反乱軍と戦争 その2
「この事実を知っているのは他に誰なんだ?」
「今スパイで潜入している、ゆきなさんという子と私の二人です」
「そうか……」
話しはわかった。そうとなれば時間はない。あゆむに会って話をしてこなければならない。
「ありがとうな」
俺はくるりと背を向けて、扉の方へと歩き出し、取っ手に手をかけた。刹那。
「本当に……反乱軍へ入るつもりなんですか」
後ろからぼそりと声が届く。
「反乱軍へ入れば……最悪、死にます」
俺は手をかけていたそれを握り締める。
ああ、この事だろう? 鈴、お前が言っていた「死ぬな」って意味は。
本当お前って、先見の目がある奴だよな。俺が参加するかもしれないとわかったうえで情報を与えてくれている。本当に、良い奴だよ。
怖くないかって? 怖いに決まっている。戦争で死ぬかもしれない。そうでなくても、ばれればセイントに殺されるかもしれない。
だけど、決めたんだ。ここのやつらがどれだけ苦しんでいるか、それを身を持って知り始めてしまった今、後には引けないって。
俺は地球では、呑気気ままになんとなく生きていた。いや、今だってなんとなく生きているんだ。それでもいいかな、なんて思ってたりもする。だけど、俺が存在する意味ってなんだろうって、そんなことを思い始めると、要らない存在なのかな、なんてマイナス思考になることもある。でもここでは、俺にしかできないこともあるんだと、そう思えるんだ。
勿論死ぬのは嫌だ。死なずになんとかしたいし、俺には生きて戻って、家族にまた会いたいという気持ちもある。
ここで何もしなければ、きっと俺は生きて帰れるだろう。本儀式を終え、使命を終え、そして何もなかったように元の生活に戻るんだ。
アロンやエマや鈴達がその後どうなろうと、俺の人生には関係ないはずだった。
だけど、もう違う。たった一週間だけど、俺はこいつらの苦しみもなんとなく理解できるようになってきた。おかしな世界で、おかしな束縛に、おかしいと感じる暇を与えられないこの生活、なんとなくでは生きていけない人生、感情さえも行き所を失う……全てはセイントの存在のせい――
可哀そうとかそのレベルじゃないんだ。何か出来ることはないかと、そう思わせる何かがある。例えば……俺にとっては一番はアロンだ。もしも俺が何もせず、地球に戻れば、きっと一生後悔するだろう。それこそ俺の人生真っ暗だ。
「心配ありがとうな、鈴。色々ありがとう」
俺はそれだけ言うと、背後に、鈴の視線を感じながらあゆむの部屋へと急いで向かった。
歩きながら、ふとアロンの事を思い出す。もしも、俺が反乱軍へ入れば、俺はアロンに近づくことは本当にできなくなるんじゃないか。俺が秘密をばらすともわからないし、反乱軍がそう簡単に誰かとの接触を許してくれるかどうか。
エマだってそうだ。反乱軍はエマとの接触さえ嫌がるかもしれない。でも俺は生贄で、エマが聖女子である限りそれは避けられない。
反乱軍に信頼してもらうには、何かが必要な気がした。だがそれは何だ?
考えがまとまらないうちに俺はあゆむの部屋へと辿りついてしまった。
ええい、こうなれば当たって砕けろ。
扉に腕を伸ばした。と、
「なんだ。お前か。何の用だ?」
突然背後から声をかけられびくりと肩を揺らす。全然気配を感じなかった。俺は精一杯の作り笑顔で彼女を出迎えてみる。
「や、やあ」
「な、なんだよ。気持ち悪いな」
いや、その……、と俺がまごまごしていると相手が多少イラついたのが分かったので思いきって息を飲んで言ってみた。
「ちょっとあゆむに話しが……」
「話し?」
何かを察知したのか、あゆむの表情が変わる。
彼女は無言で俺の横を通り過ぎると、扉を開けて中に入るように促した。あゆむのように幹部でない者達の部屋は五人一部屋となっている。中には数人の女子が各々会話をしたり、何か書き物をしたりしていた。
「『お茶会の時間』なんだ。ちょっといいかな。生贄を入れても」
そうあゆむが放つと、全員の行動がぴたりと止まる。そして俺をじろりと見てくる。
「『お茶会』に男が?」
「まあ、そう言わずに」
「あゆむがいいならいいんだけど」
そこにいた全員が、一斉に片付けを始める。
俺はこの時点で勘付いていた。ここにいる奴ら、恐らく全員、反乱軍だ。
「驚かないんだね?」
あゆむは俺の顔をひょこりと覗いてそう尋ねてくる。どいつもこいつも顔だけは可愛い。そのまん丸の瞳で俺をじっと見つめる。だけどその瞳は一切笑ってはいなかった。察しがいいのは俺だけじゃないようだ。
「お茶を飲んだらさっさと帰ってもらうわ」
同室の女子が一人ティーを入れてきた。
飲み終わったら出ていく、か。ならば俺はそれを手に取るわけにはいかない。話が終わるまでは、帰ることはできない。
それには手を付けずに、俺は座った全員に目をやる。
「『お茶会』の事、どこまで知っててきたの?」
「ほんの一部だ。あゆむ、お前が率いてるということ以外は、詳しくは知らない」
「そう、それだけ知ってれば充分だね」
まだ反乱軍の「は」の字も出ていないが、俺には確信があった。全員が今、はっきりとは見えないが、武器を手にしている。
「……」
お互い口をなかなか開かない。それもそうだ。向こうは自ら反乱軍を名乗ることもないだろうし、俺がそれを直接聞いたところで「うん」なんて言ってくれないだろう。
こんなことで時間を潰すわけにはいかない。聞きたいことは山ほどあるんだ。メンバーがどれだけいるのか、どんな内容の反乱を近々起こすのか、勝算はあるのか、そして俺をメンバーに入れてくれるのかどうか。だけどどう切り出せば……。
「誰に『お茶会』の事を聞いたの?」
終始黙っていると、あゆむがしびれを切らして尋ねてきた。だけどこの質問には答えてもいいものなのか。鈴とあゆむには特別な関係があるんではないか。
「大方、鈴さんにでも聞いたのでは?」
他の女子が口を挟んでくる。
「そうなのか?」
あゆむは俺を尋問してくる。だけど、俺の答えは決まっている。
「言えない」
「……ふん。まあいい。じゃあ二つ目。お茶会のメンバーに、お茶会での出来事や私達だけの内緒話を漏らしている者がいるらしい。知ってるか?」
恐らくこれは、鈴が送り込んだスパイの事だ。確か、ゆきなという名前だったはずだ。だけど俺は顔も知らない。それに――
「例え知っていたとして、それを告げ口した後、その子はどうなるんだ?」
「そうだな。当然お茶会は抜けてもらう。ついでにその内緒話を誰にしているのかは力づくでも聞きだすかな」
「それで、俺はどうなる?」
「お前をメンバーに入れてやってもいいぞ」
あゆむがにやりと不敵に笑った。ゆきなの情報を売って、俺が入る。確かにこの交換条件は相手にとってはいいのかもしれない。しかし、力づくって一体何をしでかすのかわかったもんじゃない。危険が及ぶ可能もある。しかも鈴にまで飛び火するかもしれない。そうなれば、きっとアロンやエマも動くだろう。彼女達反乱軍は、全てを敵に回してしまうかもしれない。
俺の中にその道筋はない。女子全員、否、男子も全員、セイント以外全ての人間が反乱軍の味方になってほしいくらいなんだ。




