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生贄になった俺のけしからん二週間  作者: 荒川 晶
第六話 反乱軍と戦争
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反乱軍と戦争 その1

 この数日、俺はだだっ広い女子領をひたすら歩きまわっていた。あゆむの言っていた、『反乱軍』の痕跡を見つけようと思ったからだ。

 毎日へとへとになるまで歩き続けた。帰るといつもエマが笑って迎えてくれていたが、時折不安そうにしていることを俺はわかっていた。「何をしているの?」と聞かれても答えられることもできず、ただ曖昧に返事を返す。段々とエマの笑顔が曇りがかっていくのがわかった。


 そして、あの交換祭の日以来、アロンとも会うこともなくなった。

 そりゃ、歩いてれば時々は見かける。だけどそれだけだ。話すことも特別あるわけでもないし、今までは聖女子と生贄の関係だったからわからないことは殆ど彼女に聞けた。だけど今や聖女子はアロンではない。

 見かける度に、俺は胸が締め付けられた。


 最初の数日はそんなわけないと自分に語りかけていた。たった一週間だぞ。一週間で人の心が動くのか。俺は今まで大した恋愛経験もしてきてない。元が惚れっぽい性格とかならわかるけど、そうでもない。なのに、今は、アロンのことを考えると悲しくなる。もうわかっていた。これが一体何のフラグなのか。俺が思っていた以上に、この気持ちが深いものだと。

 恋愛を邪魔されたとか、そういう問題じゃなくなっていた。俺は、こういう気持ちを生贄達が何百年も繰り返してきたのかと思うと、悔しくてたまらなくなっていた。


 俺は……早くセイントについて何かヒントを見つけなければいけない。

本儀式まであと五日になっていた。その日を最後に俺はセイントに接触できなくなる。それまでになんとしてもセイントを破るための情報を手に入れなければ。

 ――セイントはいかれている。機械であるが故なのか、どこまでも残酷である。しかもその残酷さは、人を陥れる事を楽しんでいる残酷さなのだ。精神的苦痛をもう何百年もここの奴らに与えてきている。それを甘んじて受け入れている彼らも、どこか変だ。様々な疑問を持つも、必ず最後は「何かがおかしい」という結論に行きつく。


 セイントとは一体何なんだ。空球人はなぜ戦い続ける。なぜこの苦痛を味わうことに慣れてしまう。


 毎日歩きながらその疑問と戦っていた。そして、俺はいつも一つの答えに行きつく。

 セイント自身に尋ねるしかない、と。

 だがセイントが存在するのは女子領と男子領の中間区域、一人で乗り込む事は到底不可能だ。


 俺はこの日も歩き回っていたが、ふと、鈴に会いに行ってみようと思った。生贄の身だからできることがあるのかもしれないと、そう思った。

 生贄は本儀式に必要なはずだ。俺はそう思ったんだ。それを利用しようと思った。


 そう、鈴に反乱軍についての情報を貰おうと思った。俺が反乱軍に入ろうとしていることも告げるつもりだ。どうせ俺がいられるのはあとたった五日だ。長い年月ここにいるならきっと何も教えてくれないだろうが、俺は所詮部外者だ。それに生贄だ。俺をどうのうすることもそうそうできないだろう。

 ただ一つ欠点があるとすれば、またあの牢獄に戻される心配だけだ。あそこに入れられたら、五日間何もできずに終わる。だけどこのままむやみに歩き回っても五日間はあっという間に過ぎてしまうだろう。


 ちょっとした賭けでもあった。それでも俺は、投獄されても脱獄するくらいの気持ちでいる。もう後には引けない。引くつもりもない。俺が生贄である今回で、この戦争も、生贄と聖女子制度も全て終わらせてやる。

 だが俺は鈴とアロンの部屋の前へ行くと、一瞬ノックをためらった。きっと中にアロンもいるんだろう。そう思うとすくんだ。

 俺は息を飲むと、勢いだけでその扉を叩く。中から出てきたのは鈴だった。


「はい……あら、勇人様。何でしょうか?」


 鈴は突然の訪問に目を丸くしながら首を傾げた。


「ちょっと鈴に話がある」

「アロン様ではなく?」

「……アロンじゃダメだ。寧ろ聞いてほしくない」


 俺がそう放った直後に彼女の瞳がすっと曇った。何かを察したような顔つきになる。


「アロン様はちょうど出かけています。とりあえず中へ入ってください」


 アロンはいないのか。俺は少し安堵した。残念な気もしたが、今はそれどころじゃない。

 扉を閉めると、鈴は俺に椅子に腰かけるように促された。だが、そんな悠長なことをしている間にアロンが戻ってくるかもしれない。俺は鈴の促しの言葉を遮って、口を開いた。


「反乱軍について教えてほしい」


 鈴の表情は一気に険しくなった。それだけでわかる。何故聞いてきたのだと、そう俺に訴える目つきだった。


「また、何かしでかす気ですか」

「ああ、そのつもりだ」


 俺は今心に留めている気持ちを吐きだした。


「アロンと離れてわかったんだ。この世界はおかしい。男女でいがみ合って戦うのも、セイントの言うがままに人生を送っていくのも、生贄と聖なる者との関係も、この気持ちも……」


 鈴は黙って聞いていた。俺の目を見つめて、何も発することなく、ただただ見つめて聞いていた。そしてやっと口を開いた。


「アロン様に……惚れたんですね」


 俺は何も答えなかった。答えられなかった。だけど、だけどきっと、もう答えは出ている。

 鈴は俺に背を向けると、部屋の奥へと行き、何かずっしりとしたファイルを持ってきた。タイトルは何も書いていなかったが、ファイルには鍵がかけてられており、これはもしや、と頭を過ぎる。


「反乱軍のデータです」


 ビンゴだ。


「と、言いたいところですが、一番重要な事柄はここには記載しておりません」


 鈴は自分の頭をとんと指差した。


「ここにあります」


 俺はまた交換条件か何かを突きつけられるのかと思った。だが、この天使はそんなことは一切考えていなかったらしく、声をワントーン落として驚くべき言葉を口にする。


「女子の反乱軍のリーダーは、あゆむさんです」

「なっ……!」

「しっ。大声を出さないで聞いてください」


 鈴は淡々と話を進めていく。俺が驚いていることなんてどうでもいいかのように、彼女は重要なそれを口にしていく。

 あゆむがリーダーだとわかったのは、彼女が度々別の隊の人間とお茶会という名の密会をしていることに気付いた事が最初だという。調べていくと、確かに、以前反乱が起きた時に、彼女のような戦い方をし、幹部の戦い方を完全に把握している点が相違なかった。それだけじゃない。彼女を偶然にも手元に置いた後に、反乱軍について度々彼女から質問を受けることがあったというのだ。鈴は他の女子を雇い、あゆむの後を付かせ、反乱軍に入りたいと言う口実をつけて密会に参加させた所、ビンゴ。その女子も未だにスパイとして反乱軍に出入りしているという。


「彼女達は近々反乱を起こす予定です」

「だから……戦争が起きると、そう交換祭の時に言っていたんだな」

「ええ……」

「でもわかっているなら何故放置しておく?」


 この質問は俺にとっても重要なものだった。俺は、その反乱軍に接触、あわよくば参加しようとしているのだから。


「あゆむさんは……いい子です。でもそれだけじゃない……私達だって頭のどこかではおかしいと感じているんです。セイントの存在も、この規律も。だから……」


 それ以上言わなくても彼女が言わんとしていることは十分理解できた。やはり鈴はおかしいと感じていたんだ。その一人であることには間違いなかった。


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