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生贄になった俺のけしからん二週間  作者: 荒川 晶
第六話 反乱軍と戦争
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反乱軍と戦争 その3

「勇人、お前、『お茶会』に入りたいんだろう?」

「ああ、正直に言うよ。俺は『お茶会』に参加したい」

「ならそれだけの代償を払え」

「払えるか。そんなでかい代償」

「なら帰れ」

「まだ全部お茶は飲んでないんでそれはできないね」


 俺はまだ一口もつけていないそれを指さしてにやりと笑う。

 ここまできたら、俺の気持ちを伝えるしかない。もうきっとそれしか手はないだろう。


「代償は払えない。だけど、俺はお前達の『お茶会』には賛同してるつもりなんだ」

「……」


 やっとあゆむが黙った。俺の言葉を待つつもりらしい。

 俺には払える代わりの物なんてない。

 誰かを売るのも、そんな汚い真似だってしたくないんだ。誠心誠意を伝えるしかない。


「あゆむ、お前達がこの世界の規律をおかしいと思っている、そういう集まりだっていうのはもう分かってる。こんな言い争いで時間を使うのはもったいないと、お前達だって思ってるはずだ」

「……」


 あゆむはなおも黙る。そして、俺も一息入れた。これを言わないと、恐らく何も伝わらない。


「俺は、とある女に惚れたんだ」


 全員が、目線を合わせようとしなかった奴でさえ、俺の顔を凝視した。かくいう俺も、掌に汗を滲ませている。


「これが地球なら、それは当人の問題なんだろうけど、ここは違う。全てを牛耳ってる、あの馬鹿でかい機械の言いなりなんだ」


 何百年も、繰り返されてきた悲劇。しかもここの奴らは俺よりももっと残酷な仕打ちを受けてきている。報われない想い、寄せてはいけない想い。憎くもないはずなのに互いを殺し合う世界。想い人を戦争で失う世界。想うことを忘れた人。ただ機械のように過ごす人。


「苦しいんだ……」


 俺は甘いんだ。ただ報われないと思うだけで、胸が苦しくなる。まるで女々しい奴みたいだろ。だけど本心なんだ。

 俺が、部外者である俺がこれだけ苦しい気持ちになるのに、空球人はどれだけ、どれだけの年月苦しい思いをしてきたんだ。


「苦しくて、どうしようもなくて、突破口を探し求めてた。いつもいつも考えることは、どうしたらあいつといられるのかってことだけで。じゃあ原因はなんだって考えていたら、全てはこの世界の規律がおかしいってことばかりで」


 やばい。止まらなくなりそうだ。抑えてたはずなのに。口に出すってこんなに辛いものだったのか。


「なんでもっと自由にいられないんだって、そればかり考えて。そしたらあの機械がすべての元凶なんだと思い至って。憎くて、悔しくて……。アロンが、アロンが戦争で死んだら、きっと俺は何もできなかった自分を責める。それだけじゃない。死にたくなる」


 気付けば、俺はあいつの名前を口にしていた。言ってしまってはっとしたが、誰も俺の言葉に驚く者はいなかった。

 ここまで言って、俺は、溢れそうになっていた涙をごまかすようにして腕で拭った。危なかった。

 その間に、あゆむが口を開く。


「ここにいる子達はね、皆、誰かしら大事な人を失ってるのよ」


 そう言われ、良く見ると今にも泣きださんばかりの子や、静かに目に涙を浮かべる子が目に入ってきた。

男女の想いだけじゃない。恐らく、同性同士の想いも同じだろう。ここの奴らは仲間が死んでいくのをきっと見てきているはずなんだ。昨日まで話していた奴が、今日そこにいない、そんな悲しみもきっと知っている。


「勇人、私はね、男の人ってわからない。『恋愛』という言葉もぴんと来ない。だけど、大切なものは何かってことはわかるの」


 そうして彼女はもう冷えているお茶を一口こくりと飲んだ。


「私はね、一度脱走を図ろうとした事を言ったでしょ? よき理解者がいなかったわけじゃない。こんなダメな私でも、ずっと隣にいてくれた。その子が、私が脱走する少し前に戦争で死んじゃってね。何もかもが真っ暗に見えた。光だったのよ。その子が私にとっての。絶望してた。もうどうでもいいやって。でもね、無事戻ってきたら、迎えてくれた人達がいたの。鈴さんだけじゃなかった。『お茶会』のメンバーだったの。皆、苦しみを知っている子達だった。何も見えてなかったの。ううん、見ようとしてなかった。だから、私は、もっと大きな視野で物事を見る必要があると思った。そして、元凶に気付いた」


 そうして、彼女達は『お茶会』を設置した、と経緯を話してくれる。


「いいのか? 仮にも俺は部外者だぞ?」

「入りたいんでしょ? 『お茶会』に」

「ああ」


 あゆむはくすりと笑った。今の彼女は非常にかわいらしく見えるのはなんでだろうか。


「……仲間を売らないと言った時から決めていた。勇人なら、大丈夫だと。ようこそ、『反乱軍』へ」


 周りの女子達もカップを手に、高くあげる。声には出さないものの、それが歓迎の印だということは俺にもわかった。

 良かった。伝わったのか。

俺は心底気が抜けたのようで、大きく息を吸って、それから吐く。ひとまず一つ目の目標は達成だ。


「それで……だな」


 俺はいくつか持っていた質問を投げかけてみる。

 彼女達は各々回答してくれた。どうやら本当に認めてくれたようだ。

 まず、メンバーは全員で五十人近くいるということがわかった。皆それぞれに何かしら理由があって、セイントの統制に反対している者だという。だいたいここの女子領にいる女子はざっと見積もっても五百人はいるであろう。その中の五十人だ。さほど多くはない。だが男子側にも反乱軍はいて、そこのメンバーを含めると百人はいくそうだ。三桁になるとなんとなしに心強い気がする。

 そして一番重要な質問をぶつけてみた。これからどうするのかということだ。


「それに関しては私達からも話す予定だったよ。ゆきな」


 そう言って前に出てきたのは、そう、恐らく例のスパイのゆきなだ。彼女は俺にだけわかるように小さくウインクを送ってきた。ああ、これはまたあとで個人的に話さないといけないのかもしれない。


「この部屋にいるのは反乱軍の幹部だ。ゆきなは比較的新入りだけど作戦を取りまとめている。参謀のようなものだ」

「まあ、そんな都合よく部屋割できたな……」

「部屋割はこの世界の幹部――アロン様達のような人達以外は好きに決めていいんだ。あみだくじで決める者もいれば、話し合いで決める者もいる。私達は反乱軍の仲間で話し合ってこの部屋割にしている」


 なるほどね。これでなんとなくどうして『お茶会』が成立しているのかもわかった。


「参謀……というほどおおそれた者ではないですが、ゆきなと言います」


 彼女は軽く会釈をしてきたので、俺もそれに合わせて会釈をし返した。彼女の黒髪は光を浴びると茶髪のようにも見える。髪の毛と同じ色をした澄んだ瞳を見ていると、作戦を練って実行に移すような、どこか真っ黒い部分があるようには見えなかった。もしかすると、作戦はとても純粋な物なのかもしれない。

 なんて俺の甘ちゃんの思考は一気に打ち消されることになるのだが、今は置いておく。


「実行は明後日です」


 ここで驚いてはいけない。本儀式まで時間がないことはわかっている。これくらいは想定内だ。


「内容ですが、至って簡単。セイントに反逆の意を示します」


 俺はその言葉に少しひっかかった。それって、相当やばいんじゃないのか。


「具体的にはどうやって……」

「実は勇人さん。貴方がこの反乱軍に接触してきたパターンとそうでないパターンを用意していたんです。今回の場合、貴方が私達の味方になってくれた方が今回の作戦もうまくいく可能性が高かったんです。助かりました」


 ゆきなはまた今度は皆にわかるようにウインクをしてくる。俺は嫌な予感がした。俺の嫌な予感はここにきてそれなりに当たっている。今回はその中でも特に不安になるものだ。


「全ての計画を話しましょう」


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