。一番重要な事だ」
本儀式の日、セイントを壊すチャンスが訪れる。まあ壊すと言ってもショートさせるだけらしい。しかし、このショートがでかい。セイントを『知的生命体様の機械』からただの『物』にすることが可能なのだ。
「セイントの電源を切った後に、俺達はセイントを退ける必要が出てくる。セイントの下に、外の世界へと繋がる扉があるって、製造者達は言ってた」
「扉だって?」
あゆむがまさかといった表情で俺の顔を臨む。この世界の地盤は、爆発でも簡単に崩れないくらいに強固にできている。だが唯一、その扉だけが外と中を繋ぐ懸け橋になっている。
女子も男子も、必死になって探していた『鍵』というのは実はこの『扉そのもの』のことだったのだ。誰にも見つけることのできない場所。そうセイントの下にあるもの。
鍵が本儀式ごとに移動するっていう『嘘の情報』や、鍵が見つからないってことは、全てセイントの思惑通りだったのだ。あいつらは、俺達が右往左往しながら、決して見つからない鍵を探す姿をみてせせら笑っていたに違いない。
「鍵なんて、なかったのか……」
あのあゆむでさえも肩を落とした。これが普通の反応だ。
外へ出るための鍵に命をかけていたんだ。それがないと聞かされれば、こうなるのも無理はない。
皆が各々落ち込む中、一人の少女はずっと顎に手を添えて何やら考えていた。
「でも待って。ショートさせる……つまり、セイントを壊すことができたら、勇人、貴方は……」
アロンが不安そうに俺の顔を覗き見る。気付かれたかと、思わず苦笑してしまった。あの機械は転送装置でもあり、唯一無二の、俺を元の世界に戻すための機械なのだ。そう俺は、元の世界、つまり地球に戻る方法がなくなるのだ。
「これは俺にしかできない。ショートさせるには内部から、つまり遺伝子を提供する時でしかこの方法は使えない」
しん……と、静寂がこの部屋を包み込んだ。
こればかりは俺も相当悩んだ。帰れなくなるなんて本末転倒もいいところだ。けれどそれを実行に移そうと心に決めたのは、エマの死だった。こんな苦しくて、悲しい想いをもうここの奴らにさせるわけにはいかない。
「はは、皆さ、そんな顔するな。外の世界へ行けば、俺らが知らない世界が広がってるって話し方だった。製造者達も外の世界にいる。望みだってまだゼロじゃないんだ」
「でも……それでも、もしセイント以外に転送装置がなかったらどうするんです? セイントを直せなかったら? 地球に戻れなかったら?」
鈴が声色を曇らせる。こんな鈴も珍しいな、と俺はそんなことを思った。皆も一様にして黙ってしまう。
そいつらの顔を見て、俺はケタケタと笑った。
「そうなったら、こっちの世界で暮らすさ。一回できた技術なんだ。またできる可能性はゼロじゃない。それにな……」
俺はにかりと笑ってアロンの方を向いた。
「こいつといるのも悪くねえって思えるんだ」
「なっ……」
人前でなんてことを言うの、とアロンは赤面して俺を一回どついた。いってえと言いながらも、アロンが可愛くて仕方なかった。
「そういうのは全てが無事に終わってからにしてくんないかな」
あゆむは俺のことをジト目で見てくる。ははは、と辺りが和んだ。
そう、これでいいんだ。こんなことで笑える日を、もっと増やしていけばいい。そのためには、『この世界』を、終わらせないといけない。
「談笑中悪いのだけれども、具体的にショートさせるってどうするのでしょう?」
ずっと黙って考え込むように話を聞いていたゆきなが、口を開いた。恐らく俺の話を聞きながらも、作戦を考えていたのだろう。
「そこなんだ。製造者達が言うのは金属のものを、ある所に投げ込めばいいって言ってたんだ」
「でも本儀式の時に身に着けられるものは、白い布一枚」
ゆきなは眉間に指を当てて、目をつむる。困った、と小さく呟いた。
「ヘアピン一本でもダメなのか? そんなもんでもいいって製造者達が……」
「ダメね」
今度はアロンが隣から言ってくる。しかし彼女の目は希望に満ちたものだった。
「一か八か、案があるの」




