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生贄になった俺のけしからん二週間  作者: 荒川 晶
第七話 みんなと
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みんなと その1


俺はうつ伏せになって、枕を抱え込んでいた。

お咎めはなし。さも、楽しそうに俺にそうセイントは言った。

 人が一人死んだところで、あれはセイントにとって娯楽でしかないんだ。

俺は寝返りをうつと、天井に手を掲げる。この手の中で、エマは死んでいった。未だにエマのぬくもりが残っている。


 あれからエマを火葬した。立ちこめる煙の中で、すすり泣く声が聞こえた。どれほど彼女が慕われていたのか、改めて実感した。


 これから俺はどうしたらいいんだろう。

 命を犠牲にしてまで、俺はセイントから情報を手に入れる必要があったのだろうか。確かに情報は充分過ぎるほど重要なものだ。だけど、それとエマの命を引き換えにした。


『間違えるな勇人。悪いのは、勇人でもなく、アロン様でも、鈴さんでも、私達でもないんだ。忘れるな。本当の敵を』


 火葬の後、そう去り際に放った、あゆむの言葉が耳に残っている。


「俺は、どうしたらいいんだ……」


 部屋の中で、ただ一人、声に出して呟いてみる。掲げていた掌を握りしめ、そのまま腕で目元を覆った。もう涙は出ない。出ないけど、ずっと気持ちは重い。

 頭の中が空っぽになっていた。考える、ということを放棄してしまったようだった。

 そんな空っぽの頭に、ノックの音が響いた。トントン、と二回。黙っていると、またトントン、と扉を叩く音がする。


「勇人……入ってもいいかしら」


 腕を退けて、俺はベッドに座った。


「ああ」


 そう短く返すと、アロンが入ってくる。俺はそれを横目で確認すると、目を反らす。


「勇人。聞いてるわよね。聖女子が死んでしまった場合は、その前の聖女子が後を継ぐ事を」

「ああ、聞いている」

「儀式の時間よ」


 俺は、その言葉に、俯いたまま目を見開いた。顔を上げると、アロンが無表情でそこに佇んでいる。まるで機械かのように、俺の頬に手を添え、そして軽く唇を重ねてきた。

 儀式、だって?


「じゃあ、用はそれだけだから」


 アロンは踵を返すと、俺に背を向けた。


「ちょっと、待てよ」

「……」


 アロンは足を止める。


「こんな時に、儀式だって?」


 俺は立ち上がって、アロンのすぐ後ろまで歩を進める。そうして、アロンの右腕をとると、こちらを向くように強要した。


「儀式なんて、ただのジンクスだろ」

「……」

「お前らは、どこまで馬鹿なんだよ。人が死んだんだぞ。お前らの友達が、死んだんだぞ」

「……」


 珍しくアロンは何も反論してこない。ただその瞳には何も映ってないのがわかった。俺さえも今はアロンの眼中にはないようだ。目も合わせず、俺の腕を振りほどこうともせず、アロンは黙って立っていた。

 このやりとり、そういえば以前にもあった。それも確かエマ絡みだった。その時も、アロンは同じようなことを言ったんだ。

 ああ、こいつも、今――

 ようやく、アロンの心中が理解できた俺は慌てて、腕を離す。


「わりぃ……」

「いいのよ。どうにかならないでいられるほうがおかしいわ」


 それから俺ら二人の間に、しばらくの沈黙が訪れた。

 お互いに何を考えているのかはわからない。わからないけれども、今二人の頭の中は真っ白なんだと、何故だかそう思えて仕方なかった。


「エマは……」


 俺はその先の言葉を考えずにただ発した。何を考えているのか、自分でもいまいちわかってなかった。


「エマは、俺達を恨んでいたと思うか?」


 驚いた。俺はそんなことを考えていたのか? 我ながら、アホなことを口走ったと思う。


「わからない」


 アロンの答えは簡潔だった。そうだよな。そんなの、わかるわけがないんだ。もう本人はここにはいないんだ。


「ねえ、勇人」


 ふと彼女の瞳に、俺が映ったのがわかる。俺は吸い込まれるようにして、その瞳を見返す。


「私も、反乱軍に入れて」


 俺はその瞳に、光がわずかに宿ったようにみえた。だけど、すぐには反応できずに、「え?」と馬鹿な返事を返してしまう。


「聖女子が反乱軍なんておかしな話だと思うわよね……。でももう嫌なの。大切な人達を失うのを黙って受け入れていくなんて……」

「だからと言ってそんなこと……」

「聞いて。勇人。私が思っている事、全部」


 そうしてアロンは一つ一つ語り出した。そうそれは、アロンが生贄だったときに遡る。


 アロンは、ずっと聖男子に虐待を受けていた。殴られ、蹴られ、物を投げられ、手錠で繋がれ、何日も水しか与えられない日もあったという。唯一儀式のときだけは、執拗に彼女の唇を奪ったらしい。その聖男子にとって、アロンはおもちゃだった。


 俺は初めて語られるその内容に、怒りを覚える。そんなことをする奴が男子側に?

 俺がイラついているのを横目になおもアロンは話を進める。


 そんな時に、交換祭を申し出る男が一人いた。アロンの事をずっと気にかけてくれて、時には助けてくれていた男だという。取り返しのつかないことになる前に、なんとかしたいと、交換祭の話を聖男子に振ったようだった。

 聖男子はというと、最初は拒んだ。こんなおいしいおもちゃを手放すなんて、と言っていたらしい。けれども、執拗に申し出てくる男に、面倒になった聖男子は申し出を受けることにした。

 かくして、交換祭は行われ、喜ばしい事に聖男子は交換となった。アロンにとっては地獄から天国になったという。優しくて、時々天然なその男子を、アロンが惚れていくまでに時間はかからなかった。


 そこまで聞いて、怒りから、俺の心はほのかな嫉妬心が芽生える。しかし、それも束の間だった。


 アロンが聖女子になって、しばらくして彼は戦争で死んだのだ。しかも、アロン自身が、その手で、短剣を貫いてしまったという。

 男なら倒せるなら誰でもいい、とそう思って戦っていたのが仇になったと、アロンは呟く。貫いて、それが彼だと気付き、初めて我に戻った――


 そこまで言って彼女は一息入れた。一度大きく深呼吸をして、俺をじっと見つめてくる。


「貴方にならわかるでしょう。『愛情』がなんなのか。それを知っている地球人の貴方なら」


 ああ、充分にわかる。

 もしも俺がこいつを自分の手で殺してしまったら……考えるだけでも気持ちが重くなる。


「私は、もう甘んじない。彼も……エマも……その死は無駄にはしたくない。今できる事をやらせてほしいの」


 彼女は下唇をぐっと噛んだ。

 俺はそれだけ聞いて、しばし黙り、頭をかいた。


「話はわかった……だけど、反乱軍に入るかは、俺が決めていい問題じゃないんだ」


 それを聞いて落胆するかと思ったが、アロンはなおも姿勢を正したまま俺をじっと見つめてくる。


「もう反乱軍とは話をつけた」

「え?」

「あとは、貴方の、勇人の了解を得るだけよ」


 俺は一瞬ぶっ倒れるんじゃないかと思った。まじか?


「ちなみに、勇人が部屋に引きこもっている間に、あゆむは反乱軍である事を公にしたわよ」

「は?!」


 なんだって?? 俺のいない間になんてことになってたんだ。

 頭を抱えそうになるのを抑えて、一見冷静を装う。


「そうしたら、エマの一件で反乱軍に入りたい人が沢山来たの」


 中にはセイントの信者もいたという。セイントの信者である以上に、エマは彼女達にとってはもっと大きな存在だったというわけだ。

 俺は寝耳に水の状態だった。同時に彼女達の強さを尊敬した。俺みたいにいつまでも、うじうじしているような奴はここにはいないのではなかろうか。


「で、勇人。私の参加を認めるの? そうでないの?」


 ここまできてどうやって拒否できるだろうか。無理な話だ。俺は、苦笑を浮かべて、

「わかった。いいよ。入りな」

 と呟いた。


彼女は表情を一変させてうっすらと微笑む。


「だけど条件がある」


 俺はアロンの腕を引くとしっかりと抱きしめる。そう、もうこのぬくもりを決して、エマのようにはさせない。させるわけにはいかない。


「生きるんだ。絶対に」


 ふふっ、と彼女が耳元で笑ったのがわかった。


「大丈夫よ。誰だと思っているの?」


 それを聞いて、俺は彼女を解放する。約束だからな、と言うと、アロンはにっこりと笑った。その笑顔に俺は少し助けられた気がする。わずかに安堵して、前を向いた。


「そうと決まれば、皆に話しておきたい事があるんだ。『お茶会』に行こう」



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