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生贄になった俺のけしからん二週間  作者: 荒川 晶
第六話 反乱軍と戦争
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反乱軍と戦争 その5

 ――翌日。俺は鈴に会いに行った。一応、報告はしないといけないのかもしれないと、そう思ったからだ。だけど、俺は作戦の詳細は教える気はさらさらなかった。そこまでしてしまうと俺はただのスパイと一緒だからだ。

 だけど、本当のスパイと鈴の部屋へ向かう途中で、はち合わせることに俺はなる。


「あ」


 そう、ゆきなだ。彼女は俺に気がつくと、とことことやってきては、周りを見回し、そしてこう尋ねてくる。


「私が、反乱軍の意志に賛成している事くれぐれも鈴様には伝えないでおいてくださいね」

「ああ……」


 そうなのだ。あの作戦を聞いた後、俺はゆきなと話す機会を得た。だけどそれは、驚く事にスパイが相手の意志に賛同すると言った内容だった。けれどそのことは鈴には伝えてないそうだ。


「私は今回の作戦も本気で考えました。だから、絶対に……」

「ああ、言わないよ。言うつもりもないさ」


 その言葉を聞いて安心したのか、ほっと息を吐いて、彼女は俺の前から去っていった。

 常々、彼女は黒いな、と俺は思う。純粋なのは瞳だけのようだ。

 そうこう思っているうちに鈴とアロンの部屋の前へとたどり着く。二回ノックをすると中から鈴がひょいと顔を出した。


「勇人様。そろそろ来る頃だと思ってました。どうぞ中へ」


 そう言って鈴は俺を呼び込むと、扉を閉める。

 俺の顔をじっと見る否や「うまくいったんですね」とだけ確認してくる。俺もそれにやや苦笑して頷き返すと、彼女は天使の微笑みを浮かべた。だがすぐに鈴は表情を曇らせる。


「こちらへ」


 案内されて隣の部屋に入ると、そこには、ベッドに横になって額に汗をかいたアロンが横たわっていた。


「え?」


 俺はアホな声をあげてしまい、はっと口元に手をやった。


「やっと眠ったところなんです。どうやら風邪を引いてしまわれたようで」

「えっと……大丈夫なのか?」


 全くあほらしい質問だ。大丈夫だったらこんな辛そうな顔して眠らないだろう。


「昨晩熱を出されてうなされてましたが、大分今は落ち着いたようです。明日には回復してくると思います」


 それを聞いて俺は顔が真っ青になるのがわかった。

待て待て待て、明日って作戦実行日だぞ? 明日、戦争が起きるかもしれないのに、そんな時にアロンが風邪? またまた嫌な予感がする。


「あのさ、もしこんな状態で戦争が起きたら、さすがにアロンは戦いに行かないよな?」

「わかりません。全て自分の意思ですから。でも風邪がひどくなければ、アロン様の性格でしたらエマ様を守ると言って戦場へ向かわれるかと」


 全身の血の気が引いていくのかわかった。まさかと思うけど……。


「アロンに、俺が反乱軍に関わろうとしていたことは……」

「勿論、言ってませんよ」


 ここで鈴が言ってくれていたのならまだ望みはあった。なんとかして説得して明日は戦場に行かないでくれと言えたのに。それができない。わざわざ自分から反乱軍です、なんて言うのも反乱軍の意に反している気がして言えない。

 風邪……こんな時に!

 だがそれもこれも思い当たる節はある。自分に……。きっと俺だ。俺の風邪を移してしまったんだ。

 頭を抱えたくなるのを必死に抑え、俺はベッドの隣にある椅子に座り込む。

 辛そうだ。というか、もし俺と同じ風邪ならきっと辛いだろう。

 俺の表情を読み取ったのか、鈴は俺と向き直る。


「本儀式の前に、何かしら動くようですね」

「え?」

「そう顔に書いてあります。せめて実行日だけでも教えてくれませんか」


 俺はしばらく悩んで、黙った。アロンのためにもいうべきなのか?


「ゆきなに聞いたらいいだろう」


 絞り出した答えは、もっともな意見だったが、鈴は首を横に振ると「最近、避けられることが多いんです」と苦笑する。おい、ゆきな、何が秘密にしろだ。もう態度に出てんじゃねえか。

 かと言って、俺はスパイでもないし。言えるのはこれだけだ。


「アロンには、風邪が完全に治るまで戦場に出ないでほしい」


 これなら別状問題はない。俺自身もそう思ってるからだ。体調不良の状態で戦場に行って戦うほど無意味なものはない。だが、鈴は困った顔をすると、眠っているアロンに顔を向けた。


「アロン様次第です。伝えてはおきますが、保障はできません」

「そ、そうか」


 この時俺は馬鹿だった。アロンに、意地でも出ないように説得すべきだったんだ。そう気付いたのは、俺が初めて戦場に出てからだった。あんなことになるなんて、この時思ってもみなかった。俺も、鈴も、アロンも、反乱軍も、この時きっと選択を間違えてしまっていたのかもしれない。歯車が軋んだ音に俺は耳を傾けてさえいれば――






「本当にいいんだな?」


 あゆむを前にして、俺は額に冷や汗をかいて、震えそうになる膝を何度か叩いて必死に耐えていた。

 ここは女子領と中間区域の境目。俺とあゆむ、そして女子領の反乱軍がそこに一斉に集っていた。

 俺はそこであゆみに手渡された防具、武器一式を身に纏った。初めて手にするおもちゃ銃に、短剣。服の上に着たのは鎖でできたシャツのようなものに、合皮の胸当てと肩当て。靴も運動靴から皮の物に履き変えた。金属製のヘルメットは、俺にとっては重く、動きが鈍くなるって理由で被らなかった。それ以外は彼女達が戦争時に纏っていたものと同じものだ。

 戦争か。俺は死ぬのかな。怖いな。なんでこんなことになったんだっけ。

 俺はふと豪華客船にいた時の事を思い出していた。あの時もう少し夜景を楽しんでいればよかった。そんなくだらないことを思ってしまう。

ここからは、俺次第なんだ。心臓が爆音を奏でてるのも無理はない。


「いいか。合図したら、予定通りに回り込むんだ」


 俺はそのあゆむの一言に息を飲んだ。やるぞ。やるんだ。

 そう自分に言い聞かせて、俺は手を伸ばして、あゆむに触れようとした……刹那だった。


「何をしているの?」


 俺はびくりとして腕をひっこめた。反乱軍全体もざわついた。

俺は後ろを振り向くとそこにいた全員も後ろを振り向く。そして彼女達の後ろ側から道が開けていき、現れたのは……。


「エマ様」


 あゆむが目を丸くして、唇を噛みしめた。

 そんな、馬鹿な。俺は、何も言ってないぞ?


「こんなことをしようとしてたのね」


 更にその後ろから久々に聞いた声が届く。聖女子から外れてから、一切話してなかった懐かしい声の響きだ。


「アロン……それに、鈴も」


 俺は思わずその二人の名前を呼んだ。彼女達は俺と同じ防具・武器一式を身につけ歩いてきたからだ。


「な、なんで……」


 動揺していたのは俺だけではなかった。参謀のゆきなも顔を青ざめる。


「鈴から聞いたわ。昨日の勇人の態度がおかしかったと。それで後をつけてたのよ」


 そんな、いつからだ? いつから俺は後をつけられていたんだ?!

 ゆきなが無言で俺を睨む。


「どうしてこんなことを……」


 鈴がゆきなとあゆむを交互に見る。二人は気まずくなって黙ってしまった。


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